ゼラニウムに捧ぐ
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月明かりに照らされた夜道を、これと言った会話もないまま歩く。住宅街の中を進んでいるとは言え、窓を開ける季節でもない今、家の中の音もほとんど聞こえてこない。人通りもなく、会話もないこの空間には私たちの足音ぐらいしか存在していないようだ。
ちらりと、隣を歩く大我を伺うように見上げる。前を向いたままの彼と視線が合うことはない。不機嫌そうな横顔を見つめて、小さく息を1つ吐いた。
「……大我」
「あん?」
「怒ってる?」
「…怒っちゃいねーよ、イラついてはいるけどな」
「そ、それって どう違うの…?」
会話として言葉が返ってきたことには安堵したけれど、その内容には戸惑ってしまう。理解が及ばない言い分に首を傾げれば、大我はわずかに視線だけをこちらに向けて、それからすぐにまた前を向いて「オレの問題」と短く答えた。
それ以上は何も聞けなくて、そっか、と苦笑いで返して視線を足元に落とす。今このタイミングで私が謝るのは違うと思うけれど、このピリピリとした雰囲気は脱したい。どうするれば。考えたところで答えは出ず、行き詰まったところで私はほぼ無意識のうちに足を止めて、大我の袖をキュッと掴んでいた。
「!」
「…どうしたら、機嫌治る?」
「――ほんっとに、オマエなぁ…」
分からないことは本人に聞くしかない。真っ直ぐな大我には真っ直ぐぶつかるのが一番なのだと、これまでの彼との関わりの中で学んできたつもりだ。
真っ直ぐ彼の目を見て問うた言葉に、大我は一瞬驚いたように目を見開いて、それからガシガシと頭を掻きながら盛大に息を吐いた。それからジッと私と視線を合わせたあと、ふいと目を逸らす。
「…大丈夫だったのかよ」
「うん?」
「紫原」
「ああ…まぁ、ちょっと噛まれただけ」
まさか組み敷かれましたと言えるわけもなく、だけど何もなかったと言ってしまうのは嘘になる。今ここで、大我に嘘を吐くべきではないと 何故だかそう思った。氷室さんのお陰で“度の過ぎた悪ふざけ”と言える範疇の未遂で済んだと思っているから、今さら余計な心配を掛けないように、だけど嘘はないように、苦笑いしながらそう答えた。
眉を寄せて私を見据える大我の視線が鋭くなる。ギュッと歯を噛みしめたようなその表情は、一体どんな感情を表しているのだろう。
「大我…?」
「そーゆーとこだって言ってんだよ…」
「え……う、わ!」
ポツリと低く小さい声で呟いた大我は、不意に私の手首を掴んで歩き始めた。よろめいた身体をなんとか立て直して、ずんずんと大股で進む彼に手を引かれながら 転ばないように小走りで後を追う。
少し進んだ先にあった小さな公園に入った大我は側にあったベンチに腰を下ろして、向き合うように足の間に私を立たせた。いつも見上げている彼の顔が 今は私の視線よりも低い位置にあって、不思議な感じがする。どきどきと心臓が強く拍動を始めたのは、大我を見下ろすという慣れない状況の所為か、それとも、まっすぐ私を見上げる彼の瞳に 余裕などなかったからか。
ゆっくりと伸ばされた手が、私の頬を撫でる。温かい、と 思った。
「今に始まったことじゃねーけど、オレ、お前が絡むとあんま冷静じゃねーんだわ」
「……?」
「…カッコ悪ィ」
頬を滑り首裏に回された手が やんわりと上体を引き寄せる。近付けられた大我の顔が首筋に埋まり、私の肌に触れる直前、ぴたりと彼の動きが止まった。そして、チッ、と 隠す気もない舌打ちが聞こえて身体が強張る。
「クソ……誰もお前に触れねーようにできねぇかな」
