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翌朝。仕事へと出かけるお母さんと鉄平さんを見送ったあと、諸々の準備を済ませた私は黒尾さんと研磨と並んで学校へと向かった。2人とも同じ学校だし、校内でも顔を合わせれば挨拶したり雑談したり、その程度の友好はあったけれど、一緒に登下校するまでの仲でも関わりでもなかった。それがこうして当たり前のように雑談を交えながら歩いているのだから、なんだか不思議な気もする。
学校に到着して何食わぬ顔で体育館に入った私たち3人を見つけた夜久さんが、お、と珍しそうに声を上げた。
「今日は七瀬も参加か!」
「おはようございます、お邪魔します」
ペコリと頭を下げた私に、梟谷と合同だもんな、と快活に笑った夜久さんに私も笑顔を返した。
本来なら部外者である私が真剣な練習の場に顔を出すなんて冷やかしだと疎まれても仕方がないはずなのに、音駒をはじめとする梟谷グループの皆さんは当然のように受け入れてくれている。ただ見ているだけではなくて、できる範囲で邪魔にならない程度に雑務の手伝いはしているから、臨時のへっぽこマネージャーぐらいには思ってくれているのかもしれないけれど、それにしたって寛大だ。だから私はこの人たちと一緒にいるこの空間を心地よく感じているのだと思うけれど。
そんな事を考えたところで、黒尾さんの隣にやってきた夜久さんが、まるで冷やかしでもするかのようニヤニヤと笑みを浮かべながら 黒尾さんを肘で小突く。ハラハラと興味深そうに山本もこちらを見ているところから考えれば、これから夜久さんが発するであろう言葉がなんとなく想像できた気がする。それはきっと、黒尾さんが昨日の部活を休んだ理由を知っている人ならば、誰しもが興味を持っている事。
「で?新しい妹ってどんな子だったよー?」
「あらあら、やっくんってば気になるの?」
「そりゃ……あ?つーか、なんで七瀬が木兎じゃなくてお前らと一緒なんだよ…?」
「紹介します、僕の妹の七瀬です」
「………は、はああああ!!?」
わざとらしく咳払いをしてから私の肩に手を乗せて そして白々しく紹介の言葉を述べた黒尾さんの声に続いて、夜久さんと山本の絶叫が体育館内に響き渡った。
◇
「おー、七瀬も来てんじゃん」
「おはようございます木葉さん」
「音駒 側にいるってなんか癪だな」
到着した梟谷のメンバーが挨拶をしながらゾロゾロと体育館内へ入ってくるその最中に、私を見つけた木葉さんが側へと寄ってきた。ケッと面白くなさそうに言われた言葉に苦笑いを漏らす。
今まではコウちゃんと一緒に来ていたから そのままの流れで梟谷のお手伝いをすることが多かったけれど今日からはきっと、黒尾さん達と一緒に来て 音駒のお手伝いが中心になるのだろう。音駒にはマネージャーがいないからちょうど良いと思っていたけれど、木葉さんにはこれまで何だかんだととても可愛がってもらっていたと思うから、今の彼の様子を見れば嬉しいような、申し訳ないような、そんな気持ちになった。
けれどそんなセンチメンタルな感情なんて掻き消すように、不意に誰かが私の前に立ちはだかる。誰が、なんて その背中を見れば考えるまでもない。黒尾さんだ。
「ちょっと、うちの子を たぶらかさないでもらえます?」
「うるせぇ、七瀬はもともと梟谷 のだ」
「うちのではない」
バチバチと火花を散らすように黒尾さんと睨み合う木葉さんの後ろを、猿杙さんが冷静な突っ込みをいれながら通り過ぎて行く。その温度差に思わず吹き出してしまえば、睨み合っていたはずの2人の視線がこちらへと向けられた。
「黒尾七瀬にはなりましたけど、これからも今までと変わらずお願いします」
「あーもー!やっぱり黒尾には任せられねぇ!」
グシャグシャと乱暴に私の頭を撫でた木葉さんは、両手をそれぞれ私の肩に乗せて 不意に真剣な表情で私の目を覗き込むように視線を合わせる。まるで何か、とても大切で重要な話を始めるかのように。
その雰囲気に流され、ごくりと息を飲む。
「いいか、黒尾に変なマネされそうになったら蹴り飛ばして逃げろよ」
「失礼だなおい」
