ゼラニウムに捧ぐ
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太陽みたいな人だと思った。それが、最初。
無邪気に、溌剌と、圧倒的な身体能力を持つしなやかな身体が、バスケが好きだと全身で叫びながら高い技術でボールを操るその選手に魅了されるまで そう時間は掛からなかった。
青峰大輝―――「バスケ少年」という言葉を絵に描いたような人。名門・帝光中学バスケ部において一年から一軍に抜擢されるほどの能力を持ちながら、驕ることもなく、ただただボールに触れていたいのだと練習を怠らない彼は、むしろバスケ馬鹿とでも言った方が適切かもしれない。
厳しい練習を、それでも楽しそうに過ごす彼の姿は、コートの中でも一際眩しく思えていた。
◇
日が落ちたあとは随分と涼しい季節となった今日もまた、私はバスケ馬鹿…もとい、大輝の居残り練習に付き合っていた。もちろん他にも居残りする熱心な部員は多々いるけれど、大輝はこれだけの技術を持ちながらまだ“練習”しようというのだから本当に尊敬する。
いつもと同じような時間に切り上げ、片付けのために倉庫へ入る。ボールが入っているカゴの前に立つ私に、大輝がパスするようにボールを投げて寄越すのもいつものこと。いつもと違ったのは、私がそのボールを受け損ねたことだろうか。
「わっ…!」
「なーにやってんだよ」
弾いてしまったボールは弾みながら転がり、棚の下に入ってしまう。呆れたようにこちらにやって来た大輝が、しゃがんで覗き込む私の隣で同じようにしゃがみ込んだ。
「取れるか?」
「うん、すぐそこにあるから大丈夫」
ほら、と救出成功したボールを大輝に見せたその瞬間。電気が消えるのとほぼ同時にガチャン、と。重たい金属音が倉庫内に響いた。
「……え?」
立ち上がって音がした方に目を向ければ、扉は閉じられていて。サッと血の気が引くような感覚がした。
手に持っていたボールはカゴの中に放り投げて、扉に駆け寄り手をかけてみるけれどびくともしない。何度繰り返してみても、ガチャガチャと鍵が引っかかる音がするばかり。
「うそ……」
「やっぱ鍵かけられた音か」
「どうしよう…携帯…は部室だし…!」
オロオロと慌てる私とは対照的に、大輝に動じた様子はなかった。どうしてそんなに落ち着いてるのと半ば八つ当たりのように聞くけれど、開かないもんは仕方ねえだろと当然のように言われてしまえば返す言葉もない。
そうだけど、と立ち尽くす私を尻目に、大輝は何枚も高く積まれた体育マットを1枚引っ張り出して床に広げ、そこにどかりと腰を下ろす。
「七瀬もこっち来いよ」
「え?」
「いつ開くか分かんねぇのに、ずっと立ってんの ダリィだろ」
欠伸まじりに言われた言葉に、1人で慌てふためいているのも馬鹿馬鹿しくなってきた。おおらかと言うか、何と言うか。
それもそうかと諦めて、私も大輝の隣に腰を下ろそうとマットの方に近付いた時、手首を引かれてバランスを崩す。倒れるように私が座り込んだのは大輝の膝の間で、その体勢の恥ずかしさに即座に立ち退こうとしたのに 大輝に肩を抑えられて叶わなかった。
なんで、と抗議の声を上げようとすぐ近くの大輝の顔を見上げた瞬間、彼が着ているジャージの上着が私の上体を包み込んだ。
「ちょ、大輝!?」
「寒いんだろ」
「や、別に大丈夫だよ」
少しとはいえ汗をかいた身体が、半袖から出る腕が気温も下がった空気に触れて冷ややかに感じでいたのは事実で、ぎゅ、と包むように抱き込まれた私は確かに暖かいけれど、この距離感はどうなんだろう。
大輝は私の頭に顎を乗せるようにして、くぁ、と欠伸をもう一つ。
「て、いうか!私も汗かいてるし!臭いから!!」
「は?お前が臭かったことなんてねーだろ」
「そ れは、そんなに近付いた事ないだけでしょ!?」
「んなことねーよ。いつも…今も、なんか甘ェ匂いがする」
私の髪に埋めるように鼻を寄せた大輝が、すんすんと鼻を鳴らす。汗臭いと言われるよりよほど良い、けれど、部活で選手ほどではないにしろ汗をかいた直後にこんな近距離で身を寄せた挙句、匂いを嗅がれるなんて恥ずかしすぎて消えたくなる。
「わ、わかったから!大輝が気にならないなら大丈夫だからやめて!」
大輝の胸元をしながら必死に訴える私を見下ろしながらカラカラと笑った彼は、髪に埋めていた顔を離しはしたけれど、ジャージで包むように抱き込んだ私の身体を離すことはない。諦めて小さく息を吐いた。
「…大輝は、どうしてそんなに落ち着いてるの?」
