Casa
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
鉄くんが好きだと自覚してからしばらくが経った。この“好き”はこれまで私が彼に感じていた尊敬する先輩への敬愛でも、頼れる兄への親愛でもなく、一人の異性に対する恋愛の情だと認識している。
けれど、だからと言って私にできることは何もない。これが私にとって、初恋と呼べるものだとしても関係ないのだ。私と彼はあくまでも家族で、兄妹なのだから、好きな人ができたと友人に相談することも、ましてや自分を恋愛対象として見てほしいとアピールすることも許されない。
それを嘆かわしいと思ったのは最初の数日だけだった。私が妹である限り、鉄くんのそばにいる事を許される。そして鉄くんはいつだって妹を気にかけ、思いやり、大切に接してくれている。こんなに幸せな事はないだろう。
そう思えるようになってからは、良き妹である事に徹していられるようになり、これまでと変わらない日々の中で 想い人と共に過ごせる毎日に言いようのない幸せを感じていた。
◇
そして期末テストを翌週に控えたその日、テスト前で部活は休みとなる鉄くんの帰宅は普段よりも早い。いつもより長い時間を一緒に過ごせる事が嬉しくて、例えそれが許されず叶わないものだとしても、恋は人を幸せにするのだと痛感する。
先に入浴を済ませた私と入れ替わるように鉄くんがシャワーを浴びている間に、私は鼻歌混じりで食器を洗っていた。
夜もジメジメと暑くなってきた最近の私の部屋着は、お気に入りのショートパンツとタンクトップである。お気に入りとはいえ、ラフな格好は気を抜いているようで恥ずかしいようにも思えたけれど、恋心を自覚した途端に態度や服装を変えるというのも不自然な話だろう。これまでと変わらず、これまで通りの私でいなければ。
そんな事を考えながら洗い物を終えタオルで手を拭いて、リビングのソファに移動している途中で 戻ってきた鉄くんと鉢合わせてギョッとした。
「っ…!?」
声にならない悲鳴が漏れて、慌てて視線を逸らす。
だって急に私の目の前に現れた鉄くんは、彼の部屋着であるジャージ生地のハーフパンツを履いて、そして、あろう事か上半身は何も身に纏わず素肌を晒していたのだから。
いつもは絶対にTシャツを着てからリビングに来るのに、今日に限って、なぜ、突然。
「え、ちょ、服は!? なんで!?」
「あー持って行くの忘れてたし、暑ぃから良いかなって」
パニックになる私を尻目に鉄くんはなんて事もないように、だけどどこか楽しそうな声色でそんなことを言う。
なんで楽しそうなのと抗議する余裕もなく、私が視線を逸らしていた先、ソファの背もたれに彼のTシャツが掛かっているのに気がついて急いで取りに行こうとした、のに。
「別に慣れてるだろ」
お腹に回された腕がそれを許してくれなくて、耳元で聞こえたその声は 脳に直接響いた気がした。
袖のない服を着ているせいで露わになっている肩が、後ろから抱き込まれるような体制で彼の素肌に触れている。Tシャツたった1枚を身につけていないだけで、いつもより随分と体温が高いように感じた。
「部活の時とは違うじゃん!」
「けど、七瀬だって肌出してるじゃねえか」
腹部に回された腕と反対の手が私の無防備な肩を撫で、そのくすぐったさにピクリと身体が震えた。まるで挑発するみたいな手つきなのに、私には腹を立てる余裕すら存在していない。
「だって、それは暑いから」
「俺も暑い」
今日の鉄くんは、いじわるだ。そもそも私が彼と口論したところで勝ち目がないのは明白で、それ以前にこのやり取りに何の生産性があると言うのだろう。
私が視線を逸らしている間に鉄くんが服を着る、それだけで完結できる簡単な話だったはずだ。
それなのに、わざとそうはしないで、揶揄っているだけなのかもしれないけれど 私に意識させるようなこんな事。
腹部に回された長い腕が、真後ろからありありと感じる体温が、肩に触れる大きな手が、耳元で聞こえる声が、私にとってどんな意味があるのか 鉄くんは知りもしないのだろう。
心臓が、うるさい。早く解放して欲しいような、いつまで触れていて欲しいような。複雑な心境で、だけどとにかくこの拍動は悟られてはいけないと 眉を寄せて振り返る。
「…どうして意地悪するの?」
震える声で乞うように言った私は、どんな顔をしていたのだろうか。
一瞬目を見開いたかと思えば 鉄くんはすぐに表情を引っ込めて、右手で私の頬に触れた。そこでいつの間にか彼と向き合う体勢になっていることに気が付いたけれど、今はそんな事はどうでも良い。
