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鉄くんに連れられて校内を歩く。新年度が始まってから私たちは校内でちょっとした有名人のようで、その2人が連れ立っているものだから ただ廊下を歩いているだけで向けられる視線の数がすごかった。
そんな周りからの目を受け流しながら、たどり着いた保健室の扉を鉄くんが開ける。
「先生」
「あら、黒尾くん…と、あなたは“黒尾さん”ね」
「この子 熱あるみたいでさ。ベッド借りていい?」
「…突然みんなの注目の的だもんね。疲れちゃったかな」
先生は苦笑いをして、どうぞとベッドの方へと視線を向けた。ありがとうございます、と 小さく頭を下げてから保健室の中へと進み、ベッドに腰掛ける。腰を下ろして落ち着いたら、途端に身体が怠くなったような気がした。そんな私に気がついたのか、大丈夫かと心配そうに声をかけてくれた鉄くんに曖昧な笑顔を返す。
「黒尾くんも授業に出るでしょ?私もこれから少し出かけるけど、ゆっくり休んでて」
「ありがとうございます」
鞄を手に持ち保健室から出ていく先生に、鉄くんがすかさずお礼を言った。まるで、保護者みたいだ。いや、彼は私のお兄ちゃんなのだから、仕事中の両親よりも“連絡が付きやすい身内”と言う意味では保護者という表現でも間違いないのかもしれない。
うーん、と そんな事を考えていたら不意に肩を押され、私の上半身は簡単にベッドの上に沈んだ。
「病人は寝てなさい」
「病人の扱いにしては乱暴じゃない?」
「ハハッ、大丈夫そうで安心したよ」
自分でも発熱している事に気が付いていなかったぐらいなのだから まさか重症だなんて微塵も思っていないけれど、鉄くんの言葉に即座に反応できるぐらいに私の頭も口もしっかり回っている。その事実に、安心したと彼は笑った。どうしてだろう、鉄くんが笑うと、私はすごくホッとする。
そんな事を考えたら 鉄くんは笑顔を引っ込めて、わずかに眉を寄せた。
「…悪い、負担かけてたよな」
「え?」
「ただでさえ環境が変わってるのに、食事の用意とか大変だったろ」
「そんな事ない!」
否定の言葉を発しながら飛び起きた私の様子に、鉄くんは驚いたように目を瞬かせる。
確かに家族が増えてから、私の仕事量は増えた。例えば洗濯物や洗い物の量が増えたし、食事の量だけじゃなくて内容だって、お母さんと2人だった時よりも栄養バランスにまで気を配っているつもりだ。だけどただ仕事が増えただけじゃなくて、そんな私を労ってくれる人も、美味しいと笑顔で食事を食べてくれる人も増えた。その事に純粋な喜びとやりがいを感じながら、日々の生活に慣れてきた私が自分の役割を負担だと思ったことは この1ヶ月ほどの間に一度だってない。それに、
「私、鉄くんとご飯食べるの嬉しいもん」
布団の中で立てた両膝を抱えて 独り言のようにポツリと呟くけば、鉄くんは驚いたように僅かに目を見開いたのが分かった。
1人で食事をするのが当たり前だった私にとって、家で誰かと食事をするということ、この相手が黒尾鉄朗という人であることは言い表せないほどの喜びなのだ。家族が増えたことを本当に嬉しく思っている。だから今の生活に、僅かにだって負い目を感じて欲しくない。
そんな私の真意まで読み取ったのかは定かじゃないけれど、伸びてきた手が私の肩を抱き寄せた。鉄くんの胸元に飛び込む形になった私の頭を、彼の反対の手がポンポンと撫でる。
「七瀬はいい子だな」
兄が妹を労い褒める。それ以外のものを一切含まないその手はただただ穏やかで優しいものだ。だから私は身を委ねるように目を閉じて、素直にありがとうと口にした。
◇
すこし休めば熱も下がり、それから普段と変わらない日常を数日過ごしたある日。その日もいつも通りの夜だった。
