ゼラニウムに捧ぐ
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場所は海常高校――初めて訪れたその学校は、敷地の広さも設備の充実度も誠凛とは段違いだった。「やっぱ運動部に力入れてるトコは違うねー」日向さんのそんな言葉に倣うように 私の口からも思わず感嘆の息が漏れ、見回すように視線を動かす。そしてそのまま ちらりと隣の人物に視線を移せば、見事に充血した目と、その目元に分かりやすいクマが存在していた。
「火神君、いつにも増して悪いです、目つき…」
「ね、その目どうしたの」
「るせー。ちょっとテンション上がりすぎて寝れなかっただけだ」
「…遠足前の小学生ですか」
「ふふっ、ほんと子供みたい」
火神の向こう側にいるテツ君の言葉の乗っかれば、触れられたくなかったのか不機嫌そうな声ではあったけれど、何とも可愛らしい理由が返ってきた。いつだって火神はバスケが好きだと全身で叫んでいる。彼は一体どれほど今日の練習試合を楽しみにしていたのだろう。想像すると微笑ましくて温かい気持ちになって、思わず小さく笑ってしまった。
すると視線を感じてそちらに目を向ければ、ジッと私を見ていた火神と視線が交わる。
「…?どうかした?」
「いや…佐倉がそういう風に笑うの珍しいなと思ってよ」
「え…」
その言葉にドキッとした。決して私は笑わないわけではないし、テツ君みたいにポーカーフェイスなわけでもない。それなりに感情が表情に出るタイプだと思うし、人並みには笑っている……“つもり”に過ぎないのだろうか。そう言われれば、自然に思わず漏れた笑みというのは久しぶりだったのかもしれない。自分のことなのに不確かで、私は未だに女々しくも立ち止まったままなのだと火神に見透かされたような気がして怖くなる。
「どもっス、今日は皆さんよろしくっス」
その時、そんな声と共に涼太が姿を見せた。彼の登場に火神を含めた誠凛メンバーの意識は完全に涼太に向けられて、火神の言葉に何と返せばいいのか困っていた私は、その事実に心底安堵する。広い校内の案内役だと言った涼太はまず、先日の公開スカウトでテツ君にフラれたことを嘆いていた。
「女の子にもフラれたことないんスよ~?」
「…サラッとイヤミ言うのやめてもらえますか」
「つーかお前、佐倉にフラれてんだろ」
「七瀬っちは攻略中なだけで、フラれてないし フラれる予定もないっス」
ね!と こちらを向いて屈託なく笑う涼太に 苦笑いを漏らす。そう言われても、私は何と返せばいいのだろう。「お前、あんなヤツさっさとフッちまえよ」苦々しい表情で火神がポツリと漏らした言葉に、肩を竦めて困惑の意思を伝える。
「告白されたわけでもないのに?」
「あれはもう存在が告ってるだろーが」
「きっと、あの素直さが涼太の良いところだよ」
「……なに、アイツ脈アリなのかよ?」
「さぁね」
顔を顰めて怪訝そうにした火神に、いたずらっぽく笑ってはぐらかす。それから少し先を行く案内役の涼太に続こうとしたところで、急に彼がくるりと振り返った。かと思えば、ずんずんとこちらに詰め寄って来る。それから邪魔だとでも言いたげに火神の肩を押し退けた涼太は、私と火神の間に割って入った。
「オレの前で七瀬っちと内緒話なんていい度胸っスね…!」
「…だからお前は別に彼氏でも何でもねーんだろ」
小声で話していた私と火神の会話は 少し離れていた涼太に内容は聞こえていなかったらしく、それが逆に話をややこしくしたようで頭を抱えたくなった。火神も性格的に、事実との相違が有ろうと無かろうと、こうケンカ腰に来られると迎え撃つのだろう。
火花を散らすように睨み合う二人にため息を一つ吐いて、火神の向こう側にいるテツ君に助けを求めるように視線を向けると、小さく首を左右に振って肩を竦められる。僕の手には負えません。そう言われてるのが分かった。
「……涼太、体育館どこ?」
「あ、そうっスね、案内します」
涼太からの宣戦布告に受けて立つ火神。そんな二人の応酬がひと段落した頃合いに口を挟めば、涼太は思い出したように足を進めた。試合前にドッと疲れたのは私だけであってほしい。そんなことを考えながら 涼太の後に続いた。
◇
98対98、試合時間は残り1秒。火神が腕を振り下ろせば、ブザービーターでボールがリングを潜る。それはすなわち、誠凛の勝利の瞬間。歓声と共に沸き上がる誠凛メンバーのその向こうで、涼太の目から涙が零れたのが分かった。たかが練習試合に、たかが一度負けただけ。それでも涙を流した彼の姿に安心したのは、私だけではなくてテツ君も同じだと思う。ああ、涼太はきっともう大丈夫だ。
試合終了の挨拶の後、帰り支度に取り掛かる。選手が着替えをしている間に、私はドリンクの後始末ため、ボトル数本を抱えて体育館の外にある手洗い場に赴いていた。残っている中身を捨てて軽く水で濯ぐだけの単純な作業なので、そう時間はかからない。
これでよし。最後の一本を洗い終え、蛇口をひねって水を止めたと同時に、背後で足音が聞こえた。
「まさかお前に会うとは思ってもいなかったのだよ」
覚えのある声が耳に届き、勢いよく振り返る。見上げるほどの長身、特徴的な髪色、全てを見透かすような眼と、丁寧にテーピングが巻かれた指。知らないわけがない、分からないわけがない。だって彼はかつてのチームメイトで、私の――…
