ゼラニウムに捧ぐ
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ついに開幕したインターハイ予選。1回戦 vs新協学園、2回戦 vs実善高校、そして3回戦 vs金賀高校……誠凛高校はびっくりするほど順調に勝ち進んでいた。もともと実力を持った先輩たちに、火神とテツ君の加入したのだから当然と言えばそれまでだけど、観客席からの声を聞いても誠凛高校への期待値が高まっているのが容易に分かる。
そして迎えた4回戦。対戦相手の明常高校の主力メンバーが、先日 火神とテツ君(と涼太)に瞬殺された彼らだったという偶然もあり、これまた瞬殺。唖然とするリコさんに小声で事情を説明したのはここだけの話である。
試合が終わったところで 急に会場全体がざわつき始めた。観衆たちが何を見つけたのか、振り向けばすぐに理解できる。
東の王者、秀徳高校――。彼らの登場に盛り上がり始める場内と裏腹に、私の心臓は低い音を立て、指先が冷たくなっていくのが分かった。火神が秀徳メンバーの方に向かっていくのが視界の端で見えたけれど、それを目で追う余裕はない。わざとらしく背を向けて、全神経を手元に集中させて片付けに専念する。
「よし、あとは――、っ!」
おおよその荷物をまとめ終えて 残りの仕事に意識を向けたとき、不意に後ろから腕を引かれた。突然の事に 加えられた力のままに身体が傾く。あ、転ぶ と思った刹那、背中に何かがあって倒れずに済んだ。ホッと息を吐き、背後を振り返って凍りつく。
私より頭いくつ分も高いところから見下ろす涼やかな目と視線が交わり 飛び退くように距離を取ろうとしたけれど、二の腕を掴まれたままで それは叶わなかった。
「佐倉」
「……、何か 用?」
睨むように見上げ、震えそうになる声で問う。自分の行いを棚に上げて、何食わぬ顔で私に関わってくる目の前の彼が憎い。……いや、違う、自分の保身に走った愚かな過去の自分が憎い。そして彼を見ると、目を逸らしたい過去の自分を思い出してしまうから。こうして逃げることばかり考えてしまっている心を、奥底まで見透かされそうな気がするから。分かってる、こんなの ただの八つ当たりだ。それでも私は、彼に対する術を持たない。また己を護ることばかりを考える自分が嫌になる。
奥歯を噛みしめる私の思考を察しているかのように、緑間くんは私の腕を引いて 顔を寄せた。
「逃げるなよ」
「え…?」
「目を、逸らすな」
何から、と 問う暇は与えられない。それだけ言って、また何事も無かったかのように離れていく緑間くんの背中を眺めることしかできなかった。今度は睨むわけではなく、ただ呆然と。
「大丈夫ですか?」
「え?あ…うん、別に、なにも」
いつの間にか隣にいたテツ君が心配そうに声をかけてくれるけれど、曖昧な答えしか返せなかった。どういう意味だったのだろう。真意を掴みきれず、チームメイトの元へと合流する緑間くんを目で追っていた私を 火神が難しい顔で見ていたことなど知りもせず。
◇
この日2試合目となる5回戦 白稜高校戦は、連戦の疲れもあり苦しみながらもなんとか辛勝し、誠凛高校の準決勝進出が決定した。同じ疲労度でも勝つと負けるとでは体感に雲泥の差がある。確実な疲労感と、だけどそれにも勝る充実感を抱きながら帰途についた火神たち誠凛バスケ部は、学校で簡単な今後の連絡事項だけ監督であるリコから伝えられ、その後はすぐに解散となった。
バラバラとそれぞれの家路につく中で、火神は早足で伊月の隣に並び「今日はオレが送ります」と 目的語もない言葉を一方的に投げかけ、返事も聞かずに彼を追い越した。
