IF then ELSE
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この世に神様なんていうものが存在しているというのなら、これを罪だと咎めるだろうか。
◇
どんよりと今にも雨が降りだしそうな空を見上げ、ため息を吐く。午後4時前。夕暮れにはまだ早く、好天であれば青空が広がっていたはずだろう。折りたたみ傘を持っているから 雨が降ってもずぶ濡れになることはないけれど、足元が濡れるのは嫌だとか、傘をさすのが面倒だとか、そんなことを考えた。週始めの月曜日、天気が冴えないと気分も冴えないものだ。
駅の改札前。大きな柱に背中を預けて ぼんやりと曇り空を見上げていたら、七瀬 と私を呼ぶ声がした。聞こえたその声に まさかと驚いて振り向けば、そこには想像通り私の待ち人―――及川徹がいた。まだ、待ち合わせ時間の3分前だというのに。
「おまたせ」
「…え、どうしたの?まだ時間前だよ、大丈夫?」
「七瀬って時々 俺に対して失礼だよね」
信じられないと目を瞬かせて言う私に、徹は子供のような反応で不満を露わにした。及川徹という男は、基本的に待ち合わせ時間には数分遅れてくる。おまたせ、と 悪びれた様子もなく現れる彼に「本当に待たせたと思ってるなら せめて走って来なさい」と これまでに何度言ったかも分からない。だからこうして いざ時間前に徹が現れると、何事かと驚いてしまう。慣れとはきっと そういうものだ。
なんだよもう、と むくれる徹に、ごめんごめんと苦笑いで謝罪する。彼はジッと私の顔を見下ろして、それから息を吐いた。まぁ俺の自業自得だしね、なんて呟いてから ニコリと笑って私の手を取る。
「行こ、時間がもったいない」
その言葉に頷いて、手を繋いだまま歩き出した。
周りが羨むような青春を過ごしていると自覚している。県内でも有数の進学校である白鳥沢学園に通い、かと言って世間一般に言われる“ガリ勉”というタイプでもなく、それどころか 周りに自慢できるような彼氏がいる。
私は、徹が好きだ。背が高く、顔立ちが整っている徹はいわゆるモテるタイプであり、バレーボール部に所属し他校の女子にもファンが多く 試合中には黄色い歓声が飛んでいるほど。だけどその実は軽薄で、子供じみていて、いつでも裏がありそうで信用できない男だ。それでも殊バレーボールに関しては真剣で直向きで、情熱的にギラギラと目を輝かせる人。普段は見せないその実直さを、へらへらと浮かべる笑顔の裏に隠された熱意を、支えることを決めてもう5年ほど経つだろうか。今さら、息が詰まるようなトキメキなどない。かと言って、無条件に心休まる安らぎも まだない。揺るぎのない絶対的な理由はないけれど、それでも“ここ”を離れ難いと思うぐらいに 私はこの人を愛しく思っている。少なくとも、これまでに出会った他のどんな異性よりも。
中学時代と違いお互いに通う高校が離れてしまった今、私と徹の逢瀬は基本的に彼の部活が休みである月曜日と、練習が早く終わった土日、あるいは私が試合を見に行った時ぐらい。もっと会いたいと思っているのか、そうでないのか、自分でもよく分からない。ただ私は、焼き尽くさんばかりの情熱で直走る彼を支えたいと思い、逃げ道でありたいと願い、そして、たった一度でいいから それに匹敵する熱を私に向けてほしいと 確かに望んでいた。
◇
週に一度だけのデートの内容は大体いつも同じ。白鳥沢学園と青葉城西の中間となる駅の前で待ち合わせをして、どちらかに欲しいものがあれば買い物に回るし、なければ駅前のカフェに入って 飲み物1杯だけでなんて事ない話をする。バイトをしているわけでもない私たちにできるデートなんて限られている。それでも同じ時間を過ごすことに意味があると、そう思っていたかったのかもしれない。
「あの、及川さんっ」
いつの間にかお決まりとなったカフェへと向かう途中、聞きなれない可愛らしい声が 後ろから徹の名前を呼んだ。その瞬間、徹はパッと私の手を離して振り返り、チクリと私の心に何かが刺さる。