連絡手段もなく体育倉庫に閉じ込められるなんて、漫画みたいな話じゃないか。最初からずっとなんて事のないような態度の彼に尋ねれば、開かないもんは仕方ねえだろと、先ほどと同じ言葉が返ってきた。
「そうだけどさ…」
「赤司か緑間か…七瀬が絡めば黄瀬の鼻も利くだろうし、すぐに誰か気付くだろ」
「鼻ってそんな犬みたいな」
「しっぽ振り回してるじゃねえか」
「なにそれ」
思わず小さく吹き出せば、そんな私を見下ろしていた大輝の表情も穏やかに緩んだのがわかった。
焦りばかりだった私の心も、彼につられるように「何とかなるか」が占めるようになってきて、そのあとは大輝と他愛もない話をして過ごす。
そうしてどれぐらいの時間が経ったか分からないけれど、倉庫の外がガヤガヤと騒がしくなったのを感じた。誰かが来たと察して、パッと顔を扉の方に向けた。
「七瀬っち!いる!?」
「涼太!」
「見つけた!今開けるからね!」
聞き慣れた声のあとに聞こえた施錠を外す音に立ち上がって扉の方に駆け寄ろうとしたけれど、私を抱き込む腕がそれを許してはくれなかった。助けが来たのにどうしたのだろうと大輝の顔を見上げたところで、ガラガラと扉が開かれ体育館の照明が差し込む。
「お待たせ七瀬っち!」
「まさか本当にこんなところにいるとは…」
「早めに見つけられて良かったよ」
照明の眩しさに一瞬眩んだ目が慣れてきたところで、救世主たちの姿を確認することができた。呆れたように眼鏡を押し上げている真ちゃんと、困ったような、安堵したような笑みを浮かべている征と。勢いよく扉を押し開けたのであろう両手を広げたまま、呆然と立ち尽くしてワナワナと震えている涼太で。
「えーっと…涼太?」
「ちょ、青峰っち何やってんスか!!!」
「あぁ?」
「今すぐオレと変わって!!」
「うっせーなあ…」
キャンキャンと騒ぐ涼太に面倒くさそうに息を吐いた大輝が、私の腕を掴んで立ち上がる。引かれるように私も一緒に立ち上がったところで反対側から腕を引かれ、ひんやりとした空気に身体が晒されたかと思った瞬間にまた暖かいものに包まれた。涼太がジャージの上着を脱いてかけてくれたのだと理解するまでに時間は必要ない。
「大丈夫っスか?寒くない?」
「うん、大丈夫だよ。大輝が寒くないように」
「あーあー!それは聞きたくないっス!」
ブンブンと首を振る涼太にみんなは呆れたような表情を浮かべていて、首を傾げたのは私だけたっだ。
無邪気に、溌剌と、圧倒的な身体能力を持つしなやかな身体が、バスケが好きだと全身で叫びながら高い技術でボールを操るその選手に魅了されるまで そう時間は掛からなかった。
青峰大輝―――「バスケ少年」という言葉を絵に描いたような人。名門・帝光中学バスケ部において一年から一軍に抜擢されるほどの能力を持ちながら、驕ることもなく、ただただボールに触れていたいのだと練習を怠らない彼は、むしろバスケ馬鹿とでも言った方が適切かもしれない。
厳しい練習を、それでも楽しそうに過ごす彼の姿は、コートの中でも一際眩しく思えていた。
◇
日が落ちたあとは随分と涼しい季節となった今日もまた、私はバスケ馬鹿…もとい、大輝の居残り練習に付き合っていた。もちろん他にも居残りする熱心な部員は多々いるけれど、大輝はこれだけの技術を持ちながらまだ“練習”しようというのだから本当に尊敬する。
いつもと同じような時間に切り上げ、片付けのために倉庫へ入る。ボールが入っているカゴの前に立つ私に、大輝がパスするようにボールを投げて寄越すのもいつものこと。いつもと違ったのは、私がそのボールを受け損ねたことだろうか。
「わっ…!」
「なーにやってんだよ」
弾いてしまったボールは弾みながら転がり、棚の下に入ってしまう。呆れたようにこちらにやって来た大輝が、しゃがんで覗き込む私の隣で同じようにしゃがみ込んだ。
「取れるか?」
「うん、すぐそこにあるから大丈夫」
ほら、と救出成功したボールを大輝に見せたその瞬間。電気が消えるのとほぼ同時にガチャン、と。重たい金属音が倉庫内に響いた。
「……え?」
立ち上がって音がした方に目を向ければ、扉は閉じられていて。サッと血の気が引くような感覚がした。
手に持っていたボールはカゴの中に放り投げて、扉に駆け寄り手をかけてみるけれどびくともしない。何度繰り返してみても、ガチャガチャと鍵が引っかかる音がするばかり。
「うそ……」
「やっぱ鍵かけられた音か」
「どうしよう…携帯…は部室だし…!」
オロオロと慌てる私とは対照的に、大輝に動じた様子はなかった。どうしてそんなに落ち着いてるのと半ば八つ当たりのように聞くけれど、開かないもんは仕方ねえだろと当然のように言われてしまえば返す言葉もない。