親指の腹が、私の唇を撫でた。視線を交えたまま身動きも取れず、言葉を発することもできないでいる私に 彼は何を思ったのだろう。
頬に触れていた手が後頭部へと滑り、頭を引き寄せられる。顔が近付き鼻先が触れるかと思った瞬間、私は顔を鉄くんの肩口に顔を埋めることになった。
「て、つ くん…?」
何が起きているのか状況が理解できずに情けない声を出した私の耳元で、大きなため息が聞こえる。それは呆れとかそういう類のものではなくて、どちらかと言えば自分自身を落ち着かせるためのもののように感じられた。私の勘違いかもしれないけれど。
「…意地が悪かったな」
悪い、と直接鼓膜を震わせるような距離で聞こえる愛しい人の声が、甘やかすみたいに私の髪を撫でる優しすぎる手が、それよりも未だに着衣することなく抱きしめるみたいにぴったりと触れ合っている引き締まった身体が。
私を殺すつもりなのかと思わずにはいられないほど、暴れまくる心臓をぎゅうぎゅうと締め付ける。こんなの、受け流せるわけがない。
「あ」とか「う」とか 意味を成さない声を発する私の顔を覗き込んだ鉄くんが、心底愉快そうに笑った。
「ははっ、真っ赤」
「だ、だってこんなの、」
「かわいい」
「!?」
「俺は七瀬が可愛くて仕方ないんですよ」
こつんと 額を合わせて 至近距離で視線を合わせて言われた言葉に、私はどんな反応をするのが正解だったのだろう。
彼の言うその可愛いが、妹に対する物だと分かっている。それでも頭では理解しているのに、心が期待してしまうのだ。鉄くんにとって、私が“妹”ではなく“女の子”であればいいのにと。
「そういうの、あんまり言わない方がいいよ」
「…なんで?」
「女の子は勘違いするじゃん」
目を逸らしながらそう言った私の答えは一般論だったはずだ。鉄くんみたいな男の子に可愛いなんて言われて、舞い上がらない女子がいるなら会ってみたい。
鉄くんは面食らったように一瞬目を見開いて、それから ふっと小さく笑った。そして私の頭を肩に埋めるようにもう一度ギュッと抱きしめる。
「――― 七瀬はしねぇの?」
耳元で聞こえた言葉は、聞き間違いだっただろうか。弾かれるように顔を上げた私の視線が鉄くんと絡む事はなくて、身体も解放された。
ぐしゃぐしゃと私の頭を撫でた鉄くんはそれ以上何かを言うことはなく、ソファの背もたれにかけられていたTシャツを手に取っている。
都合のいい聞き違いをした上に、都合のいい解釈をしてしまいそうだ。服に袖を通す引き締まった背中を視界の隅に写しながら、私は頭を小さく左右に振った。
けれど、だからと言って私にできることは何もない。これが私にとって、初恋と呼べるものだとしても関係ないのだ。私と彼はあくまでも家族で、兄妹なのだから、好きな人ができたと友人に相談することも、ましてや自分を恋愛対象として見てほしいとアピールすることも許されない。
それを嘆かわしいと思ったのは最初の数日だけだった。私が妹である限り、鉄くんのそばにいる事を許される。そして鉄くんはいつだって妹を気にかけ、思いやり、大切に接してくれている。こんなに幸せな事はないだろう。
そう思えるようになってからは、良き妹である事に徹していられるようになり、これまでと変わらない日々の中で 想い人と共に過ごせる毎日に言いようのない幸せを感じていた。
◇
そして期末テストを翌週に控えたその日、テスト前で部活は休みとなる鉄くんの帰宅は普段よりも早い。いつもより長い時間を一緒に過ごせる事が嬉しくて、例えそれが許されず叶わないものだとしても、恋は人を幸せにするのだと痛感する。
先に入浴を済ませた私と入れ替わるように鉄くんがシャワーを浴びている間に、私は鼻歌混じりで食器を洗っていた。
夜もジメジメと暑くなってきた最近の私の部屋着は、お気に入りのショートパンツとタンクトップである。お気に入りとはいえ、ラフな格好は気を抜いているようで恥ずかしいようにも思えたけれど、恋心を自覚した途端に態度や服装を変えるというのも不自然な話だろう。これまでと変わらず、これまで通りの私でいなければ。
そんな事を考えながら洗い物を終えタオルで手を拭いて、リビングのソファに移動している途中で 戻ってきた鉄くんと鉢合わせてギョッとした。
「っ…!?」
声にならない悲鳴が漏れて、慌てて視線を逸らす。
だって急に私の目の前に現れた鉄くんは、彼の部屋着であるジャージ生地のハーフパンツを履いて、そして、あろう事か上半身は何も身に纏わず素肌を晒していたのだから。
いつもは絶対にTシャツを着てからリビングに来るのに、今日に限って、なぜ、突然。
「え、ちょ、服は!? なんで!?」
「あー持って行くの忘れてたし、暑ぃから良いかなって」