「え?っ…ん、ぁ」
首の後ろに触れている手で握りしめるように首元の髪を退けた大我が、露わになった首筋に舌を這わせた。晒された冷たい外気と、不意に触れた舌の熱さに 堪らず肩が跳ねて声が漏れる。
自分のものじゃないみたいな声が恥ずかしくて、少し前に氷室さんに言われた言葉も思い出されて、顔に熱が集まるのを感じながら そっぽを向いて視線を逸らした。私の首元から顔を上げた大我は楽しそうに、でもどこか意地悪く笑っている。
「エロい声」
「う、るさい…!」
「褒めてんだよ。聞かせろよ」
つい先程まで不機嫌だったくせに、その変わり様はなんだ。そんな文句を言うよりも先に、楽しそうに大我は同じように私の首元に顔を埋めて、舌を這わせたり、時折 柔く食むように口付けたりを何度も繰り返す。口を開けばまた声が漏れてしまいそうで、身を固くして唇を噛み締めて 肩を震わせながら必死に堪えた。クツクツと喉奥で笑う大我が憎らしい。
しばらくの間そうして、ようやく満足したのか顔を上げた大我と視線が合った。その顔には今までの笑みはなくて、ただ瞳の奥に熱が宿っている。
「七瀬がオレのだったら良かったのにな」
「それ、って」
「なんでもねーよ」
それ以上は話すことはないとでも言うように、後頭部を引かれて口を塞がれる。冷え切った外気とは裏腹に、触れ合う唇から注がれる燃えるような熱から逃げるように身を捩るけれど、腰を強く抱き寄せられてそれも叶わない。執拗に、貪るような口付けだけど、私は確かに彼に求められているのだと、大切に想われているのだと それだけはよく分かった。
何十分にも感じられるような時間が過ぎ、ようやく解放されれば 互いの口から熱っぽい吐息が漏れる。親指の腹で私の唇をなぞった大我が、今度はほんの一瞬 触れるだけのキスをした。
「…悪い、遅くなったな。帰るぞ」
ベンチを立ち上がって私の手を握って歩き出す。私の家まで、あと十数分。家に着いて大我と別れるまで繋がれていたその手を見つめながら、私はどんな顔をしていただろう。
ちらりと、隣を歩く大我を伺うように見上げる。前を向いたままの彼と視線が合うことはない。不機嫌そうな横顔を見つめて、小さく息を1つ吐いた。
「……大我」
「あん?」
「怒ってる?」
「…怒っちゃいねーよ、イラついてはいるけどな」
「そ、それって どう違うの…?」
会話として言葉が返ってきたことには安堵したけれど、その内容には戸惑ってしまう。理解が及ばない言い分に首を傾げれば、大我はわずかに視線だけをこちらに向けて、それからすぐにまた前を向いて「オレの問題」と短く答えた。
それ以上は何も聞けなくて、そっか、と苦笑いで返して視線を足元に落とす。今このタイミングで私が謝るのは違うと思うけれど、このピリピリとした雰囲気は脱したい。どうするれば。考えたところで答えは出ず、行き詰まったところで私はほぼ無意識のうちに足を止めて、大我の袖をキュッと掴んでいた。
「!」
「…どうしたら、機嫌治る?」
「――ほんっとに、オマエなぁ…」
分からないことは本人に聞くしかない。真っ直ぐな大我には真っ直ぐぶつかるのが一番なのだと、これまでの彼との関わりの中で学んできたつもりだ。
真っ直ぐ彼の目を見て問うた言葉に、大我は一瞬驚いたように目を見開いて、それからガシガシと頭を掻きながら盛大に息を吐いた。それからジッと私と視線を合わせたあと、ふいと目を逸らす。
「…大丈夫だったのかよ」
「うん?」
「紫原」
「ああ…まぁ、ちょっと噛まれただけ」
