Casa
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
―――5月3日。ざわざわと賑わう東京駅を歩く。新幹線に乗った記憶なんて修学旅行の時ぐらいしかなくて、妙な緊張感のようなものを抱いていた。
「おい、まとまって歩け、学校じゃねえぞ」
「スンマセンッ」
先頭を歩く鉄くんが、私と同じような理由で騒いでいた声を咎める。ああ、鉄くんが主将の顔をしているな、なんてことを考えた。元々私がよく知っていたのはこの“黒尾さん”の顔をした彼だったはずなのに、この1ヵ月の間ですっかりオフの顔に慣れ、そしてそれが当然であるように思えていて。何だか少し不思議な気がする。
だけど、それよりも。ずっと気になっていたことに意識が向けば、無意識のうちに小さなため息が漏れた。隣を歩いていた走くんが、そんな私の様子に気が付いたのか ひょこっと顔を覗き込む。
「七瀬さん、どうかしました?」
「らしくないね」
走くんと反対側の隣にいた研磨も、その言葉に同調した。そんなに分かりやすく顔に出てしまっていたのかな、と 苦笑しながら少し反省する。
「あ、いや…私、本当に来て良かったのかなって」
「今さら。先生もクロもいいって言ってるんだし、誰も文句はないよ」
「そうですよ!」
「でも…山本にめっちゃ睨まれてる…」
抱いていた不安を言葉にすれば、2人は間髪入れずに否定してくれた。それを嬉しく思いはしたけれど、とてもそうは思えない事情を口にする。
前々から感じてはいたのだけれど、山本とは同級生なのに壁があるというか、避けられているというか。入学してから1年経っているというのに 会話どころか、それ以前にまともに目が合った記憶さえないし、今日だって集合した時から睨むような視線をたびたび向けられている。私は彼に疎まれているのかもしれない。そんな心配をコソコソと小声で口にすれば、私の両サイドにいた研磨と走くんに加えて、数歩先を歩いていた鉄くんまでもが同時に吹き出した。
まさか笑われるなんて微塵も思っていなかった私は、オロオロと3人の顔を見遣る。
「な、なんで笑うの…!」
「まさかそっちで受け取ってたとはね」
「え…どういう意味?」
肩を震わせながら言われた研磨の言葉の意味が理解できず、助けを求めるように走くんへと視線を向ける。走くんも必死で笑いを堪えるようにしていたけれど、それでも何とか私の問いに答えてくれた。
「猛虎さん、女子に免疫ないんですよ」
「うん…?」
「七瀬さんが可愛くて困るって言ってました」
「……え!?」
私の予想とは大きくかけ離れた走くんの回答に狼狽える私に 鉄くんと研磨は吹き出して、ついには噛み殺しきれない笑い声を漏らす。2人とも、そんなに笑わなくたっていいじゃないの。
◇
宮城に着いてからは研磨が迷子になるというハプニングもあったけれど、無事に初日の対戦相手校である槻木澤高校へと辿り着くことができた。
いつも通り、派手さはないけどいつの間にか相手を追い込む隙のない試合運びで、全勝してこの日の練習試合を終える。本当に、今年の音駒は強いと思う。全国だって夢じゃないと思うのは、いくらなんでも夢見過ぎなのだろうか。
撤収の用意を始めるみんなに合わせて私もドリンクボトルの片付けへと取り掛かる。やっぱり、スポーツを見るのは楽しい。連れてきてもらって良かったと、そんなことを考えながら手洗い場でボトルを洗っていた。
「あの」
「……?」
「音駒のマネさんですよね」
「えーっと……まぁ、はい」
ちょうど全てを洗い終えて水を止めた頃、後ろから声をかけられ振り返ると、見知らぬ男の人がいた。その身に纏うジャージは槻木澤高校バレー部の人たちが着ているものだったから、その後に続いた言葉には曖昧な返答をしたけれど、何となく要件を察する。きっと何か音駒の忘れ物でも見つけて届けてくれたのだろうと。
「連絡先とか聞いてもいいですか」
「え……え!?」
発せられた言葉は、全く予想外のものだった。そういう経験が乏しい私にとって、言うなればそれは未知との遭遇だ。こういう時、どんな言葉を選べば失礼なくお断りできるのだろうか。いや、そもそもそ断るという選択肢で間違いないのだろうか。微塵も予想をしていなかった展開に私の脳はすっかりパニックに陥っていた。
