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合宿から戻り、いつの間にかすっかり住み慣れた“黒尾家”に戻る。この数日間を大人数で賑やかに過ごしてきたのでとても静かに感じるけれど、だからと言って寂しくはない。それは帰った家にいるのが私1人ではなくて、鉄くんと2人だからだろう。“1人じゃない”ということの暖かさを痛感して、胸の奥がギュッとなる。
そんなことを考えながら持ち帰ったかばんの中から洗濯物を出したり片付けをしていると、七瀬、と名前を呼ばれて振り返る。
「風呂入ってこいよ」
「え?鉄くんお先にどうぞ」
「慣れないことして疲れてるだろ」
「選手ほどじゃないよ」
確かに部活の遠征なんて初めてで とても刺激的な数日間だったけれど、連日で何試合もこなして、さらに部員たちの監督的な立場にいた鉄くんに比べれば、私の疲労など心身共に取るに足りないものだろう。
そう思って帰宅後のお風呂ぐらい先にゆっくり入ってもらいたかった、のに。いつの間にか私は言いくるめられ、先にお風呂を頂くこととなる。
夕食だって解散後に研磨たちと外で済ませてきたから 炊事という私の仕事を1つ無くしてもらっていたのに。まるで敵いっこない兄に少しの悔しさを抱きながら、急いでお風呂を済ませたのである。
「鉄くん、ありがとう。お先に頂きました」
「もう出たのか?慌てなくて良かったのに」
「だ、だって……」
「ありがとな、俺も入ってくるよ」
ははっと軽く笑った鉄くんは、まだ水分の残る私の頭をクシャクシャと撫でてからお風呂場に向かったので、その背中を見送りながらホッと息を吐いた。
1人残されたリビングでソファに腰を下ろし、肩にかけていたタオルで髪をガサガサと拭く。こうして体を落ち着かせたら、ドッと疲れが押し寄せてきたような気がする。けれどそれはどこか充実感も携えたもので、確かに身体は疲れているけれど、もう2度と御免だなどとは思わなくて、感想を述べるとしたら「楽しかったなぁ」というものだ。
(連れて行ってもらって良かったなぁ)
コテンとソファに上体を横たえる。遠征に誘ってもらえて良かった。連れて行ってもらえて良かった。改めて鉄くんにお礼を言わなきゃな、と そんな事を考えたところで ふわふわとしていた私の意識は途切れたのだった。
◇
風呂を終えてリビングに戻ってくると、そこに七瀬の姿は見えなかった。慣れない遠征できっと相当に疲れているだろうし もう寝たのだろうかと思ったけれど、それならきっと風呂場の俺に何か一言声をかけてから部屋に行くだろう。七瀬はそういう子だ。
ちょうどトイレにでも立っているタイミングだったのかもしれない。そう結論付けてソファに座ろうと回り込み、ギョッとした。ソファの上に身を横たえて、すーすーと規則正しい寝息を立てているのは、つい先刻 自分が姿を探した妹に他ならない。
身体を冷やすからと何度言っても「冬場は違うものを履いてる」「これが可愛い」とやめなかった部屋着のショートパンツから健康的な素足を無防備に曝け出して、なんの警戒もなく瞼を閉じた寝顔はとても穏やかだ。
(勘弁しろよ……)
文字通り、頭を抱えたくなった。なんの拷問だよと心の中で文句を垂れながら息を吐いて、隙だらけの脚をなるべく視界に入れないようソファの前にしゃがみ込み、七瀬の顔を覗き込む。
「こら七瀬、こんなところで寝ないでください」
前髪をかき上げるように額を撫でて声をかけるけれど、反応はない。変わらず静かな寝息が聞こえるだけだ。
七瀬の中でのかつての俺は“安全安心の黒尾さん”で、今も変わらず“絶対的に信頼できる兄”なのだと思い知る。どうして俺なんかを、なんの疑いもなくこれほど真っ直ぐに信じられるのか。もう少し警戒してくれた方が気も楽だったかもしれないのに。
(――なんて言っても仕方ねーか)
何かを誤魔化すように頬を掻いて、やれやれと息を吐く。頭に被っていたタオルをローテーブルの上に放り投げて、不可抗力だから許してくれよなと 誰に対するものか分からない言い訳を漏らす。
眠る七瀬の背中と膝裏に腕を入れて、完全に夢の世界へと入っているその身体を抱き上げた。女の子の中では身長は高めだけど、それでも俺に比べればずっと小さい。そして仲間や俺を含めた野郎共とは比べ物にならないぐらい柔らかくて、シャンプーではない甘い匂いが鼻を掠めて とても悪いことをしている気分がした。
(無断で触れた時点で“悪いこと”になんのかな)
