ゼラニウムに捧ぐ
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翌日、注目チームの観戦を終えて帰途につくその前に、チームを離れる許可をリコさんにもらった私は 1人で通路を歩いていた。選手控室へと続く廊下を前に足を止め、ジッとその先を見つめる。今日は試合がなかった私は“関係者”ではなくて、今日の私は「関係者以外立ち入り禁止」のこの先へは進めない。深く考えずにここまで来たけれど、これからどうしよう。そんなことを考えていると、控室の一つからオレンジ色のジャージを纏う選手たちが出てくるのが見えた。あ、と小さな声が漏れた瞬間、私の声が聞こえたわけではないはずなのに、ふと顔を上げたその中の1人――高尾くんと目が合った。
「あっれー、七瀬ちゃん!どうしたの?」
私に気付いてくれた彼は笑顔で、だけど高尾くんに釣られるようにこちらを振り向いた真ちゃんは分かりやすく顔を顰めて 少し胸が痛んだ。けれど高尾くんは そんな真ちゃんを気にもとめず、彼の腕を引いて道連れに こちらへと歩み寄って来てくれた。
「七瀬ちゃん来てたんだね」
「お疲れさま。試合見てたよ、おめでとう」
「ありがと。七瀬ちゃんが見てたならもっと頑張れば良かったなー」
「……それで、お前は何か用なのか」
「あ…うん、あの…少しだけ、真ちゃんをお借りしてもいいですか?」
面と向かって要件を問われると怖気付いて俯いてしまいたくなるけれど、おずおずと 窺うように視線だけを持ち上げて、ここまで来た目的を口にする。真ちゃんと少し話がしたい。私のその意図はしっかりと伝わったようだけど、余程意外だったのか 2人とも目を見開いて固まってしまう。「…あの、」返答がない事を不安に思って声をかければ、金縛りが解けたように反応してくれたのは高尾くんだった。
「ああ、もちろん!どうぞごゆっくり~。必要があればお持ち帰りでも」
「高尾!」
「ごめんね、ありがとう。ちょっとだけだから」
「先輩らには適当に言っとくよ」
「勝手に決めるな。誰も付き合うとは言っ…、!」
眼鏡を押し上げながら顔を顰めて、どう見ても不満そうな真ちゃんの口から紡がれるのは きっと拒否の言葉だろう。それを察した私はほとんど無意識のうちに、言葉の途中で彼のジャージの袖をぎゅっと握っていた。
「すこしだけ、で いいから」
「………場所を変える」
諦めたように、だけど一つも納得していないように溜息を吐いてから大股で歩き始めた真ちゃんの背中を、高尾くんにもう一度お礼を言ってから小走りで追いかけた。
◇
廊下を進んで扉を押し開け外に出た真ちゃんに続けば、そこには誰の姿も見えなかった。久しぶりに冷たい外気に触れた身体が ぶるりと小さく震える。足を止めて振り返った真ちゃんが、真っ直ぐに私を見据えた。
「それで、オレに何の用だ」
「あ、あのね、ちょっと相談というか…」
「―――赤司か」
「…え?」
思わず漏れたなんとも間抜けなその声は、心の底からのものだ。私は、まだ何も言っていない。今日はまだ真ちゃんと大した会話だってしていないのに、彼の言葉には絶対的な確信が滲んでいた。
「昨日の赤司の行動について、と言ったところだろう」
「ど、うして…」
「それをオレに聞いてどうする?」
「…?」
「赤司は間違いなく佐倉を大切に思っている、とでも言えば満足か」
「ちが…!」
「気に食わないのだよ」
私に詰め寄った真ちゃんの両手が壁に触れて、その間に閉じ込められる。私を見下ろす視線は変わらず真っ直ぐで、だけど先ほどまでとは決定的に違っているのは、その瞳に怒りが孕まれているということ。
「オレが赤司と同じことをすれば、お前は今と同じように思い悩むか?」
「っ…!」
「……“赤司は特別”、か」
