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ゴールデンウィークが開けてしばらく経ち、5月も終わろうとしていたある日、私は学校が終わった後に木兎家に訪れていた。ほんの2ヶ月ほど前まで住んでいた場所、毎日通っていた道、なのに随分と懐かしく感じられた。
慣れ親しんだはずの木兎家を前に、妙な緊張感を抱いたのはきっとその所為だろう。
「七瀬ちゃん!久しぶりね」
「お久しぶりです、急にすみません」
「いいのよ、部屋で待っててあげてくれる?」
「はい。お邪魔します」
インターホンを鳴らせば数ヶ月ぶりに会うおばさんが迎えてくれて、引っ越す前と何も変わらない対応で家へと迎え入れてくれる。コウちゃんとの付き合いは十年を超えているから、私にとっても勝手知ったる木兎家だ。挨拶をして玄関をあがり、廊下を進んで階段をのぼった右手側。久しぶりとはいえ何度も来たことのあるコウちゃんの部屋に入らせてもらった。
今日なら部活が早くに終わるからと、幼馴染に会うために訪れた。最後にこの部屋に来たのはいつだっただろうか。春休み以降が激動すぎて、はっきりと思い出せもしないけれど。
今日の訪問の目的であった宮城土産の入った紙袋をベッドの横に置いて、我が物顔でベッドの上にうつ伏せで寝転び、枕元に置かれていた月バリを手に取った。パタパタと膝より先を上下させながら、ペラペラとページをめくる。
もうすぐ東京でもインターハイ予選が始まる。もしもインターハイに出場すれば、コウちゃんや鉄くんもここに載ったりするのだろうか。
(雑誌に載ったらすごいよなあ…)
そんなことを考えながらページを捲り、視線は雑誌に向けながら 起こしていた頭を寝かせて ベッドの上で組んでる腕にペタンと頬ををつけた。
別に、寝不足だとかいうわけではなかったはずだ。だから私は、自分の瞼が段々と重くなってきていることに 気付きもしなかった。
◇
「七瀬」
名前を呼ばれて意識が浮上する。ぼんやりと目を開けると、私の頭を撫でながら顔を覗き込む幼馴染と目があった。どうしてコウちゃんが私の部屋に、なんてことを考え 現状把握に回り始めた脳が、急速に覚醒していく。
そうだ、ここは私の部屋ではなかった。
「ん…私寝てた?」
「寝てたってほどでもないだろ」
“10分前ぐらいに七瀬が来た”って言われたし。身体を起こしながら目を擦る私に、コウちゃんは笑ってそう言った。おばさんが彼に言った通り 私がこの部屋に来たのが10分前だとして、月バリを数ページ読んだ記憶はある。ということは、コウちゃんが帰宅するまで、私が意識を飛ばしていたのはほんの数分だったと思って間違いないだろう。
「コウちゃんの部屋って落ち着くから、気が抜けちゃったかな」
「無防備だなー」
「勝手にごめんね。あ、おかえりなさい」
「ああ、ただいま。待たせてゴメンな」
そう言って鞄を机の上に置いたコウちゃんが ドサリとベッドに腰を下ろして、ベッドの上に座ったままの私の頭をわしゎわしゃと撫でる。着替えもせず、制服のまま。コウちゃんはやっぱりバレーのイメージが強いから、制服姿の彼はなんとなく新鮮な気さえしてしまう。
「コウちゃん制服かっこいいよね」
「ばかやろう、俺はいつでもカッコイイだろ」
「それもそうだ」
冗談なのか本気なのか分からない物言いは、いかにも彼らしくて笑ってしまった。自分で自分をカッコイイと言うその言葉が、全く嫌味に聞こえないのがコウちゃんのすごいところだ。普通の人なら相手を苛立たせかねないだろうに。
すると不意に、一緒に笑っていたコウちゃんが ふと笑顔を引っ込めた。
「体調が悪いとかじゃねーんだな?」
「うん、気が抜けただけ」
「環境変わってるし、七瀬は知らずに無理してそうだから」
「意外と心配性だよね。大丈夫だよ」
実際、先月には熱を出しているのだから彼の心配は的を得ていて、さすが幼馴染と言うべきか。付き合いが長いと そんなことも読まれてしまうのかと苦笑いした。
普段は能天気な面が目立つコウちゃんだけど、実は意外と目敏かったりするのだ。
