ゼラニウムに捧ぐ
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マンションの台所で大我と2人で並んで調理をしていた。手伝うというリコさんの厚意をなんとか断ったのは私たち二人のファインプレーだと思う。
「七瀬、そっちの塩取ってくれ」
「はーい…あれ、ほとんど入ってないよ?」
「マジか。なら後ろの棚の上の方にストックあるはず」
「上ね、了解」
私が刻んだ野菜を軽快に炒めている大我に背を向け、言われた通り棚を開ければ塩と思われるものは確認出来たけれど、随分と高い位置にある。届くだろうかと少し心配になりながら踵を浮かせて手を伸ばした時、背後から伸びて来た手が難なく目的のものを取ってしまった。
振り返ると私のすぐ後ろには、当然ながら大我が居る。高い位置に置いていた事を思い出して助けに来てくれたのだろうと察してお礼を言いかけたとき、私の額に彼の唇が触れた。
それは距離が近い事で起きた事故的なものではなく、彼の明確な意思を孕んだ行為だと理解できる。
「大我…?」
「今日 お前に何があったかは知らねーけど」
「っ、」
「ちょっと…悔しいと思ってる」
私の頬に触れた手が耳を撫で、そのくすぐったさに肩を竦めれば 大我の大きな手が頭に乗せられて、ぐしゃぐしゃと髪を混ぜた。その手は乱暴なようで、繊細な触れ方をすることを私は知っている。
何事もなかったかのように調理を再開した大我の隣に並んで手伝っていると、リビングの方から賑やかな声が聞こえてきた。お腹が空いたと料理を急かすものだ。それに大我が応戦するも、あまりにも緊張感のない雰囲気に笑ってしまう。真面目な話をするためにここに集まったと言うのに。
ギャーギャーと盛り上がる中で出来上がった食事をテーブルに運び、私は当然のようにテツ君の隣に座った。この後の話は、きっと私も“当事者”である。
試合後でお腹を空かせていた選手たちの食事時間はあっという間で、だからすぐに始まる事となった。
さあ、少し昔の話をしよう。
◇
春。真新しい制服に身を包んで、私は中学生になった。部活動にも力を入れているのだろう、朝から新入生を勧誘しようという上級生の熱気がすごかった。
どんな部活からどんな言葉で誘われても、私の心は何年も前からずっと前から決まっている。だから放課後に何の迷いもなく体育館へと向かった、けれど。
(なんか違う……)
体育館に入ろうとした瞬間に中から聞こえた音に違和感を抱いてひっそりと中を覗く。そこにいたのは先輩たちだろう。Tシャツにハーフパンツというよく見る姿で、見慣れたボールをついてゲームをしているように見えた。
それは紛れもなく私のよく知る“バスケットボール”だったけれど、私がイメージしていた“バスケットボール”ではなかった。その違和感を拭いきれずに、そっとその場を後にする。どうしてだろう、私は中学でもバスケをするとずっと前々からぶれることなく心に決めていた。その長期間に及ぶ決意を簡単に覆されたこの違和感の正体は、一体。
グルグルと思考を巡らせながら、目的もなく校舎の方へと足を進めていた。
「七瀬」
「あ…これから部活?」
「ああ。…どうかしたのか?」
浮かない顔をして。前方からやって来て私にそう声をかけたのは幼馴染に他ならなくて、付き合いが長いとそう言うのも全部バレてしまうんだなぁと苦笑いを浮かべる。聡い彼のことだから、付き合いの長さは関係ないのかもしれないけれど。
「ちょっと……思っていたのと違って」
自分でも受け入れきれていない現状を上手く伝える術などなくてら苦笑のまま曖昧に告げた私の言葉に征は何かを問うわけでもなく、少し目を見開いてから ふむ、と顎に手を添え考え込むような仕草を見せた。
そして、ほんの数秒後。顔を上げた征は私の手首を掴んで、当然のようにずんずんと歩き始めるのだ。
「え!? ちょ、征!?」
「きっと、七瀬にはこっちなんだ」
「は…?」
決してこちらを振り返らず前だけを見据える彼の、私よりまだ数センチ低い後頭部を見つめながら首を傾げる。
こっち、とは。私自身が理解できていないと言うのに、征に何が分かったというのだろう。
腕を引かれるがままにたどり着いたのは、先ほど私が女子バスケットボール部を見に行ったのとは別の体育館であり、そこを使用している部活といえば。
「もちろん、決めるのは七瀬だ。一度見てから判断すると良い」
入り口の前で穏やかにそう言った征は、私の手を離して館内へと入っていく。あくまでも様子見でしかない私は、邪魔にならないように外から練習を見ることにして。
そしてそこで私は“正解”に出会ったのだ。
数時間に及ぶ練習は、見ているだけだったのにあっという間に感じられて、私が求めていたのは男子だからこその高さであり、速さであり、強さだったのだと思い知らされる。
叶わないなと小さく笑って、解散となったことを確認できたタイミングでゆっくりと館内に足を踏み入れた。
「俺の予想は正しかったみたいだな」
「うん。征はすごいね、びっくりした」
マネージャーとしての入部意志をキャプテンと監督に伝えた後、征と帰途をたどる。ずっと一緒にミニバスをしてきた幼馴染と、中学生になれば同じ競技とはいえ男女で部活が分かれてしまうことを寂しく思っていた私は、また3年間を征と共に過ごせることを素直に嬉しく思っていた。
「七瀬のことなら、オレが誰よりも知ってるだろ?」
「恐れ入ります」
