ゼラニウムに捧ぐ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
大輝はその場にへたり込んだままの私の腕を掴み、グイと身体を引き上げた。それはとても強い力だったけど、掴まれた腕に痛みはない。立ち上がらせてもらった私は、腕を引かれた惰性で大輝の胸に飛び込む形になった。
ごめん と私が彼から離れるよりも先に、大輝に肩を抱き寄せられる。
「悪ィ、遅くなった」
子供をあやすみたいに ぽんぽんと背中を叩きながらそんな事を言う声が柄にもなく優しく響いたから、なんだか急に泣きたくなった。怖かった、だけどそんなの もうどうだっていい。しがみつくように大輝の背中に腕を回して、彼の胸元に顔を埋めたまま 頭を左右に振ることで そんな事はないと意思表示をする。
その意図はしっかり伝わったのだろう。大輝が私の頭を一度、二度と撫でた。大きくて無骨な手。何度も触れたことのある手なのに、今日は今までにないぐらい暖かく感じる。
「帰るぞ」
「…ん」
いつもと変わらない様子で言われた短い言葉だったけど、歩けるかと私の様子を確認してくれているようにも聞こえた。頷きながら短く返事をして、大輝と一緒にその場を後にした。
◇
そのあとは特に会話をするわけでもなく、大輝の半歩後ろをついて行くように家路をたどる。特別なことがあったとすれば、大輝の左手がずっと私の右手を握っていたことぐらいだろう。それは祥吾の件があった後の私が少しでも不安を感じなくて済むようにという彼の優しさだというのが痛いほどよく分かって、くすぐったさのようなものを感じていた。
普段は横柄で粗雑な大輝のこういう優しさは本当に珍しい。だから、ずっとドキドキと心臓が落ち着かないのは 彼の分かりやすい優しさに慣れていないだけなんだと言い聞かせていた。
マンションについてからも、エントランスの前で別れるのではなく、大輝は自室の前まで同行してくれる。玄関の鍵を開けて、扉を開くけれど、なんとなく繋いだ手は離さないでいた。
「ありがとう、大輝」
「ああ」
「…気を付けて帰ってね」
「ああ」
あとは手を離して、部屋に入って、扉を閉めるだけ、なのに。それが出来ずにいる私は一体どうしてしまったのだろう。不自然な私の態度に大輝は何かを察したのだろうか。ふぅ、と 息を吐く音にびくりと肩が跳ねた。
「…七瀬は」
「え?」
「たまには素直になれよな」
「…自分では、わりと素直な方だと思ってるけど」
「ばーか」
「っ、きゃ」
大輝に言われた意味が分からず首を傾げれば、彼は口端を持ち上げて笑った。かと思えば、身体に強い力が加えられる。気が付いた時には玄関の中に引き込まれていて、壁と大輝の間に閉じ込められていた。ばたん、と ドアの閉まる音が遠くに聞こえた気がする。
顎を持ち上げられ、親指で唇をなぞるように撫でられてゾクリとした。
「いじらしく“寂しい”って言えば可愛がってやるだろ」
「そ、んな事…!」
「今日ぐらいは甘えろよ」
不意に真面目な表情でそんな事を言われて、グッと口を噤んで視線を下げる。いつだったか、私は甘えるのが下手だと誰かに言われた事を思い出した。どこまでなら甘えとして許されるのか、その匙加減が私にはよく分からない。けれど、今ここで抱く不安を大輝に吐き出す事は、許されるのだろうか。
「…まだ、感覚が残ってる気がして」
ぽつり、と 小声で呟く。自分の家は戸締りさえしておけば、他のどこよりも安心できる場所だと分かっている。けれど、祥吾の手が肌を撫でた感覚が全身に残っているような気がして、あの時の不安や恐怖が付き纏う。
そんな私の声をしっかり聞いてくれて、「それで?」と 大輝は先を促した。分かってるくせに、と思うけれど、言わないのに分かって欲しいというのは ただの我儘だろう。気恥ずかしくて視線を下げたまま、私は小声で続けた。
