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ずっと“きょうだい”に憧れていた。一人っ子だった私は 兄弟がいる友人を確かに羨ましく思っていたし、もしも私に“きょうだい”がいればと想像したことも数知れない。まさか、本当にきょうだいができるなんて思ってもいなかったけれど。
◇
土曜日、約束の夜。学生の正装は制服だという母の意見に従い制服に身を包み、連れられたレストラン。先に店に入っているという再婚相手――鉄平さんたちのもとに向かうお母さんの後ろを歩く私の気持ちは、形容するとすれば緊張よりも諦めとでも言った方が近かったかもしれない。けれどそれは決して悪い意味ではなくて、どちらかと言えばポジティブな意味合いのつもりではある。
鉄平さんと、その息子さん。どんな人だろうかという不安ではなく、例えどんな人であっても家族になってみせるという意気込みのような。けれど心のどこかで、ダメなら家を出て一人暮らしをすればいいと、文字通りの諦めもあったのだと思う。
店員さんに誘導されて店内を進む。あ、いたいた。お母さんのそんな声で 足元に向けていた視線を持ち上げて、そして私は固まった。だって、案内された席に座っていたのは 見慣れた制服に身を包み、テーブルに頬杖をつきながら悪戯が成功した子供みたいに歯を見せて笑っている人で。
「よ、七瀬」
「……う、そ」
「あら、鉄朗くんと知り合いなの?」
私たちの反応を見たお母さんは席に腰を下ろしながら驚いたように、でも確かに安心したような表情をした。私は今日、ここへ何をしに来たんだっけ。お母さんが再婚することになって、その相手と その息子さん、つまりは新しい家族となる人たちに会いに来たわけで。それなのに、どうしてここに彼――黒尾鉄朗がいるのだろう。
「な、なんで黒尾さんが居るんですか…?」
「ひでぇな、お兄ちゃんだよ」
現状が飲み込めない私の反応を楽しむようにカラカラと笑った黒尾さんは、未だにテーブルの横で立ったままの私に「とりあえず座れよ」と 彼の向かい側、お母さんの隣の席を指差した。その言葉に従うように、失礼します と断ってから 私も席についた。
黒尾さんは 私と同じ音駒高校の1学年先輩で、男子バレー部の主将。コウちゃんの練習や試合を見に行った時に何度も顔を合わせていることもあるし、コウちゃんと黒尾さんの仲が良いことも相まって、何だかんだと顔見知りになっている梟谷学園グループの皆さんの中でも 特に親しくさせてもらっている1人だ。その人が、家族になるというのか。
驚きを隠せない私とは対照的に、黒尾さんは落ち着き払っていて、こうなることを知っていたとしか思えない。
「黒尾さんは、知ってたんですか…?」
「まぁ俺の1つ下で、佐倉さんちの七瀬ちゃんって言われりゃなあ」
「そう、ですか…」
例えば私も、鉄平さんの名字が黒尾だと知っていたら。息子さんの名前が鉄朗くんだと聞いていたら、まさかもしかしてって思っていただろう。そこまで分かっていれば、同姓同名の別人だなんていうことの方が よっぽど奇跡的だ。
だからと言ってすんなりと現状を受け入れられるかどうかというのは、また別の問題ではあるけれど。見ず知らずの人と“きょうだい”になることへの抵抗を抱いていた私は、果たしてその兄となる人が知人であったことに安堵するべきか、戸惑うべきか、それも分からないままだ。
そのあとは、私と黒尾さんが知り合いという事に大人たちは安堵したのか 和やかに食事が進んでいった。4月から黒尾さんの家で一緒に住みたいという鉄平さんの話にも了承の返事をしながら、私は未だにどこか現実味のないところを彷徨っていたような気がする。黒尾さんが、きょうだい。どうなるんだろう、と 不安とはまた少し違う何かが渦巻いていた。
◇
