宵月に咲くアルカ
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放課後、訓練の反省会をしようと盛り上がるクラスメイトたちに誘われ私もその輪に加わる。1人教室から出ていく勝己の後ろ姿は見えていたけれど、追うのが正解なのか分からないでいた。
「七瀬ちゃんの個性、とても綺麗だったわね」
「防御最強じゃん!」
「そのあと頭痛でへばってたけどな」
「返す言葉もありません」
梅雨ちゃんと三奈ちゃんの言葉に嬉しいような照れ臭いような気持ちになっていたら、ニヤニヤと瀬呂が口を挟む。ぐうの音も出ず肩をすくめたところで、教室のドアが開いて出久が戻ってきた。
初戦で勝己との激闘を見せられたみんなは、わっと出久の元へと駆け寄って行く。友達に囲まれている出久の姿を見て、何だか嬉しいなぁなんて思いながら。
「それより佐倉、今度飯行かね?何好きなん?」
「甘いものとか好きだよ」
「じゃ、映えるカフェとか探しとくわ」
隣にいた上鳴に声をかけられ反射的に答えれば、彼はパッと嬉しそうに笑った。上鳴ってほんと人懐っこいよなぁ。勝己とも仲良くしてもらえないだろうか。
保護者みたいなことを考えながら、視線は出久へ戻す。お茶子ちゃんと何やら少し話した後、教室を飛び出して行った。たぶん、勝己を追って行ったんじゃないだろうか。それなら、きっと私はまだ行かない方がいい。
「なぁなぁ佐倉、連絡先交換しねえ?」
「ん、いいよー」
「あ、ずるい!私も!」
「俺も俺も」
何気なしに言われた上鳴の提案に肯定すれば、その場にいたみんなも集まって来て連絡先交換会が始まる。誰かが言った「グループトークも作ろうよ」の言葉に賛同の声が上がり、その場で『1-A』なるグループトークルームが誕生した。
「あとで勝己も参加させるね」
「おー!任せたぜ佐倉」
「アイツの手綱を握れるのはお前だけだ」
グッと親指を立てて言われた瀬呂と切島の言葉に、なにそれ、と笑う。
そろそろ、大丈夫だろうか。チラリと時計を見やってから、鞄を手に取り椅子から立ち上がる。
また明日とクラスメイトたちに声をかけてから、幼馴染たちを追うためみんなより一足先に教室を出た。
「出久!」
「七瀬…」
下足ホールを出てすぐのところにいた出久に声をかける。少し気を利かせて時間をずらしたつもりだった。門を出て行こうとする勝己の背中も見えたから、きっと話は終わっていて、我ながらナイスタイミングだったのではないだろうか。
「腕治すよ」
「え?…いや、それはダメだよ」
「ダメ?どうして?」
「僕の問題だから…七瀬に負担はかけられないよ」
私の個性に反動があるのことを知っている出久が、じゃあよろしくなんて言うとは思ってなかったけれど。大切な人を治せない個性じゃ意味ないじゃないか。
む、と不満を隠さず表情に出せば、出久は困ったように笑った。けれどこうして相手を気遣える優しさが出久の長所でもある。小さく息を吐いて、今回のところは私が折れることにした。
「勝己と話せた?」
「え?まぁ、伝えたいことは伝えられたかな…」
「そっか…勝己のこと、よろしくね」
「それ僕に言う…?」
「勝己は出久に甘え過ぎだよね」
「甘えとかいう可愛い感じじゃ…」
出久はそう言って苦笑いを浮かべたけれど、私に言わせれば、勝己の出久に対する態度は甘えでしかない。出久にならそうしても許される。そう思うことが、甘え以外の何だと言うんだ。
校門の方に目を向ければ、まだ勝己の姿は見えている。走ればすぐに追いつけるだろう。
「じゃあね、出久。また明日」
「うん、またね」
無理しちゃダメだよと言い残し、出久に手を振って駆け出した。勝己、そう呼べば 追っていた背中はピタリと止まる。そして数秒後、気怠そうにこちらを振り向いてくれた。
(当然だけど、七瀬はかっちゃんを追うんだよなぁ…)
出久のその心中を、私はまだ知らない。
◇◇◇
翌日。午前中は委員長決めで大いに盛り上がり、気付けば昼休みになっていた。午後の授業が始まる、まだ少し前。昼食を終えて、食堂で三奈ちゃんたちと談笑していたその時。けたたましい警報音が校内に鳴り響いた。
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外に避難してください』
校舎内に流れたアナウンスに、生徒たちがざわつき始める。
