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4月。高校2年生としての新学期の開始を間も無くに控えたその日、ここまで女手一つで私を育ててくれた母が再婚し、新しい家族ができた。お父さんと、それから。
「よ、よろしくお願いします…」
「はい、よろしく」
新しい家に到着した私たちを玄関先まで出迎えくれて、挨拶をしながら頭を下げた私にニコニコと笑顔で応えてくれたその人は。
幼馴染みの友人で、高校の先輩で―――今日から、私のお兄ちゃん。
◇
事の始まりは春休みに入って最初の金曜日、時間は21時前。お風呂上がりの濡れた頭にバスタオルを被り、ガサガサと適当に髪を拭きながらリビングへ戻る。扉を潜ってすぐ ダイニングテーブルに座るお母さんの姿が目に入って、何となく、ピリピリとした妙な緊張感が漂っているのが分かった。何かあるんだろうな、と きっと親子じゃなくてもそう感じる。それぐらい分かりやすく、お母さんの周りの空気は硬かった。
「なに、お母さんどうかした?」
「あ…あのね、七瀬に大事な話があるの」
お母さんの向かいの椅子に座りながら、返されたどこか強張った声で これから話されるであろう内容を察した。再婚の話だろう、と。
私の物心が付く前にお父さんが亡くなって、お母さんとの二人暮らしが私の中での“当たり前”だった。仕事も家事も育児も、お母さんは女手一つでたくさん頑張ってきてくれたことを知っている。そのお母さんが何年か前からお付き合いしている人がいたのも知っていた。仕事が忙しい人のようで その相手の人と会ったことはないけれど、もしいつか、お母さんから再婚の話が出たら快諾したいとずっと思ってきた。
だから私は、予想通りに告げられた「結婚しようと思う」という母の言葉に、何の躊躇いもなく首を縦に振った。
私の答えに驚いたように、だけど嬉しそうに笑ったお母さんは、ハッと何かを思い出したような反応をする。
「でも、あちらにも息子さんがいて…」
「……え?」
言ってなかったかしら、と申し訳なさそうな顔をするお母さんを見て 必死に頭を中の記憶を探る。そう言えば何年か前、お母さんから始めて交際相手の話を聞いたときに一度だけ言われたような気がする。私より1つ年上の息子さんがいる、と。完全に忘れていた。そんな何年も前に一度聞いただけの話を覚えていて、ちゃんと思い出せた私を褒めて欲しいぐらいだけど。
「お母さんが選んだ人の息子さんなら変な人じゃないはずだし、仲良くできると思うよ」
「ありがとう、七瀬……それで、明日の夜に顔合わせというか、一緒に食事をしたくて」
「ん、明日なら予定もないし大丈夫」
私の答えを聞いたお母さんは、もう一度嬉しそうに笑った。この歳になってから、同年代の異性と一緒に暮らすことになると言われても正直少し…いや、かなり抵抗がある。だけどお母さんの幸せを邪魔したくないというのも本音だし、本当にダメだと思った時は 私だってもう高校生なんだから一人暮らしでもさせてもらえば良い。そう割り切ることにした。
ゆっくりと息を吐いたところで、ふと お風呂の中で考えていたことを思い出して椅子から立ち上がる。
「あ、お母さん、シャーペンの芯がなくなったから コンビニ行ってくるね」
「今から?気をつけてね」
「はーい」
暦の上では春になったとは言え、夜はまだまだ冷える。厚手のパーカーを羽織ってファスナーを閉めて、お財布をポケットに入れ、スニーカーを履いて家を出た。無意識に吐き出した息が白く染まることはなくて、冷えると言ってもやっぱり春だな、なんて そんなことを考えた。
トントンと靴音が響くアパートの階段を下りて十数メートル進んだところで、馴染みのある家の前に見知った人影を見つけ、私はパタパタと駆け寄った。
「コウちゃん!」
「おー、七瀬」
そこに居たのは幼馴染のコウちゃん――木兎光太郎だった。部活の帰りなのだろう、エナメルバッグを肩から下げて、ちょうど門の中へ入ろうとしている彼に、おかえりなさい とそう言えば、「おう!ただいま!」と いつもの眩しい笑顔で返ってくる。みっちり練習した後のはずなのに元気だな。そんなことを考えたら釣られるように笑ってしまった。
「なんだ、どっか行くのか?」
「うん、ちょっとコンビニ」
「今から?……ちょっと待ってろ、俺も行く」
「え?なんで?」
「この時間に1人は危ねえだろ」
「大丈夫だよ、すぐそこだもん」
「いーよ。何かあってからじゃ遅いし、俺が心配」