「…ひとりは、少しこわい」
「上出来だ」
「っ…、」
満足そうな声が耳に届くと同時に 顎を持ち上げられ、何か言葉を発するよりも先に口を塞がれる。食われる、と思うような、大輝のキスだ。性急に深まるそれに追いつかなくて、口の端から甘ったるい声が漏れた。
「は、…だいき、待っ」
「待たねーよ」
ストップをかけようとした声を遮られ、大輝の大きな手に両目を覆われる。急に視界を奪われたことに狼狽える私を黙らせるように、ひとつ、触れるだけのキス。彼らしくないとも言えるその接吻は 私から言葉を奪うには充分すぎた。
「オレに集中しろ」
全部忘れさせてやる、と耳元で聞こえた低い声は直接脳に響いたように思えてクラクラする。そんな私を大輝が気に留めるわけもなく、顎から耳元へと輪郭をなぞるように熱い舌が這い、背筋を震わせた。視覚を奪われているせいで他の感覚が敏感になっているんだ、なんてことを考えた瞬間に耳を食まれて思わず声が漏れる。
逃げるように身を捩るけれど、腰を抱き寄せられて阻まれた。腰に触れる彼の手が服の裾から入り込み、地肌を撫でる。そのくすぐったさに ギュッと大輝の服を握りしめることで堪えていると、視界を塞いでいた手が退けられた。
「…灰崎は怖くて、オレは平気なのかよ」
真っ直ぐに私の目を見て大輝が言う。至って真面目に、真剣な表情で。何を当然のことを今更、と 私は僅かに首を傾げて目を瞬かせた。
「大輝は信頼してるもん。怖くないよ」
同じことをされても感じ方が全く違う。それは抱いている信頼感の違いに他ならない。だから大丈夫だと伝えれば、大輝は安心するんだと思っていた、のに。
ハッ、と 息を吐き出すように笑ったそれは、どちらかと言えば嘲笑に近くて。
「――ひでぇヤツ」
そう言ってまた唇に噛み付いた彼を受け入れる私の意識の中には、もう祥吾のことは少しもない。何が正解かも分からないまま、今はただ大輝のすべてを抱きしめたくて その広い背中に腕を回した。
ごめん と私が彼から離れるよりも先に、大輝に肩を抱き寄せられる。
「悪ィ、遅くなった」
子供をあやすみたいに ぽんぽんと背中を叩きながらそんな事を言う声が柄にもなく優しく響いたから、なんだか急に泣きたくなった。怖かった、だけどそんなの もうどうだっていい。しがみつくように大輝の背中に腕を回して、彼の胸元に顔を埋めたまま 頭を左右に振ることで そんな事はないと意思表示をする。
その意図はしっかり伝わったのだろう。大輝が私の頭を一度、二度と撫でた。大きくて無骨な手。何度も触れたことのある手なのに、今日は今までにないぐらい暖かく感じる。
「帰るぞ」
「…ん」
いつもと変わらない様子で言われた短い言葉だったけど、歩けるかと私の様子を確認してくれているようにも聞こえた。頷きながら短く返事をして、大輝と一緒にその場を後にした。
◇
そのあとは特に会話をするわけでもなく、大輝の半歩後ろをついて行くように家路をたどる。特別なことがあったとすれば、大輝の左手がずっと私の右手を握っていたことぐらいだろう。それは祥吾の件があった後の私が少しでも不安を感じなくて済むようにという彼の優しさだというのが痛いほどよく分かって、くすぐったさのようなものを感じていた。
普段は横柄で粗雑な大輝のこういう優しさは本当に珍しい。だから、ずっとドキドキと心臓が落ち着かないのは 彼の分かりやすい優しさに慣れていないだけなんだと言い聞かせていた。
マンションについてからも、エントランスの前で別れるのではなく、大輝は自室の前まで同行してくれる。玄関の鍵を開けて、扉を開くけれど、なんとなく繋いだ手は離さないでいた。
「ありがとう、大輝」
