ゼラニウムに捧ぐ
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私の髪を撫でていた氷室さんの手がスルスルと滑り、不意に指先が首筋に触れた。そのひんやりとした感触に、ぴくりと肩が跳ねる。伺うように視線を上げれば、どこか苦しそうな表情をした氷室さんと目が合った。どうして、そんな顔を。ぎゅうっと締め付けられるように痛んだ気がした心臓には気付かないふりをして、指先で私の首元を撫でる彼を見上げたまま首を傾げる。
「氷室さん?」
「…痛々しいな」
「え…?」
「綺麗な肌に、こんな…」
独り言のようにポツリと零れた綺麗という単語に、過剰な反応をしてしまった自覚はある。息が詰まり、顔に熱が集まる。けれど言われ慣れない単語なのだから、そういう反応になってしまったのも仕方ないだろうと自分を正当化した。
先ほどから彼が撫でているのは、そして彼が痛ましげに視線を向けていたのは、さっき敦に噛まれた箇所だろう。容赦無く歯を立てられたことと 私が感じた痛みを考えれば、多少の血が滲むぐらいの傷にはなっているのかもしれない。氷室さんは何も悪くないのに、傷を見て私のために心を痛める彼の優しさが嬉しくて、申し訳なくて、苦笑いを浮かべる。
「その時は痛かったですけど、今はもう大丈夫ですよ」
「ああ…でも、やっぱり未然に防げたら良かったと思うよ」
そう言った氷室さんは私の襟元に指を掛けて引き下げて、もう片方の手は私の肩を抱き寄せて、何の躊躇いもなく首元に顔を埋めた。頬に触れた彼の柔らかい髪がくすぐったいと感じた刹那、ちゅ、と首筋に温かいものが優しく触れて身体が震える。その触れる温もりが一体何なのかと考えたら、身体中の体温が顔に集まってくるような感覚がした。
「っ…ひ むろ、さん!」
「痛い?」
「え?いえ、痛くはない、です けど…、ん」
首元で話されると、首筋にかかる吐息が、頬をかすめる髪が、撫でるように触れる唇が、くすぐったくて 思わず鼻から抜けるような声が漏れた。
その恥ずかしさに自分の口元を手で覆うより先に、首筋から顔を上げた氷室さんの指先が私の唇に触れる。行動の意図が読めずに首を傾げれば、見上げた先の彼はどこか困ったように笑っていた。
「こんなことしてるオレが言えた事じゃないけど」
「…?」
「あんまり可愛い声を出さないで」
「か、わ…!?」
「止まらなくなりそうだ」
オレも男だしね、と クスクスと笑いながら言われた言葉に、ボンッと音を立てて全身の血液が沸騰したような感覚がした。余裕がないようなことを言う彼はどこまでも余裕綽々で、完全に敗北した気分になる。対照的に1人で狼狽る自分が恥ずかしくて、真っ赤になっているであろう顔を俯いて必死に隠そうとした。せめてもの目隠しにと顔の前に掲げた両腕は、容易く氷室さんに捕らえられる。
「七瀬、隠さないで。顔見せて」
「いやです、恥ずかしい…!」
「どうして?可愛いよ」
「っ…そういうの、ずるいです…!」
言い訳のしようがないほどに翻弄されているのが悔しくて、恥ずかしくて。だけど少し前に感じていた恐怖は、いつの間にか無くなっていた。
◇
チームメイト達には先に帰途についてもらっていることを伝えれば、せめて体育館の外までは送ると言ってくれた氷室さんと並んで通路を歩く。拭きれない悔しさに、うー…と小さく唸りながら、ようやく熱が引いてきた自分の頬に触れる私の横で、氷室さんはずっと楽しそうに笑っている。彼は意外とイジワルなのだと言うことを、私は今日はじめて知った。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか…」
「ごめんごめん、七瀬が可愛いくて」
「だ、だからそういう…!」
「七瀬!」
「え…?あ、大我」
相変わらず、本心なのか 揶揄われているだけなのか分からないようなことを言う氷室さんに文句を言おうとしたところで、不意に名前を呼ばれた。そちらを振り向けば、今まで待っていてくれたのだろうか、廊下の隅で壁にもたれるように蹲み込んでいた大我は 私の姿を見つけるとすぐに立ち上がり駆け寄ってくる。まさか待っていてくれる人がいるとも思っていなかった私は純粋な驚きを隠しきれずにまじまじと大我の顔を見つめた。
「大我、どうしたの?」
「待ってたんだよ。この時間に1人で帰らせるわけにもいかねーだろ」
「あ、ごめん…ありがとう」
先に帰ってと言ったことで、却って気を使わせてしまったようだ。お待たせしましたと頭を下げた私の髪を、大きな手が「気にするな」と わしゃわしゃと撫でる。その優しさに甘えた私が顔を上げたところで、つーか、と 一気に声のトーンを下げた大我が、半ば睨むような視線を氷室さんへと向けた。
「…なんでタツヤと一緒なんだよ」
「え、っと、それは…」
「野暮なこと聞くなよ。色々あったんだ…じゃあな七瀬、気を付けて」
「あ、はい。ありがとうございました」
「あとは頼んだぞ、タイガ」
「言われるまでもねぇよ」
バチバチと火花でも散らしているかのような雰囲気の2人にハラハラする私を気にもせず、氷室さんは穏やかな笑顔を浮かべて軽く手を振ってから 私たちに背を向けて歩き出す。その背中に向かって下げた頭を持ち上げてから、チラリと隣にいる大我を視線だけで見上げた。
