ゼラニウムに捧ぐ
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無人の控え室で、長椅子の上に組み敷かれたまま見上げた先の敦の仕草を獣のようだと感じた直後には 噛み付くように口を塞がれた。貪るように喰らわれながら、空いている彼の手が服の裾から内側に入り込み、素肌を直に触れられ身体が跳ねる。腹部に触れた手が撫でるように脇腹へと動き、逃げようと身を捩ってみるけれど、覆い被さられ両腕を拘束されている私の抵抗など あって無いようなものなのだろう。捻じ込まれた舌に呼吸さえままならず、これが私たちの力関係なのだと思い知る。
「っ、ぁ…」
敦と 彼の名を呼び制止の声を上げることさえ許されない。脇腹から背中に回った敦の手が背骨を伝うように登っていく。ゾクゾクと駆け上がる何かを耐えるようにギュッときつく目を閉じたけれど、背中を撫でるその手が何を目指しているのか分かってしまった気がして、一気に血の気が引くのを感じた。
押さえ込まれ、口を塞がれ、それでも これ以上はダメだ。声にならない声を上げて、身を捩り足をバタつかせ、できる限りの全力で暴れて抵抗する。おねがい敦、止まって。
「おい敦、そろそろ……」
心の奥で叫ぶように願った瞬間、ガチャリと音を立てて控え室の扉が開き、私も聞き知っている落ち着いた声が聞こえた。その声が耳に届くと同時に 敦の機嫌は地の底よりも深くまで急降下したのが分かる。覆いかぶさっていた私から離れ、扉の方を振り返る敦は殺気とでも呼べそうなほどの雰囲気を纏っていた。
「……何をしている?」
けれどそんな敦に怯むこともなく、控え室に入ってきた彼――氷室さんは数段低い声を発する。明らかな怒気が含まれたその声に、敦は心底 面倒臭そうに溜息を吐きながら立ち上がった。私の上から敦が退いたことで自由が戻り、私はすぐに起き上がって服の裾を整え、そして自分の身体を抱きしめるように両腕に触れる。
「あーもー空気読んでよね、室ちん」
「おい、敦!」
「もういい、萎えた」
気怠げに歩き始めた敦は氷室さんの横をすり抜け、彼の制止も聞かずに それだけ言い残して控室から出て行ってしまう。それを確認した私の口からは無意識のうちにホッと息が漏れ、随分と久しぶりに酸素を吸い込んだような気がした。
「七瀬」
「!」
先ほどの低い声とは違う、穏やかで優しい氷室さんの声で名前を呼ばれて肩が跳ねる。どこか遠慮がちにゆっくりとこちらに近付く氷室さんの姿を見ると、今までとは違った緊張に心臓が締め付けられるような感覚がした。
誰かに見せたいものではないシーンを見られてしまったと恥じるべきか、お陰で助かったと感謝すべきかも分からない私は まだ動転しているのかもしれない。
「す、すみません、お邪魔しました…!」
「待って」
逃げるように控え室から出ようとした私が彼の横を通り過ぎた瞬間、腕を掴まれて引き止められる。反射的に振り返り見上げた氷室さんは、困ったような、戸惑ったような、そんな表情をしていた。
「あ、の…」
「あー…大丈夫、って聞くのは違うよな」
彼のことをよく知っているわけではないけれど、それでも“彼らしくない”と思うような煮え切らない様子に思考を巡らせる。苦々しく眉を寄せて逸らされた視線に、あぁ彼は私の心配をしてくれているのだと理解が及んだ。心配してくれた上で、私を傷付けないように言葉を選んでくれているのだと。
「私なら大丈夫です」
「…七瀬?」
「敦に噛まれるのは初めてじゃないですし」
「七瀬」
誤魔化すように、或いは自分に言い聞かせるように。へらりと笑って言葉を紡ぐ途中で 語気を強めるように呼ばれた自分の名前に、ハッとして顔を上げる。傷付いたような表情をしていたのは彼の方で、ギュッと胸が締め付けられるような気がした。
「無理しなくていい。女の子が男に押さえ込まれて、怖くないわけがないだろう」
「……!」
そうか、私は怖かったのだ。抗いようのない力の差が、なす術のない無力な自分が。そう自分で認識した瞬間、全身が恐怖に支配されたような感覚がした。今さら、なのに。耐えるように 俯いてギュッと唇を噛みしめた時、こちらに手が伸ばされたのが分かってビクリと過剰に肩が跳ねた。触れると思ったその手は私の頬に触れる寸前で止められていて、伺うようにそろそろと視線を上げる。
「…男 に触られるのも、怖いよな」
「!いえ、怖くないです!…氷室さんは、怖くない」
少し寂しそうな表情をしていたように思えた彼に返した言葉は、紛れもなく本心だ。氷室さんは、怖くない。だって彼は、いつだって私に優しかった。
真っ直ぐに彼の目を見て答えた私に 氷室さんは一瞬だけ驚いたように目を見開いて、それから柔らかく笑う。寸のところで止まっていた手が、今度こそ私の肌に触れた。撫でるように頬を滑った大きな手が、そのまま私の後頭部を引き寄せる。驚きに声も出せず 気が付いた時には私の体は氷室さんの胸に飛び込んでいて、抱き寄せられたのだと理解した。それとほぼ同時に、腰に回された腕にギュッと僅かに力が込もる。