「メアドだけでいいから」と強く押され、メールアドレスくらい減るものでもないし良いのだろうかと 正常な判断力をなくした頭が流されそうになった瞬間、グッと肩に力が加えられる。
「うちの子に何か御用ですか?」
「!」
私の肩を抱いてそう言ったのは 我が音駒高校バレー部の主将にして兄でもあるその人で、口調も言葉も穏やかなのに どこか説明できない部分で刺すような厳しさがあった。鉄くん。ポツリと零した呼びかけに反応はなく、鉄くんはただ目の前の彼に視線を向ける。
「あ、いえ…」
「そろそろ時間なんで失礼しますね」
にこり、と。人の良さそうな笑顔のようで一分の隙も見せないこの人は本当に、一般的な高校生の何枚も上手なのだ。
行くぞと手洗い場に置いたままだったボトルをまとめたカゴを左手に持ち、右手で私の手首を引いて歩き始めた鉄くんの一歩後ろをパタパタと追う。
「ごめんね、待たせちゃってた?」
「いや。まだ時間には余裕あるから大丈夫だよ」
「…へ?」
「嘘も方便だろ」
そろそろ時間だと言うから みんなを待たせてしまっているのかと思ったけれど、そうではないらしい。ニヤリと口端を持ち上げ言われた言葉も、あの場を簡単に切り上げる為だったのだと納得だ。
それにしても。先日の学校での件といい、私1人では上手くやり過ごせない場面に現れて 簡単にまとめ上げてしまう。私はただ助かるばかりだけど、こんなにも助けてもらってばかりで良いのだろうかと少し心配にもなった。
「……鉄くんって、」
「ん?」
「なんだかお兄ちゃんみたいだね」
「お兄ちゃんでしょーが」
吹き出すように小さく笑った鉄くんの横顔を見ながら、うーんと頭を捻る。そうだけど、言いたいのはそうじゃなくて。日本語って難しいな。独り言のように漏らせば、鉄くんはクツクツと喉で笑う。
「七瀬はお兄ちゃんに甘えてれば良いんだよ」
私が言いたくても言葉にできなかった事さえ汲み取ってくれているようなそな言葉に、やっぱりこの人には敵いそうもないと 内心で白旗を振り上げたのだ。
「おい、まとまって歩け、学校じゃねえぞ」
「スンマセンッ」
先頭を歩く鉄くんが、私と同じような理由で騒いでいた声を咎める。ああ、鉄くんが主将の顔をしているな、なんてことを考えた。元々私がよく知っていたのはこの“黒尾さん”の顔をした彼だったはずなのに、この1ヵ月の間ですっかりオフの顔に慣れ、そしてそれが当然であるように思えていて。何だか少し不思議な気がする。
だけど、それよりも。ずっと気になっていたことに意識が向けば、無意識のうちに小さなため息が漏れた。隣を歩いていた走くんが、そんな私の様子に気が付いたのか ひょこっと顔を覗き込む。
「七瀬さん、どうかしました?」
「らしくないね」
走くんと反対側の隣にいた研磨も、その言葉に同調した。そんなに分かりやすく顔に出てしまっていたのかな、と 苦笑しながら少し反省する。
「あ、いや…私、本当に来て良かったのかなって」
「今さら。先生もクロもいいって言ってるんだし、誰も文句はないよ」
「そうですよ!」
「でも…山本にめっちゃ睨まれてる…」
抱いていた不安を言葉にすれば、2人は間髪入れずに否定してくれた。それを嬉しく思いはしたけれど、とてもそうは思えない事情を口にする。
前々から感じてはいたのだけれど、山本とは同級生なのに壁があるというか、避けられているというか。入学してから1年経っているというのに 会話どころか、それ以前にまともに目が合った記憶さえないし、今日だって集合した時から睨むような視線をたびたび向けられている。私は彼に疎まれているのかもしれない。そんな心配をコソコソと小声で口にすれば、私の両サイドにいた研磨と走くんに加えて、数歩先を歩いていた鉄くんまでもが同時に吹き出した。
まさか笑われるなんて微塵も思っていなかった私は、オロオロと3人の顔を見遣る。
「な、なんで笑うの…!」
「まさかそっちで受け取ってたとはね」