「新しい生活はどう?」
「楽しいよ、すごく」
「黒尾に虐められてないか?」
「まさか。むしろ鉄くんには助けられることばかりだよ」
「“鉄くん”ねえ…」
ベッドの上に胡座をかいて、その膝の上で頬杖をついたコウちゃんが、私の兄の呼称を繰り返したその声は溜息混じりのようにも聴こえて 何やら物言いた気に思える。けれど、それを確認する術はない。
上手くやってるなら良かったよ。そう言ってまた私の頭を撫でるコウちゃんに、ありがとうと笑顔を返せば 不意に彼は手を引っ込めた。
「七瀬はさ、俺の部屋に来ることを何とも思わねーの?」
「久しぶりだし、楽しみにしてたよ」
「………」
「?」
無言でじっと私の顔を見てくる彼に首を傾げる。こういうコウちゃんの姿は、長い付き合いの中で私もあまり見たことがない。気になったけれど、対処法も分からなくてどうしようかと思った時に、ふと思い出したことがある。
あ、と声を出した私は ベッドの横に置いていた紙袋を手に取り、コウちゃんへと差し出した。
「本題を忘れてたよ。これ、宮城のお土産」
「おー!サンキュー七瀬!」
「ずんだ餅は日持ちしなくて買えなかったけど」
パッと笑顔を浮かべたコウちゃんは普段通りの様子に戻っていて、私は内心で安堵した。良かった、いつものコウちゃんだ。
嬉しそうに伸ばされた彼の手が紙袋を受け取るかと思った刹那、それは紙袋ではなく私の手首を掴んで。それほど強い力ではなかったと思うけれど、完全に不意をつかれた私はグッと引かれた力のままに コウちゃんの胸に飛び込んだ。
「わっ!? こ、こうちゃん…?」
「あー…悪りぃ」
「どうかした…?」
「いや……土産、ありがとうな」
私の身体を当然のように受け止めた彼は、すぐには私を解放しない。思わずハグしたくなるほど喜んでくれたのだろうか。希望のずんだ餅ではなかったのに。
そんな事を思って 首を傾げたけれど、まぁいいか、という結論に至った。コウちゃんとゆっくり話すのも、こんなにも近い距離にいるのも、引っ越してからは尚更久しぶりで 単純に嬉しかったのだ。私にとってコウちゃんは、安心して心を許せる人だから。
腕の中で大人しくしている私の頭を撫でるコウちゃんの手が、いつも以上に優しく感じた。
慣れ親しんだはずの木兎家を前に、妙な緊張感を抱いたのはきっとその所為だろう。
「七瀬ちゃん!久しぶりね」
「お久しぶりです、急にすみません」
「いいのよ、部屋で待っててあげてくれる?」
「はい。お邪魔します」
インターホンを鳴らせば数ヶ月ぶりに会うおばさんが迎えてくれて、引っ越す前と何も変わらない対応で家へと迎え入れてくれる。コウちゃんとの付き合いは十年を超えているから、私にとっても勝手知ったる木兎家だ。挨拶をして玄関をあがり、廊下を進んで階段をのぼった右手側。久しぶりとはいえ何度も来たことのあるコウちゃんの部屋に入らせてもらった。
今日なら部活が早くに終わるからと、幼馴染に会うために訪れた。最後にこの部屋に来たのはいつだっただろうか。春休み以降が激動すぎて、はっきりと思い出せもしないけれど。
今日の訪問の目的であった宮城土産の入った紙袋をベッドの横に置いて、我が物顔でベッドの上にうつ伏せで寝転び、枕元に置かれていた月バリを手に取った。パタパタと膝より先を上下させながら、ペラペラとページをめくる。
もうすぐ東京でもインターハイ予選が始まる。もしもインターハイに出場すれば、コウちゃんや鉄くんもここに載ったりするのだろうか。
(雑誌に載ったらすごいよなあ…)
そんなことを考えながらページを捲り、視線は雑誌に向けながら 起こしていた頭を寝かせて ベッドの上で組んでる腕にペタンと頬ををつけた。
別に、寝不足だとかいうわけではなかったはずだ。だから私は、自分の瞼が段々と重くなってきていることに 気付きもしなかった。
◇
「七瀬」
名前を呼ばれて意識が浮上する。ぼんやりと目を開けると、私の頭を撫でながら顔を覗き込む幼馴染と目があった。どうしてコウちゃんが私の部屋に、なんてことを考え 現状把握に回り始めた脳が、急速に覚醒していく。
