ゼラニウムに捧ぐ
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週が明けた月曜日。午前中の授業中にリコさんから1年部員に届いたメールには「1年生全員、昼休み2年校舎集合」と、ハートの絵文字付きで書かれていた。その文面から何となく良い予感がしないのは、私だけではないだろう。
◇
昼休み、同級生部員たちと連れ立って向かった2年校舎。廊下で待ち構えていたリコさんが、にこやかにいう。
「ちょっとパン、買ってきて」
「は?パン?」
先輩たちの話を聞けば、誠凛高校の売店では毎月27日にとんでもないパンが数量限定で販売されるという。それを求める生徒たちで いつもより“ちょっとだけ”混む売店で、そのパンを含めたみんなの昼食を買ってくるというのが今回一年生に与えられる司令らしい。一体このミッションに何の意味が、なんて考えたところで無駄だろう。日本の特に体育会系は縦社会なのだ。
代金は二年生が支払ってくれると お金が入った封筒を日向さんから受け取り、伊月さんのダジャレから逃げるように売店に向かったみんなに続こうと 私も足を踏み出した。
「あー待て待て、七瀬はこっちだ」
「え?」
「あんな戦場みたいなとこ、女の子に行かせられないよ」
(せ、戦場…?)
背中から日向さんに呼び止められて、振り返れば伊月さんが苦笑いしながらそう言った。その口から発せられた単語が少し気にはなるが、私だって誠凛バスケ部の一年生なのだ。私だけ大人しく待っているのは、何か違う気がする。でも、と 口を開きかけた私の声を遮ったのは、火神の声だった。
「すぐ買ってくるから、お前はセンパイ達と待ってろって」
「火神……」
「ほらほら、火神君もそう言ってるし。行くわよ七瀬」
「あ、はい…!ありがとう、いってらっしゃい!」
私の腕をひいて歩き出したリコさんに抵抗する気も起きず、売店へと向かう同級生を振り返って送り出した。私だけ良かったのかな、という思いは拭いきれないけれど、今日ばかりは彼らの厚意に甘えることにしよう。
そのまま先輩たちと並んでやってきた屋上で、昼食の到着を待つことになった。
「そういえば、七瀬も帝光のバスケ部出身なんだよな」
「…ご存知でしたか」
「入部前に黒子君から聞いてたのよ」
「帝光バスケ部はマネージャーもレベル高ぇのか?」
興味津々な様子で前のめりになる先輩たちに苦笑いをする。そういえば、こうして先輩たちとゆっくり話をするのは これが初めてだった。そのことに気が付いたら、この時間を作ってくれた先輩にも同級生たちにも感謝しなくてはいけないな と、そんなことを考えた。
「一人…天才的な分析力を持つ子がいたんですけど、私はそういうのはなくて」
「よくある普通のマネージャーってか?」
「はい。ただ、私も一応バスケの経験者なので」
「へー、バスケできんだな」
「小学生の時してたってこと?」
「そうです、3年から卒業まで 地域のミニバスチームに所属していて」
だから選手の気持ちが分かる なんて大それたことは言えないけれど、少しはプレーする側の気持ちを想像することができたのだと思う。どのタイミングで飲み物が欲しいかとか、この練習にはこういう補助があればスムーズに進められるとか。そういうことが全く未経験の子と比べれば私は想像しやすくて、そこを評価されて一軍マネージャーに抜擢されたのだと思っている。真実は分からないけれど。
「…中学でバスケしようと思わなかったんだ?」
伊月さんの声に視線を彼へ向けて、曖昧に笑う。バスケをしようと思わなかったわけではない。事実、私は入学してすぐに女子バスケ部を見に行ったのだ。だけどそこにあった光景は、私が求めていたものと何か少し違っていて違和感を抱いた。そのあとたまたま通りかかった体育館の開け放たれた扉から見えたのが、男子バスケ部の練習風景。これだ、と思った。
私が好きなバスケは、男子だからこその強さと 速さと 高さなのだと思い知った。
「だから今こうして、みなさんのバスケに携われていることが嬉しいです」
「…そっか」
「じゃあ、最初に入部を渋っていた理由は?」
日向さんの優しい声のあとに続いたリコさんの凛とした声に、ドキリとした。尤もすぎる指摘に苦笑いを浮かべて、逃れるように視線を下げる。
何を、どう話したらいいのだろう。きっとテツ君がまだ話していないことを、私が話していいものだろうか。なんて、それはテツ君を盾にして自分が逃げてるだけだというのに。
今の私は毎日が充実していて、とても満ち足りている。入部すればそうなる事など容易に想像できていたくせに、私はその先にあることを恐れていたのだ。
「…バスケが、嫌いになりそうな時期があって」
それの言葉以上に、どう説明をすればいいのか分からなかった。結局私は、また自分を守ってしまった。
俯いたまま絞り出すように発した声に色々察してくれたのだろうか、水戸部さんから心配そうな視線を感じる。違う、心配させたいわけじゃない、こんな過去のことで優しい先輩に心配を掛けてどうするんだ。
慌てて顔を上げて、努めて明るく笑った。
「でも今はバスケが大好きだし、毎日が楽しいです。…本当に」
それは、今の私の嘘偽りない本心。七瀬、と 気遣うように私の名前を呼んでくれたのは誰だっただろう。
その直後に随分とくたびれた様子で現れた同級生たちを笑顔で迎えれば自然とこの話は流れていったことに、内心で大いに安堵したのはここだけの話である。
◇
昼休み、同級生部員たちと連れ立って向かった2年校舎。廊下で待ち構えていたリコさんが、にこやかにいう。
「ちょっとパン、買ってきて」
「は?パン?」
先輩たちの話を聞けば、誠凛高校の売店では毎月27日にとんでもないパンが数量限定で販売されるという。それを求める生徒たちで いつもより“ちょっとだけ”混む売店で、そのパンを含めたみんなの昼食を買ってくるというのが今回一年生に与えられる司令らしい。一体このミッションに何の意味が、なんて考えたところで無駄だろう。日本の特に体育会系は縦社会なのだ。
代金は二年生が支払ってくれると お金が入った封筒を日向さんから受け取り、伊月さんのダジャレから逃げるように売店に向かったみんなに続こうと 私も足を踏み出した。
「あー待て待て、七瀬はこっちだ」
「え?」
「あんな戦場みたいなとこ、女の子に行かせられないよ」
(せ、戦場…?)
