宵月に咲くアルカ
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生徒指導室で相澤先生と向かい合って座る。その空気はとても重たく感じられた。「個性を使え」と言われた“個性把握テスト”で、私は個性を使わなかったのだ。叱責されても仕方がない。
はぁ、と相澤先生が息を吐く。説教が始まるのだろうとぎゅっと身構えた。
「呼ばれた理由は分かるか?」
穏やかな口調、だったと思う。先生の低い声は威圧的であるようで、こういう話し方をした時にはとても落ち着くものであるのだと知った。
終わったことは仕方がないのだと自分に言い聞かせて、腹を括る。
「個性を使わなかったから…ですよね」
ちらりと視線だけを持ち上げて見やった相澤先生は何も言わずにこちらを見ていて、続きを促されているような気がした。
使えるなら使いたいとは思ったんですけど、個性届に記入した通りなので競技への応用が思いつかなくて。未熟ですよね。
誤魔化すように前髪に触れながら連ねた言葉は、まるで言い訳のようだ。全然腹を括れてなんていない。情けないなぁと嘲笑を浮かべたところで、相澤先生がもう一度息を吐いた。
「違う。個性を“使おうとした”だろ」
「え…?」
「緑谷に」
ポカンと。先生の顔を見る私は間抜けな顔をしていたんじゃないだろうか。個性の使用を求められた場で“使わなかったこと“を咎めるためではなく、出久に個性を“使おうとした“ことで私は呼ばれたというのだろうか。想像していたものと異なる展開に面食らってしまう。
「拒絶 …お前の個性は知っている。競技に向かないことも、だ」
「はぁ…」
「反動についてはどこまで理解している?」
「えっと、頭が痛くなったり、耳鳴りがしたり…」
私の個性は、人の怪我を治せる。もちろん万能な能力などではなく、治癒を行えばその反動で頭痛や耳鳴りが起きる。けれど少し休めば治るし、その程度の代償で誰かの傷を癒せるのなら安いものだと思う。
「その程度の怪我しか治したことがないだけだ」
「え?」
「怪我の程度が大きくなれば、その分お前への反動も大きくなる」
「…!」
考えたことも無かった。確かにこれまで友人の怪我などを治した際、耳鳴りだけで済むとき、軽い頭痛が起きるとき、あるいは頭が割れそうな痛みに襲われて動けなくなったとき。色々なパターンを経験してきたけれど、なるほど、あれは治した怪我の程度による反動の差だったということか。
「理解がないまま、治そうとするな」
「………」
「不満そうだな」
「だって」
「治すなと言ってるわけじゃない」
ヒーローとして最前線で活躍してくなら、これまでと比べものにならないほど多くの怪我人、あるいは重傷者に出会うだろう。どの程度の怪我の治癒に、どれぐらいの反動があるのか。それを知り、見極め、その上で能力を使えと、先生はそう話してくれた。
「覚えておけ佐倉。お前の個性は、お前が思ってる以上に有用だ」
「…はい」
私が落ち込んでいるように見えたのだろうか。先生は僅かに表情を緩めて、怒っているわけじゃないんだ、とそう言った。
「自分の個性の有用性を理解して気をつけること、何かあればすぐに大人 を頼ること」
「…!」
「俺が言いたいのはその二つだ…分かったか?」
「はい!」
返事をした私の頭に相澤先生の手が乗せられた。グシャグシャと髪を撫でながら「話は以上だ」と立ち上がった先生と並んで生徒指導室を後にした。
「おー佐倉!」
「おっかえりー!」
「何言われたんだ?この不良娘」
教室に戻れば、切島、三奈ちゃん、上鳴の賑やかトリオが迎えてくれた。教育的指導かな、なんて苦笑いで答えれば、3人は豪快に笑い飛ばしてくれる。また佐倉の個性も見せてよね、という三奈ちゃんに笑顔で肯定の返事をした。
下校時間になり、登校時と同じように勝己と並んで歩く。家に着くまで特に会話があるわけでもないけれど、この無言の時間を気まずいと思ったことは一度もない。
帰宅してから一度自室で制服を部屋着に着替え、明日の持ち物の用意をする。それから廊下に出て、隣の部屋を軽くノックしてから、少し扉を開けて中を覗く。何かを読んでいるのだろうか、勉強机に座っている勝己の横顔が見えた。
「勝己…ちょっといい?」
「……」
返事はない。けれど私は、否定の言葉がないのであれば“無言は肯定”なのだと知っている。
