ゼラニウムに捧ぐ
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ウォーミングアップを含めた試合準備をする選手たちの代わりに、1人 観覧席で試合を見ていた。全国大会なのだから当然ではあるけれど、たとえ“キセキの世代”がいないチームでもさすがにレベルが高い。簡単に勝てる相手なんて、この中には1チームとしてないのだと そんな事を改めて痛感した。
そろそろチームに合流しようと廊下を歩きながら、これから対戦する中宮南のことを考える。先発メンバー、試合展開、相手への対策……リコさんは どう考えているのだろう。
「七瀬」
周りの景色さえ視界に入らないほど思考に没頭していたはずの脳に、なんの抵抗もなく入ってくる声。それが当然であるかのように私は思考を中断し、足を止めて振り返った。その先にいたのは、先輩であるはずの選手を引き連れた 想像通りの彼。
「赤司くん」
その人の名前を呼べば、赤司くんは私の前で足を止めた。何か会話を、と 焦りにも似た心情を抱いたところで 赤司くんの後ろからヒョッコリと長身の選手が私の目の前に躍り出た。見上げた先のその顔を、私は一方的に知っている。実渕玲央――木吉さんと同じく“無冠の五将”と呼ばれる彼は、洛山高校バスケ部の副主将でもあったはず。女としての自信をなくしてしまいそうなほど綺麗な顔立ちをしたその人にまじまじと見つめられ、何だか居た堪れなくなってきた。
「あなたが七瀬ちゃん?」
「へっ…?あ、はい、佐倉 七瀬です…」
「征ちゃんから聞いてずっと会いたかったのよ!思ってたより可愛いー♡」
想像していたものとは掛け離れた柔らかい口調に面食らいながら 何とか平常心で答えた直後、実渕さんは満面の笑みで私に抱きつき、私の身体をぎゅうぎゅうと抱きしめる。その体勢で言われた可愛いという言葉はきっとそのままの意味ではなくて、色気が足りないとか そういう意味だろうと何となく分かったけれど、その事にショックを受ける余裕なんて今の私にはなかった。初対面の男の人に抱きしめられているこの状況に理解が追いつかない。いや、そもそも男性…という解釈でいいのだろうか、それさえもあやふやだ。
あ、とか え、とか 言葉にならない声を漏らすことしか出来ない私を見兼ねたのか、苦笑いのような表情を浮かべた赤司くんが ふっと息を吐いた。
「玲央やめろ。七瀬が困っている」
「あらやだ、ごめんなさいね七瀬ちゃん」
「え、あ、いえ…」
大丈夫です、とぎこちなく答える私の頭を実渕さんが優しく撫でてくれた。それから「じゃあまたね、七瀬ちゃん」という言葉を残して私とすれ違うように歩き始める実渕さんに続くように、洛山の選手たちが止めていた足を動かし始める。それは赤司くんもまた、例外ではなくて。
どうして、私を呼び止めたのは赤司くんのはずなのに、まだ大した会話もしていないのに行ってしまうつもりなのだろうか。ああ、でも私だってもし廊下で知り合いを見つけたら 用事がなくても声をかけて顔を合わせて挨拶だけはする、なんていうこともあるかもしれない。そういう事だろうか。
1秒にも満たない間に目まぐるしく思考はめぐり、数歩ほどあった赤司くんとの距離はあっという間になくなっていた。
「 」
「―――っ!」
すれ違い樣に耳元で囁かれた言葉に、思わず赤司くんの腕を掴んでいた。だって、その言葉は。こちらを振り向いた赤司くんは私の顔を見て、なんていう顔をしているんだ、と そう言って笑った。ねえ、私は今どんな顔してるの。私がどんな顔をしていれば、あなたはそんな風に優しく笑うの。