振り向いた先に居たのは見知らぬ制服に身を包んだ、4人の女の子。ああ、徹のファンの子かと すぐに悟る。女の私から見ても可憐なその子たちから ファンだと声を掛けられる徹は、やっぱりモテるんだなと痛感させられた。
徹は彼女たちにお得意の笑顔を浮かべて、だけどやんわりと断りを入れる。予想外の展開に目を見開いた私に 行くよ、とそう言って歩き出した彼を追いかけ隣に並べば「可愛い子たちだったよね」なんて平然と言ってのける無神経さに顔を顰めた。振り返れば、彼女たちはしょんぼりと名残惜しそうにこちらを見ている。視線を下げて思考を巡らせる。ぐっと唇を噛み締め、意を決して顔を上げれば徹と目が合った。
「ねぇ、徹」
「ん?」
「時々、徹じゃなくて岩泉と付き合えば良かったって割と本気で思うけど」
「ちょっと突然なに!? ホント傷付くから やめてくんないかな!」
「待ってるから相手しておいでよ。応援してくれる子たちって大事でしょ」
そう言った私に 今度は徹が目を見開いた。腕を引いて彼女たちの元へと戻り、お気になさらず ごゆっくり、そう言って彼女たちの前に徹を押し出して、私はその場から立ち去った。
少し離れた場所にあったベンチに腰を下ろす。ここから徹たちの姿は小さく見えるけれど、その表情までは見えないし、当然 声も聞こえない。ふぅ、とゆっくり息を吐く。私は本当に可愛くない。
嬉しかった。まさかあの徹が女の子たちに声を掛けられて、岩泉に言われたわけでもなく自ら断るなんて 私が知る限り初めてのことで、本当に嬉しかった。だけど彼のバレーは高校で終わるわけではなくて、大学、社会人、プロ……高校の後には どんなステージがあるのかも私はよく知りもしないけれど、それでも徹のバレーは間違いなく続くのだ。それなら、ファンとは応援してくれる人であり、蔑ろにすべきではない。バレーに直向きな徹を支えたい。私の、彼女の独占欲など邪魔にしかならないのだから。支えたい、縛りたくない、重荷になりたくない―――私の 彼氏なのに。
そんな思考が頭を過ぎり、なんだか急に泣きたくなった。自分で作った状況なのに馬鹿みたい。視線を足元に下げ、涙が浮かんだわけでもないのに目元をぐいっと拭う。
「ねぇ、どうしたの?」
「俺らが慰めてあげよっか」
降って来た声に視線を上げれば、見知らぬ男の人が2人。金に近い明るい髪色にピアスをしているその様子は大学生だろうか。「その制服って白鳥沢っしょ?頭良いんだ」「たまには息抜きしない?」へらへらと笑いながら腰を屈めて顔を近付けた男たちに不快感が募る。
時々いるのだ。いかにも何かスポーツをしているような体系ではない私を“白鳥沢のスポーツ推薦ではない人間”だと判断して、その上で「ガリ勉女は少し優しくすれば簡単に落とせる」と そう思って声を掛けてくる愚かな男が、ごく稀に。学生の本文である学業に励んでいる全世界の女子生徒に詫びろと思うけれど、わざわざ口にすることはしない。結構です、と素っ気なく返して視線を逸らせば なぜか彼らは盛り上がる。「気が強い系だ」「いいね、俺好きだよ」そんな声に眉を寄せた。うるさい、あんたたちに好かれたって微塵も嬉しくない。
「一人なんだろ?さっきなんか寂しそうだったし」
「とりあえずカラオケ行く?もちろん俺らの奢りね」
無視を決めこんだ私に折れることもせず軽々しく言葉を掛け続け、挙句の果てには腕を掴まれ引き上げられる。強い力と不意を突かれた事もあり 加えられた力に従ってベンチから立ち上がってしまった。「じゃ、カラオケね」上機嫌でそんなことを言って 私の腕を掴んだまま歩き出そうとする彼らに、踏み止まって後方に体重をかけて抵抗する。「ちょっと、ほんとに…!」迷惑だと言葉を出す前に、いいからいいから、とグッと腕を引かれて力負けした。足が一歩前に出てしまった瞬間、後ろから伸びてきた大きな手が 私の腕を握っていた男の手首を掴んだ。
「やめておいたらどうだ?…迷惑そうにしている」
そろそろと振り返った先にいたのは徹ではない人だった。徹よりも高い背、広い肩幅、黒くて短い髪、涼やかな目。面識はないけれど、私はこの人をよく知っている。
「牛島くん……?」
