ゼラニウムに捧ぐ
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私がコートに戻るとウォーミングアップは終盤を迎えていた。「ラスト!」海常サイドのそんな声が響いた直後、笠松さんが涼太に何か声をかける。そしてボールを手に駆け出した涼太が派手にレーンアップを披露して、体育館内はどよめにき包まれた。
ピッとこちらに指差した涼太は、挑発的な笑みを浮かべる。
「宣戦布告、ってヤツっス。七瀬っちはオレがもらう」
披露されたのは大我と同程度の跳躍力で、誠凛サイドに動揺が走った。けれど、だからと言ってそのまま黙り込む彼らじゃないのだ。
表面的には笑っているけれど 挑発とも言える涼太のパフォーマンスにしっかりと青筋を浮かべてた日向さんの「本家を見せつけろ」という言葉に送り出され、大我とテツ君がコートへと出る。
2人のコンビネーションで惜しげもなく披露されたのはレーンアップアウリープで、涼太に続いて高校生離れした動きを見せつけられた会場は沸き立った。
「やらねーよ」
お返しだとばかりに発せられた大我の言葉に、涼太は楽しそうに笑った。大事な試合に挑む緊張感をも凌駕するこの昂りを、どんな言葉で表現したら良いのだろうか。
「さぁ行こう。好敵手を倒しに」
日向さんの声で、コートの反対側にいる海常の選手たちを見据える。彼らもまた、楽しみだと言わんばかりの表情を浮かべていた。
私の胸を締めるのは、純粋に試合が楽しみだという期待と、予想される接戦への緊張感と、それから―――。
ぎゅっと唇を噛み締めて、真っ直ぐに前を見た。
◇
44対44で迎えたインターバル。試合開始直後に付けられた差を、なんとか埋めての前半終了。それは喜ばしい事のはずなのに、私の心がどこかスッキリしない理由は明確だ。こういうところを、大輝や真ちゃんには「甘い」と一蹴されてしまうのだろうが。
いつも通り、水道で飲み物を作り足して一息吐く。チームの元に戻ろうと振り返ったところで、目の前に立っていた人物に目を見開いた。
「りょうた…」
「試合中ってのは分かってるんスけど…やっぱり」
本来、試合中のたった10分のインターバルの間にこうして対戦相手同士が相見えるのは、タブーとは言わないにしろ稀なことだろう。それを承知の上で私の前に現れた涼太は気まずそうに苦笑いをしながら、けれど何か私にそれほどの用があったという事だ。
「…大丈夫?無理しないでね、って 私が言うのも変な話か」
「こんな時に何やってんだって、結構凹んでるんスけど」
「うん、辛いよね」
「…いや、この言い方だと同情買おうとしてるみたいでズルいな」
「?」
「ちょっとだけ、充電させてもらえないっスか」
充電。その言葉の響きに躊躇いを持ってしまうのは不可抗力だろう。私と涼太は今まさに勝敗をかけて戦っている敵対チーム同士であり、そんな相手の身体的あるいは精神的な回復を意味するその行為に、そもそも付き合えるわけがないのだ。
だけど、そんな事は承知の上で私のもとに来た涼太の気持ちを考えたら。今この瞬間だけ、海常だとか誠凛だとか、そういうのを全て取っ払ってしまえたら。
どこか苦しそうな表情にも見えた彼の方に軽く両手を伸ばして、いいよ、と そう答えた。それが予想外だったのだろうか。驚いたように目を見開いた涼太は、けれどすぐに私の身体をその腕で抱きしめた。その強い力で彼の胸元に顔を埋める形になり、苦しいよ と小さく漏らせば 僅かに力が緩められて呼吸がしやすくなる。
大切に大切に、壊れ物に触れるかのように私の髪を撫でる涼太の手はいつだって優しいのだ。
「カッコ悪いっスよね…七瀬っちにもっと良いとこ見せたいのに」
「そう?序盤で十分に見せつけられたと思うけど」
「全然足りないっスよ」
「後半戦も、これから先だって、ちゃんと見てるよ」
今の涼太は試合に出たくて、テツ君や大我と戦いたくて、だけど出られなくて、もどかしい思いをしていることには違いなくて。なるべく普段通り軽く振る舞おうとしているのだろうけど、きっと本当に悔しいのだ。
それに、涼太が考えているのは絶対に私のことだけじゃない。大好きな先輩たちともっとバスケを続けるために、戦力になりたいというその思いが1番だ。だけどそれを隠すように、深刻にならないように、こんな言い方をしている。それが私にはよく分かるから。
選手生命が終わったわけじゃないでしょ。そう言って少しでも元気付けたくて、涼太の背中を撫でた。敵に塩を送るような行為だと言われるかもしれないけれど。それでもやっぱり、涼太を含めた“キセキの世代”と呼ばれる彼らは チームメイトとはまた違う、単なる友人ともまた違う、私にとって大切で特別な存在なのだ。
「…ほんと、そういうところっスよ」
「ん?」
「七瀬が好きだな、って話」
そう言って涼太は私の前髪に唇を寄せた。ほんの一瞬 わずかに触れただけのそれに、たしかに私の心は震えたのだ。