表情を緩めた征に続いて私も笑う。楽しい中学生活が約束されたような、そんな気がしていた。
「七瀬、そっちの塩取ってくれ」
「はーい…あれ、ほとんど入ってないよ?」
「マジか。なら後ろの棚の上の方にストックあるはず」
「上ね、了解」
私が刻んだ野菜を軽快に炒めている大我に背を向け、言われた通り棚を開ければ塩と思われるものは確認出来たけれど、随分と高い位置にある。届くだろうかと少し心配になりながら踵を浮かせて手を伸ばした時、背後から伸びて来た手が難なく目的のものを取ってしまった。
振り返ると私のすぐ後ろには、当然ながら大我が居る。高い位置に置いていた事を思い出して助けに来てくれたのだろうと察してお礼を言いかけたとき、私の額に彼の唇が触れた。
それは距離が近い事で起きた事故的なものではなく、彼の明確な意思を孕んだ行為だと理解できる。
「大我…?」
「今日 お前に何があったかは知らねーけど」
「っ、」
「ちょっと…悔しいと思ってる」
私の頬に触れた手が耳を撫で、そのくすぐったさに肩を竦めれば 大我の大きな手が頭に乗せられて、ぐしゃぐしゃと髪を混ぜた。その手は乱暴なようで、繊細な触れ方をすることを私は知っている。
何事もなかったかのように調理を再開した大我の隣に並んで手伝っていると、リビングの方から賑やかな声が聞こえてきた。お腹が空いたと料理を急かすものだ。それに大我が応戦するも、あまりにも緊張感のない雰囲気に笑ってしまう。真面目な話をするためにここに集まったと言うのに。
ギャーギャーと盛り上がる中で出来上がった食事をテーブルに運び、私は当然のようにテツ君の隣に座った。この後の話は、きっと私も“当事者”である。
試合後でお腹を空かせていた選手たちの食事時間はあっという間で、だからすぐに始まる事となった。
さあ、少し昔の話をしよう。
◇
春。真新しい制服に身を包んで、私は中学生になった。部活動にも力を入れているのだろう、朝から新入生を勧誘しようという上級生の熱気がすごかった。
どんな部活からどんな言葉で誘われても、私の心は何年も前からずっと前から決まっている。だから放課後に何の迷いもなく体育館へと向かった、けれど。
(なんか違う……)
体育館に入ろうとした瞬間に中から聞こえた音に違和感を抱いてひっそりと中を覗く。そこにいたのは先輩たちだろう。Tシャツにハーフパンツというよく見る姿で、見慣れたボールをついてゲームをしているように見えた。
それは紛れもなく私のよく知る“バスケットボール”だったけれど、私がイメージしていた“バスケットボール”ではなかった。その違和感を拭いきれずに、そっとその場を後にする。どうしてだろう、私は中学でもバスケをするとずっと前々からぶれることなく心に決めていた。その長期間に及ぶ決意を簡単に覆されたこの違和感の正体は、一体。
グルグルと思考を巡らせながら、目的もなく校舎の方へと足を進めていた。
「七瀬」
「あ…これから部活?」
「ああ。…どうかしたのか?」
浮かない顔をして。前方からやって来て私にそう声をかけたのは幼馴染に他ならなくて、付き合いが長いとそう言うのも全部バレてしまうんだなぁと苦笑いを浮かべる。聡い彼のことだから、付き合いの長さは関係ないのかもしれないけれど。
「ちょっと……思っていたのと違って」
自分でも受け入れきれていない現状を上手く伝える術などなくてら苦笑のまま曖昧に告げた私の言葉に征は何かを問うわけでもなく、少し目を見開いてから ふむ、と顎に手を添え考え込むような仕草を見せた。
そして、ほんの数秒後。顔を上げた征は私の手首を掴んで、当然のようにずんずんと歩き始めるのだ。
「え!? ちょ、征!?」
「きっと、七瀬にはこっちなんだ」
「は…?」
決してこちらを振り返らず前だけを見据える彼の、私よりまだ数センチ低い後頭部を見つめながら首を傾げる。
こっち、とは。私自身が理解できていないと言うのに、征に何が分かったというのだろう。
腕を引かれるがままにたどり着いたのは、先ほど私が女子バスケットボール部を見に行ったのとは別の体育館であり、そこを使用している部活といえば。
「もちろん、決めるのは七瀬だ。一度見てから判断すると良い」
入り口の前で穏やかにそう言った征は、私の手を離して館内へと入っていく。あくまでも様子見でしかない私は、邪魔にならないように外から練習を見ることにして。
そしてそこで私は“正解”に出会ったのだ。
数時間に及ぶ練習は、見ているだけだったのにあっという間に感じられて、私が求めていたのは男子だからこその高さであり、速さであり、強さだったのだと思い知らされる。
叶わないなと小さく笑って、解散となったことを確認できたタイミングでゆっくりと館内に足を踏み入れた。
「俺の予想は正しかったみたいだな」
「うん。征はすごいね、びっくりした」
マネージャーとしての入部意志をキャプテンと監督に伝えた後、征と帰途をたどる。ずっと一緒にミニバスをしてきた幼馴染と、中学生になれば同じ競技とはいえ男女で部活が分かれてしまうことを寂しく思っていた私は、また3年間を征と共に過ごせることを素直に嬉しく思っていた。
「七瀬のことなら、オレが誰よりも知ってるだろ?」
「恐れ入ります」
表情を緩めた征に続いて私も笑う。楽しい中学生活が約束されたような、そんな気がしていた。
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