ゼラニウムに捧ぐ
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リングを狙った敦の手元からテツ君がボールを弾いた直後に響いたのは、試合終了のブザーだった。土壇場での逆転で、1点差ゲームを制した瞬間に私の中を駆け巡ったのは様々な感情だった。勝利した喜びは言うまでもない。ほんの数秒だったかもしれない、けれど敦は確かにゾーンに入っていた。そして試合に敗れた今、私の見間違いだったかもしれないけれど、涙していたように見えた。別にバスケは好きじゃないと言っていた敦が、だ。それは、つまり。
これまで敦と一緒に過ごしてきた時間が無駄じゃなかったと言ってもらえたような気がして、私はただ、泣きたくなった。
◇
「遅いですね」
「え?」
次の海常vs福田総合の試合を観るため観覧席へと移動していると、私の隣を歩いてきたテツ君がポツリと囁いた。火神君、と端的に告げられたその名前で 彼の発言の意味を理解する。試合が終わって少しした頃、テツ君に背中を押されて氷室さんとの和解に向かった大我が まだ戻って来ていないのだ。携帯の時計で時間を確認して、そうだねと同意する。
「…私ちょっと探してくるよ」
「ボクも行きましょうか」
「大丈夫だよ。もし入れ違いで帰ってきたら連絡して」
試合に出ていたテツ君には、やっぱり座って休んでいて欲しい。広い会場で大我と入れ違わないとも言い切れないのでテツ君にはそうお願いして、私は1人でチームを離れた。
当てがあった訳ではないけれど、きっと人気の少ない場所だろうと目星をつけて 体育館の外に出る。いくらか歩いた後に私が見つけたのは、大我と氷室さんとアレックスさん、そしてなぜか涼太と、もう1人 どこかの学校の選手と思われる人。
見慣れないけど見覚えがあるようなその人と、彼に視線を向けるみんなの様子はどうにもただ事ではないように思えて 私もその場に駆け寄った。
「大我、涼太!どうし た、の……」
「あ?お、七瀬じゃねーか。久しぶりだな」
「え…うそ、祥吾…!?」
こちらを振り向き私の名前を呼ぶその男―――灰崎祥吾の姿を見て、私の足は動きを止めてしまう。どうして彼がここに。頭に浮かんだそんな疑問の答えは簡単で、彼もこのウィンターカップに出場しているということに他ならない。バスケを続けていたことにも、まさかこんな場所でこういう再会を果たしたことにも驚きを隠せなかった。
彼の傍で固まった私の顔を見ていた祥吾がほんの一瞬だけ涼太の方へチラリと目を向け、そしてすぐに私の方へ視線を戻してニヤリと口端を持ち上げる。
「ああ、そうか、リョータには“こっち”だったな」
「え…?」
「! やめろ、触るな!」
慌てた様子で涼太が発した制止の声も意に介さず、こちらに伸びてきた手が乱暴に私の後頭部を掴んだ。何かを思考する間もなく頭を引き寄せられ、口を塞がれる。何が、起こったのか。薄く開いた唇の間から 生暖かいものが捻じ込まれ、状況を理解すると同時にぞわりと背筋が粟立った。
「っ、…」
拒絶の意思を示すために 突き飛ばすつもりで祥吾の胸元を強く押すけれど、そんなことは許さないと言わんばかりに強い力で肩を抱き寄せられれば 力で敵うはずがない。彼の上体を押し返す腕の力は弱めないまま、口内を這い回る舌に噛み付いてやろうかという考えが頭を過った瞬間、まるでそれを見越したかのように祥吾は私を開放した。
目の前の男をキッと睨み付けて、その頬を目掛けて右手を振り上げる。けれど、その憎らしい顔を叩く直前に 手首を掴まれてしまった。
「おっと。ったく…相変わらず気が強えな、お前は」
「うるさい、離して!」
「はっ…欲しいもんが一個増えたわ」
鼻で笑ってそう言った祥吾は 掴んでいた私の手に口元を寄せ、ベロリと掌を舌が這えば反射的に小さな悲鳴のような声が漏れる。その手を私が振り払うより先に、背後から誰かに抱きしめられ、掴まれていた腕を引き剥がしてくれた。振り向いた先には、美しい金色。
「涼太…」
「触んなって言っただろ」
「おー、怖え怖え。まあ楽しもーぜ、リョータぁ」
睨み付ける涼太の視線も受け流し、それだけ言った祥吾はクツクツと笑いながら去っていく。その背中を見送ってホッと息を吐いたところでクルリと身体が反転し 向き合う形になった涼太の顔を見上げれば、眉を寄せて苦しそうな表情をしている気がした。首を傾げれば、彼のジャージの袖でゴシゴシと口元を擦られる。
「ちょ…涼太、痛いよ」
「ごめん七瀬っち、巻き込んだ」
そう言った涼太が泣きそうな顔をしている気がして、なぜだか私は小さく笑ってしまった。涼太のこういう真っ直ぐなところは、純粋に愛しいと思う。
彼の両頬に手を添えて 整った顔を引き寄せて、コツンと額を合わせる。
「大丈夫だよ。…応援、してるからね」
「…はいっス」
その返事に頷いて離れようとした私の身体を、涼太が強く抱きしめた。まだ何か言いたそうにしている気がしたけれど 彼がそれ以上の言葉を発することはなくて、私の身体を放した涼太は大我の方へと向き直り、ごめんともう一度謝罪を口にする。