「ああ」
「…気を付けて帰ってね」
「ああ」
あとは手を離して、部屋に入って、扉を閉めるだけ、なのに。それが出来ずにいる私は一体どうしてしまったのだろう。不自然な私の態度に大輝は何かを察したのだろうか。ふぅ、と 息を吐く音にびくりと肩が跳ねた。
「…七瀬は」
「え?」
「たまには素直になれよな」
「…自分では、わりと素直な方だと思ってるけど」
「ばーか」
「っ、きゃ」
大輝に言われた意味が分からず首を傾げれば、彼は口端を持ち上げて笑った。かと思えば、身体に強い力が加えられる。気が付いた時には玄関の中に引き込まれていて、壁と大輝の間に閉じ込められていた。ばたん、と ドアの閉まる音が遠くに聞こえた気がする。
顎を持ち上げられ、親指で唇をなぞるように撫でられてゾクリとした。
「いじらしく“寂しい”って言えば可愛がってやるだろ」
「そ、んな事…!」
「今日ぐらいは甘えろよ」
不意に真面目な表情でそんな事を言われて、グッと口を噤んで視線を下げる。いつだったか、私は甘えるのが下手だと誰かに言われた事を思い出した。どこまでなら甘えとして許されるのか、その匙加減が私にはよく分からない。けれど、今ここで抱く不安を大輝に吐き出す事は、許されるのだろうか。
「…まだ、感覚が残ってる気がして」
ぽつり、と 小声で呟く。自分の家は戸締りさえしておけば、他のどこよりも安心できる場所だと分かっている。けれど、祥吾の手が肌を撫でた感覚が全身に残っているような気がして、あの時の不安や恐怖が付き纏う。
そんな私の声をしっかり聞いてくれて、「それで?」と 大輝は先を促した。分かってるくせに、と思うけれど、言わないのに分かって欲しいというのは ただの我儘だろう。気恥ずかしくて視線を下げたまま、私は小声で続けた。
「…ひとりは、少しこわい」
「上出来だ」
「っ…、」
満足そうな声が耳に届くと同時に 顎を持ち上げられ、何か言葉を発するよりも先に口を塞がれる。食われる、と思うような、大輝のキスだ。性急に深まるそれに追いつかなくて、口の端から甘ったるい声が漏れた。
「は、…だいき、待っ」
「待たねーよ」
ストップをかけようとした声を遮られ、大輝の大きな手に両目を覆われる。急に視界を奪われたことに狼狽える私を黙らせるように、ひとつ、触れるだけのキス。彼らしくないとも言えるその接吻は 私から言葉を奪うには充分すぎた。
「オレに集中しろ」
全部忘れさせてやる、と耳元で聞こえた低い声は直接脳に響いたように思えてクラクラする。そんな私を大輝が気に留めるわけもなく、顎から耳元へと輪郭をなぞるように熱い舌が這い、背筋を震わせた。視覚を奪われているせいで他の感覚が敏感になっているんだ、なんてことを考えた瞬間に耳を食まれて思わず声が漏れる。
逃げるように身を捩るけれど、腰を抱き寄せられて阻まれた。腰に触れる彼の手が服の裾から入り込み、地肌を撫でる。そのくすぐったさに ギュッと大輝の服を握りしめることで堪えていると、視界を塞いでいた手が退けられた。
「…灰崎は怖くて、オレは平気なのかよ」
真っ直ぐに私の目を見て大輝が言う。至って真面目に、真剣な表情で。何を当然のことを今更、と 私は僅かに首を傾げて目を瞬かせた。
「大輝は信頼してるもん。怖くないよ」
同じことをされても感じ方が全く違う。それは抱いている信頼感の違いに他ならない。だから大丈夫だと伝えれば、大輝は安心するんだと思っていた、のに。
ハッ、と 息を吐き出すように笑ったそれは、どちらかと言えば嘲笑に近くて。
「――ひでぇヤツ」
そう言ってまた唇に噛み付いた彼を受け入れる私の意識の中には、もう祥吾のことは少しもない。何が正解かも分からないまま、今はただ大輝のすべてを抱きしめたくて その広い背中に腕を回した。