ゼラニウムに捧ぐ
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チームまで送ると言う涼太を制して、1人で廊下を歩く。痛めている足で無駄に歩かせたくはなかったし、涼太と一緒にいるのが気恥ずかしかった。
涼太とのキスは初めてじゃない。それこそ、もう何度もしているけれど、あまりにも曇りのない真っ直ぐな想いに浮かされていたのだろう。
だから、なんだと思う。前方から見知った人物が来ていることにさえ全く気が付いていなかったのは。
◇
「佐倉」
不意に名前を呼ばれて ビクリと肩が跳ねた。視線を上げた先には、声から思い浮かべた通りの人がいる。真ちゃん。彼の名前を呼んだ声は、そんな気はなかったのに随分と情けないものだったかもしれない。
前方からこちらに歩み寄ってくる彼に、お疲れ様と声をかけようとした口を噤んだ。そんな気休めみたいな言葉に、一体どれほどの意味があるのだろう。そう考え始めると、かける言葉が見つからない。
ゆっくりと足を進めていた真ちゃんが私の目の前に立った時には、逃げるように視線を足元に落としていた。
佐倉。もう一度、彼の声が私を呼ぶ。そろそろと見上げた真ちゃんは、随分と優しい表情をしていた気がする。
そんな表情を浮かべる彼の心情を推し量ることはできないけれど、高尾くんを絶対的に信頼したプレーも、決して諦めなかった不屈の精神も、涙が溢れそうになるぐらいには胸に迫るものがあったのだと伝えたい。
伝えたいのに、言葉が見つからなくて何も言えない。それがただただ、もどかしかった。
「…ごめん、私、気の利いたこと言えなくて」
こういう時にかける言葉として、一体どんなものが正しいのだろう。さつきなら、もっと彼らの心を軽くする言葉をかけられたのかもしれないのに。気が利かない自分が情けなくて、苦笑いを浮かべながら誤魔化すように前髪に触れる。
けれどその手首を掴まれ持ち上げられれば、釣られるように視線も上がった。真っ直ぐに私を見る真ちゃんは、やっぱり優しい顔をしている気がする。
「…お前は」
「?」
「笑っていればいいと言っただろう」
「……言われたっけ」
「ああ、予選でな」
予選。それを聞けば、能天気に笑っているのも悪くないと思う、と 確かそんなことを言われた覚えはある。あの言葉を「笑っていれば良い」と解釈できるほどの読解力は私にはなかったけれど、なるほど、彼はそういう意味で発していたようだ。
どれだけ素直じゃないの。ふふっと 思わず笑ってしまった私に、きっと不機嫌な声が降ってくるのだろうと思ったのに、それは一向に訪れなくて。
掴まれていた手首が解放されると同時に、そっと 真ちゃんの大きな手が私の頬に触れた。
「――笑ってくれ」
声も、表情も、とても穏やかで優しい。ぎゅうっと心臓が締め付けられるような気がした。こんな素直な言葉が 真ちゃんの口から発せられる珍しさを充分に理解しているし、それが他の誰でもなく自分へと向けられているのだ。私のために、私だけに請う言葉。それを発するぐらいに彼は変わったのだと思えば、今すぐにでも応えたくて。
気の利いた言葉は言えないけれど、伝えたい想いは乗せられるだろうか。
「お疲れさま。…ありがとう」
心からの労いを込めて。そう言った私は意図せずとも笑顔になっていたのだろう。視線の先の真ちゃんの表情がほんの僅かに緩んで、次の瞬間には私の身体は彼の腕の中に閉じ込められていた。
縋るように私を抱きしめる腕の力はとても強くて、だけど苦しさは全くない。
真ちゃん。彼の名前を呼べば、私の頭を掻き抱いていた大きな手が 髪を撫でるように動いた。
「…七瀬」
「!」
なんでもない時には決して呼ばれることのないファーストネーム。冷静な思考を持っている時に聞くのは初めてで、耳元で囁くように呼ばれた自分の名前にドキリとする。