だから不可抗力だって言っただろ、と 心中で言い訳をもう一度。抱えた身体をぶつけないように細心の注意を払いながら、階段を上って彼女の部屋へと向かう。
勝手に部屋に入るのもどうかと一瞬躊躇ったけれど、あのままリビングで寝かせていると風邪をひかせてしまうかもしれないのだから仕方ない。もう何度目かも分からなくなるほど自分の中で言い訳をして正当化して、失礼しますと内心で断りを入れてから七瀬の部屋へと入る。
片づけられたシンプルな部屋は 可愛いものがたくさんあるわけでもないのに、それでも確かに“女の子の部屋”だった。一体何がそう感じさせるのかは定かじゃないけれど、不可抗力とはいえ無断で入った室内をまじまじと眺めることこそ失礼だろうと思い、その思考を頭の中から追い出した。
窓際のベッドの上にそっと七瀬の身体を下ろし、素足を隠すように布団をかけてカーテンを閉める。小さく身動ぎをしたけれど、起きた気配はない。安心しきって眠る七瀬の頬に そっと触れた。
「…あんまり、俺を信用しすぎるなよ」
まるで忠告でもするみたいに そんなとこを言うくせに、聞こえていないと分かりきっているこのタイミングを選んだ己の矛盾に苦笑いをする。そして、そんな言葉とは裏腹に、閉じられた瞼に唇を寄せた。これぐらいは許されるだろうと、また自分を正当化して。
(起きてたら、どんな反応するんだろうな)
前髪を撫でると 目がぎゅっときつく閉じられて、それからうっすらと瞼が開いた。まだぼんやりと焦点が定まっていない瞳が周りを見回すようにゆるゆると動き、俺の顔を見つけると 七瀬の表情が緩む。
「てつくん…?」
「ああ悪ぃ、起こしたか」
「んーん…ありがと、だいすき」
へにゃりと。そんな効果音でも聞こえてきそうなほど嬉しそうに笑ってそう言った七瀬は、言い終えた瞬間にはスヤスヤと眠っていた。
寝ぼけていたのだ。それは間違いない。けれど、あんなにも嬉しそうな顔で、この子は何と言った?
「………は?」
言葉も失い、目の前で眠る七瀬を凝視する。運動をしているわけでもないのに、心臓が暴れて大きな音を立てているのがわかった。俺は今、らしくもなく動揺しているのだ。
勘弁してくれと再び頭を抱えたくなりながら、足早に七瀬の部屋を出る。その間もずっと自分の意思とは関係なく、何度も頭の中で七瀬の声が繰り返されていた。あんなの、反則だろ。
この状況で愛しく思わない術があるなら、誰か教えてくれよ。
そんなことを考えながら持ち帰ったかばんの中から洗濯物を出したり片付けをしていると、七瀬、と名前を呼ばれて振り返る。
「風呂入ってこいよ」
「え?鉄くんお先にどうぞ」
「慣れないことして疲れてるだろ」
「選手ほどじゃないよ」
確かに部活の遠征なんて初めてで とても刺激的な数日間だったけれど、連日で何試合もこなして、さらに部員たちの監督的な立場にいた鉄くんに比べれば、私の疲労など心身共に取るに足りないものだろう。
そう思って帰宅後のお風呂ぐらい先にゆっくり入ってもらいたかった、のに。いつの間にか私は言いくるめられ、先にお風呂を頂くこととなる。
夕食だって解散後に研磨たちと外で済ませてきたから 炊事という私の仕事を1つ無くしてもらっていたのに。まるで敵いっこない兄に少しの悔しさを抱きながら、急いでお風呂を済ませたのである。
「鉄くん、ありがとう。お先に頂きました」
「もう出たのか?慌てなくて良かったのに」
「だ、だって……」
「ありがとな、俺も入ってくるよ」
ははっと軽く笑った鉄くんは、まだ水分の残る私の頭をクシャクシャと撫でてからお風呂場に向かったので、その背中を見送りながらホッと息を吐いた。
1人残されたリビングでソファに腰を下ろし、肩にかけていたタオルで髪をガサガサと拭く。こうして体を落ち着かせたら、ドッと疲れが押し寄せてきたような気がする。けれどそれはどこか充実感も携えたもので、確かに身体は疲れているけれど、もう2度と御免だなどとは思わなくて、感想を述べるとしたら「楽しかったなぁ」というものだ。
(連れて行ってもらって良かったなぁ)
コテンとソファに上体を横たえる。遠征に誘ってもらえて良かった。連れて行ってもらえて良かった。改めて鉄くんにお礼を言わなきゃな、と そんな事を考えたところで ふわふわとしていた私の意識は途切れたのだった。
◇