間もなく、後半戦が始まる。数十分後には決着がついていて、私たちは勝者と敗者に分かれている。当然で仕方のない事なのに、その事実がどうしようもなく苦しかった。
ピッとこちらに指差した涼太は、挑発的な笑みを浮かべる。
「宣戦布告、ってヤツっス。七瀬っちはオレがもらう」
披露されたのは大我と同程度の跳躍力で、誠凛サイドに動揺が走った。けれど、だからと言ってそのまま黙り込む彼らじゃないのだ。
表面的には笑っているけれど 挑発とも言える涼太のパフォーマンスにしっかりと青筋を浮かべてた日向さんの「本家を見せつけろ」という言葉に送り出され、大我とテツ君がコートへと出る。
2人のコンビネーションで惜しげもなく披露されたのはレーンアップアウリープで、涼太に続いて高校生離れした動きを見せつけられた会場は沸き立った。
「やらねーよ」
お返しだとばかりに発せられた大我の言葉に、涼太は楽しそうに笑った。大事な試合に挑む緊張感をも凌駕するこの昂りを、どんな言葉で表現したら良いのだろうか。
「さぁ行こう。好敵手を倒しに」
日向さんの声で、コートの反対側にいる海常の選手たちを見据える。彼らもまた、楽しみだと言わんばかりの表情を浮かべていた。
私の胸を締めるのは、純粋に試合が楽しみだという期待と、予想される接戦への緊張感と、それから―――。
ぎゅっと唇を噛み締めて、真っ直ぐに前を見た。
◇
44対44で迎えたインターバル。試合開始直後に付けられた差を、なんとか埋めての前半終了。それは喜ばしい事のはずなのに、私の心がどこかスッキリしない理由は明確だ。こういうところを、大輝や真ちゃんには「甘い」と一蹴されてしまうのだろうが。
いつも通り、水道で飲み物を作り足して一息吐く。チームの元に戻ろうと振り返ったところで、目の前に立っていた人物に目を見開いた。
「りょうた…」
「試合中ってのは分かってるんスけど…やっぱり」
本来、試合中のたった10分のインターバルの間にこうして対戦相手同士が相見えるのは、タブーとは言わないにしろ稀なことだろう。それを承知の上で私の前に現れた涼太は気まずそうに苦笑いをしながら、けれど何か私にそれほどの用があったという事だ。
「…大丈夫?無理しないでね、って 私が言うのも変な話か」
「こんな時に何やってんだって、結構凹んでるんスけど」
「うん、辛いよね」
「…いや、この言い方だと同情買おうとしてるみたいでズルいな」
「?」
「ちょっとだけ、充電させてもらえないっスか」
充電。その言葉の響きに躊躇いを持ってしまうのは不可抗力だろう。私と涼太は今まさに勝敗をかけて戦っている敵対チーム同士であり、そんな相手の身体的あるいは精神的な回復を意味するその行為に、そもそも付き合えるわけがないのだ。
だけど、そんな事は承知の上で私のもとに来た涼太の気持ちを考えたら。今この瞬間だけ、海常だとか誠凛だとか、そういうのを全て取っ払ってしまえたら。
どこか苦しそうな表情にも見えた彼の方に軽く両手を伸ばして、いいよ、と そう答えた。それが予想外だったのだろうか。驚いたように目を見開いた涼太は、けれどすぐに私の身体をその腕で抱きしめた。その強い力で彼の胸元に顔を埋める形になり、苦しいよ と小さく漏らせば 僅かに力が緩められて呼吸がしやすくなる。
大切に大切に、壊れ物に触れるかのように私の髪を撫でる涼太の手はいつだって優しいのだ。
「カッコ悪いっスよね…七瀬っちにもっと良いとこ見せたいのに」
「そう?序盤で十分に見せつけられたと思うけど」
「全然足りないっスよ」
「後半戦も、これから先だって、ちゃんと見てるよ」
今の涼太は試合に出たくて、テツ君や大我と戦いたくて、だけど出られなくて、もどかしい思いをしていることには違いなくて。なるべく普段通り軽く振る舞おうとしているのだろうけど、きっと本当に悔しいのだ。
それに、涼太が考えているのは絶対に私のことだけじゃない。大好きな先輩たちともっとバスケを続けるために、戦力になりたいというその思いが1番だ。だけどそれを隠すように、深刻にならないように、こんな言い方をしている。それが私にはよく分かるから。
選手生命が終わったわけじゃないでしょ。そう言って少しでも元気付けたくて、涼太の背中を撫でた。敵に塩を送るような行為だと言われるかもしれないけれど。それでもやっぱり、涼太を含めた“キセキの世代”と呼ばれる彼らは チームメイトとはまた違う、単なる友人ともまた違う、私にとって大切で特別な存在なのだ。
「…ほんと、そういうところっスよ」
「ん?」
「七瀬が好きだな、って話」
そう言って涼太は私の前髪に唇を寄せた。ほんの一瞬 わずかに触れただけのそれに、たしかに私の心は震えたのだ。
間もなく、後半戦が始まる。数十分後には決着がついていて、私たちは勝者と敗者に分かれている。当然で仕方のない事なのに、その事実がどうしようもなく苦しかった。