少しの間をあけた後に背後から「了解」と返事が聞こえたけれど、火神は振り返ることはしない。伊月の事だから、きっと色々と察してくれているに違いない。そう確信に近いものがあると同時に、きっと振り向いたら からかわれる様な気もしていたから。
火神の少し先に見えていた背中に早足のまま近付いて、隣に並んで歩調を緩める。それに気付いた彼女――佐倉七瀬はこちらに視線を向け、隣に並んだ人物を確認して驚いたように少し目を見開いた。
「…火神?どうかした?」
「別に……帰んぞ」
「え?」
普段は家の方向が同じということもあり、七瀬は伊月と並んで帰っている。その役割を、今日は火神が一方的に譲り受けた。どうしても七瀬に聞きたいことがあったから。
そんな火神の事情など知りもしない彼女は不思議そうに首を傾げたけれど、理由を聞くこともせず すんなりと受け入れた。
「さすがに2試合は疲れたでしょ」
「ああ…疲れ方が全然違うな」
「でも、あと少しのところまで来たよね」
「緑間のあの長距離シュートは脅威だけどな」
「っ…、そう、だよ ね。何とか封じる方法があればいいけど」
火神の言葉に彼女は何食わぬ顔で答える。けれど、僅かに間が空いた事に火神は気が付いていた。それが気のせいかとさえ思えるほどに、七瀬はいつもと変わらない様子を見せているけれど。
細い指を顎に当てて何か――恐らくは緑間対策を思案する七瀬の様子を見下ろしながら、火神の中でいつからか存在していた疑念が 姿を変えていくのを感じた。
「…佐倉は、どんなマネージャーだったんだ?」
「へ?」
「中学時代のお前」
「突然どうしたの?」
「いや、ちょっと気になってよ」
「今と同じで平凡なマネージャーだよ。それより今日の1試合目さ…」
笑みを浮かべて簡単に応えて、そしてすぐに話題が変えられる。それが、疑念から確信へと変わった瞬間。
彼女の言葉が終わるのを待たずに 隣を歩く七瀬の手首を掴んで引き寄せれば、驚いたように見開かれた目と視線が交わる。
「お前は、何をそんなに怖がってんだ?」
真っ直ぐに見つめた先の大きな瞳が、動揺を表すように揺らいだ。
そして迎えた4回戦。対戦相手の明常高校の主力メンバーが、先日 火神とテツ君(と涼太)に瞬殺された彼らだったという偶然もあり、これまた瞬殺。唖然とするリコさんに小声で事情を説明したのはここだけの話である。
試合が終わったところで 急に会場全体がざわつき始めた。観衆たちが何を見つけたのか、振り向けばすぐに理解できる。
東の王者、秀徳高校――。彼らの登場に盛り上がり始める場内と裏腹に、私の心臓は低い音を立て、指先が冷たくなっていくのが分かった。火神が秀徳メンバーの方に向かっていくのが視界の端で見えたけれど、それを目で追う余裕はない。わざとらしく背を向けて、全神経を手元に集中させて片付けに専念する。
「よし、あとは――、っ!」
おおよその荷物をまとめ終えて 残りの仕事に意識を向けたとき、不意に後ろから腕を引かれた。突然の事に 加えられた力のままに身体が傾く。あ、転ぶ と思った刹那、背中に何かがあって倒れずに済んだ。ホッと息を吐き、背後を振り返って凍りつく。
私より頭いくつ分も高いところから見下ろす涼やかな目と視線が交わり 飛び退くように距離を取ろうとしたけれど、二の腕を掴まれたままで それは叶わなかった。
「佐倉」
「……、何か 用?」
睨むように見上げ、震えそうになる声で問う。自分の行いを棚に上げて、何食わぬ顔で私に関わってくる目の前の彼が憎い。……いや、違う、自分の保身に走った愚かな過去の自分が憎い。そして彼を見ると、目を逸らしたい過去の自分を思い出してしまうから。こうして逃げることばかり考えてしまっている心を、奥底まで見透かされそうな気がするから。分かってる、こんなの ただの八つ当たりだ。それでも私は、彼に対する術を持たない。また己を護ることばかりを考える自分が嫌になる。