木葉さんの口から発せられた言葉と 間髪入れずに突っ込む黒尾さんの声に、私はまた吹き出すように笑ってしまった。木葉さんの心配は尤もだと思う。年頃の、高校生の男女が突然に同じ家で暮らすようになったと言われれば、きっと誰しもが抱く想像。けれど、黒尾さんが私に対してどうこうなんて、どんなに頭を捻ったところで想像が浮かばない。私は黒尾鉄朗というその人について、それぐらいには信頼しているし、信頼に値する人だという絶対的な自信がある。
「黒尾さんは大丈夫ですよ」
笑ったままそう答えた私に向けられた2人の視線は、或いは2人以外の視線は、果たしてどんなものだっただろう。この時の私の意識は、そこには向けられていなかった。
◇
その日の時間はあっという間に過ぎて行く。コウちゃん以外の誰かと一緒に体育館に来るのは私にとっては今日が初めてで、その体育館でコウちゃんとその日最初の挨拶を交わすというのももちろん今日が初めてで、今まで何度も見てきた梟谷グループ内での練習風景のはずなのに、今日はなんだか違って感じられた。
「んじゃ、七瀬も帰るぞ…って、今日から違うのか」
「なんだか慣れないよね」
練習終了後、これまでと同じように私も帰途へと誘おうとしたコウちゃんと顔を見合わせて笑う。今までは当たり前に一緒に来て、当たり前に一緒に帰っていた。けれどこれからは、たとえ体育館内で同じ時間を過ごしたとしても その前後は別々なのだ。その事に私たちが慣れるまで、どれぐらいの時間がかかるのだろう。
梟谷の選手たちがバスに乗り込む様子を、見送りにと外に出た音駒のみんなと並んで眺める。前方窓際の席に座ったコウちゃんの 何か言いたげな視線が、バスが出発するまでずっと私に向けられていた気がした。それが何故だか気になって、後でコウちゃんにメールをしてみようかと考えるけれど、帰る時ずっと私のことを見てた?なんて、自意識過剰にも程がある。一度そう思えば、わざわざメールで聞くほどの事でもないかと自分に言い聞かせることになってしまう。
親の再婚で引っ越すことになった私たちの間には、物理的な距離ができた。それは間違いないことで、その物理的な距離によって、今まで経験した事のなかったこういう別れ方も今後は当たり前になるわけで。なんとなく気になることが、なんとなく聞きづらい。そんな心の距離まで作られてしまいそうで、それをとても怖いと思った。
「うし、じゃあ片付けて俺らも帰りましょうか」
響いた黒尾さんの声に、ハッとする。今日はまだ、コウちゃんとこんな別れ方をするのが初めてだから きっと慣れていないだけだ。言い聞かせるように心の中でそう呟いて、体育館へと戻る選手たちの後に続いた。
学校に到着して何食わぬ顔で体育館に入った私たち3人を見つけた夜久さんが、お、と珍しそうに声を上げた。
「今日は七瀬も参加か!」
「おはようございます、お邪魔します」
ペコリと頭を下げた私に、梟谷と合同だもんな、と快活に笑った夜久さんに私も笑顔を返した。
本来なら部外者である私が真剣な練習の場に顔を出すなんて冷やかしだと疎まれても仕方がないはずなのに、音駒をはじめとする梟谷グループの皆さんは当然のように受け入れてくれている。ただ見ているだけではなくて、できる範囲で邪魔にならない程度に雑務の手伝いはしているから、臨時のへっぽこマネージャーぐらいには思ってくれているのかもしれないけれど、それにしたって寛大だ。だから私はこの人たちと一緒にいるこの空間を心地よく感じているのだと思うけれど。
そんな事を考えたところで、黒尾さんの隣にやってきた夜久さんが、まるで冷やかしでもするかのようニヤニヤと笑みを浮かべながら 黒尾さんを肘で小突く。ハラハラと興味深そうに山本もこちらを見ているところから考えれば、これから夜久さんが発するであろう言葉がなんとなく想像できた気がする。それはきっと、黒尾さんが昨日の部活を休んだ理由を知っている人ならば、誰しもが興味を持っている事。
「で?新しい妹ってどんな子だったよー?」
「あらあら、やっくんってば気になるの?」
「そりゃ……あ?つーか、なんで七瀬が木兎じゃなくてお前らと一緒なんだよ…?」
「紹介します、僕の妹の七瀬です」
「………は、はああああ!!?」
わざとらしく咳払いをしてから私の肩に手を乗せて そして白々しく紹介の言葉を述べた黒尾さんの声に続いて、夜久さんと山本の絶叫が体育館内に響き渡った。
◇
「おー、七瀬も来てんじゃん」
「おはようございます木葉さん」
「
