ゼラニウムに捧ぐ
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86対70。洛山vs秀徳の試合は終わってみれば16点の差があり、けれど内容は点差以上に競っていたのではないだろうか。
赤司くんが勝った。真ちゃんが負けた。その事実が想定内なのか、期待外れなのか、予想通りなのか。私の中はよく分からない感情でぐちゃぐちゃだった。
ねぇ真ちゃん。貴方はいま、何を思っていますか。
◇
次の試合――海常vs誠凛の試合に備えて始まったウォーミングアップ。その最中、私はいつも通りドリンクの用意をするため、水道を求めてコートを離れていた。
大会が始まってから何度も使用し、すっかり慣れた手洗い場で ため息をひとつ。洛山と秀徳の試合を見て、そして激戦が予想される海常との試合を直後に控えて、意識していなかったけれど きっと私の気持ちは昂っていたのだろう。
だから、なんだと思う。背後に誰かが近付いてきたことに全く気が付いていなかったのは。
不意に ぬっと大きな影が落ちたから、驚いて背後を振り返れば 一際大きな身体が視界に入った。
「あつし…?」
「やっぱりここにいた」
試合前だしここだと思った、と 相変わらず気怠そうな話し方だけど、私の居場所を見事に突き止めた誇らしさのようなものも僅かに感じた。大きな身体とは対照的に、彼は時々 小さな子供のような無邪気さを見せる。
試合を見に来ていたんだな とか、きっと氷室さんに連れられてきたんだろう とか、色んなことが瞬時に頭に浮かんだけれど、敦がわざわざ私を探して会いにきた理由は見当もつかなかった。
「私に何か用だった?」
「…ミドチン、変わったよね」
「え?」
「パスを出したり、あんなギャンブルみたいなシュート打ったり」
「―――そう、だね」
唐突に切り出された話題の意図が読めずに困惑しながらも、敦がそう感じたことには納得がいくので 歯切れは良くなかっただろうけれど肯定の返事を返す。
唯我独尊という感じではないけれど、自分自身しか信じていなかったこれまでの真ちゃんの姿からすれば、今日見せたプレーはまるで別人のようで。勝敗の結果が出てしまった以上、私なんかが今の彼の心情を推し量ることはできないけれど、高尾くんを絶対的に信頼したプレーも、決して諦めなかった不屈の精神も、涙が溢れそうになるぐらいには胸に迫るものがあった。
らしくなかったと訝しむような声を漏らす敦には理解ができないのかもしれないけれど、それでも私は。
「…でも、とても素敵なことだと思うよ」
真ちゃんは変わったのだ。秀徳に入って、高尾くんと出会って、先輩たちに恵まれて。だからきっと大丈夫。彼はこれから、もっとバスケが楽しくなって、もっともっと上手くなるのだろう。
おこがましいかもしれないけれど、そう思えば心が満たされるような気がした、のに。
「…っ!?」
急に敦の大きな手が 乱暴に私の顎を掴んだ。顔を無理やり敦の方に向けられ、私を見下ろすその目の冷たさに身体を強ばらせる。
敦は明らかに機嫌を損ねている。それも、怒っていると言えるほどに。
何か怒らせるような発言をしただらうかと瞬時に思考するけれど、これと言って思い当たるものはない。そもそも敦が振ってきた話題に応えただけなのだから、見当もつかないのだって当然ではないだろうか。
「誰のこと考えてるの?」
「な、に…?」
「ミドチンのこと考えて そんな顔してるわけ」
「待って、なんの話をしてるの」
「ほんとイライラする」
舌打ち混じりに吐き捨てるようにそう言った直後、敦は私の唇に噛みついた。
突然のことに驚いて顔を逸らせようにも、顎を掴まれていて叶わない。反射的に身体を引こうとしても、肩に腕が回され阻まれる。
「っ…、待って敦、どうしたの!?」
「うるさい」
わずかに離れた隙に抗議を述べるも有無を言わさず、もちろんなんの説明もなく、もう一度。塞がられ薄く開いたままだった口唇から割り入ってくるそれは、不満か、怒りか、それとも もっと別の感情か。
喰われると思ったのは本能で、そして間違いでもなかったはずだ。肩を抱かれ逃げることも許されず、なす術もなく、だけどなぜだか受け入れたいと思うぐらいには 敦の行為の奥に切なるものを感じていた。
時折見せる子供じみた一面による甘えとは違う、けれどまるで縋るように、深く深く絡み合うことを求めているような。私の知っている敦とのギャップに戸惑いながら、受け入れているのか 翻弄されているのか自分でも曖昧だけど、抵抗は示さずにいた。
離れた口元から湿った吐息が漏れる。ペロリと己の唇を舐める仕草は紛れもなく“雄”で、至近距離で絡んだ視線が孕む熱に、身体の芯が震えた気がする。
「試合前にこんなことして、フキンシンだね」
「っ…!誰のせいで、」
「オレだけでいいじゃん」
「え…?」
「七瀬ちんは、オレの事だけ考えてればいいのに」
拗ねるように言われたその言葉は、まるで嫉妬とも取れるもので。どういう意味だと問おうとした瞬間 ぎゅっと抱きしめられ、私の身体はすっぽりと敦の腕の中に収まってしまう。
「……ちっさ」
「私、小さい方ではないけど」
「知ってるし。でも小さい」
「……?」
「ねぇ、七瀬ちん」