まさか組み敷かれましたと言えるわけもなく、だけど何もなかったと言ってしまうのは嘘になる。今ここで、大我に嘘を吐くべきではないと 何故だかそう思った。氷室さんのお陰で“度の過ぎた悪ふざけ”と言える範疇の未遂で済んだと思っているから、今さら余計な心配を掛けないように、だけど嘘はないように、苦笑いしながらそう答えた。
眉を寄せて私を見据える大我の視線が鋭くなる。ギュッと歯を噛みしめたようなその表情は、一体どんな感情を表しているのだろう。
「大我…?」
「そーゆーとこだって言ってんだよ…」
「え……う、わ!」
ポツリと低く小さい声で呟いた大我は、不意に私の手首を掴んで歩き始めた。よろめいた身体をなんとか立て直して、ずんずんと大股で進む彼に手を引かれながら 転ばないように小走りで後を追う。
少し進んだ先にあった小さな公園に入った大我は側にあったベンチに腰を下ろして、向き合うように足の間に私を立たせた。いつも見上げている彼の顔が 今は私の視線よりも低い位置にあって、不思議な感じがする。どきどきと心臓が強く拍動を始めたのは、大我を見下ろすという慣れない状況の所為か、それとも、まっすぐ私を見上げる彼の瞳に 余裕などなかったからか。
ゆっくりと伸ばされた手が、私の頬を撫でる。温かい、と 思った。
「今に始まったことじゃねーけど、オレ、お前が絡むとあんま冷静じゃねーんだわ」
「……?」
「…カッコ悪ィ」
頬を滑り首裏に回された手が やんわりと上体を引き寄せる。近付けられた大我の顔が首筋に埋まり、私の肌に触れる直前、ぴたりと彼の動きが止まった。そして、チッ、と 隠す気もない舌打ちが聞こえて身体が強張る。
「クソ……誰もお前に触れねーようにできねぇかな」
「え?っ…ん、ぁ」
首の後ろに触れている手で握りしめるように首元の髪を退けた大我が、露わになった首筋に舌を這わせた。晒された冷たい外気と、不意に触れた舌の熱さに 堪らず肩が跳ねて声が漏れる。
自分のものじゃないみたいな声が恥ずかしくて、少し前に氷室さんに言われた言葉も思い出されて、顔に熱が集まるのを感じながら そっぽを向いて視線を逸らした。私の首元から顔を上げた大我は楽しそうに、でもどこか意地悪く笑っている。
「エロい声」
「う、るさい…!」
「褒めてんだよ。聞かせろよ」
つい先程まで不機嫌だったくせに、その変わり様はなんだ。そんな文句を言うよりも先に、楽しそうに大我は同じように私の首元に顔を埋めて、舌を這わせたり、時折 柔く食むように口付けたりを何度も繰り返す。口を開けばまた声が漏れてしまいそうで、身を固くして唇を噛み締めて 肩を震わせながら必死に堪えた。クツクツと喉奥で笑う大我が憎らしい。
しばらくの間そうして、ようやく満足したのか顔を上げた大我と視線が合った。その顔には今までの笑みはなくて、ただ瞳の奥に熱が宿っている。
「七瀬がオレのだったら良かったのにな」
「それ、って」
「なんでもねーよ」
それ以上は話すことはないとでも言うように、後頭部を引かれて口を塞がれる。冷え切った外気とは裏腹に、触れ合う唇から注がれる燃えるような熱から逃げるように身を捩るけれど、腰を強く抱き寄せられてそれも叶わない。執拗に、貪るような口付けだけど、私は確かに彼に求められているのだと、大切に想われているのだと それだけはよく分かった。
何十分にも感じられるような時間が過ぎ、ようやく解放されれば 互いの口から熱っぽい吐息が漏れる。親指の腹で私の唇をなぞった大我が、今度はほんの一瞬 触れるだけのキスをした。
「…悪い、遅くなったな。帰るぞ」
ベンチを立ち上がって私の手を握って歩き出す。私の家まで、あと十数分。家に着いて大我と別れるまで繋がれていたその手を見つめながら、私はどんな顔をしていただろう。