ちょっと待ってろともう一度言ったコウちゃんは 玄関へと向かいドアを開け、家の中に文字通りバッグを放り投げた。「母ちゃん、ちょっとコンビニ行ってくる!」家の中に向かってそれだけ言って、すぐにこちらに戻ってくる。おし、行くか。なんて事のない様に門を閉めて歩き出すコウちゃんの隣に並んで その横顔を見上げる。ごめんね、ありがとう。思ったことをそのまま口にすれば、コウちゃんの大きな手がグシャグシャと私の頭を撫でた。
間も無く始まる新学期の話題で盛り上がっているうちにコンビニに到着して、目的の芯を買う。漫画雑誌を立ち読みしていたコウちゃんに声をかけ、また2人で並んで夜道を戻る。その途中に私が口にしたのは、やっぱり誰かに聞いてほしい話題だった。
「お母さん、再婚するんだって」
「へー、おめでとう。……七瀬は大丈夫?」
「え?」
「いや、他人が急に今日から家族ですってなるわけだろ」
コウちゃんの言っていることは もっともだ。お母さんが選んだ人を信じているとは言え、今の私にとっては会ったこともない他人でしかない。再婚に反対する気なんてなくても、不安に思うことぐらいは許されるのだろうか。そう思うと急に心が軽くなった気がした。普段のコウちゃんは深いことは何も考えていないようなのに、こういう時に核心を突いてくるからすごいと思う。
「新しいお父さんもそうだけど、お兄ちゃんもできるみたいで」
「それって」
「さすがにビックリしてさ…私の1つ上って聞いてるから、コウちゃんと同級生だね。仲良くできるといいけど」
「……」
誤魔化すように笑って言った私の言葉に返答はないまま、コウちゃんが歩みを止めた。釣られて足を止めて振り返れば、真剣な表情をしたコウちゃんと目が合う。どうしたの、と問いかけても 彼は何かを考えているような、そんな表情をしたままだ。表情豊かな彼のこういう表情はあまり見たことがなくて、私はただ首を傾げることしかできない。
「コウちゃん?」
「…嫌になったら俺んとこに逃げて来いよ」
「でも…きっと もうすぐここも引っ越すから」
「家が近くなきゃ来ちゃいけないわけじゃねーだろ」
「!」
「いつでも来いよ。俺は七瀬の味方だろ」
「うん…うん!ありがとう」
かけられた言葉が暖かくて、嬉しくて、泣いてしまいたくなった。私の頭に乗せられた手は、昔から変わらずに優しい。コウちゃんがお兄ちゃんだったら良かったのに、なんて、思っても仕方のないことだけど。コウちゃんがいれば、何があっても私はきっと大丈夫だと思えた。
「よ、よろしくお願いします…」
「はい、よろしく」
新しい家に到着した私たちを玄関先まで出迎えくれて、挨拶をしながら頭を下げた私にニコニコと笑顔で応えてくれたその人は。
幼馴染みの友人で、高校の先輩で―――今日から、私のお兄ちゃん。
◇
事の始まりは春休みに入って最初の金曜日、時間は21時前。お風呂上がりの濡れた頭にバスタオルを被り、ガサガサと適当に髪を拭きながらリビングへ戻る。扉を潜ってすぐ ダイニングテーブルに座るお母さんの姿が目に入って、何となく、ピリピリとした妙な緊張感が漂っているのが分かった。何かあるんだろうな、と きっと親子じゃなくてもそう感じる。それぐらい分かりやすく、お母さんの周りの空気は硬かった。
「なに、お母さんどうかした?」
「あ…あのね、七瀬に大事な話があるの」
お母さんの向かいの椅子に座りながら、返されたどこか強張った声で これから話されるであろう内容を察した。再婚の話だろう、と。
私の物心が付く前にお父さんが亡くなって、お母さんとの二人暮らしが私の中での“当たり前”だった。仕事も家事も育児も、お母さんは女手一つでたくさん頑張ってきてくれたことを知っている。そのお母さんが何年か前からお付き合いしている人がいたのも知っていた。仕事が忙しい人のようで その相手の人と会ったことはないけれど、もしいつか、お母さんから再婚の話が出たら快諾したいとずっと思ってきた。
だから私は、予想通りに告げられた「結婚しようと思う」という母の言葉に、何の躊躇いもなく首を縦に振った。
私の答えに驚いたように、だけど嬉しそうに笑ったお母さんは、ハッと何かを思い出したような反応をする。
「でも、あちらにも息子さんがいて…」
「……え?」
言ってなかったかしら、と申し訳なさそうな顔をするお母さんを見て 必死に頭を中の記憶を探る。そう言えば何年か前、お母さんから始めて交際相手の話を聞いたときに一度だけ言われたような気がする。私より1つ年上の息子さんがいる、と。完全に忘れていた。そんな何年も前に一度聞いただけの話を覚えていて、ちゃんと思い出せた私を褒めて欲しいぐらいだけど。
「お母さんが選んだ人の息子さんなら変な人じゃないはずだし、仲良くできると思うよ」
