ゼラニウムに捧ぐ
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いよいよ迎えた陽泉との試合前。いつものようにドリンクの用意をするため1人で手洗い場へと向かっていた私の気分は、何とも形容し難いものだった。決して気が重いわけではない。けれど試合展開が読めず楽観視することもできなくて、期待と不安が入り交じるような、そんな感覚。
たどり着いた手洗い場の流し台にドリンクボトルを置いて小さく息を吐いたその瞬間、背後から強く肩を引かれた。
「見つけた」
「…っ!」
不意に加えられた力に従うように身体は反転し、その結果 視界に入った身体の大きなその人物に全身が強張ったのが自分でもよく分かった。「あ つし…」大柄な選手が多いバスケットボール界の中でも、一際“大きい”と形容される敦に圧倒されたわけではないと思う。けれど、昨日の今日なのだから仕方ないだろう。
私は半ば反射的に半歩ほど身を引いたけれど、ほんの数センチ退がっただけで手洗い場に阻まれ その行動は意味を成さない。敦はそんな私の態度に苛立ったように小さく舌打ちをして、肩に触れていた手に力が込められ その痛みに顔を顰めた。
「そんなにビビらなくても、試合前のこんな時に何もしないって」
「……何か用?」
「昨日あの後、室ちんがほんと煩くてさぁ」
心底げんなりと発せられた彼の言葉は 私の問いへの答えとして適切ではなかったはずだけど、決して声を荒げることなく諭すように敦を咎める氷室さんと、そんな彼の言葉を聞き流しながら何とか逃れようとする敦の姿が容易に想像できて、思わず苦笑いを漏らす。チームの中で氷室さんはきっと、敦の保護者みたいになっているのだろう。
「室ちんは七瀬ちんに謝れって言うけど…オレ、謝るようなことした?」
「は…はぁ!?」
そんなことを考えて少し和やかな気持ちになっていたのに、続けられた敦の発言に思わず声を上げてしまった。見上げた先の敦は本気で理解できないというような表情をしていて、その言葉が彼の本心からのものだと理解できる。今さら敦に誠心誠意 謝ってほしいなどと思っているわけではないけれど、昨日の事をまるで無かったかのような物言いはあんまりだ。少し頭に来て文句を言おうと口を開いた瞬間、口内に2本の指が捻じ込まれた。
「オレは何も悪くないでしょ」
「…、ぁ」
「ほら。そういう顔とか」
敦の指に歯を立ててしまわないように、顔を背けることで逃れようとしたけれど 反対の手で顎を掴まれ阻まれる。無理やり正面を向かされ視界に入った敦は冷ややかに私を見下ろしていて、少し怖いと思った。
「美味しそうだと思うのも、食べてみたいと思うのも七瀬ちんだけだし」
「っ…!」
「それって、オレじゃなくて七瀬ちんの所為じゃない?」
顎を掴む彼の手首を握って解放を求めるけれど、口内の指が戯れる様に動かされるばかりで 私の要求は通らない。指を噛んでしまわないように必死に口を開けて ふるふると小さく首を振る私を見下ろしながら、敦はどこか満足そうで嫌になる。放して、と そんな言葉さえ発することが出来ない私の口から不意に指が引き抜かれて、濡れたその指先を ぺろりと敦の舌が舐めとった。
普段の彼とは全然違う“男”の表情に、ゾクリとする。
「オレが勝ったら、今度は全部ちょうだいよね」
がぶり、と 掴まれたままだった顎を引かれ口元に噛み付かれたかと思えば、舌先が私の唇をなぞる様に這う。「じゃあ試合でね」ようやく私を解放した敦は いつも通りの緩い口調でそんな言葉を残して、何事もなかったかのように私に背を向け歩み始めた。
遠くなっていく大きな背中をぼんやりと眺めながら、ゆっくりと息を吐く。ほんとうに、自由すぎる。敦はそういう性格だと知っていたけれど。
「七瀬?」
「! あ、木吉さん…」
そんなことよりも試合の用意をしなくてはと手洗い場に向き直ってすぐに、背後から名前を呼ばれた。振り返れば ゆっくりとこちらに歩み寄る木吉さんの姿があった。
ドリンクの用意に行ったきり、戻りが遅い私の様子を見に来てくれたのだろう。そう察して、咄嗟に謝罪を口にした。
「すみません、急ぎますね」
「…何かあったか?」
「え?」
「いや、紫原の後ろ姿が見えたから」
敦が去っていった方へと視線を向けながら言われた言葉にドキリとする。大丈夫ですよ、と 苦笑いで答えた私は、彼の目にどのように映っただろう。誤魔化すように手元に集中した私の横顔に、ジッと視線が向けられているのを感じた。振り向いた先にいるのは当然ながら木吉さんで、彼は何か言いたそうにこちらを見ていた。
「?…、わっ」
どうかしたのだろうかと首を傾げたところで、こちらに伸びてきた大きな手に頭を引き寄せられる。木吉さんの胸に飛び込むような形になった私は、彼の真意が読めずに困惑するしかない。
「あの…?」
「頼むから、あんまり危なっかしいことするなよ」
言われたその言葉の意味が分からずに目を瞬かせる私を、木吉さんは少し困ったようにハハっと軽く笑ってから解放する。そして大きな手が、ぐしゃぐしゃと私の髪を撫でた。温かくて安心する、優しい手だと思う。
