ゼラニウムに捧ぐ
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ウィンターカップ6日目。準決勝のその日、同時にバッシュが壊れたから買いに行くという大我とテツ君の妙な連携に苦笑いを浮かべつつ、私は備品の買い出しのために他の同級生たちと待ち合わせをしていた。駅前に全員がしっかり時間通り集合したことに、私は満足して頷く。
「よし、じゃあ行こっか――っ!」
必要な物を全て揃えるには何店舗か回らなければならない。早速移動するため身体の向きを変えた私は、ドンと誰かにぶつかってしまった。「すみません!」反射的に謝りながら顔を上げた私と同じくして、すぐ後ろに立つ降旗たち同級生も固まってしまったのが分かる。だって、そこに居たのは。
「…あ、かし くん」
「悪いが少し七瀬を借りるよ」
「え…あ、えーっと…」
「僕も試合がある。それまでには解放するし、会場までも責任を持って同行しよう」
当然のように私の肩を抱いて言われたその言葉は、許可を取るための相談というよりも、決定事項の報告のようで。分かりましたはいどうぞ、と安易に答えるわけにもいかないけれど、赤司くんには逆らえない絶対的な雰囲気がある。その狭間で戸惑う同級生たちに申し訳なく思いながら、私は小さく息を吐いた。
「……ごめん、買い出し任せてもいいかな」
「あ、ああ、それは別に…」
「ありがとう。リコさんには私から連絡入れておくから」
ごめんねと 彼らに謝罪したのを確認してから、赤司くんは「行こうか」と 何食わぬ顔で私の手を引いて歩き始めた。
◇
赤司くんに手を引かれるまま乗り込んだのは電車で、そこから予想した通り 連れられたのは試合会場である体育館だった。「七瀬を借りる」だなんて言うからどこか別の場所に行くものかと思っていたのに、拍子抜けというかなんというか。その“期待外れ”を残念に思ったのかどうかは自分でもよく分からないけれど、これから試合だもん当然だよね、と言い聞かせるように考える自身には気付かないふりをした。
「借りるって言ったわりに、会場に来ただけじゃない」
「僕も試合前なんだ。ここが一番無駄がないだろう」
ふーん、と さして関心がないような返事をしながら赤司くんの一歩後ろをついて歩く。けれど実際のところは、ぐるぐると思考を巡らせていた。
わざわざチームメイトたちに借りるだなんて宣言するぐらいなのだから、何かしら私に用があったはず。それなのに ただ試合会場に移動しただけで、きっと赤司くんはこれからチームに合流するはずで。ならば私を連れ出した意味って何だろう。メールでも充分に事足りるような内容なのではないだろうか。
そんなことを考えていたから、周りの景色など私の目には全く入っていなかったのだ。
「七瀬」
名前を呼ばれてハッとする。そこでようやく周りに目を向けると、ある一室の扉を開けてこちらを見ている赤司くんがいた。その部屋に入れということだろうとすぐに理解が及んだ、けれど。
「ここって……」
「ああ、心配はいらないよ。今は誰もいない」
どこからどう見ても、それは洛山高校の控室で。入れと言われて気軽に「お邪魔します」と言える場所ではない。固まった私が考えたことなど聡い赤司くんには手に取る様に分かったのだろう。彼は私の不安を除くように言うけれど、たとえ他に人がいなかったとしても なんら変わりはないのだ。
「え、…っ!?」
躊躇って動かない私に痺れを切らしたのか、赤司くんに腕を掴まれ部屋に引き込まれた。バタンと背後で扉が閉まる音が耳に届いたのとほぼ同時に、後頭部を引き寄せられ口を塞がれる。唐突な行為に薄く開いたままの唇の間から、確かな熱が注ぐ。私は彼に求められているのではないかと、錯覚してしまいそうになる。
しばらく後に離れた赤司くんが、鼻先が触れそうなほど真近で私の瞳を覗き込んだ。
「七瀬は僕のものだと 何度言えば理解してもらえるのか」
「…私は、物じゃない」
それが精一杯の反発だった。私は、あなたの所有物ではない。そう主張したかった自分の真意など、私自身も分からないけれど。
目を逸らして拗ねるような口ぶりでそういった私を見て、赤司くんはふっと笑った。まるで駄々を捏ねる子供に対するように、少し困ったような、だけどとても穏やかな笑みだったと思う。
「僕が付き合おうと言えば、七瀬は承諾するのかい?」
「私と、赤司くんが、付き合う…?」
考えたこともなかった発想に、目の前にある端正な顔立ちをしたその人を見上げながら、眉を寄せて首を傾げる。
幼い頃から付き合いの長い私たちは心身共に距離が近くて、中学の時からそういう誤解を受けたことは幾度となくあった。けれど、彼にとって私が“そう言う対象”でないことは私が一番痛感している、はずなのに。
