とめどなく桜
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監督室から飛び出した私は、自分の意思に反してボロボロと流れ落ちる涙を拭うこともせず、逃げるように足を進めていた。明確にどこかを目指していたわけではないけれど、1人になれる場所で身を潜めたいとは思う。全く働かない頭のまま、別の生き物のように勝手に動く足が私を連れてきたのは渡り廊下だった。
ああ、ここなら人も来なくていいや。そう思って扉から外に出て、外壁に隠れるように蹲る。流れ続ける涙の意味は自分でもよく分からない。
御幸が、私にキスをした。いや、先に彼の頬に口付けてしまったのは私だけど、あれはあくまでも事故でしかない。その後の御幸の行為は明確に彼の意思によるもので、自分が想い人の中で“そういう”対象であったことを喜べばいいのか、とはいえその行為の中に恋だの愛だのという感情が含まれていないことは明白で、もう、思考も感情もぐちゃぐちゃだ。
「意味わかんない…」
「何やってんの」
「っ!?」
不意に背後から掛けられた声に大袈裟なほど身体が跳ねたのが自分でも分かった。驚きのあまり声も出ない。そろそろと振り返れば私のすぐ後ろ、渡り廊下の窓枠に頬杖をつくようにこちらを見下ろす亮介さんがいた。
「りょ、すけ さん…!」
「何?泣いてるの?不細工だね」
「し…知ってますよ!お目汚し失礼しました!」
立てた膝に伏せるようにして、涙でぐしゃぐしゃの顔を隠す。優しさの欠片も感じられない亮介さんの物言いだけど、返ってそれが泣き顔を見られた気まずさも無くしてくれて、それどころか泣いていることさえ馬鹿馬鹿しく思えてきた。もしかしたら、これが亮介さんの分かりにくい気遣いであり優しさなのかもしれない。
「ま、俺には関係ないから慰めたりしないけど」
前言撤回。単純に面倒臭そうな事に首を突っ込む気がないだけらしい。そもそも、私の泣き顔に狼狽えて背中を摩るような亮介さんはカケラも想像できないから、これで良い気さえしてくるけど。
「あんまり抱え込むなよ」
「……え?」
「もうちょっと周りに甘えることも覚えろって言ってんの」
降ってきたのは優しい声で、命令口調のような物言いだったけれどとても優しい言葉だった。予想外すぎて呆然と見上げた先の亮介さんは、見たこともないほど優しい表情で私を見下ろしていたからドキッとする。
「あ、でも俺以外にね」
「……ちょっとときめいて損しました」
やっぱり亮介さんは亮介さんだ。やだよ、七瀬のお守りなんて。そう言ってカラカラと笑う亮介さんはいつも通りイジワルなのに、私の心はすごく軽くなった気がした。すごいな、きっと慰めてくれていたのに全く恩着せがましくない。
「…なんだか、どうでも良くなってきました」
「そう。それは良かった」
そう言った私に亮介さんは満足そうに笑って、窓枠から伸びてきた手がぐしゃぐしゃと私の髪を乱す。何をするんだと文句を言おうと振り返った先の亮介さんが、見たこともないほど優しい表情をしていたから驚いて言葉を失った。
「教室に戻るのはもう少し待ってな」
「…?」
「目元が真っ赤でまだ不細工だよ」
「ほんっと優しくない…!!」
見たこともないほど優しい亮介さんから 流れるように紡がれる暴言に、私は振り回されることしかできない。けれど彼の言うことはもっともで、泣き腫らした顔で教室に戻っても友人たちに心配をかけるに違いない。事情の説明もできないだけに、ある程度落ち着くまでは身を潜めているべきだろう。
「予鈴が鳴るまではここに居ますよーだ」
べ、と舌を出して悪態をつく。これが私たちの通常運転。優しい亮介さんと、亮介さんにドギマギする私なんて、ちっともらしくない。
ごゆっくり、と言い残して去っていく亮介さんに ほんのちょっとだけ心の中で感謝して、私はぼんやりと空を見上げた。いい天気だな。こんなに意味もなく空を眺めたのはいつ以来だろう。
ボーッと頭を空っぽにしたまま どれぐらいの時間が経ったかは分からないけれど、予鈴はまだ鳴らない。だいぶ落ち着いてきたんじゃないだろうかと自分の目元に触れた時、廊下を駆ける足音が聞こえ、ばん!と勢いよく扉が開かれた。
その音にびくりと肩が跳ね、こんな場所に誰がと視線を向ければ よく見知った顔があった。
「え、倉持…?」
「……普通じゃねーかよ」
「え?」