そしてあっという間に引越しの日がやってくる。必要な荷物は業者に託し、貴重品類だけを持って先に黒尾家へと着いた私たちを玄関まで出迎えてくれたのは鉄平さんと黒尾さんで、私はおずおずと頭を下げたのである。
「よ、よろしくお願いします…」
「はい、よろしく」
ニコニコと笑顔で挨拶を返してくれた黒尾さんに促されて家の中にあがり、鉄平さんと談笑しながら廊下を進んでいく母の背中を見送る。お母さん幸せそうだな。そんな事を思ったら、私も幸せな気分になれた。
「荷物はまだ来てないし、とりあえず家ん中でも案内するか」
「あ、はい、ありがとうございます!……部活は良かったんですか?」
「ん?ああ、今日は特別だろ。先生にも話してるし」
家庭の事情ってやつな。そう言ってイタズラっぽく笑った黒尾さんに釣られるように私も笑って、ありがとうございますともう一度お礼を言った。
主将である黒尾さんが練習を休んでしまえば、部にかかる負担は計り知れない。隙あらばサボろうとする研磨、怒鳴り散らす夜久さん、そんな彼をニコニコとなだめる海さんの姿が容易に想像できてしまった。迷惑をかけてしまったという申し訳なさと、それと同じぐらい、私たちの引越しを優先してくれた心遣いが嬉しい。知人が家族になることに対して感じていた不安が一気に霧散したような気がした。黒尾さんなら、大丈夫だ。
「じゃ、とりあえず七瀬の部屋行くか。二階な」
「はい!」
そうして家の中を案内してもらう。私の部屋、黒尾さんの部屋、両親の寝室、お手洗い、お風呂場。アパート暮らしだった私には一軒家のその広さはとても魅力的で、だけど何度も入ったことのあるコウちゃんの家とは当然ながら全然違っていることがまた新鮮だった。
「当たり前ですけど、コウちゃんの家とは違いますね」
「…木兎?」
「はい。私、戸建てのお家って、コウちゃんの家ぐらいしか入ったことなくて」
友達もマンションの子が多くて。そう言いながら、新しいこの家がなんだか嬉しくて笑っていた私を、黒尾さんが何か言いたそうにジッと見つめていた。けれど私にはその視線の意図が掴めず、きょとんと首を傾げる。
「…?あ、ここが黒尾さんの家ってことは、隣は研磨の家ってことですよね」
「そうなるな。アイツが帰って来たら顔見せに行くか?」
「はい!」
黒尾さんと研磨は家が隣同士の幼馴染みだと以前に言っていたことをふと思い出して そんなことを口にした私にも、彼は合わせてくれるのだ。きっと新しい環境に身を置く私に、さり気無く気を遣ってくれているのだと分かる。本当に、すごい人だと思う。普段は飄々としているけれど、実のところ他人の心の機微にも敏感だ。たった1学年しか違わないのに、果たして来年の私はこれほど周りを見て行動できるだろうか。そんな事を考えたけれど、本当は分かっている。黒尾さんに対してすごいとか、敵わないとか、そういう風に思ってしまうのは年上だからじゃない。黒尾鉄朗その人だからだ。これから彼と過ごしていけば、私も少しは学べるのだろうか、なんてことを思った。
その後はみんなで昼食をとったり、業者に頼んでいた荷物の搬入・荷解きをしたり、研磨に顔を見せに行ったり。バタバタと忙しく、だけど楽しく過ぎて行った。
夕食とお風呂を済ませ、4人揃ってリビングでテレビを見て、家族っていいななんて思って過ごした夜。そろそろ寝ようと両親に声をかけてから黒尾さんと一緒に二階へと上がる。おやすみなさい、と就寝前の挨拶を交わして各自の部屋に入ろうとしたところで、そうだ、と彼が声を発した。
「七瀬、明日一緒に練習来るか?」
「え…?バレー部のですか?」
「明日は梟谷と合同練習だし、親父たちも明日から普通に仕事だろ」
再婚したからと言って両親の多忙が変わるわけではない。明日からは2人ともこれまで通り朝早くから夜遅くまで仕事に出るわけで、黒尾さんが部活に行けば私はこの家に1人になる。その事を気にしてくれた上で、幼馴染みであるコウちゃんも居るから、というお誘いだろう。