「――ほら。君はこんなにも残酷だ」
親指の腹で私の唇をなぞりながらそう言う赤司くんは、とても哀しそうに笑っていて。どうしてそんな顔をするのと問おうとした口元が、静かにもう一度塞がれた。
「よし、じゃあ行こっか――っ!」
必要な物を全て揃えるには何店舗か回らなければならない。早速移動するため身体の向きを変えた私は、ドンと誰かにぶつかってしまった。「すみません!」反射的に謝りながら顔を上げた私と同じくして、すぐ後ろに立つ降旗たち同級生も固まってしまったのが分かる。だって、そこに居たのは。
「…あ、かし くん」
「悪いが少し七瀬を借りるよ」
「え…あ、えーっと…」
「僕も試合がある。それまでには解放するし、会場までも責任を持って同行しよう」
当然のように私の肩を抱いて言われたその言葉は、許可を取るための相談というよりも、決定事項の報告のようで。分かりましたはいどうぞ、と安易に答えるわけにもいかないけれど、赤司くんには逆らえない絶対的な雰囲気がある。その狭間で戸惑う同級生たちに申し訳なく思いながら、私は小さく息を吐いた。
「……ごめん、買い出し任せてもいいかな」
「あ、ああ、それは別に…」
「ありがとう。リコさんには私から連絡入れておくから」
ごめんねと 彼らに謝罪したのを確認してから、赤司くんは「行こうか」と 何食わぬ顔で私の手を引いて歩き始めた。
◇
赤司くんに手を引かれるまま乗り込んだのは電車で、そこから予想した通り 連れられたのは試合会場である体育館だった。「七瀬を借りる」だなんて言うからどこか別の場所に行くものかと思っていたのに、拍子抜けというかなんというか。その“期待外れ”を残念に思ったのかどうかは自分でもよく分からないけれど、これから試合だもん当然だよね、と言い聞かせるように考える自身には気付かないふりをした。
「借りるって言ったわりに、会場に来ただけじゃない」
「僕も試合前なんだ。ここが一番無駄がないだろう」
ふーん、と さして関心がないような返事をしながら赤司くんの一歩後ろをついて歩く。けれど実際のところは、ぐるぐると思考を巡らせていた。
わざわざチームメイトたちに借りるだなんて宣言するぐらいなのだから、何かしら私に用があったはず。それなのに ただ試合会場に移動しただけで、きっと赤司くんはこれからチームに合流するはずで。ならば私を連れ出した意味って何だろう。メールでも充分に事足りるような内容なのではないだろうか。
そんなことを考えていたから、周りの景色など私の目には全く入っていなかったのだ。
「七瀬」
名前を呼ばれてハッとする。そこでようやく周りに目を向けると、ある一室の扉を開けてこちらを見ている赤司くんがいた。その部屋に入れということだろうとすぐに理解が及んだ、けれど。
「ここって……」
「ああ、心配はいらないよ。今は誰もいない」
どこからどう見ても、それは洛山高校の控室で。入れと言われて気軽に「お邪魔します」と言える場所ではない。固まった私が考えたことなど聡い赤司くんには手に取る様に分かったのだろう。彼は私の不安を除くように言うけれど、たとえ他に人がいなかったとしても なんら変わりはないのだ。
「え、…っ!?」
躊躇って動かない私に痺れを切らしたのか、赤司くんに腕を掴まれ部屋に引き込まれた。バタンと背後で扉が閉まる音が耳に届いたのとほぼ同時に、後頭部を引き寄せられ口を塞がれる。唐突な行為に薄く開いたままの唇の間から、確かな熱が注ぐ。私は彼に求められているのではないかと、錯覚してしまいそうになる。
しばらく後に離れた赤司くんが、鼻先が触れそうなほど真近で私の瞳を覗き込んだ。
「七瀬は僕のものだと 何度言えば理解してもらえるのか」
「…私は、物じゃない」
それが精一杯の反発だった。私は、あなたの所有物ではない。そう主張したかった自分の真意など、私自身も分からないけれど。
目を逸らして拗ねるような口ぶりでそういった私を見て、赤司くんはふっと笑った。まるで駄々を捏ねる子供に対するように、少し困ったような、だけどとても穏やかな笑みだったと思う。
「僕が付き合おうと言えば、七瀬は承諾するのかい?」
「私と、赤司くんが、付き合う…?」
考えたこともなかった発想に、目の前にある端正な顔立ちをしたその人を見上げながら、眉を寄せて首を傾げる。
幼い頃から付き合いの長い私たちは心身共に距離が近くて、中学の時からそういう誤解を受けたことは幾度となくあった。けれど、彼にとって私が“そう言う対象”でないことは私が一番痛感している、はずなのに。
「――ほら。君はこんなにも残酷だ」
親指の腹で私の唇をなぞりながらそう言う赤司くんは、とても哀しそうに笑っていて。どうしてそんな顔をするのと問おうとした口元が、静かにもう一度塞がれた。