「久しぶりだな、佐倉」
「み、どりま くん……」
私の口からこぼれた声は掠れていて、音として成り立っていたのかさえ疑わしかった。
「火神君、いつにも増して悪いです、目つき…」
「ね、その目どうしたの」
「るせー。ちょっとテンション上がりすぎて寝れなかっただけだ」
「…遠足前の小学生ですか」
「ふふっ、ほんと子供みたい」
火神の向こう側にいるテツ君の言葉の乗っかれば、触れられたくなかったのか不機嫌そうな声ではあったけれど、何とも可愛らしい理由が返ってきた。いつだって火神はバスケが好きだと全身で叫んでいる。彼は一体どれほど今日の練習試合を楽しみにしていたのだろう。想像すると微笑ましくて温かい気持ちになって、思わず小さく笑ってしまった。
すると視線を感じてそちらに目を向ければ、ジッと私を見ていた火神と視線が交わる。
「…?どうかした?」
「いや…佐倉がそういう風に笑うの珍しいなと思ってよ」
「え…」
その言葉にドキッとした。決して私は笑わないわけではないし、テツ君みたいにポーカーフェイスなわけでもない。それなりに感情が表情に出るタイプだと思うし、人並みには笑っている……“つもり”に過ぎないのだろうか。そう言われれば、自然に思わず漏れた笑みというのは久しぶりだったのかもしれない。自分のことなのに不確かで、私は未だに女々しくも立ち止まったままなのだと火神に見透かされたような気がして怖くなる。
「どもっス、今日は皆さんよろしくっス」
その時、そんな声と共に涼太が姿を見せた。彼の登場に火神を含めた誠凛メンバーの意識は完全に涼太に向けられて、火神の言葉に何と返せばいいのか困っていた私は、その事実に心底安堵する。広い校内の案内役だと言った涼太はまず、先日の公開スカウトでテツ君にフラれたことを嘆いていた。
「女の子にもフラれたことないんスよ~?」
「…サラッとイヤミ言うのやめてもらえますか」
「つーかお前、佐倉にフラれてんだろ」
「七瀬っちは攻略中なだけで、フラれてないし フラれる予定もないっス」
ね!と こちらを向いて屈託なく笑う涼太に 苦笑いを漏らす。そう言われても、私は何と返せばいいのだろう。「お前、あんなヤツさっさとフッちまえよ」苦々しい表情で火神がポツリと漏らした言葉に、肩を竦めて困惑の意思を伝える。
「告白されたわけでもないのに?」
「あれはもう存在が告ってるだろーが」
「きっと、あの素直さが涼太の良いところだよ」
「……なに、アイツ脈アリなのかよ?」
「さぁね」
顔を顰めて怪訝そうにした火神に、いたずらっぽく笑ってはぐらかす。それから少し先を行く案内役の涼太に続こうとしたところで、急に彼がくるりと振り返った。かと思えば、ずんずんとこちらに詰め寄って来る。それから邪魔だとでも言いたげに火神の肩を押し退けた涼太は、私と火神の間に割って入った。
「オレの前で七瀬っちと内緒話なんていい度胸っスね…!」
「…だからお前は別に彼氏でも何でもねーんだろ」
小声で話していた私と火神の会話は 少し離れていた涼太に内容は聞こえていなかったらしく、それが逆に話をややこしくしたようで頭を抱えたくなった。火神も性格的に、事実との相違が有ろうと無かろうと、こうケンカ腰に来られると迎え撃つのだろう。
火花を散らすように睨み合う二人にため息を一つ吐いて、火神の向こう側にいるテツ君に助けを求めるように視線を向けると、小さく首を左右に振って肩を竦められる。僕の手には負えません。そう言われてるのが分かった。
「……涼太、体育館どこ?」
「あ、そうっスね、案内します」
涼太からの宣戦布告に受けて立つ火神。そんな二人の応酬がひと段落した頃合いに口を挟めば、涼太は思い出したように足を進めた。試合前にドッと疲れたのは私だけであってほしい。そんなことを考えながら 涼太の後に続いた。
◇
98対98、試合時間は残り1秒。火神が腕を振り下ろせば、ブザービーターでボールがリングを潜る。それはすなわち、誠凛の勝利の瞬間。歓声と共に沸き上がる誠凛メンバーのその向こうで、涼太の目から涙が零れたのが分かった。たかが練習試合に、たかが一度負けただけ。それでも涙を流した彼の姿に安心したのは、私だけではなくてテツ君も同じだと思う。ああ、涼太はきっともう大丈夫だ。
試合終了の挨拶の後、帰り支度に取り掛かる。選手が着替えをしている間に、私はドリンクの後始末ため、ボトル数本を抱えて体育館の外にある手洗い場に赴いていた。残っている中身を捨てて軽く水で濯ぐだけの単純な作業なので、そう時間はかからない。
これでよし。最後の一本を洗い終え、蛇口をひねって水を止めたと同時に、背後で足音が聞こえた。
「まさかお前に会うとは思ってもいなかったのだよ」
覚えのある声が耳に届き、勢いよく振り返る。見上げるほどの長身、特徴的な髪色、全てを見透かすような眼と、丁寧にテーピングが巻かれた指。知らないわけがない、分からないわけがない。だって彼はかつてのチームメイトで、私の――…
「久しぶりだな、佐倉」
「み、どりま くん……」
私の口からこぼれた声は掠れていて、音として成り立っていたのかさえ疑わしかった。