我が校 男子バレー部のスーパーエースにして、徹が誰よりも嫌っている、牛島若利がそこに居た。
◇
どんよりと今にも雨が降りだしそうな空を見上げ、ため息を吐く。午後4時前。夕暮れにはまだ早く、好天であれば青空が広がっていたはずだろう。折りたたみ傘を持っているから 雨が降ってもずぶ濡れになることはないけれど、足元が濡れるのは嫌だとか、傘をさすのが面倒だとか、そんなことを考えた。週始めの月曜日、天気が冴えないと気分も冴えないものだ。
駅の改札前。大きな柱に背中を預けて ぼんやりと曇り空を見上げていたら、七瀬 と私を呼ぶ声がした。聞こえたその声に まさかと驚いて振り向けば、そこには想像通り私の待ち人―――及川徹がいた。まだ、待ち合わせ時間の3分前だというのに。
「おまたせ」
「…え、どうしたの?まだ時間前だよ、大丈夫?」
「七瀬って時々 俺に対して失礼だよね」
信じられないと目を瞬かせて言う私に、徹は子供のような反応で不満を露わにした。及川徹という男は、基本的に待ち合わせ時間には数分遅れてくる。おまたせ、と 悪びれた様子もなく現れる彼に「本当に待たせたと思ってるなら せめて走って来なさい」と これまでに何度言ったかも分からない。だからこうして いざ時間前に徹が現れると、何事かと驚いてしまう。慣れとはきっと そういうものだ。
なんだよもう、と むくれる徹に、ごめんごめんと苦笑いで謝罪する。彼はジッと私の顔を見下ろして、それから息を吐いた。まぁ俺の自業自得だしね、なんて呟いてから ニコリと笑って私の手を取る。
「行こ、時間がもったいない」
その言葉に頷いて、手を繋いだまま歩き出した。
周りが羨むような青春を過ごしていると自覚している。県内でも有数の進学校である白鳥沢学園に通い、かと言って世間一般に言われる“ガリ勉”というタイプでもなく、それどころか 周りに自慢できるような彼氏がいる。
私は、徹が好きだ。背が高く、顔立ちが整っている徹はいわゆるモテるタイプであり、バレーボール部に所属し他校の女子にもファンが多く 試合中には黄色い歓声が飛んでいるほど。だけどその実は軽薄で、子供じみていて、いつでも裏がありそうで信用できない男だ。それでも殊バレーボールに関しては真剣で直向きで、情熱的にギラギラと目を輝かせる人。普段は見せないその実直さを、へらへらと浮かべる笑顔の裏に隠された熱意を、支えることを決めてもう5年ほど経つだろうか。今さら、息が詰まるようなトキメキなどない。かと言って、無条件に心休まる安らぎも まだない。揺るぎのない絶対的な理由はないけれど、それでも“ここ”を離れ難いと思うぐらいに 私はこの人を愛しく思っている。少なくとも、これまでに出会った他のどんな異性よりも。
中学時代と違いお互いに通う高校が離れてしまった今、私と徹の逢瀬は基本的に彼の部活が休みである月曜日と、練習が早く終わった土日、あるいは私が試合を見に行った時ぐらい。もっと会いたいと思っているのか、そうでないのか、自分でもよく分からない。ただ私は、焼き尽くさんばかりの情熱で直走る彼を支えたいと思い、逃げ道でありたいと願い、そして、たった一度でいいから それに匹敵する熱を私に向けてほしいと 確かに望んでいた。
◇
週に一度だけのデートの内容は大体いつも同じ。白鳥沢学園と青葉城西の中間となる駅の前で待ち合わせをして、どちらかに欲しいものがあれば買い物に回るし、なければ駅前のカフェに入って 飲み物1杯だけでなんて事ない話をする。バイトをしているわけでもない私たちにできるデートなんて限られている。それでも同じ時間を過ごすことに意味があると、そう思っていたかったのかもしれない。
「あの、及川さんっ」
いつの間にかお決まりとなったカフェへと向かう途中、聞きなれない可愛らしい声が 後ろから徹の名前を呼んだ。その瞬間、徹はパッと私の手を離して振り返り、チクリと私の心に何かが刺さる。
振り向いた先に居たのは見知らぬ制服に身を包んだ、4人の女の子。ああ、徹のファンの子かと すぐに悟る。女の私から見ても可憐なその子たちから ファンだと声を掛けられる徹は、やっぱりモテるんだなと痛感させられた。