到着した梟谷のメンバーが挨拶をしながらゾロゾロと体育館内へ入ってくるその最中に、私を見つけた木葉さんが側へと寄ってきた。ケッと面白くなさそうに言われた言葉に苦笑いを漏らす。
今まではコウちゃんと一緒に来ていたから そのままの流れで梟谷のお手伝いをすることが多かったけれど今日からはきっと、黒尾さん達と一緒に来て 音駒のお手伝いが中心になるのだろう。音駒にはマネージャーがいないからちょうど良いと思っていたけれど、木葉さんにはこれまで何だかんだととても可愛がってもらっていたと思うから、今の彼の様子を見れば嬉しいような、申し訳ないような、そんな気持ちになった。
けれどそんなセンチメンタルな感情なんて掻き消すように、不意に誰かが私の前に立ちはだかる。誰が、なんて その背中を見れば考えるまでもない。黒尾さんだ。
「ちょっと、うちの子を たぶらかさないでもらえます?」
「うるせぇ、七瀬はもともと
「うちのではない」
バチバチと火花を散らすように黒尾さんと睨み合う木葉さんの後ろを、猿杙さんが冷静な突っ込みをいれながら通り過ぎて行く。その温度差に思わず吹き出してしまえば、睨み合っていたはずの2人の視線がこちらへと向けられた。
「黒尾七瀬にはなりましたけど、これからも今までと変わらずお願いします」
「あーもー!やっぱり黒尾には任せられねぇ!」
グシャグシャと乱暴に私の頭を撫でた木葉さんは、両手をそれぞれ私の肩に乗せて 不意に真剣な表情で私の目を覗き込むように視線を合わせる。まるで何か、とても大切で重要な話を始めるかのように。
その雰囲気に流され、ごくりと息を飲む。
「いいか、黒尾に変なマネされそうになったら蹴り飛ばして逃げろよ」
「失礼だなおい」
木葉さんの口から発せられた言葉と 間髪入れずに突っ込む黒尾さんの声に、私はまた吹き出すように笑ってしまった。木葉さんの心配は尤もだと思う。年頃の、高校生の男女が突然に同じ家で暮らすようになったと言われれば、きっと誰しもが抱く想像。けれど、黒尾さんが私に対してどうこうなんて、どんなに頭を捻ったところで想像が浮かばない。私は黒尾鉄朗というその人について、それぐらいには信頼しているし、信頼に値する人だという絶対的な自信がある。
「黒尾さんは大丈夫ですよ」
笑ったままそう答えた私に向けられた2人の視線は、或いは2人以外の視線は、果たしてどんなものだっただろう。この時の私の意識は、そこには向けられていなかった。
◇
その日の時間はあっという間に過ぎて行く。コウちゃん以外の誰かと一緒に体育館に来るのは私にとっては今日が初めてで、その体育館でコウちゃんとその日最初の挨拶を交わすというのももちろん今日が初めてで、今まで何度も見てきた梟谷グループ内での練習風景のはずなのに、今日はなんだか違って感じられた。
「んじゃ、七瀬も帰るぞ…って、今日から違うのか」
「なんだか慣れないよね」
練習終了後、これまでと同じように私も帰途へと誘おうとしたコウちゃんと顔を見合わせて笑う。今までは当たり前に一緒に来て、当たり前に一緒に帰っていた。けれどこれからは、たとえ体育館内で同じ時間を過ごしたとしても その前後は別々なのだ。その事に私たちが慣れるまで、どれぐらいの時間がかかるのだろう。
梟谷の選手たちがバスに乗り込む様子を、見送りにと外に出た音駒のみんなと並んで眺める。前方窓際の席に座ったコウちゃんの 何か言いたげな視線が、バスが出発するまでずっと私に向けられていた気がした。それが何故だか気になって、後でコウちゃんにメールをしてみようかと考えるけれど、帰る時ずっと私のことを見てた?なんて、自意識過剰にも程がある。一度そう思えば、わざわざメールで聞くほどの事でもないかと自分に言い聞かせることになってしまう。
親の再婚で引っ越すことになった私たちの間には、物理的な距離ができた。それは間違いないことで、その物理的な距離によって、今まで経験した事のなかったこういう別れ方も今後は当たり前になるわけで。なんとなく気になることが、なんとなく聞きづらい。そんな心の距離まで作られてしまいそうで、それをとても怖いと思った。
「うし、じゃあ片付けて俺らも帰りましょうか」
響いた黒尾さんの声に、ハッとする。今日はまだ、コウちゃんとこんな別れ方をするのが初めてだから きっと慣れていないだけだ。言い聞かせるように心の中でそう呟いて、体育館へと戻る選手たちの後に続いた。