そうだ、ここは私の部屋ではなかった。
「ん…私寝てた?」
「寝てたってほどでもないだろ」
“10分前ぐらいに七瀬が来た”って言われたし。身体を起こしながら目を擦る私に、コウちゃんは笑ってそう言った。おばさんが彼に言った通り 私がこの部屋に来たのが10分前だとして、月バリを数ページ読んだ記憶はある。ということは、コウちゃんが帰宅するまで、私が意識を飛ばしていたのはほんの数分だったと思って間違いないだろう。
「コウちゃんの部屋って落ち着くから、気が抜けちゃったかな」
「無防備だなー」
「勝手にごめんね。あ、おかえりなさい」
「ああ、ただいま。待たせてゴメンな」
そう言って鞄を机の上に置いたコウちゃんが ドサリとベッドに腰を下ろして、ベッドの上に座ったままの私の頭をわしゎわしゃと撫でる。着替えもせず、制服のまま。コウちゃんはやっぱりバレーのイメージが強いから、制服姿の彼はなんとなく新鮮な気さえしてしまう。
「コウちゃん制服かっこいいよね」
「ばかやろう、俺はいつでもカッコイイだろ」
「それもそうだ」
冗談なのか本気なのか分からない物言いは、いかにも彼らしくて笑ってしまった。自分で自分をカッコイイと言うその言葉が、全く嫌味に聞こえないのがコウちゃんのすごいところだ。普通の人なら相手を苛立たせかねないだろうに。
すると不意に、一緒に笑っていたコウちゃんが ふと笑顔を引っ込めた。
「体調が悪いとかじゃねーんだな?」
「うん、気が抜けただけ」
「環境変わってるし、七瀬は知らずに無理してそうだから」
「意外と心配性だよね。大丈夫だよ」
実際、先月には熱を出しているのだから彼の心配は的を得ていて、さすが幼馴染と言うべきか。付き合いが長いと そんなことも読まれてしまうのかと苦笑いした。
普段は能天気な面が目立つコウちゃんだけど、実は意外と目敏かったりするのだ。
「新しい生活はどう?」
「楽しいよ、すごく」
「黒尾に虐められてないか?」
「まさか。むしろ鉄くんには助けられることばかりだよ」
「“鉄くん”ねえ…」
ベッドの上に胡座をかいて、その膝の上で頬杖をついたコウちゃんが、私の兄の呼称を繰り返したその声は溜息混じりのようにも聴こえて 何やら物言いた気に思える。けれど、それを確認する術はない。
上手くやってるなら良かったよ。そう言ってまた私の頭を撫でるコウちゃんに、ありがとうと笑顔を返せば 不意に彼は手を引っ込めた。
「七瀬はさ、俺の部屋に来ることを何とも思わねーの?」
「久しぶりだし、楽しみにしてたよ」
「………」
「?」
無言でじっと私の顔を見てくる彼に首を傾げる。こういうコウちゃんの姿は、長い付き合いの中で私もあまり見たことがない。気になったけれど、対処法も分からなくてどうしようかと思った時に、ふと思い出したことがある。
あ、と声を出した私は ベッドの横に置いていた紙袋を手に取り、コウちゃんへと差し出した。
「本題を忘れてたよ。これ、宮城のお土産」
「おー!サンキュー七瀬!」
「ずんだ餅は日持ちしなくて買えなかったけど」
パッと笑顔を浮かべたコウちゃんは普段通りの様子に戻っていて、私は内心で安堵した。良かった、いつものコウちゃんだ。
嬉しそうに伸ばされた彼の手が紙袋を受け取るかと思った刹那、それは紙袋ではなく私の手首を掴んで。それほど強い力ではなかったと思うけれど、完全に不意をつかれた私はグッと引かれた力のままに コウちゃんの胸に飛び込んだ。
「わっ!? こ、こうちゃん…?」
「あー…悪りぃ」
「どうかした…?」
「いや……土産、ありがとうな」
私の身体を当然のように受け止めた彼は、すぐには私を解放しない。思わずハグしたくなるほど喜んでくれたのだろうか。希望のずんだ餅ではなかったのに。
そんな事を思って 首を傾げたけれど、まぁいいか、という結論に至った。コウちゃんとゆっくり話すのも、こんなにも近い距離にいるのも、引っ越してからは尚更久しぶりで 単純に嬉しかったのだ。私にとってコウちゃんは、安心して心を許せる人だから。
腕の中で大人しくしている私の頭を撫でるコウちゃんの手が、いつも以上に優しく感じた。