風呂を終えてリビングに戻ってくると、そこに七瀬の姿は見えなかった。慣れない遠征できっと相当に疲れているだろうし もう寝たのだろうかと思ったけれど、それならきっと風呂場の俺に何か一言声をかけてから部屋に行くだろう。七瀬はそういう子だ。
ちょうどトイレにでも立っているタイミングだったのかもしれない。そう結論付けてソファに座ろうと回り込み、ギョッとした。ソファの上に身を横たえて、すーすーと規則正しい寝息を立てているのは、つい先刻 自分が姿を探した妹に他ならない。
身体を冷やすからと何度言っても「冬場は違うものを履いてる」「これが可愛い」とやめなかった部屋着のショートパンツから健康的な素足を無防備に曝け出して、なんの警戒もなく瞼を閉じた寝顔はとても穏やかだ。
(勘弁しろよ……)
文字通り、頭を抱えたくなった。なんの拷問だよと心の中で文句を垂れながら息を吐いて、隙だらけの脚をなるべく視界に入れないようソファの前にしゃがみ込み、七瀬の顔を覗き込む。
「こら七瀬、こんなところで寝ないでください」
前髪をかき上げるように額を撫でて声をかけるけれど、反応はない。変わらず静かな寝息が聞こえるだけだ。
七瀬の中でのかつての俺は“安全安心の黒尾さん”で、今も変わらず“絶対的に信頼できる兄”なのだと思い知る。どうして俺なんかを、なんの疑いもなくこれほど真っ直ぐに信じられるのか。もう少し警戒してくれた方が気も楽だったかもしれないのに。
(――なんて言っても仕方ねーか)
何かを誤魔化すように頬を掻いて、やれやれと息を吐く。頭に被っていたタオルをローテーブルの上に放り投げて、不可抗力だから許してくれよなと 誰に対するものか分からない言い訳を漏らす。
眠る七瀬の背中と膝裏に腕を入れて、完全に夢の世界へと入っているその身体を抱き上げた。女の子の中では身長は高めだけど、それでも俺に比べればずっと小さい。そして仲間や俺を含めた野郎共とは比べ物にならないぐらい柔らかくて、シャンプーではない甘い匂いが鼻を掠めて とても悪いことをしている気分がした。
(無断で触れた時点で“悪いこと”になんのかな)
だから不可抗力だって言っただろ、と 心中で言い訳をもう一度。抱えた身体をぶつけないように細心の注意を払いながら、階段を上って彼女の部屋へと向かう。
勝手に部屋に入るのもどうかと一瞬躊躇ったけれど、あのままリビングで寝かせていると風邪をひかせてしまうかもしれないのだから仕方ない。もう何度目かも分からなくなるほど自分の中で言い訳をして正当化して、失礼しますと内心で断りを入れてから七瀬の部屋へと入る。
片づけられたシンプルな部屋は 可愛いものがたくさんあるわけでもないのに、それでも確かに“女の子の部屋”だった。一体何がそう感じさせるのかは定かじゃないけれど、不可抗力とはいえ無断で入った室内をまじまじと眺めることこそ失礼だろうと思い、その思考を頭の中から追い出した。
窓際のベッドの上にそっと七瀬の身体を下ろし、素足を隠すように布団をかけてカーテンを閉める。小さく身動ぎをしたけれど、起きた気配はない。安心しきって眠る七瀬の頬に そっと触れた。
「…あんまり、俺を信用しすぎるなよ」
まるで忠告でもするみたいに そんなとこを言うくせに、聞こえていないと分かりきっているこのタイミングを選んだ己の矛盾に苦笑いをする。そして、そんな言葉とは裏腹に、閉じられた瞼に唇を寄せた。これぐらいは許されるだろうと、また自分を正当化して。
(起きてたら、どんな反応するんだろうな)
前髪を撫でると 目がぎゅっときつく閉じられて、それからうっすらと瞼が開いた。まだぼんやりと焦点が定まっていない瞳が周りを見回すようにゆるゆると動き、俺の顔を見つけると 七瀬の表情が緩む。
「てつくん…?」
「ああ悪ぃ、起こしたか」
「んーん…ありがと、だいすき」
へにゃりと。そんな効果音でも聞こえてきそうなほど嬉しそうに笑ってそう言った七瀬は、言い終えた瞬間にはスヤスヤと眠っていた。
寝ぼけていたのだ。それは間違いない。けれど、あんなにも嬉しそうな顔で、この子は何と言った?
「………は?」
言葉も失い、目の前で眠る七瀬を凝視する。運動をしているわけでもないのに、心臓が暴れて大きな音を立てているのがわかった。俺は今、らしくもなく動揺しているのだ。
勘弁してくれと再び頭を抱えたくなりながら、足早に七瀬の部屋を出る。その間もずっと自分の意思とは関係なく、何度も頭の中で七瀬の声が繰り返されていた。あんなの、反則だろ。
この状況で愛しく思わない術があるなら、誰か教えてくれよ。