セキュリティ3とは一体何なのだろう。よく分からないけれど、屋外に避難しろという指示なら従うべきだろうか。
そんなことを考えていると、パニックになり逃げ出す生徒達が押し寄せてきて、その人波に飲み込まれて攫われる。
「えっ、ちょ、何!?」
後ろから押され、横から押され、まともに立っていることもままならない。三奈ちゃんたちの姿も見えなくなってしまったその中でもなんとかバランスを保とうとしていた時、一際強く背中を押された。
ヤバい、転ぶ。そう思った瞬間、強い力で腕を引かれる。ハッと見上げた先には、美しいオッドアイ。
「…轟」
「大丈夫か?」
「うん。ありがとう、助かった」
クラスメイトとも積極的に話す性格ではなさそうな轟と、これが初めての会話である。
顔と名前は知っている。対人訓練の時にモニター越しで少しだけ彼の個性を見た。まだその程度の関わりしかなかった私を、クラスメイトだと認識して助けてくれたのだろうか。
人波に押されながらも、轟が支えてくれているから先ほどまでの不安定さはなかった。
なんだ、すごく優しい子じゃないか。
一人でいることが多い轟は とっつきにくいタイプかと思っていたが、全くそんなことはなさそうだ。彼に対する印象を改めた、その時。
ぞわり、と。背筋を冷たい指でなぞられたような悪寒が全身を駆け抜ける。首元にナイフを突きつけられたような緊張感に、息が止まる。
「……お前か」
「――っ!」
吐息がかかりそうなほど近く。低く、掠れた男の声が耳元で聞こえた。
勢いよく振り返るけれど、そこには慌ただしく行き交う生徒たちしかいない。
「……え」
聞き間違い?いや、違う。確かに聞こえた。首筋にまとわりつくような声を。
「佐倉」
轟の声で我に返る。きっと私は、普通ではない様子だったのだろう。不思議そうに、あるいは心配そうに、彼は私を見下ろしていた。
「どうした」
「……今」
言いかけて、言葉が止まる。何て説明すればいいんだろう。誰もいないのに耳元で声がしたなんて、馬鹿げているにも程がある。
「気のせい、だったみたい」
「……そうか」
なんでもないと首を振って、笑ってみせた。けれど、自然に笑えていた自信はない。
轟はしばらく私を見つめていたが、それ以上は何も聞いてこない。何か言いたげなその視線だけは、しばらく私から離れなかった。
(今の……何だったの)
胸の奥がざわつく。理由の分からない寒気だけが、いつまでも消えなかった。
「七瀬ちゃんの個性、とても綺麗だったわね」
「防御最強じゃん!」
「そのあと頭痛でへばってたけどな」
「返す言葉もありません」
梅雨ちゃんと三奈ちゃんの言葉に嬉しいような照れ臭いような気持ちになっていたら、ニヤニヤと瀬呂が口を挟む。ぐうの音も出ず肩をすくめたところで、教室のドアが開いて出久が戻ってきた。
初戦で勝己との激闘を見せられたみんなは、わっと出久の元へと駆け寄って行く。友達に囲まれている出久の姿を見て、何だか嬉しいなぁなんて思いながら。
「それより佐倉、今度飯行かね?何好きなん?」
「甘いものとか好きだよ」
「じゃ、映えるカフェとか探しとくわ」
隣にいた上鳴に声をかけられ反射的に答えれば、彼はパッと嬉しそうに笑った。上鳴ってほんと人懐っこいよなぁ。勝己とも仲良くしてもらえないだろうか。
保護者みたいなことを考えながら、視線は出久へ戻す。お茶子ちゃんと何やら少し話した後、教室を飛び出して行った。たぶん、勝己を追って行ったんじゃないだろうか。それなら、きっと私はまだ行かない方がいい。
「なぁなぁ佐倉、連絡先交換しねえ?」
「ん、いいよー」
「あ、ずるい!私も!」
「俺も俺も」
何気なしに言われた上鳴の提案に肯定すれば、その場にいたみんなも集まって来て連絡先交換会が始まる。誰かが言った「グループトークも作ろうよ」の言葉に賛同の声が上がり、その場で『1-A』なるグループトークルームが誕生した。
「あとで勝己も参加させるね」
「おー!任せたぜ佐倉」
「アイツの手綱を握れるのはお前だけだ」
グッと親指を立てて言われた瀬呂と切島の言葉に、なにそれ、と笑う。
そろそろ、大丈夫だろうか。チラリと時計を見やってから、鞄を手に取り椅子から立ち上がる。
また明日とクラスメイトたちに声をかけてから、幼馴染たちを追うためみんなより一足先に教室を出た。
「出久!」
「七瀬…」
下足ホールを出てすぐのところにいた出久に声をかける。少し気を利かせて時間をずらしたつもりだった。門を出て行こうとする勝己の背中も見えたから、きっと話は終わっていて、我ながらナイスタイミングだったのではないだろうか。