そうだけど、と立ち尽くす私を尻目に、大輝は何枚も高く積まれた体育マットを1枚引っ張り出して床に広げ、そこにどかりと腰を下ろす。
「七瀬もこっち来いよ」
「え?」
「いつ開くか分かんねぇのに、ずっと立ってんの ダリィだろ」
欠伸まじりに言われた言葉に、1人で慌てふためいているのも馬鹿馬鹿しくなってきた。おおらかと言うか、何と言うか。
それもそうかと諦めて、私も大輝の隣に腰を下ろそうとマットの方に近付いた時、手首を引かれてバランスを崩す。倒れるように私が座り込んだのは大輝の膝の間で、その体勢の恥ずかしさに即座に立ち退こうとしたのに 大輝に肩を抑えられて叶わなかった。
なんで、と抗議の声を上げようとすぐ近くの大輝の顔を見上げた瞬間、彼が着ているジャージの上着が私の上体を包み込んだ。
「ちょ、大輝!?」
「寒いんだろ」
「や、別に大丈夫だよ」
少しとはいえ汗をかいた身体が、半袖から出る腕が気温も下がった空気に触れて冷ややかに感じでいたのは事実で、ぎゅ、と包むように抱き込まれた私は確かに暖かいけれど、この距離感はどうなんだろう。
大輝は私の頭に顎を乗せるようにして、くぁ、と欠伸をもう一つ。
「て、いうか!私も汗かいてるし!臭いから!!」
「は?お前が臭かったことなんてねーだろ」
「そ れは、そんなに近付いた事ないだけでしょ!?」
「んなことねーよ。いつも…今も、なんか甘ェ匂いがする」
私の髪に埋めるように鼻を寄せた大輝が、すんすんと鼻を鳴らす。汗臭いと言われるよりよほど良い、けれど、部活で選手ほどではないにしろ汗をかいた直後にこんな近距離で身を寄せた挙句、匂いを嗅がれるなんて恥ずかしすぎて消えたくなる。
「わ、わかったから!大輝が気にならないなら大丈夫だからやめて!」
大輝の胸元をしながら必死に訴える私を見下ろしながらカラカラと笑った彼は、髪に埋めていた顔を離しはしたけれど、ジャージで包むように抱き込んだ私の身体を離すことはない。諦めて小さく息を吐いた。
「…大輝は、どうしてそんなに落ち着いてるの?」
連絡手段もなく体育倉庫に閉じ込められるなんて、漫画みたいな話じゃないか。最初からずっとなんて事のないような態度の彼に尋ねれば、開かないもんは仕方ねえだろと、先ほどと同じ言葉が返ってきた。
「そうだけどさ…」
「赤司か緑間か…七瀬が絡めば黄瀬の鼻も利くだろうし、すぐに誰か気付くだろ」
「鼻ってそんな犬みたいな」
「しっぽ振り回してるじゃねえか」
「なにそれ」
思わず小さく吹き出せば、そんな私を見下ろしていた大輝の表情も穏やかに緩んだのがわかった。
焦りばかりだった私の心も、彼につられるように「何とかなるか」が占めるようになってきて、そのあとは大輝と他愛もない話をして過ごす。
そうしてどれぐらいの時間が経ったか分からないけれど、倉庫の外がガヤガヤと騒がしくなったのを感じた。誰かが来たと察して、パッと顔を扉の方に向けた。
「七瀬っち!いる!?」
「涼太!」
「見つけた!今開けるからね!」
聞き慣れた声のあとに聞こえた施錠を外す音に立ち上がって扉の方に駆け寄ろうとしたけれど、私を抱き込む腕がそれを許してはくれなかった。助けが来たのにどうしたのだろうと大輝の顔を見上げたところで、ガラガラと扉が開かれ体育館の照明が差し込む。
「お待たせ七瀬っち!」
「まさか本当にこんなところにいるとは…」
「早めに見つけられて良かったよ」
照明の眩しさに一瞬眩んだ目が慣れてきたところで、救世主たちの姿を確認することができた。呆れたように眼鏡を押し上げている真ちゃんと、困ったような、安堵したような笑みを浮かべている征と。勢いよく扉を押し開けたのであろう両手を広げたまま、呆然と立ち尽くしてワナワナと震えている涼太で。
「えーっと…涼太?」
「ちょ、青峰っち何やってんスか!!!」
「あぁ?」
「今すぐオレと変わって!!」
「うっせーなあ…」
キャンキャンと騒ぐ涼太に面倒くさそうに息を吐いた大輝が、私の腕を掴んで立ち上がる。引かれるように私も一緒に立ち上がったところで反対側から腕を引かれ、ひんやりとした空気に身体が晒されたかと思った瞬間にまた暖かいものに包まれた。涼太がジャージの上着を脱いてかけてくれたのだと理解するまでに時間は必要ない。
「大丈夫っスか?寒くない?」
「うん、大丈夫だよ。大輝が寒くないように」
「あーあー!それは聞きたくないっス!」
ブンブンと首を振る涼太にみんなは呆れたような表情を浮かべていて、首を傾げたのは私だけたっだ。
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