「大丈夫か?」
「いや、なにが?」
「――クソッ、やられた」
「だから何が?」
走って来たのだろうか。わずかに呼吸を速くした倉持の言葉は的を得なくて、私は首を傾げるばかりだ。ガシガシと頭を掻いて舌打ちをもらす倉持が思うことは分からないけれど、とりあえず座れば?なんて、自分の隣を指さした。
ジッと私を見て少し思案した倉持は、小さく息を吐いてから私の側にしゃがみ込む。その所謂“ヤンキー座り”が様になりすぎて笑ってしまいそうになった。
「…大丈夫なんだよな?」
「だから、何の話?」
「亮さんが…」
そこまで言った倉持が盛大にため息をついて俯いたから、何となく察しがついた。
彼が何の話をしているのか全く理解できていないけれど、一貫して私の心配をしているということだけは伝わっていた。そこで出てきた“亮さん”という単語。きっと亮介さんが、私と倉持がこういうすれ違いをするのを想像しながら、倉持に有る事無い事伝えたのだろう。本当に困った先輩だ。
とはいえ倉持に伝えたのも、そして倉持が私を探しにきてくれたのも、2人の優しさで間違いないだろう。なんかごめんねと肩をすくめた。
「ありがとう」
「あー…泣いたのか」
「え、分かる!? 」
私の声で顔を上げた倉持がまたジッと私の顔を見て、そして納得したようにそう言った。
倉持は意外と人の変化に敏感とはいえ、まだ泣いたと分かる顔なのだろうか。まもなく予鈴も鳴るはずなのに、それはまずい。両手で顔に触れて少し狼狽えた。
「そりゃ、ずっと見てるからな」
「……え?」
当然のように返された言葉に、一瞬息が止まる。入学してから同じ部に入って、ただのクラスメイトより近しい距離で接してきた。そう言う意味の発言だと自分に言い聞かせようとしていたのに、倉持は少し驚いたように目を見開いて、やべ、と自分の口元に触れて目を逸らす。
心臓がぎゅうっと締め付けられるような感覚がして、バクバクと急速に動き始める。ぐるぐると忙しなく動く思考の中で、ずいぶん遠くで予鈴が鳴った気がした。
立ち上がった倉持が、ググッとひとつ伸びをする。
「ど、ういう意味…?」
「…まだ言わねー」
「え、ちょっと」
「予鈴鳴ったし戻んぞ」
「いや、え、ちょ、倉持!」
「精々悩みやがれ」
私も早く教室に戻らないと行けないのに、歩き始めた倉持の背中を呆然と見送るかとしかできないでいた。
ああ、ここなら人も来なくていいや。そう思って扉から外に出て、外壁に隠れるように蹲る。流れ続ける涙の意味は自分でもよく分からない。
御幸が、私にキスをした。いや、先に彼の頬に口付けてしまったのは私だけど、あれはあくまでも事故でしかない。その後の御幸の行為は明確に彼の意思によるもので、自分が想い人の中で“そういう”対象であったことを喜べばいいのか、とはいえその行為の中に恋だの愛だのという感情が含まれていないことは明白で、もう、思考も感情もぐちゃぐちゃだ。
「意味わかんない…」
「何やってんの」
「っ!?」
不意に背後から掛けられた声に大袈裟なほど身体が跳ねたのが自分でも分かった。驚きのあまり声も出ない。そろそろと振り返れば私のすぐ後ろ、渡り廊下の窓枠に頬杖をつくようにこちらを見下ろす亮介さんがいた。
「りょ、すけ さん…!」
「何?泣いてるの?不細工だね」
「し…知ってますよ!お目汚し失礼しました!」
立てた膝に伏せるようにして、涙でぐしゃぐしゃの顔を隠す。優しさの欠片も感じられない亮介さんの物言いだけど、返ってそれが泣き顔を見られた気まずさも無くしてくれて、それどころか泣いていることさえ馬鹿馬鹿しく思えてきた。もしかしたら、これが亮介さんの分かりにくい気遣いであり優しさなのかもしれない。
「ま、俺には関係ないから慰めたりしないけど」
前言撤回。単純に面倒臭そうな事に首を突っ込む気がないだけらしい。そもそも、私の泣き顔に狼狽えて背中を摩るような亮介さんはカケラも想像できないから、これで良い気さえしてくるけど。
「あんまり抱え込むなよ」
「……え?」
「もうちょっと周りに甘えることも覚えろって言ってんの」
降ってきたのは優しい声で、命令口調のような物言いだったけれどとても優しい言葉だった。予想外すぎて呆然と見上げた先の亮介さんは、見たこともないほど優しい表情で私を見下ろしていたからドキッとする。
「あ、でも俺以外にね」
「……ちょっとときめいて損しました」