いつもの気怠そうな物言いではなく はっきりと意志を感じる声で、そのあと耳元で続けられた言葉に 私は固まってしまうのである。
赤司くんが勝った。真ちゃんが負けた。その事実が想定内なのか、期待外れなのか、予想通りなのか。私の中はよく分からない感情でぐちゃぐちゃだった。
ねぇ真ちゃん。貴方はいま、何を思っていますか。
◇
次の試合――海常vs誠凛の試合に備えて始まったウォーミングアップ。その最中、私はいつも通りドリンクの用意をするため、水道を求めてコートを離れていた。
大会が始まってから何度も使用し、すっかり慣れた手洗い場で ため息をひとつ。洛山と秀徳の試合を見て、そして激戦が予想される海常との試合を直後に控えて、意識していなかったけれど きっと私の気持ちは昂っていたのだろう。
だから、なんだと思う。背後に誰かが近付いてきたことに全く気が付いていなかったのは。
不意に ぬっと大きな影が落ちたから、驚いて背後を振り返れば 一際大きな身体が視界に入った。
「あつし…?」
「やっぱりここにいた」
試合前だしここだと思った、と 相変わらず気怠そうな話し方だけど、私の居場所を見事に突き止めた誇らしさのようなものも僅かに感じた。大きな身体とは対照的に、彼は時々 小さな子供のような無邪気さを見せる。
試合を見に来ていたんだな とか、きっと氷室さんに連れられてきたんだろう とか、色んなことが瞬時に頭に浮かんだけれど、敦がわざわざ私を探して会いにきた理由は見当もつかなかった。
「私に何か用だった?」
「…ミドチン、変わったよね」
「え?」
「パスを出したり、あんなギャンブルみたいなシュート打ったり」
「―――そう、だね」
唐突に切り出された話題の意図が読めずに困惑しながらも、敦がそう感じたことには納得がいくので 歯切れは良くなかっただろうけれど肯定の返事を返す。
唯我独尊という感じではないけれど、自分自身しか信じていなかったこれまでの真ちゃんの姿からすれば、今日見せたプレーはまるで別人のようで。勝敗の結果が出てしまった以上、私なんかが今の彼の心情を推し量ることはできないけれど、高尾くんを絶対的に信頼したプレーも、決して諦めなかった不屈の精神も、涙が溢れそうになるぐらいには胸に迫るものがあった。
らしくなかったと訝しむような声を漏らす敦には理解ができないのかもしれないけれど、それでも私は。
「…でも、とても素敵なことだと思うよ」
真ちゃんは変わったのだ。秀徳に入って、高尾くんと出会って、先輩たちに恵まれて。だからきっと大丈夫。彼はこれから、もっとバスケが楽しくなって、もっともっと上手くなるのだろう。
おこがましいかもしれないけれど、そう思えば心が満たされるような気がした、のに。
「…っ!?」
急に敦の大きな手が 乱暴に私の顎を掴んだ。顔を無理やり敦の方に向けられ、私を見下ろすその目の冷たさに身体を強ばらせる。
敦は明らかに機嫌を損ねている。それも、怒っていると言えるほどに。
何か怒らせるような発言をしただらうかと瞬時に思考するけれど、これと言って思い当たるものはない。そもそも敦が振ってきた話題に応えただけなのだから、見当もつかないのだって当然ではないだろうか。
「誰のこと考えてるの?」
「な、に…?」
「ミドチンのこと考えて そんな顔してるわけ」
「待って、なんの話をしてるの」
「ほんとイライラする」
舌打ち混じりに吐き捨てるようにそう言った直後、敦は私の唇に噛みついた。
突然のことに驚いて顔を逸らせようにも、顎を掴まれていて叶わない。反射的に身体を引こうとしても、肩に腕が回され阻まれる。
「っ…、待って敦、どうしたの!?」
「うるさい」
わずかに離れた隙に抗議を述べるも有無を言わさず、もちろんなんの説明もなく、もう一度。塞がられ薄く開いたままだった口唇から割り入ってくるそれは、不満か、怒りか、それとも もっと別の感情か。
喰われると思ったのは本能で、そして間違いでもなかったはずだ。肩を抱かれ逃げることも許されず、なす術もなく、だけどなぜだか受け入れたいと思うぐらいには 敦の行為の奥に切なるものを感じていた。
時折見せる子供じみた一面による甘えとは違う、けれどまるで縋るように、深く深く絡み合うことを求めているような。私の知っている敦とのギャップに戸惑いながら、受け入れているのか 翻弄されているのか自分でも曖昧だけど、抵抗は示さずにいた。
離れた口元から湿った吐息が漏れる。ペロリと己の唇を舐める仕草は紛れもなく“雄”で、至近距離で絡んだ視線が孕む熱に、身体の芯が震えた気がする。
「試合前にこんなことして、フキンシンだね」
「っ…!誰のせいで、」
「オレだけでいいじゃん」
「え…?」
「七瀬ちんは、オレの事だけ考えてればいいのに」
拗ねるように言われたその言葉は、まるで嫉妬とも取れるもので。どういう意味だと問おうとした瞬間 ぎゅっと抱きしめられ、私の身体はすっぽりと敦の腕の中に収まってしまう。
「……ちっさ」
「私、小さい方ではないけど」
「知ってるし。でも小さい」
「……?」
「ねぇ、七瀬ちん」
いつもの気怠そうな物言いではなく はっきりと意志を感じる声で、そのあと耳元で続けられた言葉に 私は固まってしまうのである。