徹は彼女たちにお得意の笑顔を浮かべて、だけどやんわりと断りを入れる。予想外の展開に目を見開いた私に 行くよ、とそう言って歩き出した彼を追いかけ隣に並べば「可愛い子たちだったよね」なんて平然と言ってのける無神経さに顔を顰めた。振り返れば、彼女たちはしょんぼりと名残惜しそうにこちらを見ている。視線を下げて思考を巡らせる。ぐっと唇を噛み締め、意を決して顔を上げれば徹と目が合った。
「ねぇ、徹」
「ん?」
「時々、徹じゃなくて岩泉と付き合えば良かったって割と本気で思うけど」
「ちょっと突然なに!? ホント傷付くから やめてくんないかな!」
「待ってるから相手しておいでよ。応援してくれる子たちって大事でしょ」
そう言った私に 今度は徹が目を見開いた。腕を引いて彼女たちの元へと戻り、お気になさらず ごゆっくり、そう言って彼女たちの前に徹を押し出して、私はその場から立ち去った。
少し離れた場所にあったベンチに腰を下ろす。ここから徹たちの姿は小さく見えるけれど、その表情までは見えないし、当然 声も聞こえない。ふぅ、とゆっくり息を吐く。私は本当に可愛くない。
嬉しかった。まさかあの徹が女の子たちに声を掛けられて、岩泉に言われたわけでもなく自ら断るなんて 私が知る限り初めてのことで、本当に嬉しかった。だけど彼のバレーは高校で終わるわけではなくて、大学、社会人、プロ……高校の後には どんなステージがあるのかも私はよく知りもしないけれど、それでも徹のバレーは間違いなく続くのだ。それなら、ファンとは応援してくれる人であり、蔑ろにすべきではない。バレーに直向きな徹を支えたい。私の、彼女の独占欲など邪魔にしかならないのだから。支えたい、縛りたくない、重荷になりたくない―――私の 彼氏なのに。
そんな思考が頭を過ぎり、なんだか急に泣きたくなった。自分で作った状況なのに馬鹿みたい。視線を足元に下げ、涙が浮かんだわけでもないのに目元をぐいっと拭う。
「ねぇ、どうしたの?」
「俺らが慰めてあげよっか」
降って来た声に視線を上げれば、見知らぬ男の人が2人。金に近い明るい髪色にピアスをしているその様子は大学生だろうか。「その制服って白鳥沢っしょ?頭良いんだ」「たまには息抜きしない?」へらへらと笑いながら腰を屈めて顔を近付けた男たちに不快感が募る。
時々いるのだ。いかにも何かスポーツをしているような体系ではない私を“白鳥沢のスポーツ推薦ではない人間”だと判断して、その上で「ガリ勉女は少し優しくすれば簡単に落とせる」と そう思って声を掛けてくる愚かな男が、ごく稀に。学生の本文である学業に励んでいる全世界の女子生徒に詫びろと思うけれど、わざわざ口にすることはしない。結構です、と素っ気なく返して視線を逸らせば なぜか彼らは盛り上がる。「気が強い系だ」「いいね、俺好きだよ」そんな声に眉を寄せた。うるさい、あんたたちに好かれたって微塵も嬉しくない。
「一人なんだろ?さっきなんか寂しそうだったし」
「とりあえずカラオケ行く?もちろん俺らの奢りね」
無視を決めこんだ私に折れることもせず軽々しく言葉を掛け続け、挙句の果てには腕を掴まれ引き上げられる。強い力と不意を突かれた事もあり 加えられた力に従ってベンチから立ち上がってしまった。「じゃ、カラオケね」上機嫌でそんなことを言って 私の腕を掴んだまま歩き出そうとする彼らに、踏み止まって後方に体重をかけて抵抗する。「ちょっと、ほんとに…!」迷惑だと言葉を出す前に、いいからいいから、とグッと腕を引かれて力負けした。足が一歩前に出てしまった瞬間、後ろから伸びてきた大きな手が 私の腕を握っていた男の手首を掴んだ。
「やめておいたらどうだ?…迷惑そうにしている」
そろそろと振り返った先にいたのは徹ではない人だった。徹よりも高い背、広い肩幅、黒くて短い髪、涼やかな目。面識はないけれど、私はこの人をよく知っている。
「牛島くん……?」
我が校 男子バレー部のスーパーエースにして、徹が誰よりも嫌っている、牛島若利がそこに居た。
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