「…行きます!」
その気遣いが温かくて、前のめりに答えた私を見て 黒尾さんは楽しそうに笑った。
◇
土曜日、約束の夜。学生の正装は制服だという母の意見に従い制服に身を包み、連れられたレストラン。先に店に入っているという再婚相手――鉄平さんたちのもとに向かうお母さんの後ろを歩く私の気持ちは、形容するとすれば緊張よりも諦めとでも言った方が近かったかもしれない。けれどそれは決して悪い意味ではなくて、どちらかと言えばポジティブな意味合いのつもりではある。
鉄平さんと、その息子さん。どんな人だろうかという不安ではなく、例えどんな人であっても家族になってみせるという意気込みのような。けれど心のどこかで、ダメなら家を出て一人暮らしをすればいいと、文字通りの諦めもあったのだと思う。
店員さんに誘導されて店内を進む。あ、いたいた。お母さんのそんな声で 足元に向けていた視線を持ち上げて、そして私は固まった。だって、案内された席に座っていたのは 見慣れた制服に身を包み、テーブルに頬杖をつきながら悪戯が成功した子供みたいに歯を見せて笑っている人で。
「よ、七瀬」
「……う、そ」
「あら、鉄朗くんと知り合いなの?」
私たちの反応を見たお母さんは席に腰を下ろしながら驚いたように、でも確かに安心したような表情をした。私は今日、ここへ何をしに来たんだっけ。お母さんが再婚することになって、その相手と その息子さん、つまりは新しい家族となる人たちに会いに来たわけで。それなのに、どうしてここに彼――黒尾鉄朗がいるのだろう。
「な、なんで黒尾さんが居るんですか…?」
「ひでぇな、お兄ちゃんだよ」
現状が飲み込めない私の反応を楽しむようにカラカラと笑った黒尾さんは、未だにテーブルの横で立ったままの私に「とりあえず座れよ」と 彼の向かい側、お母さんの隣の席を指差した。その言葉に従うように、失礼します と断ってから 私も席についた。
黒尾さんは 私と同じ音駒高校の1学年先輩で、男子バレー部の主将。コウちゃんの練習や試合を見に行った時に何度も顔を合わせていることもあるし、コウちゃんと黒尾さんの仲が良いことも相まって、何だかんだと顔見知りになっている梟谷学園グループの皆さんの中でも 特に親しくさせてもらっている1人だ。その人が、家族になるというのか。
驚きを隠せない私とは対照的に、黒尾さんは落ち着き払っていて、こうなることを知っていたとしか思えない。
「黒尾さんは、知ってたんですか…?」
「まぁ俺の1つ下で、佐倉さんちの七瀬ちゃんって言われりゃなあ」
「そう、ですか…」
例えば私も、鉄平さんの名字が黒尾だと知っていたら。息子さんの名前が鉄朗くんだと聞いていたら、まさかもしかしてって思っていただろう。そこまで分かっていれば、同姓同名の別人だなんていうことの方が よっぽど奇跡的だ。
だからと言ってすんなりと現状を受け入れられるかどうかというのは、また別の問題ではあるけれど。見ず知らずの人と“きょうだい”になることへの抵抗を抱いていた私は、果たしてその兄となる人が知人であったことに安堵するべきか、戸惑うべきか、それも分からないままだ。
そのあとは、私と黒尾さんが知り合いという事に大人たちは安堵したのか 和やかに食事が進んでいった。4月から黒尾さんの家で一緒に住みたいという鉄平さんの話にも了承の返事をしながら、私は未だにどこか現実味のないところを彷徨っていたような気がする。黒尾さんが、きょうだい。どうなるんだろう、と 不安とはまた少し違う何かが渦巻いていた。
◇
そしてあっという間に引越しの日がやってくる。必要な荷物は業者に託し、貴重品類だけを持って先に黒尾家へと着いた私たちを玄関まで出迎えてくれたのは鉄平さんと黒尾さんで、私はおずおずと頭を下げたのである。