「ありがとう、七瀬……それで、明日の夜に顔合わせというか、一緒に食事をしたくて」
「ん、明日なら予定もないし大丈夫」
私の答えを聞いたお母さんは、もう一度嬉しそうに笑った。この歳になってから、同年代の異性と一緒に暮らすことになると言われても正直少し…いや、かなり抵抗がある。だけどお母さんの幸せを邪魔したくないというのも本音だし、本当にダメだと思った時は 私だってもう高校生なんだから一人暮らしでもさせてもらえば良い。そう割り切ることにした。
ゆっくりと息を吐いたところで、ふと お風呂の中で考えていたことを思い出して椅子から立ち上がる。
「あ、お母さん、シャーペンの芯がなくなったから コンビニ行ってくるね」
「今から?気をつけてね」
「はーい」
暦の上では春になったとは言え、夜はまだまだ冷える。厚手のパーカーを羽織ってファスナーを閉めて、お財布をポケットに入れ、スニーカーを履いて家を出た。無意識に吐き出した息が白く染まることはなくて、冷えると言ってもやっぱり春だな、なんて そんなことを考えた。
トントンと靴音が響くアパートの階段を下りて十数メートル進んだところで、馴染みのある家の前に見知った人影を見つけ、私はパタパタと駆け寄った。
「コウちゃん!」
「おー、七瀬」
そこに居たのは幼馴染のコウちゃん――木兎光太郎だった。部活の帰りなのだろう、エナメルバッグを肩から下げて、ちょうど門の中へ入ろうとしている彼に、おかえりなさい とそう言えば、「おう!ただいま!」と いつもの眩しい笑顔で返ってくる。みっちり練習した後のはずなのに元気だな。そんなことを考えたら釣られるように笑ってしまった。
「なんだ、どっか行くのか?」
「うん、ちょっとコンビニ」
「今から?……ちょっと待ってろ、俺も行く」
「え?なんで?」
「この時間に1人は危ねえだろ」
「大丈夫だよ、すぐそこだもん」
「いーよ。何かあってからじゃ遅いし、俺が心配」
ちょっと待ってろともう一度言ったコウちゃんは 玄関へと向かいドアを開け、家の中に文字通りバッグを放り投げた。「母ちゃん、ちょっとコンビニ行ってくる!」家の中に向かってそれだけ言って、すぐにこちらに戻ってくる。おし、行くか。なんて事のない様に門を閉めて歩き出すコウちゃんの隣に並んで その横顔を見上げる。ごめんね、ありがとう。思ったことをそのまま口にすれば、コウちゃんの大きな手がグシャグシャと私の頭を撫でた。
間も無く始まる新学期の話題で盛り上がっているうちにコンビニに到着して、目的の芯を買う。漫画雑誌を立ち読みしていたコウちゃんに声をかけ、また2人で並んで夜道を戻る。その途中に私が口にしたのは、やっぱり誰かに聞いてほしい話題だった。
「お母さん、再婚するんだって」
「へー、おめでとう。……七瀬は大丈夫?」
「え?」
「いや、他人が急に今日から家族ですってなるわけだろ」
コウちゃんの言っていることは もっともだ。お母さんが選んだ人を信じているとは言え、今の私にとっては会ったこともない他人でしかない。再婚に反対する気なんてなくても、不安に思うことぐらいは許されるのだろうか。そう思うと急に心が軽くなった気がした。普段のコウちゃんは深いことは何も考えていないようなのに、こういう時に核心を突いてくるからすごいと思う。
「新しいお父さんもそうだけど、お兄ちゃんもできるみたいで」
「それって」
「さすがにビックリしてさ…私の1つ上って聞いてるから、コウちゃんと同級生だね。仲良くできるといいけど」
「……」
誤魔化すように笑って言った私の言葉に返答はないまま、コウちゃんが歩みを止めた。釣られて足を止めて振り返れば、真剣な表情をしたコウちゃんと目が合う。どうしたの、と問いかけても 彼は何かを考えているような、そんな表情をしたままだ。表情豊かな彼のこういう表情はあまり見たことがなくて、私はただ首を傾げることしかできない。
「コウちゃん?」
「…嫌になったら俺んとこに逃げて来いよ」
「でも…きっと もうすぐここも引っ越すから」
「家が近くなきゃ来ちゃいけないわけじゃねーだろ」
「!」
「いつでも来いよ。俺は七瀬の味方だろ」
「うん…うん!ありがとう」
かけられた言葉が暖かくて、嬉しくて、泣いてしまいたくなった。私の頭に乗せられた手は、昔から変わらずに優しい。コウちゃんがお兄ちゃんだったら良かったのに、なんて、思っても仕方のないことだけど。コウちゃんがいれば、何があっても私はきっと大丈夫だと思えた。
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