背中から日向さんに呼び止められて、振り返れば伊月さんが苦笑いしながらそう言った。その口から発せられた単語が少し気にはなるが、私だって誠凛バスケ部の一年生なのだ。私だけ大人しく待っているのは、何か違う気がする。でも、と 口を開きかけた私の声を遮ったのは、火神の声だった。
「すぐ買ってくるから、お前はセンパイ達と待ってろって」
「火神……」
「ほらほら、火神君もそう言ってるし。行くわよ七瀬」
「あ、はい…!ありがとう、いってらっしゃい!」
私の腕をひいて歩き出したリコさんに抵抗する気も起きず、売店へと向かう同級生を振り返って送り出した。私だけ良かったのかな、という思いは拭いきれないけれど、今日ばかりは彼らの厚意に甘えることにしよう。
そのまま先輩たちと並んでやってきた屋上で、昼食の到着を待つことになった。
「そういえば、七瀬も帝光のバスケ部出身なんだよな」
「…ご存知でしたか」
「入部前に黒子君から聞いてたのよ」
「帝光バスケ部はマネージャーもレベル高ぇのか?」
興味津々な様子で前のめりになる先輩たちに苦笑いをする。そういえば、こうして先輩たちとゆっくり話をするのは これが初めてだった。そのことに気が付いたら、この時間を作ってくれた先輩にも同級生たちにも感謝しなくてはいけないな と、そんなことを考えた。
「一人…天才的な分析力を持つ子がいたんですけど、私はそういうのはなくて」
「よくある普通のマネージャーってか?」
「はい。ただ、私も一応バスケの経験者なので」
「へー、バスケできんだな」
「小学生の時してたってこと?」
「そうです、3年から卒業まで 地域のミニバスチームに所属していて」
だから選手の気持ちが分かる なんて大それたことは言えないけれど、少しはプレーする側の気持ちを想像することができたのだと思う。どのタイミングで飲み物が欲しいかとか、この練習にはこういう補助があればスムーズに進められるとか。そういうことが全く未経験の子と比べれば私は想像しやすくて、そこを評価されて一軍マネージャーに抜擢されたのだと思っている。真実は分からないけれど。
「…中学でバスケしようと思わなかったんだ?」
伊月さんの声に視線を彼へ向けて、曖昧に笑う。バスケをしようと思わなかったわけではない。事実、私は入学してすぐに女子バスケ部を見に行ったのだ。だけどそこにあった光景は、私が求めていたものと何か少し違っていて違和感を抱いた。そのあとたまたま通りかかった体育館の開け放たれた扉から見えたのが、男子バスケ部の練習風景。これだ、と思った。
私が好きなバスケは、男子だからこその強さと 速さと 高さなのだと思い知った。
「だから今こうして、みなさんのバスケに携われていることが嬉しいです」
「…そっか」
「じゃあ、最初に入部を渋っていた理由は?」
日向さんの優しい声のあとに続いたリコさんの凛とした声に、ドキリとした。尤もすぎる指摘に苦笑いを浮かべて、逃れるように視線を下げる。
何を、どう話したらいいのだろう。きっとテツ君がまだ話していないことを、私が話していいものだろうか。なんて、それはテツ君を盾にして自分が逃げてるだけだというのに。
今の私は毎日が充実していて、とても満ち足りている。入部すればそうなる事など容易に想像できていたくせに、私はその先にあることを恐れていたのだ。
「…バスケが、嫌いになりそうな時期があって」
それの言葉以上に、どう説明をすればいいのか分からなかった。結局私は、また自分を守ってしまった。
俯いたまま絞り出すように発した声に色々察してくれたのだろうか、水戸部さんから心配そうな視線を感じる。違う、心配させたいわけじゃない、こんな過去のことで優しい先輩に心配を掛けてどうするんだ。
慌てて顔を上げて、努めて明るく笑った。
「でも今はバスケが大好きだし、毎日が楽しいです。…本当に」
それは、今の私の嘘偽りない本心。七瀬、と 気遣うように私の名前を呼んでくれたのは誰だっただろう。
その直後に随分とくたびれた様子で現れた同級生たちを笑顔で迎えれば自然とこの話は流れていったことに、内心で大いに安堵したのはここだけの話である。