「腕治すよ」
「え?…いや、それはダメだよ」
「ダメ?どうして?」
「僕の問題だから…七瀬に負担はかけられないよ」
私の個性に反動があるのことを知っている出久が、じゃあよろしくなんて言うとは思ってなかったけれど。大切な人を治せない個性じゃ意味ないじゃないか。
む、と不満を隠さず表情に出せば、出久は困ったように笑った。けれどこうして相手を気遣える優しさが出久の長所でもある。小さく息を吐いて、今回のところは私が折れることにした。
「勝己と話せた?」
「え?まぁ、伝えたいことは伝えられたかな…」
「そっか…勝己のこと、よろしくね」
「それ僕に言う…?」
「勝己は出久に甘え過ぎだよね」
「甘えとかいう可愛い感じじゃ…」
出久はそう言って苦笑いを浮かべたけれど、私に言わせれば、勝己の出久に対する態度は甘えでしかない。出久にならそうしても許される。そう思うことが、甘え以外の何だと言うんだ。
校門の方に目を向ければ、まだ勝己の姿は見えている。走ればすぐに追いつけるだろう。
「じゃあね、出久。また明日」
「うん、またね」
無理しちゃダメだよと言い残し、出久に手を振って駆け出した。勝己、そう呼べば 追っていた背中はピタリと止まる。そして数秒後、気怠そうにこちらを振り向いてくれた。
(当然だけど、七瀬はかっちゃんを追うんだよなぁ…)
出久のその心中を、私はまだ知らない。
翌日。午前中は委員長決めで大いに盛り上がり、気付けば昼休みになっていた。午後の授業が始まる、まだ少し前。昼食を終えて、食堂で三奈ちゃんたちと談笑していたその時。けたたましい警報音が校内に鳴り響いた。
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外に避難してください』
校舎内に流れたアナウンスに、生徒たちがざわつき始める。
セキュリティ3とは一体何なのだろう。よく分からないけれど、屋外に避難しろという指示なら従うべきだろうか。
そんなことを考えていると、パニックになり逃げ出す生徒達が押し寄せてきて、その人波に飲み込まれて攫われる。
「えっ、ちょ、何!?」
後ろから押され、横から押され、まともに立っていることもままならない。三奈ちゃんたちの姿も見えなくなってしまったその中でもなんとかバランスを保とうとしていた時、一際強く背中を押された。
ヤバい、転ぶ。そう思った瞬間、強い力で腕を引かれる。ハッと見上げた先には、美しいオッドアイ。
「…轟」
「大丈夫か?」
「うん。ありがとう、助かった」
クラスメイトとも積極的に話す性格ではなさそうな轟と、これが初めての会話である。
顔と名前は知っている。対人訓練の時にモニター越しで少しだけ彼の個性を見た。まだその程度の関わりしかなかった私を、クラスメイトだと認識して助けてくれたのだろうか。
人波に押されながらも、轟が支えてくれているから先ほどまでの不安定さはなかった。
なんだ、すごく優しい子じゃないか。
一人でいることが多い轟は とっつきにくいタイプかと思っていたが、全くそんなことはなさそうだ。彼に対する印象を改めた、その時。
ぞわり、と。背筋を冷たい指でなぞられたような悪寒が全身を駆け抜ける。首元にナイフを突きつけられたような緊張感に、息が止まる。
「……お前か」
「――っ!」
吐息がかかりそうなほど近く。低く、掠れた男の声が耳元で聞こえた。
勢いよく振り返るけれど、そこには慌ただしく行き交う生徒たちしかいない。
「……え」
聞き間違い?いや、違う。確かに聞こえた。首筋にまとわりつくような声を。
「佐倉」
轟の声で我に返る。きっと私は、普通ではない様子だったのだろう。不思議そうに、あるいは心配そうに、彼は私を見下ろしていた。
「どうした」
「……今」
言いかけて、言葉が止まる。何て説明すればいいんだろう。誰もいないのに耳元で声がしたなんて、馬鹿げているにも程がある。
「気のせい、だったみたい」
「……そうか」
なんでもないと首を振って、笑ってみせた。けれど、自然に笑えていた自信はない。
轟はしばらく私を見つめていたが、それ以上は何も聞いてこない。何か言いたげなその視線だけは、しばらく私から離れなかった。
(今の……何だったの)
胸の奥がざわつく。理由の分からない寒気だけが、いつまでも消えなかった。