この状況を恥ずかしいと思う気持ちよりも、抱き締められているはずなのに どこか涼やかな彼の体温が心地良くて、私は委ねるように目を閉じた。
「っ、ぁ…」
敦と 彼の名を呼び制止の声を上げることさえ許されない。脇腹から背中に回った敦の手が背骨を伝うように登っていく。ゾクゾクと駆け上がる何かを耐えるようにギュッときつく目を閉じたけれど、背中を撫でるその手が何を目指しているのか分かってしまった気がして、一気に血の気が引くのを感じた。
押さえ込まれ、口を塞がれ、それでも これ以上はダメだ。声にならない声を上げて、身を捩り足をバタつかせ、できる限りの全力で暴れて抵抗する。おねがい敦、止まって。
「おい敦、そろそろ……」
心の奥で叫ぶように願った瞬間、ガチャリと音を立てて控え室の扉が開き、私も聞き知っている落ち着いた声が聞こえた。その声が耳に届くと同時に 敦の機嫌は地の底よりも深くまで急降下したのが分かる。覆いかぶさっていた私から離れ、扉の方を振り返る敦は殺気とでも呼べそうなほどの雰囲気を纏っていた。
「……何をしている?」
けれどそんな敦に怯むこともなく、控え室に入ってきた彼――氷室さんは数段低い声を発する。明らかな怒気が含まれたその声に、敦は心底 面倒臭そうに溜息を吐きながら立ち上がった。私の上から敦が退いたことで自由が戻り、私はすぐに起き上がって服の裾を整え、そして自分の身体を抱きしめるように両腕に触れる。
「あーもー空気読んでよね、室ちん」
「おい、敦!」
「もういい、萎えた」
気怠げに歩き始めた敦は氷室さんの横をすり抜け、彼の制止も聞かずに それだけ言い残して控室から出て行ってしまう。それを確認した私の口からは無意識のうちにホッと息が漏れ、随分と久しぶりに酸素を吸い込んだような気がした。
「七瀬」
「!」
先ほどの低い声とは違う、穏やかで優しい氷室さんの声で名前を呼ばれて肩が跳ねる。どこか遠慮がちにゆっくりとこちらに近付く氷室さんの姿を見ると、今までとは違った緊張に心臓が締め付けられるような感覚がした。
誰かに見せたいものではないシーンを見られてしまったと恥じるべきか、お陰で助かったと感謝すべきかも分からない私は まだ動転しているのかもしれない。
「す、すみません、お邪魔しました…!」
「待って」
逃げるように控え室から出ようとした私が彼の横を通り過ぎた瞬間、腕を掴まれて引き止められる。反射的に振り返り見上げた氷室さんは、困ったような、戸惑ったような、そんな表情をしていた。
「あ、の…」
「あー…大丈夫、って聞くのは違うよな」
彼のことをよく知っているわけではないけれど、それでも“彼らしくない”と思うような煮え切らない様子に思考を巡らせる。苦々しく眉を寄せて逸らされた視線に、あぁ彼は私の心配をしてくれているのだと理解が及んだ。心配してくれた上で、私を傷付けないように言葉を選んでくれているのだと。
「私なら大丈夫です」
「…七瀬?」
「敦に噛まれるのは初めてじゃないですし」
「七瀬」
誤魔化すように、或いは自分に言い聞かせるように。へらりと笑って言葉を紡ぐ途中で 語気を強めるように呼ばれた自分の名前に、ハッとして顔を上げる。傷付いたような表情をしていたのは彼の方で、ギュッと胸が締め付けられるような気がした。
「無理しなくていい。女の子が男に押さえ込まれて、怖くないわけがないだろう」
「……!」
そうか、私は怖かったのだ。抗いようのない力の差が、なす術のない無力な自分が。そう自分で認識した瞬間、全身が恐怖に支配されたような感覚がした。今さら、なのに。耐えるように 俯いてギュッと唇を噛みしめた時、こちらに手が伸ばされたのが分かってビクリと過剰に肩が跳ねた。触れると思ったその手は私の頬に触れる寸前で止められていて、伺うようにそろそろと視線を上げる。
「…
「!いえ、怖くないです!…氷室さんは、怖くない」
少し寂しそうな表情をしていたように思えた彼に返した言葉は、紛れもなく本心だ。氷室さんは、怖くない。だって彼は、いつだって私に優しかった。
真っ直ぐに彼の目を見て答えた私に 氷室さんは一瞬だけ驚いたように目を見開いて、それから柔らかく笑う。寸のところで止まっていた手が、今度こそ私の肌に触れた。撫でるように頬を滑った大きな手が、そのまま私の後頭部を引き寄せる。驚きに声も出せず 気が付いた時には私の体は氷室さんの胸に飛び込んでいて、抱き寄せられたのだと理解した。それとほぼ同時に、腰に回された腕にギュッと僅かに力が込もる。
この状況を恥ずかしいと思う気持ちよりも、抱き締められているはずなのに どこか涼やかな彼の体温が心地良くて、私は委ねるように目を閉じた。