「七瀬っちをよろしく」
「ああ…負けんじゃねーぞ!絶対!!」
「トーゼンっス!!」
大我とそんな短い会話を交わして試合へと向かう涼太の背中を見送りながら、頑張れと 私は小さく呟いた。
これまで敦と一緒に過ごしてきた時間が無駄じゃなかったと言ってもらえたような気がして、私はただ、泣きたくなった。
◇
「遅いですね」
「え?」
次の海常vs福田総合の試合を観るため観覧席へと移動していると、私の隣を歩いてきたテツ君がポツリと囁いた。火神君、と端的に告げられたその名前で 彼の発言の意味を理解する。試合が終わって少しした頃、テツ君に背中を押されて氷室さんとの和解に向かった大我が まだ戻って来ていないのだ。携帯の時計で時間を確認して、そうだねと同意する。
「…私ちょっと探してくるよ」
「ボクも行きましょうか」
「大丈夫だよ。もし入れ違いで帰ってきたら連絡して」
試合に出ていたテツ君には、やっぱり座って休んでいて欲しい。広い会場で大我と入れ違わないとも言い切れないのでテツ君にはそうお願いして、私は1人でチームを離れた。
当てがあった訳ではないけれど、きっと人気の少ない場所だろうと目星をつけて 体育館の外に出る。いくらか歩いた後に私が見つけたのは、大我と氷室さんとアレックスさん、そしてなぜか涼太と、もう1人 どこかの学校の選手と思われる人。
見慣れないけど見覚えがあるようなその人と、彼に視線を向けるみんなの様子はどうにもただ事ではないように思えて 私もその場に駆け寄った。
「大我、涼太!どうし た、の……」
「あ?お、七瀬じゃねーか。久しぶりだな」
「え…うそ、祥吾…!?」
こちらを振り向き私の名前を呼ぶその男―――灰崎祥吾の姿を見て、私の足は動きを止めてしまう。どうして彼がここに。頭に浮かんだそんな疑問の答えは簡単で、彼もこのウィンターカップに出場しているということに他ならない。バスケを続けていたことにも、まさかこんな場所でこういう再会を果たしたことにも驚きを隠せなかった。
彼の傍で固まった私の顔を見ていた祥吾がほんの一瞬だけ涼太の方へチラリと目を向け、そしてすぐに私の方へ視線を戻してニヤリと口端を持ち上げる。
「ああ、そうか、リョータには“こっち”だったな」
「え…?」
「! やめろ、触るな!」
慌てた様子で涼太が発した制止の声も意に介さず、こちらに伸びてきた手が乱暴に私の後頭部を掴んだ。何かを思考する間もなく頭を引き寄せられ、口を塞がれる。何が、起こったのか。薄く開いた唇の間から 生暖かいものが捻じ込まれ、状況を理解すると同時にぞわりと背筋が粟立った。
「っ、…」
拒絶の意思を示すために 突き飛ばすつもりで祥吾の胸元を強く押すけれど、そんなことは許さないと言わんばかりに強い力で肩を抱き寄せられれば 力で敵うはずがない。彼の上体を押し返す腕の力は弱めないまま、口内を這い回る舌に噛み付いてやろうかという考えが頭を過った瞬間、まるでそれを見越したかのように祥吾は私を開放した。
目の前の男をキッと睨み付けて、その頬を目掛けて右手を振り上げる。けれど、その憎らしい顔を叩く直前に 手首を掴まれてしまった。
「おっと。ったく…相変わらず気が強えな、お前は」
「うるさい、離して!」
「はっ…欲しいもんが一個増えたわ」
鼻で笑ってそう言った祥吾は 掴んでいた私の手に口元を寄せ、ベロリと掌を舌が這えば反射的に小さな悲鳴のような声が漏れる。その手を私が振り払うより先に、背後から誰かに抱きしめられ、掴まれていた腕を引き剥がしてくれた。振り向いた先には、美しい金色。
「涼太…」
「触んなって言っただろ」
「おー、怖え怖え。まあ楽しもーぜ、リョータぁ」
睨み付ける涼太の視線も受け流し、それだけ言った祥吾はクツクツと笑いながら去っていく。その背中を見送ってホッと息を吐いたところでクルリと身体が反転し 向き合う形になった涼太の顔を見上げれば、眉を寄せて苦しそうな表情をしている気がした。首を傾げれば、彼のジャージの袖でゴシゴシと口元を擦られる。
「ちょ…涼太、痛いよ」
「ごめん七瀬っち、巻き込んだ」
そう言った涼太が泣きそうな顔をしている気がして、なぜだか私は小さく笑ってしまった。涼太のこういう真っ直ぐなところは、純粋に愛しいと思う。
彼の両頬に手を添えて 整った顔を引き寄せて、コツンと額を合わせる。
「大丈夫だよ。…応援、してるからね」
「…はいっス」
その返事に頷いて離れようとした私の身体を、涼太が強く抱きしめた。まだ何か言いたそうにしている気がしたけれど 彼がそれ以上の言葉を発することはなくて、私の身体を放した涼太は大我の方へと向き直り、ごめんともう一度謝罪を口にする。
「七瀬っちをよろしく」
「ああ…負けんじゃねーぞ!絶対!!」
「トーゼンっス!!」
大我とそんな短い会話を交わして試合へと向かう涼太の背中を見送りながら、頑張れと 私は小さく呟いた。