言いたいことも言葉にならず、ただぎゅっと唇を結んで赤司くんの顔を見上げる私の前髪を 彼の手がくしゃりと掻き上げるように撫でた。
「すまない、先に行っておいてくれないか。少し七瀬と話がしたい」
先を歩み始めたチームメイト達に赤司くんがそう声をかければ、実渕さんから簡単に了承の返事が返される。それを聞いた彼は私の腕をとって歩き始める。どこに行くの、なんて 問う必要はない。あれほど赤司くんに腹を立てていたはずなのに、そんな事はもうどうだってよくなっていた。私の腕を引く赤司くんの手は あの頃から何も変わっていなくて、彼について行く以外の選択肢はなくて、その行き先がどこであるかなんて 大した問題ではないのだ。
手を引かれてやって来たのは人気のない場所で、足を止めた赤司くんがこちらへと向き直る。私はその胸元に詰め寄るように 彼の目を覗き込んだ。
「赤司くん、なの…?」
「残念だけど、僕は僕だ」
少し困ったように笑った赤司くんの手が私の頰を撫でて、それから彼の顔が近付いて来て 視界いっぱいに広がった。一瞬 状況を理解できないでいたけれど、唇を甘く食まれるような感触に キスしているのだと急速に理解が回る。その瞬間、赤司くんの胸元を押して距離を取り、バクバクと暴れる心臓を誤魔化すように 視線を逸らして顔を伏せた。
「ま、待って赤司くん!赤司くんらしくないよ、どうしたの」
「この前は七瀬が不満そうだったからね」
「不満って……人前であんな事されたら誰だって」
「それなら、今ここでなら問題ないだろう?」
グッと強く腰を抱き寄せられ、彼の綺麗な指が私の顎を掬う。唇同士が触れ合いそうなほど近付いた距離で、赤司くんがグッと息を飲んだのが分かった。私が何かを問うより先に口を開いたのは彼の方で、それは あまり赤司くんらしくもない悩ましげな声だった気がする。
「七瀬の声が もっと聞きたい」
「…、っ」
赤司くん、と 彼の名を呼ぶことさえ許されない。声が聞きたいと言いながら私の口を塞ぐ矛盾に、彼の声が、視線が、抱き寄せる腕が、触れる唇が孕む熱に 溺れるように沈んでいった。
そろそろチームに合流しようと廊下を歩きながら、これから対戦する中宮南のことを考える。先発メンバー、試合展開、相手への対策……リコさんは どう考えているのだろう。
「七瀬」
周りの景色さえ視界に入らないほど思考に没頭していたはずの脳に、なんの抵抗もなく入ってくる声。それが当然であるかのように私は思考を中断し、足を止めて振り返った。その先にいたのは、先輩であるはずの選手を引き連れた 想像通りの彼。
「赤司くん」
その人の名前を呼べば、赤司くんは私の前で足を止めた。何か会話を、と 焦りにも似た心情を抱いたところで 赤司くんの後ろからヒョッコリと長身の選手が私の目の前に躍り出た。見上げた先のその顔を、私は一方的に知っている。実渕玲央――木吉さんと同じく“無冠の五将”と呼ばれる彼は、洛山高校バスケ部の副主将でもあったはず。女としての自信をなくしてしまいそうなほど綺麗な顔立ちをしたその人にまじまじと見つめられ、何だか居た堪れなくなってきた。
「あなたが七瀬ちゃん?」
「へっ…?あ、はい、佐倉 七瀬です…」
「征ちゃんから聞いてずっと会いたかったのよ!思ってたより可愛いー♡」
想像していたものとは掛け離れた柔らかい口調に面食らいながら 何とか平常心で答えた直後、実渕さんは満面の笑みで私に抱きつき、私の身体をぎゅうぎゅうと抱きしめる。その体勢で言われた可愛いという言葉はきっとそのままの意味ではなくて、色気が足りないとか そういう意味だろうと何となく分かったけれど、その事にショックを受ける余裕なんて今の私にはなかった。初対面の男の人に抱きしめられているこの状況に理解が追いつかない。いや、そもそも男性…という解釈でいいのだろうか、それさえもあやふやだ。