「よ、よろしくお願いします…」
「はい、よろしく」
ニコニコと笑顔で挨拶を返してくれた黒尾さんに促されて家の中にあがり、鉄平さんと談笑しながら廊下を進んでいく母の背中を見送る。お母さん幸せそうだな。そんな事を思ったら、私も幸せな気分になれた。
「荷物はまだ来てないし、とりあえず家ん中でも案内するか」
「あ、はい、ありがとうございます!……部活は良かったんですか?」
「ん?ああ、今日は特別だろ。先生にも話してるし」
家庭の事情ってやつな。そう言ってイタズラっぽく笑った黒尾さんに釣られるように私も笑って、ありがとうございますともう一度お礼を言った。
主将である黒尾さんが練習を休んでしまえば、部にかかる負担は計り知れない。隙あらばサボろうとする研磨、怒鳴り散らす夜久さん、そんな彼をニコニコとなだめる海さんの姿が容易に想像できてしまった。迷惑をかけてしまったという申し訳なさと、それと同じぐらい、私たちの引越しを優先してくれた心遣いが嬉しい。知人が家族になることに対して感じていた不安が一気に霧散したような気がした。黒尾さんなら、大丈夫だ。
「じゃ、とりあえず七瀬の部屋行くか。二階な」
「はい!」
そうして家の中を案内してもらう。私の部屋、黒尾さんの部屋、両親の寝室、お手洗い、お風呂場。アパート暮らしだった私には一軒家のその広さはとても魅力的で、だけど何度も入ったことのあるコウちゃんの家とは当然ながら全然違っていることがまた新鮮だった。
「当たり前ですけど、コウちゃんの家とは違いますね」
「…木兎?」
「はい。私、戸建てのお家って、コウちゃんの家ぐらいしか入ったことなくて」
友達もマンションの子が多くて。そう言いながら、新しいこの家がなんだか嬉しくて笑っていた私を、黒尾さんが何か言いたそうにジッと見つめていた。けれど私にはその視線の意図が掴めず、きょとんと首を傾げる。
「…?あ、ここが黒尾さんの家ってことは、隣は研磨の家ってことですよね」
「そうなるな。アイツが帰って来たら顔見せに行くか?」
「はい!」
黒尾さんと研磨は家が隣同士の幼馴染みだと以前に言っていたことをふと思い出して そんなことを口にした私にも、彼は合わせてくれるのだ。きっと新しい環境に身を置く私に、さり気無く気を遣ってくれているのだと分かる。本当に、すごい人だと思う。普段は飄々としているけれど、実のところ他人の心の機微にも敏感だ。たった1学年しか違わないのに、果たして来年の私はこれほど周りを見て行動できるだろうか。そんな事を考えたけれど、本当は分かっている。黒尾さんに対してすごいとか、敵わないとか、そういう風に思ってしまうのは年上だからじゃない。黒尾鉄朗その人だからだ。これから彼と過ごしていけば、私も少しは学べるのだろうか、なんてことを思った。
その後はみんなで昼食をとったり、業者に頼んでいた荷物の搬入・荷解きをしたり、研磨に顔を見せに行ったり。バタバタと忙しく、だけど楽しく過ぎて行った。
夕食とお風呂を済ませ、4人揃ってリビングでテレビを見て、家族っていいななんて思って過ごした夜。そろそろ寝ようと両親に声をかけてから黒尾さんと一緒に二階へと上がる。おやすみなさい、と就寝前の挨拶を交わして各自の部屋に入ろうとしたところで、そうだ、と彼が声を発した。
「七瀬、明日一緒に練習来るか?」
「え…?バレー部のですか?」
「明日は梟谷と合同練習だし、親父たちも明日から普通に仕事だろ」
再婚したからと言って両親の多忙が変わるわけではない。明日からは2人ともこれまで通り朝早くから夜遅くまで仕事に出るわけで、黒尾さんが部活に行けば私はこの家に1人になる。その事を気にしてくれた上で、幼馴染みであるコウちゃんも居るから、というお誘いだろう。
「…行きます!」
その気遣いが温かくて、前のめりに答えた私を見て 黒尾さんは楽しそうに笑った。