翌日の朝練に備えて早めに眠る鉄くんと一緒に、両親の帰宅を待たずに二階に上がる。おやすみと挨拶を交わしてから各自の部屋に入る、はずだった。
「あ、七瀬」
いつもと違ったのは、義兄が私を呼び止めたこと。
部屋に入りドアを閉めようとしたところで鉄くんに呼ばれ、ひょっこりと廊下に顔を出す。「なぁに?」首を傾げた私に、聞いていいのか分かんねぇけど、と 少し渋りながら鉄くんが口を開いた。
「ゴールデンウィークのご予定は?」
「え…?今のところは、特に、何も…」
仲の良い友達は部活やバイトをしている子が多いから、なかなか遊びの予定も立てられない。デートするような相手もいない。そういう相手が居たら良いのかもしれないと漠然とは思うけれど、明確に欲しいとは今のところ思ってもいないけれど。
それでも“連休の予定がない”という事実はまるで友達が少ないみたいで、なんとなく恥ずかしいような悲しいような気持ちになった私を尻目に、鉄くんがニヤリと笑った。
「なら、宮城行こうぜ」
「はい…?」
その唐突な誘い文句だけで、言葉の意味を推し量れと言う方が無理な話だろう。「みやぎ?」ぱちぱちと目を瞬かせる私を見て ふっと軽く笑った鉄くんが、遠征、と短く答えた。その言葉を聞いてようやく意味を理解する。連休中にバレー部は宮城へ遠征に行くから同行しないか、と言われているのだ。
「それって、私も行っていいの?宿舎の部屋とか面倒臭くならない?」
「先生の許可ももらってるから問題ねぇよ。…それに」
「?」
女子マネージャーのいないバレー部の合宿に私が同行するということは、ただ普段の練習に参加することとは大きく意味が違う。けれど鉄くんはなんて事の無いように私の心配を否定して、既に猫又先生の許可までもらっているという流石の抜かりなさに今さら驚いたりはしないけれど、まだ何かが続きそうな彼の声に首を傾げた。
「七瀬を1人で置いて行きたくないですし」
それは純粋な心配だろう。ゴールデンウィークは出張になるとお母さんも鉄平さんも言っていた。両親が不在の中で兄が合宿に行くとなると、その間この家で私一人が留守番することになる。けれどそれはお母さんと2人だった頃にも幾度となく経験したことで、違いがあるとすれば住んでいる家が広くなったぐらいだろう。
鉄くんだって私が1人で数日ぐらい留守番することに慣れていると知っているはずなのに、こうも明らかに心配されるなんて。子供だと思われているのだろうか。それともドジを踏みそうと思われているのだろうか。そんなことを考えたら、少し寂しくなる。
「…私、そんなに信用ないかな」
「信用はしてるけど、可愛い子の一人暮らしって危ねぇよ?」
「っ……」
流れるように。まるで明日の天気の話でもしているみたいに、何気なく、淀みなく。言われ慣れない形容詞に頬が熱くなるのを感じながら、誤魔化すように視線を下げた。
そんな私の心中を知ってか知らずか、数歩ほどあった距離を詰めて私の目の前に立った鉄くんが 身をかがめて私の顔を覗き込む。
「だから、な?一緒に行こうぜ」
「…私も行っていいの?」
「もちろん。何かあってからじゃ遅いし、俺が心配」
「ありがとう」
本当はちょっと寂しかったんだ。肩を竦めて発したその言葉は本心だった。
広くなった家で、誰かと過ごすことに慣れてきた今の私が、これまでと同じように1人の夜を何日も過ごせるかと言われたら、きっと今まで以上に寂しさを感じてしまうのだろう。
いつか聞いたことのあるような言葉と一緒に、何の躊躇いもなく私を受け入れてくれる兄の優しさに どこまでも甘えてしまいたいと思う。
「その代わり」
「そ、そのかわり…?」
「たーっぷり働いてもらうから、覚悟してろよ」
ニヤリと悪戯に笑ってそう言った鉄くんが、ぐしゃぐしゃと私の髪を撫でた。