「…大我」
「帰るぞ」
「あ、うん!」
それ以上は何も言わず、床に置いていたカバンを肩にかけて歩き始めた大我はきっと怒っている。ずんずんと歩いて行く彼に遅れないよう小走りで追いかけて隣に並び、さてどうしたものかと、そんなことを考えた。
「氷室さん?」
「…痛々しいな」
「え…?」
「綺麗な肌に、こんな…」
独り言のようにポツリと零れた綺麗という単語に、過剰な反応をしてしまった自覚はある。息が詰まり、顔に熱が集まる。けれど言われ慣れない単語なのだから、そういう反応になってしまったのも仕方ないだろうと自分を正当化した。
先ほどから彼が撫でているのは、そして彼が痛ましげに視線を向けていたのは、さっき敦に噛まれた箇所だろう。容赦無く歯を立てられたことと 私が感じた痛みを考えれば、多少の血が滲むぐらいの傷にはなっているのかもしれない。氷室さんは何も悪くないのに、傷を見て私のために心を痛める彼の優しさが嬉しくて、申し訳なくて、苦笑いを浮かべる。
「その時は痛かったですけど、今はもう大丈夫ですよ」
「ああ…でも、やっぱり未然に防げたら良かったと思うよ」
そう言った氷室さんは私の襟元に指を掛けて引き下げて、もう片方の手は私の肩を抱き寄せて、何の躊躇いもなく首元に顔を埋めた。頬に触れた彼の柔らかい髪がくすぐったいと感じた刹那、ちゅ、と首筋に温かいものが優しく触れて身体が震える。その触れる温もりが一体何なのかと考えたら、身体中の体温が顔に集まってくるような感覚がした。
「っ…ひ むろ、さん!」
「痛い?」
「え?いえ、痛くはない、です けど…、ん」
首元で話されると、首筋にかかる吐息が、頬をかすめる髪が、撫でるように触れる唇が、くすぐったくて 思わず鼻から抜けるような声が漏れた。
その恥ずかしさに自分の口元を手で覆うより先に、首筋から顔を上げた氷室さんの指先が私の唇に触れる。行動の意図が読めずに首を傾げれば、見上げた先の彼はどこか困ったように笑っていた。
「こんなことしてるオレが言えた事じゃないけど」
「…?」
「あんまり可愛い声を出さないで」
「か、わ…!?」
「止まらなくなりそうだ」
オレも男だしね、と クスクスと笑いながら言われた言葉に、ボンッと音を立てて全身の血液が沸騰したような感覚がした。余裕がないようなことを言う彼はどこまでも余裕綽々で、完全に敗北した気分になる。対照的に1人で狼狽る自分が恥ずかしくて、真っ赤になっているであろう顔を俯いて必死に隠そうとした。せめてもの目隠しにと顔の前に掲げた両腕は、容易く氷室さんに捕らえられる。
「七瀬、隠さないで。顔見せて」
「いやです、恥ずかしい…!」
「どうして?可愛いよ」
「っ…そういうの、ずるいです…!」
言い訳のしようがないほどに翻弄されているのが悔しくて、恥ずかしくて。だけど少し前に感じていた恐怖は、いつの間にか無くなっていた。
◇
チームメイト達には先に帰途についてもらっていることを伝えれば、せめて体育館の外までは送ると言ってくれた氷室さんと並んで通路を歩く。拭きれない悔しさに、うー…と小さく唸りながら、ようやく熱が引いてきた自分の頬に触れる私の横で、氷室さんはずっと楽しそうに笑っている。彼は意外とイジワルなのだと言うことを、私は今日はじめて知った。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか…」
「ごめんごめん、七瀬が可愛いくて」
「だ、だからそういう…!」
「七瀬!」
「え…?あ、大我」
相変わらず、本心なのか 揶揄われているだけなのか分からないようなことを言う氷室さんに文句を言おうとしたところで、不意に名前を呼ばれた。そちらを振り向けば、今まで待っていてくれたのだろうか、廊下の隅で壁にもたれるように蹲み込んでいた大我は 私の姿を見つけるとすぐに立ち上がり駆け寄ってくる。まさか待っていてくれる人がいるとも思っていなかった私は純粋な驚きを隠しきれずにまじまじと大我の顔を見つめた。
「大我、どうしたの?」
「待ってたんだよ。この時間に1人で帰らせるわけにもいかねーだろ」
「あ、ごめん…ありがとう」
先に帰ってと言ったことで、却って気を使わせてしまったようだ。お待たせしましたと頭を下げた私の髪を、大きな手が「気にするな」と わしゃわしゃと撫でる。その優しさに甘えた私が顔を上げたところで、つーか、と 一気に声のトーンを下げた大我が、半ば睨むような視線を氷室さんへと向けた。
「…なんでタツヤと一緒なんだよ」
「え、っと、それは…」
「野暮なこと聞くなよ。色々あったんだ…じゃあな七瀬、気を付けて」
「あ、はい。ありがとうございました」
「あとは頼んだぞ、タイガ」
「言われるまでもねぇよ」
バチバチと火花でも散らしているかのような雰囲気の2人にハラハラする私を気にもせず、氷室さんは穏やかな笑顔を浮かべて軽く手を振ってから 私たちに背を向けて歩き出す。その背中に向かって下げた頭を持ち上げてから、チラリと隣にいる大我を視線だけで見上げた。
「…大我」
「帰るぞ」
「あ、うん!」
それ以上は何も言わず、床に置いていたカバンを肩にかけて歩き始めた大我はきっと怒っている。ずんずんと歩いて行く彼に遅れないよう小走りで追いかけて隣に並び、さてどうしたものかと、そんなことを考えた。