おじゃまします、と小さく断ってから室内に踏み入れ、ベッドに腰掛けた。いつの間にか、私が勝己の部屋に来たときのお決まりの場所になっている。
「出久のさ、」
「あ゛あ!?」
「……なんでもない」
切り出した話題は、その名が出た瞬間に一蹴された。出久の話題は地雷だ。そう悟った私は口を噤み、両膝を抱える。3人で仲良くできたらいいのに。そう思っても口に出せはしない。
「お前は何言われたんだよ」
「え?」
「職員室呼ばれてたろ」
不意に振られた話題に驚いて顔を向ければ、体をこちらに向けて机に肘をつき、頬杖をついている勝己と目があった。
個性把握テストの後、相澤先生と何を話したのかと聞かれているのだ。
「あー…反動のこととか、ちゃんと見極めろって」
「反動?」
「うん。ほら、怪我を治したら頭痛くなったりするでしょ」
私が誰かの傷を癒したあとに、頭痛や耳鳴りが酷くて動けなくなった過去の経験も勝己は知っている。
「怪我の程度に比例するやつか」
「え!?勝己それ気付いてたの!?」
「気付くもなにも、見てたら分かんだろ」
私の記憶では“反動に強弱差があるな”程度のものだったのに、勝己は私が直した怪我の程度と反動の関係に気が付いていたらしい。純粋に感心して、間抜けな感嘆の声が漏れた。
とはいえ、見極めろと言われたところで、どうすればいいのだろう。目の前に大怪我をしている人がいたとして、「どんな反動が来るか分からないので治せません」なんて言いたくない。だって私には治せる個性があるのだから。
「七瀬」
天井を見上げて唸っていたら、名前を呼ばれた。真面目な顔をした勝己と目があって、なんとなくピンと背筋を伸ばす。
「他人治しててめェがぶっ倒れてりゃ世話ねんだよ」
「そうだけど…」
「自分は治せねェだろ」
「…そうだけど」
相澤先生は有用だと言った私の個性は、私の力量が伴わないためにこんなにも無力なのだ。実戦に出るまでに、クリアしなくてはいけない課題がたくさんある。
「ま、心配すんな。俺がいる」
圧倒的に勝利するから怪我人なんて出させない、だから私が誰かを治癒する必要もない。きっとそういう意味なのだろう。
あまりにも自信に満ちたその言葉は、だけど妄言とも思えない実力を彼は持ち合わせていて。私は思わず笑ってしまった。
「勝己はかっこいいね」
「うるせェよ」
勝己の表情が、いつもより少し柔らかい気がした。
はぁ、と相澤先生が息を吐く。説教が始まるのだろうとぎゅっと身構えた。
「呼ばれた理由は分かるか?」
穏やかな口調、だったと思う。先生の低い声は威圧的であるようで、こういう話し方をした時にはとても落ち着くものであるのだと知った。
終わったことは仕方がないのだと自分に言い聞かせて、腹を括る。
「個性を使わなかったから…ですよね」
ちらりと視線だけを持ち上げて見やった相澤先生は何も言わずにこちらを見ていて、続きを促されているような気がした。
使えるなら使いたいとは思ったんですけど、個性届に記入した通りなので競技への応用が思いつかなくて。未熟ですよね。
誤魔化すように前髪に触れながら連ねた言葉は、まるで言い訳のようだ。全然腹を括れてなんていない。情けないなぁと嘲笑を浮かべたところで、相澤先生がもう一度息を吐いた。
「違う。個性を“使おうとした”だろ」
「え…?」
「緑谷に」
ポカンと。先生の顔を見る私は間抜けな顔をしていたんじゃないだろうか。個性の使用を求められた場で“使わなかったこと“を咎めるためではなく、出久に個性を“使おうとした“ことで私は呼ばれたというのだろうか。想像していたものと異なる展開に面食らってしまう。
「
「はぁ…」
「反動についてはどこまで理解している?」
「えっと、頭が痛くなったり、耳鳴りがしたり…」
私の個性は、人の怪我を治せる。もちろん万能な能力などではなく、治癒を行えばその反動で頭痛や耳鳴りが起きる。けれど少し休めば治るし、その程度の代償で誰かの傷を癒せるのなら安いものだと思う。
「その程度の怪我しか治したことがないだけだ」
「え?」
「怪我の程度が大きくなれば、その分お前への反動も大きくなる」
「…!」
考えたことも無かった。確かにこれまで友人の怪我などを治した際、耳鳴りだけで済むとき、軽い頭痛が起きるとき、あるいは頭が割れそうな痛みに襲われて動けなくなったとき。色々なパターンを経験してきたけれど、なるほど、あれは治した怪我の程度による反動の差だったということか。