「え…どういう意味?」
肩を震わせながら言われた研磨の言葉の意味が理解できず、助けを求めるように走くんへと視線を向ける。走くんも必死で笑いを堪えるようにしていたけれど、それでも何とか私の問いに答えてくれた。
「猛虎さん、女子に免疫ないんですよ」
「うん…?」
「七瀬さんが可愛くて困るって言ってました」
「……え!?」
私の予想とは大きくかけ離れた走くんの回答に狼狽える私に 鉄くんと研磨は吹き出して、ついには噛み殺しきれない笑い声を漏らす。2人とも、そんなに笑わなくたっていいじゃないの。
◇
宮城に着いてからは研磨が迷子になるというハプニングもあったけれど、無事に初日の対戦相手校である槻木澤高校へと辿り着くことができた。
いつも通り、派手さはないけどいつの間にか相手を追い込む隙のない試合運びで、全勝してこの日の練習試合を終える。本当に、今年の音駒は強いと思う。全国だって夢じゃないと思うのは、いくらなんでも夢見過ぎなのだろうか。
撤収の用意を始めるみんなに合わせて私もドリンクボトルの片付けへと取り掛かる。やっぱり、スポーツを見るのは楽しい。連れてきてもらって良かったと、そんなことを考えながら手洗い場でボトルを洗っていた。
「あの」
「……?」
「音駒のマネさんですよね」
「えーっと……まぁ、はい」
ちょうど全てを洗い終えて水を止めた頃、後ろから声をかけられ振り返ると、見知らぬ男の人がいた。その身に纏うジャージは槻木澤高校バレー部の人たちが着ているものだったから、その後に続いた言葉には曖昧な返答をしたけれど、何となく要件を察する。きっと何か音駒の忘れ物でも見つけて届けてくれたのだろうと。
「連絡先とか聞いてもいいですか」
「え……え!?」
発せられた言葉は、全く予想外のものだった。そういう経験が乏しい私にとって、言うなればそれは未知との遭遇だ。こういう時、どんな言葉を選べば失礼なくお断りできるのだろうか。いや、そもそもそ断るという選択肢で間違いないのだろうか。微塵も予想をしていなかった展開に私の脳はすっかりパニックに陥っていた。
「メアドだけでいいから」と強く押され、メールアドレスくらい減るものでもないし良いのだろうかと 正常な判断力をなくした頭が流されそうになった瞬間、グッと肩に力が加えられる。
「うちの子に何か御用ですか?」
「!」
私の肩を抱いてそう言ったのは 我が音駒高校バレー部の主将にして兄でもあるその人で、口調も言葉も穏やかなのに どこか説明できない部分で刺すような厳しさがあった。鉄くん。ポツリと零した呼びかけに反応はなく、鉄くんはただ目の前の彼に視線を向ける。
「あ、いえ…」
「そろそろ時間なんで失礼しますね」
にこり、と。人の良さそうな笑顔のようで一分の隙も見せないこの人は本当に、一般的な高校生の何枚も上手なのだ。
行くぞと手洗い場に置いたままだったボトルをまとめたカゴを左手に持ち、右手で私の手首を引いて歩き始めた鉄くんの一歩後ろをパタパタと追う。
「ごめんね、待たせちゃってた?」
「いや。まだ時間には余裕あるから大丈夫だよ」
「…へ?」
「嘘も方便だろ」
そろそろ時間だと言うから みんなを待たせてしまっているのかと思ったけれど、そうではないらしい。ニヤリと口端を持ち上げ言われた言葉も、あの場を簡単に切り上げる為だったのだと納得だ。
それにしても。先日の学校での件といい、私1人では上手くやり過ごせない場面に現れて 簡単にまとめ上げてしまう。私はただ助かるばかりだけど、こんなにも助けてもらってばかりで良いのだろうかと少し心配にもなった。
「……鉄くんって、」
「ん?」
「なんだかお兄ちゃんみたいだね」
「お兄ちゃんでしょーが」
吹き出すように小さく笑った鉄くんの横顔を見ながら、うーんと頭を捻る。そうだけど、言いたいのはそうじゃなくて。日本語って難しいな。独り言のように漏らせば、鉄くんはクツクツと喉で笑う。
「七瀬はお兄ちゃんに甘えてれば良いんだよ」
私が言いたくても言葉にできなかった事さえ汲み取ってくれているようなそな言葉に、やっぱりこの人には敵いそうもないと 内心で白旗を振り上げたのだ。