パニックになる私を尻目に鉄くんはなんて事もないように、だけどどこか楽しそうな声色でそんなことを言う。
なんで楽しそうなのと抗議する余裕もなく、私が視線を逸らしていた先、ソファの背もたれに彼のTシャツが掛かっているのに気がついて急いで取りに行こうとした、のに。
「別に慣れてるだろ」
お腹に回された腕がそれを許してくれなくて、耳元で聞こえたその声は 脳に直接響いた気がした。
袖のない服を着ているせいで露わになっている肩が、後ろから抱き込まれるような体制で彼の素肌に触れている。Tシャツたった1枚を身につけていないだけで、いつもより随分と体温が高いように感じた。
「部活の時とは違うじゃん!」
「けど、七瀬だって肌出してるじゃねえか」
腹部に回された腕と反対の手が私の無防備な肩を撫で、そのくすぐったさにピクリと身体が震えた。まるで挑発するみたいな手つきなのに、私には腹を立てる余裕すら存在していない。
「だって、それは暑いから」
「俺も暑い」
今日の鉄くんは、いじわるだ。そもそも私が彼と口論したところで勝ち目がないのは明白で、それ以前にこのやり取りに何の生産性があると言うのだろう。
私が視線を逸らしている間に鉄くんが服を着る、それだけで完結できる簡単な話だったはずだ。
それなのに、わざとそうはしないで、揶揄っているだけなのかもしれないけれど 私に意識させるようなこんな事。
腹部に回された長い腕が、真後ろからありありと感じる体温が、肩に触れる大きな手が、耳元で聞こえる声が、私にとってどんな意味があるのか 鉄くんは知りもしないのだろう。
心臓が、うるさい。早く解放して欲しいような、いつまで触れていて欲しいような。複雑な心境で、だけどとにかくこの拍動は悟られてはいけないと 眉を寄せて振り返る。
「…どうして意地悪するの?」
震える声で乞うように言った私は、どんな顔をしていたのだろうか。
一瞬目を見開いたかと思えば 鉄くんはすぐに表情を引っ込めて、右手で私の頬に触れた。そこでいつの間にか彼と向き合う体勢になっていることに気が付いたけれど、今はそんな事はどうでも良い。
親指の腹が、私の唇を撫でた。視線を交えたまま身動きも取れず、言葉を発することもできないでいる私に 彼は何を思ったのだろう。
頬に触れていた手が後頭部へと滑り、頭を引き寄せられる。顔が近付き鼻先が触れるかと思った瞬間、私は顔を鉄くんの肩口に顔を埋めることになった。
「て、つ くん…?」
何が起きているのか状況が理解できずに情けない声を出した私の耳元で、大きなため息が聞こえる。それは呆れとかそういう類のものではなくて、どちらかと言えば自分自身を落ち着かせるためのもののように感じられた。私の勘違いかもしれないけれど。
「…意地が悪かったな」
悪い、と直接鼓膜を震わせるような距離で聞こえる愛しい人の声が、甘やかすみたいに私の髪を撫でる優しすぎる手が、それよりも未だに着衣することなく抱きしめるみたいにぴったりと触れ合っている引き締まった身体が。
私を殺すつもりなのかと思わずにはいられないほど、暴れまくる心臓をぎゅうぎゅうと締め付ける。こんなの、受け流せるわけがない。
「あ」とか「う」とか 意味を成さない声を発する私の顔を覗き込んだ鉄くんが、心底愉快そうに笑った。
「ははっ、真っ赤」
「だ、だってこんなの、」
「かわいい」
「!?」
「俺は七瀬が可愛くて仕方ないんですよ」
こつんと 額を合わせて 至近距離で視線を合わせて言われた言葉に、私はどんな反応をするのが正解だったのだろう。
彼の言うその可愛いが、妹に対する物だと分かっている。それでも頭では理解しているのに、心が期待してしまうのだ。鉄くんにとって、私が“妹”ではなく“女の子”であればいいのにと。
「そういうの、あんまり言わない方がいいよ」
「…なんで?」
「女の子は勘違いするじゃん」
目を逸らしながらそう言った私の答えは一般論だったはずだ。鉄くんみたいな男の子に可愛いなんて言われて、舞い上がらない女子がいるなら会ってみたい。
鉄くんは面食らったように一瞬目を見開いて、それから ふっと小さく笑った。そして私の頭を肩に埋めるようにもう一度ギュッと抱きしめる。
「――― 七瀬はしねぇの?」
耳元で聞こえた言葉は、聞き間違いだっただろうか。弾かれるように顔を上げた私の視線が鉄くんと絡む事はなくて、身体も解放された。
ぐしゃぐしゃと私の頭を撫でた鉄くんはそれ以上何かを言うことはなく、ソファの背もたれにかけられていたTシャツを手に取っている。
都合のいい聞き違いをした上に、都合のいい解釈をしてしまいそうだ。服に袖を通す引き締まった背中を視界の隅に写しながら、私は頭を小さく左右に振った。
14/14ページ