やっぱり亮介さんは亮介さんだ。やだよ、七瀬のお守りなんて。そう言ってカラカラと笑う亮介さんはいつも通りイジワルなのに、私の心はすごく軽くなった気がした。すごいな、きっと慰めてくれていたのに全く恩着せがましくない。
「…なんだか、どうでも良くなってきました」
「そう。それは良かった」
そう言った私に亮介さんは満足そうに笑って、窓枠から伸びてきた手がぐしゃぐしゃと私の髪を乱す。何をするんだと文句を言おうと振り返った先の亮介さんが、見たこともないほど優しい表情をしていたから驚いて言葉を失った。
「教室に戻るのはもう少し待ってな」
「…?」
「目元が真っ赤でまだ不細工だよ」
「ほんっと優しくない…!!」
見たこともないほど優しい亮介さんから 流れるように紡がれる暴言に、私は振り回されることしかできない。けれど彼の言うことはもっともで、泣き腫らした顔で教室に戻っても友人たちに心配をかけるに違いない。事情の説明もできないだけに、ある程度落ち着くまでは身を潜めているべきだろう。
「予鈴が鳴るまではここに居ますよーだ」
べ、と舌を出して悪態をつく。これが私たちの通常運転。優しい亮介さんと、亮介さんにドギマギする私なんて、ちっともらしくない。
ごゆっくり、と言い残して去っていく亮介さんに ほんのちょっとだけ心の中で感謝して、私はぼんやりと空を見上げた。いい天気だな。こんなに意味もなく空を眺めたのはいつ以来だろう。
ボーッと頭を空っぽにしたまま どれぐらいの時間が経ったかは分からないけれど、予鈴はまだ鳴らない。だいぶ落ち着いてきたんじゃないだろうかと自分の目元に触れた時、廊下を駆ける足音が聞こえ、ばん!と勢いよく扉が開かれた。
その音にびくりと肩が跳ね、こんな場所に誰がと視線を向ければ よく見知った顔があった。
「え、倉持…?」
「……普通じゃねーかよ」
「え?」
「大丈夫か?」
「いや、なにが?」
「――クソッ、やられた」
「だから何が?」
走って来たのだろうか。わずかに呼吸を速くした倉持の言葉は的を得なくて、私は首を傾げるばかりだ。ガシガシと頭を掻いて舌打ちをもらす倉持が思うことは分からないけれど、とりあえず座れば?なんて、自分の隣を指さした。
ジッと私を見て少し思案した倉持は、小さく息を吐いてから私の側にしゃがみ込む。その所謂“ヤンキー座り”が様になりすぎて笑ってしまいそうになった。
「…大丈夫なんだよな?」
「だから、何の話?」
「亮さんが…」
そこまで言った倉持が盛大にため息をついて俯いたから、何となく察しがついた。
彼が何の話をしているのか全く理解できていないけれど、一貫して私の心配をしているということだけは伝わっていた。そこで出てきた“亮さん”という単語。きっと亮介さんが、私と倉持がこういうすれ違いをするのを想像しながら、倉持に有る事無い事伝えたのだろう。本当に困った先輩だ。
とはいえ倉持に伝えたのも、そして倉持が私を探しにきてくれたのも、2人の優しさで間違いないだろう。なんかごめんねと肩をすくめた。
「ありがとう」
「あー…泣いたのか」
「え、分かる!? 」
私の声で顔を上げた倉持がまたジッと私の顔を見て、そして納得したようにそう言った。
倉持は意外と人の変化に敏感とはいえ、まだ泣いたと分かる顔なのだろうか。まもなく予鈴も鳴るはずなのに、それはまずい。両手で顔に触れて少し狼狽えた。
「そりゃ、ずっと見てるからな」
「……え?」
当然のように返された言葉に、一瞬息が止まる。入学してから同じ部に入って、ただのクラスメイトより近しい距離で接してきた。そう言う意味の発言だと自分に言い聞かせようとしていたのに、倉持は少し驚いたように目を見開いて、やべ、と自分の口元に触れて目を逸らす。
心臓がぎゅうっと締め付けられるような感覚がして、バクバクと急速に動き始める。ぐるぐると忙しなく動く思考の中で、ずいぶん遠くで予鈴が鳴った気がした。
立ち上がった倉持が、ググッとひとつ伸びをする。
「ど、ういう意味…?」
「…まだ言わねー」
「え、ちょっと」
「予鈴鳴ったし戻んぞ」
「いや、え、ちょ、倉持!」
「精々悩みやがれ」
私も早く教室に戻らないと行けないのに、歩き始めた倉持の背中を呆然と見送るかとしかできないでいた。
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