あ、とか え、とか 言葉にならない声を漏らすことしか出来ない私を見兼ねたのか、苦笑いのような表情を浮かべた赤司くんが ふっと息を吐いた。
「玲央やめろ。七瀬が困っている」
「あらやだ、ごめんなさいね七瀬ちゃん」
「え、あ、いえ…」
大丈夫です、とぎこちなく答える私の頭を実渕さんが優しく撫でてくれた。それから「じゃあまたね、七瀬ちゃん」という言葉を残して私とすれ違うように歩き始める実渕さんに続くように、洛山の選手たちが止めていた足を動かし始める。それは赤司くんもまた、例外ではなくて。
どうして、私を呼び止めたのは赤司くんのはずなのに、まだ大した会話もしていないのに行ってしまうつもりなのだろうか。ああ、でも私だってもし廊下で知り合いを見つけたら 用事がなくても声をかけて顔を合わせて挨拶だけはする、なんていうこともあるかもしれない。そういう事だろうか。
1秒にも満たない間に目まぐるしく思考はめぐり、数歩ほどあった赤司くんとの距離はあっという間になくなっていた。
「 」
「―――っ!」
すれ違い樣に耳元で囁かれた言葉に、思わず赤司くんの腕を掴んでいた。だって、その言葉は。こちらを振り向いた赤司くんは私の顔を見て、なんていう顔をしているんだ、と そう言って笑った。ねえ、私は今どんな顔してるの。私がどんな顔をしていれば、あなたはそんな風に優しく笑うの。
言いたいことも言葉にならず、ただぎゅっと唇を結んで赤司くんの顔を見上げる私の前髪を 彼の手がくしゃりと掻き上げるように撫でた。
「すまない、先に行っておいてくれないか。少し七瀬と話がしたい」
先を歩み始めたチームメイト達に赤司くんがそう声をかければ、実渕さんから簡単に了承の返事が返される。それを聞いた彼は私の腕をとって歩き始める。どこに行くの、なんて 問う必要はない。あれほど赤司くんに腹を立てていたはずなのに、そんな事はもうどうだってよくなっていた。私の腕を引く赤司くんの手は あの頃から何も変わっていなくて、彼について行く以外の選択肢はなくて、その行き先がどこであるかなんて 大した問題ではないのだ。
手を引かれてやって来たのは人気のない場所で、足を止めた赤司くんがこちらへと向き直る。私はその胸元に詰め寄るように 彼の目を覗き込んだ。
「赤司くん、なの…?」
「残念だけど、僕は僕だ」
少し困ったように笑った赤司くんの手が私の頰を撫でて、それから彼の顔が近付いて来て 視界いっぱいに広がった。一瞬 状況を理解できないでいたけれど、唇を甘く食まれるような感触に キスしているのだと急速に理解が回る。その瞬間、赤司くんの胸元を押して距離を取り、バクバクと暴れる心臓を誤魔化すように 視線を逸らして顔を伏せた。
「ま、待って赤司くん!赤司くんらしくないよ、どうしたの」
「この前は七瀬が不満そうだったからね」
「不満って……人前であんな事されたら誰だって」
「それなら、今ここでなら問題ないだろう?」
グッと強く腰を抱き寄せられ、彼の綺麗な指が私の顎を掬う。唇同士が触れ合いそうなほど近付いた距離で、赤司くんがグッと息を飲んだのが分かった。私が何かを問うより先に口を開いたのは彼の方で、それは あまり赤司くんらしくもない悩ましげな声だった気がする。
「七瀬の声が もっと聞きたい」
「…、っ」
赤司くん、と 彼の名を呼ぶことさえ許されない。声が聞きたいと言いながら私の口を塞ぐ矛盾に、彼の声が、視線が、抱き寄せる腕が、触れる唇が孕む熱に 溺れるように沈んでいった。