「さ、試合だ。気合入れて行こーぜ」
「はい!」
表情を引き締めて言われたその言葉にしっかりと頷いて、チームの元へと戻るため 木吉さんと並んで歩き始めた。
たどり着いた手洗い場の流し台にドリンクボトルを置いて小さく息を吐いたその瞬間、背後から強く肩を引かれた。
「見つけた」
「…っ!」
不意に加えられた力に従うように身体は反転し、その結果 視界に入った身体の大きなその人物に全身が強張ったのが自分でもよく分かった。「あ つし…」大柄な選手が多いバスケットボール界の中でも、一際“大きい”と形容される敦に圧倒されたわけではないと思う。けれど、昨日の今日なのだから仕方ないだろう。
私は半ば反射的に半歩ほど身を引いたけれど、ほんの数センチ退がっただけで手洗い場に阻まれ その行動は意味を成さない。敦はそんな私の態度に苛立ったように小さく舌打ちをして、肩に触れていた手に力が込められ その痛みに顔を顰めた。
「そんなにビビらなくても、試合前のこんな時に何もしないって」
「……何か用?」
「昨日あの後、室ちんがほんと煩くてさぁ」
心底げんなりと発せられた彼の言葉は 私の問いへの答えとして適切ではなかったはずだけど、決して声を荒げることなく諭すように敦を咎める氷室さんと、そんな彼の言葉を聞き流しながら何とか逃れようとする敦の姿が容易に想像できて、思わず苦笑いを漏らす。チームの中で氷室さんはきっと、敦の保護者みたいになっているのだろう。
「室ちんは七瀬ちんに謝れって言うけど…オレ、謝るようなことした?」
「は…はぁ!?」
そんなことを考えて少し和やかな気持ちになっていたのに、続けられた敦の発言に思わず声を上げてしまった。見上げた先の敦は本気で理解できないというような表情をしていて、その言葉が彼の本心からのものだと理解できる。今さら敦に誠心誠意 謝ってほしいなどと思っているわけではないけれど、昨日の事をまるで無かったかのような物言いはあんまりだ。少し頭に来て文句を言おうと口を開いた瞬間、口内に2本の指が捻じ込まれた。
「オレは何も悪くないでしょ」
「…、ぁ」
「ほら。そういう顔とか」
敦の指に歯を立ててしまわないように、顔を背けることで逃れようとしたけれど 反対の手で顎を掴まれ阻まれる。無理やり正面を向かされ視界に入った敦は冷ややかに私を見下ろしていて、少し怖いと思った。
「美味しそうだと思うのも、食べてみたいと思うのも七瀬ちんだけだし」
「っ…!」
「それって、オレじゃなくて七瀬ちんの所為じゃない?」
顎を掴む彼の手首を握って解放を求めるけれど、口内の指が戯れる様に動かされるばかりで 私の要求は通らない。指を噛んでしまわないように必死に口を開けて ふるふると小さく首を振る私を見下ろしながら、敦はどこか満足そうで嫌になる。放して、と そんな言葉さえ発することが出来ない私の口から不意に指が引き抜かれて、濡れたその指先を ぺろりと敦の舌が舐めとった。
普段の彼とは全然違う“男”の表情に、ゾクリとする。
「オレが勝ったら、今度は全部ちょうだいよね」
がぶり、と 掴まれたままだった顎を引かれ口元に噛み付かれたかと思えば、舌先が私の唇をなぞる様に這う。「じゃあ試合でね」ようやく私を解放した敦は いつも通りの緩い口調でそんな言葉を残して、何事もなかったかのように私に背を向け歩み始めた。
遠くなっていく大きな背中をぼんやりと眺めながら、ゆっくりと息を吐く。ほんとうに、自由すぎる。敦はそういう性格だと知っていたけれど。
「七瀬?」
「! あ、木吉さん…」
そんなことよりも試合の用意をしなくてはと手洗い場に向き直ってすぐに、背後から名前を呼ばれた。振り返れば ゆっくりとこちらに歩み寄る木吉さんの姿があった。
ドリンクの用意に行ったきり、戻りが遅い私の様子を見に来てくれたのだろう。そう察して、咄嗟に謝罪を口にした。
「すみません、急ぎますね」
「…何かあったか?」
「え?」
「いや、紫原の後ろ姿が見えたから」
敦が去っていった方へと視線を向けながら言われた言葉にドキリとする。大丈夫ですよ、と 苦笑いで答えた私は、彼の目にどのように映っただろう。誤魔化すように手元に集中した私の横顔に、ジッと視線が向けられているのを感じた。振り向いた先にいるのは当然ながら木吉さんで、彼は何か言いたそうにこちらを見ていた。
「?…、わっ」
どうかしたのだろうかと首を傾げたところで、こちらに伸びてきた大きな手に頭を引き寄せられる。木吉さんの胸に飛び込むような形になった私は、彼の真意が読めずに困惑するしかない。
「あの…?」
「頼むから、あんまり危なっかしいことするなよ」
言われたその言葉の意味が分からずに目を瞬かせる私を、木吉さんは少し困ったようにハハっと軽く笑ってから解放する。そして大きな手が、ぐしゃぐしゃと私の髪を撫でた。温かくて安心する、優しい手だと思う。
「さ、試合だ。気合入れて行こーぜ」
「はい!」
表情を引き締めて言われたその言葉にしっかりと頷いて、チームの元へと戻るため 木吉さんと並んで歩き始めた。