どうしたの、と彼に問うたその言葉は、私に呼びかけた要件を聞いたのか、その呼び方をした意図を聞いたのか、自分でもすごく曖昧だ。
再び頬に添えられた手が、今度は私の唇を親指でなぞった。
「お前に触れたい」
「っ…そ、れは」
どういう意味だと、わざわざ聞かなくても分かっている。けれど誤魔化すように口からそんな言葉が出たのは、ほとんど無意識だった。
まさか堅物とでも表現できるような彼が、人目についてしまうかもしれないこんな場所で、こんな素直な言葉で求めてくるなんて微塵も想像していなかったから私は動転していたのだろう。
戸惑いから逃げるように後退りをするけれど、背中に回されていた腕に身体を引き戻されて叶わなかった。
「誰か人が来たら、」
「構わん」
近付けられた綺麗な顔が、鼻先が触れる距離で止まる。少し距離をとって至近距離から瞳を覗き込まれれば、熱を孕んだ真剣な眼と視線が絡んだ。
「…オレはお前に、何をしてやれる?」
「え…?」
その後に続いた言葉は、聞き取れなかった。
腰を抱き寄せられて、踵が浮く。塞がれた口唇に思考ごと飲み込まれてしまう。割り入れられた舌が深く交わるようにそれを絡め取り、背筋がぞくりと震えた。呑まれるような口付けの合間に漏れる湿っぽい吐息も、生々しい水音も、私の羞恥をかか立てる。
逃げるように顎を引いて顔を背け、僅かに生まれた隙間から抵抗を述べた。
「真ちゃん、人が来るよ」
「…人が来ない場所なら構わないのか?」
「え…、」
「今そんな場所に行けば、オレはお前に何をするか保証できんぞ」
「そ、…んっ」
返された言葉は真剣そのもので、間近で私を捉える彼の瞳が孕む熱が、その言葉が嘘や脅しではないと語っている。
本気のその言葉の意味を察した恥ずかしさと、いつ人が通るか分からないこんな廊下でという背徳感に視線を下げた私に、戯れるように触れるだけのキスが降る。
「真ちゃん」
「悪い…もう少し、お前に触れていたい」
「!?」
切なそうな声で請われたかと思えば 後頭部を捕まれ再び訪れた全てを奪うような甘い刺激に、ただただ溶かされて行く。私は今、初めて彼の真ん中に触れたような気がした。
涼太とのキスは初めてじゃない。それこそ、もう何度もしているけれど、あまりにも曇りのない真っ直ぐな想いに浮かされていたのだろう。
だから、なんだと思う。前方から見知った人物が来ていることにさえ全く気が付いていなかったのは。
◇
「佐倉」
不意に名前を呼ばれて ビクリと肩が跳ねた。視線を上げた先には、声から思い浮かべた通りの人がいる。真ちゃん。彼の名前を呼んだ声は、そんな気はなかったのに随分と情けないものだったかもしれない。
前方からこちらに歩み寄ってくる彼に、お疲れ様と声をかけようとした口を噤んだ。そんな気休めみたいな言葉に、一体どれほどの意味があるのだろう。そう考え始めると、かける言葉が見つからない。
ゆっくりと足を進めていた真ちゃんが私の目の前に立った時には、逃げるように視線を足元に落としていた。
佐倉。もう一度、彼の声が私を呼ぶ。そろそろと見上げた真ちゃんは、随分と優しい表情をしていた気がする。
そんな表情を浮かべる彼の心情を推し量ることはできないけれど、高尾くんを絶対的に信頼したプレーも、決して諦めなかった不屈の精神も、涙が溢れそうになるぐらいには胸に迫るものがあったのだと伝えたい。
伝えたいのに、言葉が見つからなくて何も言えない。それがただただ、もどかしかった。
「…ごめん、私、気の利いたこと言えなくて」
こういう時にかける言葉として、一体どんなものが正しいのだろう。さつきなら、もっと彼らの心を軽くする言葉をかけられたのかもしれないのに。気が利かない自分が情けなくて、苦笑いを浮かべながら誤魔化すように前髪に触れる。
けれどその手首を掴まれ持ち上げられれば、釣られるように視線も上がった。真っ直ぐに私を見る真ちゃんは、やっぱり優しい顔をしている気がする。
「…お前は」
「?」