本当に、この人は私に優しすぎるのではないだろうか。代償に何を求められるかと一瞬 息を呑んだ私は ぷっと小さく吹き出して、お安い御用だと笑った。
そんな周りからの目を受け流しながら、たどり着いた保健室の扉を鉄くんが開ける。
「先生」
「あら、黒尾くん…と、あなたは“黒尾さん”ね」
「この子 熱あるみたいでさ。ベッド借りていい?」
「…突然みんなの注目の的だもんね。疲れちゃったかな」
先生は苦笑いをして、どうぞとベッドの方へと視線を向けた。ありがとうございます、と 小さく頭を下げてから保健室の中へと進み、ベッドに腰掛ける。腰を下ろして落ち着いたら、途端に身体が怠くなったような気がした。そんな私に気がついたのか、大丈夫かと心配そうに声をかけてくれた鉄くんに曖昧な笑顔を返す。
「黒尾くんも授業に出るでしょ?私もこれから少し出かけるけど、ゆっくり休んでて」
「ありがとうございます」
鞄を手に持ち保健室から出ていく先生に、鉄くんがすかさずお礼を言った。まるで、保護者みたいだ。いや、彼は私のお兄ちゃんなのだから、仕事中の両親よりも“連絡が付きやすい身内”と言う意味では保護者という表現でも間違いないのかもしれない。
うーん、と そんな事を考えていたら不意に肩を押され、私の上半身は簡単にベッドの上に沈んだ。
「病人は寝てなさい」
「病人の扱いにしては乱暴じゃない?」
「ハハッ、大丈夫そうで安心したよ」
自分でも発熱している事に気が付いていなかったぐらいなのだから まさか重症だなんて微塵も思っていないけれど、鉄くんの言葉に即座に反応できるぐらいに私の頭も口もしっかり回っている。その事実に、安心したと彼は笑った。どうしてだろう、鉄くんが笑うと、私はすごくホッとする。
そんな事を考えたら 鉄くんは笑顔を引っ込めて、わずかに眉を寄せた。
「…悪い、負担かけてたよな」
「え?」
「ただでさえ環境が変わってるのに、食事の用意とか大変だったろ」
「そんな事ない!」
否定の言葉を発しながら飛び起きた私の様子に、鉄くんは驚いたように目を瞬かせる。
確かに家族が増えてから、私の仕事量は増えた。例えば洗濯物や洗い物の量が増えたし、食事の量だけじゃなくて内容だって、お母さんと2人だった時よりも栄養バランスにまで気を配っているつもりだ。だけどただ仕事が増えただけじゃなくて、そんな私を労ってくれる人も、美味しいと笑顔で食事を食べてくれる人も増えた。その事に純粋な喜びとやりがいを感じながら、日々の生活に慣れてきた私が自分の役割を負担だと思ったことは この1ヶ月ほどの間に一度だってない。それに、
「私、鉄くんとご飯食べるの嬉しいもん」
布団の中で立てた両膝を抱えて 独り言のようにポツリと呟くけば、鉄くんは驚いたように僅かに目を見開いたのが分かった。
1人で食事をするのが当たり前だった私にとって、家で誰かと食事をするということ、この相手が黒尾鉄朗という人であることは言い表せないほどの喜びなのだ。家族が増えたことを本当に嬉しく思っている。だから今の生活に、僅かにだって負い目を感じて欲しくない。
そんな私の真意まで読み取ったのかは定かじゃないけれど、伸びてきた手が私の肩を抱き寄せた。鉄くんの胸元に飛び込む形になった私の頭を、彼の反対の手がポンポンと撫でる。
「七瀬はいい子だな」
兄が妹を労い褒める。それ以外のものを一切含まないその手はただただ穏やかで優しいものだ。だから私は身を委ねるように目を閉じて、素直にありがとうと口にした。
◇
すこし休めば熱も下がり、それから普段と変わらない日常を数日過ごしたある日。その日もいつも通りの夜だった。
翌日の朝練に備えて早めに眠る鉄くんと一緒に、両親の帰宅を待たずに二階に上がる。おやすみと挨拶を交わしてから各自の部屋に入る、はずだった。