「理解がないまま、治そうとするな」
「………」
「不満そうだな」
「だって」
「治すなと言ってるわけじゃない」
ヒーローとして最前線で活躍してくなら、これまでと比べものにならないほど多くの怪我人、あるいは重傷者に出会うだろう。どの程度の怪我の治癒に、どれぐらいの反動があるのか。それを知り、見極め、その上で能力を使えと、先生はそう話してくれた。
「覚えておけ佐倉。お前の個性は、お前が思ってる以上に有用だ」
「…はい」
私が落ち込んでいるように見えたのだろうか。先生は僅かに表情を緩めて、怒っているわけじゃないんだ、とそう言った。
「自分の個性の有用性を理解して気をつけること、何かあればすぐに
「…!」
「俺が言いたいのはその二つだ…分かったか?」
「はい!」
返事をした私の頭に相澤先生の手が乗せられた。グシャグシャと髪を撫でながら「話は以上だ」と立ち上がった先生と並んで生徒指導室を後にした。
「おー佐倉!」
「おっかえりー!」
「何言われたんだ?この不良娘」
教室に戻れば、切島、三奈ちゃん、上鳴の賑やかトリオが迎えてくれた。教育的指導かな、なんて苦笑いで答えれば、3人は豪快に笑い飛ばしてくれる。また佐倉の個性も見せてよね、という三奈ちゃんに笑顔で肯定の返事をした。
下校時間になり、登校時と同じように勝己と並んで歩く。家に着くまで特に会話があるわけでもないけれど、この無言の時間を気まずいと思ったことは一度もない。
帰宅してから一度自室で制服を部屋着に着替え、明日の持ち物の用意をする。それから廊下に出て、隣の部屋を軽くノックしてから、少し扉を開けて中を覗く。何かを読んでいるのだろうか、勉強机に座っている勝己の横顔が見えた。
「勝己…ちょっといい?」
「……」
返事はない。けれど私は、否定の言葉がないのであれば“無言は肯定”なのだと知っている。
おじゃまします、と小さく断ってから室内に踏み入れ、ベッドに腰掛けた。いつの間にか、私が勝己の部屋に来たときのお決まりの場所になっている。
「出久のさ、」
「あ゛あ!?」
「……なんでもない」
切り出した話題は、その名が出た瞬間に一蹴された。出久の話題は地雷だ。そう悟った私は口を噤み、両膝を抱える。3人で仲良くできたらいいのに。そう思っても口に出せはしない。
「お前は何言われたんだよ」
「え?」
「職員室呼ばれてたろ」
不意に振られた話題に驚いて顔を向ければ、体をこちらに向けて机に肘をつき、頬杖をついている勝己と目があった。
個性把握テストの後、相澤先生と何を話したのかと聞かれているのだ。
「あー…反動のこととか、ちゃんと見極めろって」
「反動?」
「うん。ほら、怪我を治したら頭痛くなったりするでしょ」
私が誰かの傷を癒したあとに、頭痛や耳鳴りが酷くて動けなくなった過去の経験も勝己は知っている。
「怪我の程度に比例するやつか」
「え!?勝己それ気付いてたの!?」
「気付くもなにも、見てたら分かんだろ」
私の記憶では“反動に強弱差があるな”程度のものだったのに、勝己は私が直した怪我の程度と反動の関係に気が付いていたらしい。純粋に感心して、間抜けな感嘆の声が漏れた。
とはいえ、見極めろと言われたところで、どうすればいいのだろう。目の前に大怪我をしている人がいたとして、「どんな反動が来るか分からないので治せません」なんて言いたくない。だって私には治せる個性があるのだから。
「七瀬」
天井を見上げて唸っていたら、名前を呼ばれた。真面目な顔をした勝己と目があって、なんとなくピンと背筋を伸ばす。
「他人治しててめェがぶっ倒れてりゃ世話ねんだよ」
「そうだけど…」
「自分は治せねェだろ」
「…そうだけど」
相澤先生は有用だと言った私の個性は、私の力量が伴わないためにこんなにも無力なのだ。実戦に出るまでに、クリアしなくてはいけない課題がたくさんある。
「ま、心配すんな。俺がいる」
圧倒的に勝利するから怪我人なんて出させない、だから私が誰かを治癒する必要もない。きっとそういう意味なのだろう。
あまりにも自信に満ちたその言葉は、だけど妄言とも思えない実力を彼は持ち合わせていて。私は思わず笑ってしまった。
「勝己はかっこいいね」
「うるせェよ」
勝己の表情が、いつもより少し柔らかい気がした。