「笑っていればいいと言っただろう」
「……言われたっけ」
「ああ、予選でな」
予選。それを聞けば、能天気に笑っているのも悪くないと思う、と 確かそんなことを言われた覚えはある。あの言葉を「笑っていれば良い」と解釈できるほどの読解力は私にはなかったけれど、なるほど、彼はそういう意味で発していたようだ。
どれだけ素直じゃないの。ふふっと 思わず笑ってしまった私に、きっと不機嫌な声が降ってくるのだろうと思ったのに、それは一向に訪れなくて。
掴まれていた手首が解放されると同時に、そっと 真ちゃんの大きな手が私の頬に触れた。
「――笑ってくれ」
声も、表情も、とても穏やかで優しい。ぎゅうっと心臓が締め付けられるような気がした。こんな素直な言葉が 真ちゃんの口から発せられる珍しさを充分に理解しているし、それが他の誰でもなく自分へと向けられているのだ。私のために、私だけに請う言葉。それを発するぐらいに彼は変わったのだと思えば、今すぐにでも応えたくて。
気の利いた言葉は言えないけれど、伝えたい想いは乗せられるだろうか。
「お疲れさま。…ありがとう」
心からの労いを込めて。そう言った私は意図せずとも笑顔になっていたのだろう。視線の先の真ちゃんの表情がほんの僅かに緩んで、次の瞬間には私の身体は彼の腕の中に閉じ込められていた。
縋るように私を抱きしめる腕の力はとても強くて、だけど苦しさは全くない。
真ちゃん。彼の名前を呼べば、私の頭を掻き抱いていた大きな手が 髪を撫でるように動いた。
「…七瀬」
「!」
なんでもない時には決して呼ばれることのないファーストネーム。冷静な思考を持っている時に聞くのは初めてで、耳元で囁くように呼ばれた自分の名前にドキリとする。
どうしたの、と彼に問うたその言葉は、私に呼びかけた要件を聞いたのか、その呼び方をした意図を聞いたのか、自分でもすごく曖昧だ。
再び頬に添えられた手が、今度は私の唇を親指でなぞった。
「お前に触れたい」
「っ…そ、れは」
どういう意味だと、わざわざ聞かなくても分かっている。けれど誤魔化すように口からそんな言葉が出たのは、ほとんど無意識だった。
まさか堅物とでも表現できるような彼が、人目についてしまうかもしれないこんな場所で、こんな素直な言葉で求めてくるなんて微塵も想像していなかったから私は動転していたのだろう。
戸惑いから逃げるように後退りをするけれど、背中に回されていた腕に身体を引き戻されて叶わなかった。
「誰か人が来たら、」
「構わん」
近付けられた綺麗な顔が、鼻先が触れる距離で止まる。少し距離をとって至近距離から瞳を覗き込まれれば、熱を孕んだ真剣な眼と視線が絡んだ。
「…オレはお前に、何をしてやれる?」
「え…?」
その後に続いた言葉は、聞き取れなかった。
腰を抱き寄せられて、踵が浮く。塞がれた口唇に思考ごと飲み込まれてしまう。割り入れられた舌が深く交わるようにそれを絡め取り、背筋がぞくりと震えた。呑まれるような口付けの合間に漏れる湿っぽい吐息も、生々しい水音も、私の羞恥をかか立てる。
逃げるように顎を引いて顔を背け、僅かに生まれた隙間から抵抗を述べた。
「真ちゃん、人が来るよ」
「…人が来ない場所なら構わないのか?」
「え…、」
「今そんな場所に行けば、オレはお前に何をするか保証できんぞ」
「そ、…んっ」
返された言葉は真剣そのもので、間近で私を捉える彼の瞳が孕む熱が、その言葉が嘘や脅しではないと語っている。
本気のその言葉の意味を察した恥ずかしさと、いつ人が通るか分からないこんな廊下でという背徳感に視線を下げた私に、戯れるように触れるだけのキスが降る。
「真ちゃん」
「悪い…もう少し、お前に触れていたい」
「!?」
切なそうな声で請われたかと思えば 後頭部を捕まれ再び訪れた全てを奪うような甘い刺激に、ただただ溶かされて行く。私は今、初めて彼の真ん中に触れたような気がした。