「あ、七瀬」
いつもと違ったのは、義兄が私を呼び止めたこと。
部屋に入りドアを閉めようとしたところで鉄くんに呼ばれ、ひょっこりと廊下に顔を出す。「なぁに?」首を傾げた私に、聞いていいのか分かんねぇけど、と 少し渋りながら鉄くんが口を開いた。
「ゴールデンウィークのご予定は?」
「え…?今のところは、特に、何も…」
仲の良い友達は部活やバイトをしている子が多いから、なかなか遊びの予定も立てられない。デートするような相手もいない。そういう相手が居たら良いのかもしれないと漠然とは思うけれど、明確に欲しいとは今のところ思ってもいないけれど。
それでも“連休の予定がない”という事実はまるで友達が少ないみたいで、なんとなく恥ずかしいような悲しいような気持ちになった私を尻目に、鉄くんがニヤリと笑った。
「なら、宮城行こうぜ」
「はい…?」
その唐突な誘い文句だけで、言葉の意味を推し量れと言う方が無理な話だろう。「みやぎ?」ぱちぱちと目を瞬かせる私を見て ふっと軽く笑った鉄くんが、遠征、と短く答えた。その言葉を聞いてようやく意味を理解する。連休中にバレー部は宮城へ遠征に行くから同行しないか、と言われているのだ。
「それって、私も行っていいの?宿舎の部屋とか面倒臭くならない?」
「先生の許可ももらってるから問題ねぇよ。…それに」
「?」
女子マネージャーのいないバレー部の合宿に私が同行するということは、ただ普段の練習に参加することとは大きく意味が違う。けれど鉄くんはなんて事の無いように私の心配を否定して、既に猫又先生の許可までもらっているという流石の抜かりなさに今さら驚いたりはしないけれど、まだ何かが続きそうな彼の声に首を傾げた。
「七瀬を1人で置いて行きたくないですし」
それは純粋な心配だろう。ゴールデンウィークは出張になるとお母さんも鉄平さんも言っていた。両親が不在の中で兄が合宿に行くとなると、その間この家で私一人が留守番することになる。けれどそれはお母さんと2人だった頃にも幾度となく経験したことで、違いがあるとすれば住んでいる家が広くなったぐらいだろう。
鉄くんだって私が1人で数日ぐらい留守番することに慣れていると知っているはずなのに、こうも明らかに心配されるなんて。子供だと思われているのだろうか。それともドジを踏みそうと思われているのだろうか。そんなことを考えたら、少し寂しくなる。
「…私、そんなに信用ないかな」
「信用はしてるけど、可愛い子の一人暮らしって危ねぇよ?」
「っ……」
流れるように。まるで明日の天気の話でもしているみたいに、何気なく、淀みなく。言われ慣れない形容詞に頬が熱くなるのを感じながら、誤魔化すように視線を下げた。
そんな私の心中を知ってか知らずか、数歩ほどあった距離を詰めて私の目の前に立った鉄くんが 身をかがめて私の顔を覗き込む。
「だから、な?一緒に行こうぜ」
「…私も行っていいの?」
「もちろん。何かあってからじゃ遅いし、俺が心配」
「ありがとう」
本当はちょっと寂しかったんだ。肩を竦めて発したその言葉は本心だった。
広くなった家で、誰かと過ごすことに慣れてきた今の私が、これまでと同じように1人の夜を何日も過ごせるかと言われたら、きっと今まで以上に寂しさを感じてしまうのだろう。
いつか聞いたことのあるような言葉と一緒に、何の躊躇いもなく私を受け入れてくれる兄の優しさに どこまでも甘えてしまいたいと思う。
「その代わり」
「そ、そのかわり…?」
「たーっぷり働いてもらうから、覚悟してろよ」
ニヤリと悪戯に笑ってそう言った鉄くんが、ぐしゃぐしゃと私の髪を撫でた。
本当に、この人は私に優しすぎるのではないだろうか。代償に何を求められるかと一瞬 息を呑んだ私は ぷっと小さく吹き出して、お安い御用だと笑った。