奥歯を噛みしめる私の思考を察しているかのように、緑間くんは私の腕を引いて 顔を寄せた。
「逃げるなよ」
「え…?」
「目を、逸らすな」
何から、と 問う暇は与えられない。それだけ言って、また何事も無かったかのように離れていく緑間くんの背中を眺めることしかできなかった。今度は睨むわけではなく、ただ呆然と。
「大丈夫ですか?」
「え?あ…うん、別に、なにも」
いつの間にか隣にいたテツ君が心配そうに声をかけてくれるけれど、曖昧な答えしか返せなかった。どういう意味だったのだろう。真意を掴みきれず、チームメイトの元へと合流する緑間くんを目で追っていた私を 火神が難しい顔で見ていたことなど知りもせず。
◇
この日2試合目となる5回戦 白稜高校戦は、連戦の疲れもあり苦しみながらもなんとか辛勝し、誠凛高校の準決勝進出が決定した。同じ疲労度でも勝つと負けるとでは体感に雲泥の差がある。確実な疲労感と、だけどそれにも勝る充実感を抱きながら帰途についた火神たち誠凛バスケ部は、学校で簡単な今後の連絡事項だけ監督であるリコから伝えられ、その後はすぐに解散となった。
バラバラとそれぞれの家路につく中で、火神は早足で伊月の隣に並び「今日はオレが送ります」と 目的語もない言葉を一方的に投げかけ、返事も聞かずに彼を追い越した。
少しの間をあけた後に背後から「了解」と返事が聞こえたけれど、火神は振り返ることはしない。伊月の事だから、きっと色々と察してくれているに違いない。そう確信に近いものがあると同時に、きっと振り向いたら からかわれる様な気もしていたから。
火神の少し先に見えていた背中に早足のまま近付いて、隣に並んで歩調を緩める。それに気付いた彼女――佐倉七瀬はこちらに視線を向け、隣に並んだ人物を確認して驚いたように少し目を見開いた。
「…火神?どうかした?」
「別に……帰んぞ」
「え?」
普段は家の方向が同じということもあり、七瀬は伊月と並んで帰っている。その役割を、今日は火神が一方的に譲り受けた。どうしても七瀬に聞きたいことがあったから。
そんな火神の事情など知りもしない彼女は不思議そうに首を傾げたけれど、理由を聞くこともせず すんなりと受け入れた。
「さすがに2試合は疲れたでしょ」
「ああ…疲れ方が全然違うな」
「でも、あと少しのところまで来たよね」
「緑間のあの長距離シュートは脅威だけどな」
「っ…、そう、だよ ね。何とか封じる方法があればいいけど」
火神の言葉に彼女は何食わぬ顔で答える。けれど、僅かに間が空いた事に火神は気が付いていた。それが気のせいかとさえ思えるほどに、七瀬はいつもと変わらない様子を見せているけれど。
細い指を顎に当てて何か――恐らくは緑間対策を思案する七瀬の様子を見下ろしながら、火神の中でいつからか存在していた疑念が 姿を変えていくのを感じた。
「…佐倉は、どんなマネージャーだったんだ?」
「へ?」
「中学時代のお前」
「突然どうしたの?」
「いや、ちょっと気になってよ」
「今と同じで平凡なマネージャーだよ。それより今日の1試合目さ…」
笑みを浮かべて簡単に応えて、そしてすぐに話題が変えられる。それが、疑念から確信へと変わった瞬間。
彼女の言葉が終わるのを待たずに 隣を歩く七瀬の手首を掴んで引き寄せれば、驚いたように見開かれた目と視線が交わる。
「お前は、何をそんなに怖がってんだ?」
真っ直ぐに見つめた先の大きな瞳が、動揺を表すように揺らいだ。