「そ、そういうのじゃなくて…!」
「どの道、オレが聞いて楽しい話ではないのだよ」
その一言でサッと 血の気が引くような感覚がした。軽率すぎたのだ。処理しきれなかったという自分の都合だけを考えて、赤司くんと共に過ごす時間が多かったからという理由で真ちゃんの元へと来たけれど、そもそも他人に相談するような内容じゃなかった。するにしても、せめて異性ではなく同性さつきにすべきだった。彼の言う通りで、こんな話を聞かされてどうしろと言うのだろう。
「…ご、めん なさい」
今さら押し寄せるのは後悔の念で、浅薄な自分に嫌悪感さえ抱く。結局私はいつでも自分のことばかりで、全然成長していない。彼の顔も見れず 唇を噛んで俯く私の頬に、真ちゃんの手が撫でるように柔く触れて びくりと肩が跳ねた。
「今は何を考えている?」
「え、…?」
「誰のことを考えて そんな顔をしているのかと聞いている。また赤司か?」
「…違うよ。私、真ちゃんに…」
「ああ、オレか」
ふ、っと その瞬間に真ちゃんの雰囲気が柔らかくなった。それはいい事だと思うけれど、果たして今のやり取りのどこに 彼の機嫌を直し得る何かがあったと言うのだろうか。訳も分からず首を傾げた。
「…しんちゃん?」
「それに関しては、悪くない」
「な…、っ」
なにが、と問うよりも先に 顔が近付いて口を塞がれた。突然奪われた呼吸に 彼の胸元を叩くけれど、その手首を捕まれ壁に縫い止められる。息苦しさに開いた唇の隙間から捻じ込まれる熱は何よりも雄弁で、今たしかに求められているのだと 疑いようもないほどに思い知る。七瀬、と 唇が僅かに離れた瞬間に囁くように紡がれる私の名前は甘やかで、思考を溶かされるような感覚がした。何度も繰り返される口付けから逃れることはできない。これが、素直ではない彼が 唯一素直な瞬間なのだと知っているから。
ようやく解放された口元で酸素を吸い込んで、意思に反して涙が滲んだ目で 彼を見上げる。
「…真ちゃんは、どうして私にこういう事するの」
「本当に分からないか?――精一杯 自分で考えてみろ」
それだけ言い残して立ち去る真ちゃんの背中を見送りながら、ずるずるとその場に崩れ落ちた。だって、あんな言い方だとまるで。だけどそれも自意識過剰だと言われればそれまでのなのだろうか。この場に来る前とは違うことで頭がいっぱいで、ぐるぐると渦巻く思考を落ち着かせようと 私は何度も深呼吸をしていた。
「あっれー、七瀬ちゃん!どうしたの?」
私に気付いてくれた彼は笑顔で、だけど高尾くんに釣られるようにこちらを振り向いた真ちゃんは分かりやすく顔を顰めて 少し胸が痛んだ。けれど高尾くんは そんな真ちゃんを気にもとめず、彼の腕を引いて道連れに こちらへと歩み寄って来てくれた。
「七瀬ちゃん来てたんだね」
「お疲れさま。試合見てたよ、おめでとう」
「ありがと。七瀬ちゃんが見てたならもっと頑張れば良かったなー」
「……それで、お前は何か用なのか」
「あ…うん、あの…少しだけ、真ちゃんをお借りしてもいいですか?」
面と向かって要件を問われると怖気付いて俯いてしまいたくなるけれど、おずおずと 窺うように視線だけを持ち上げて、ここまで来た目的を口にする。真ちゃんと少し話がしたい。私のその意図はしっかりと伝わったようだけど、余程意外だったのか 2人とも目を見開いて固まってしまう。「…あの、」返答がない事を不安に思って声をかければ、金縛りが解けたように反応してくれたのは高尾くんだった。
「ああ、もちろん!どうぞごゆっくり~。必要があればお持ち帰りでも」
「高尾!」
「ごめんね、ありがとう。ちょっとだけだから」
「先輩らには適当に言っとくよ」
「勝手に決めるな。誰も付き合うとは言っ…、!」
眼鏡を押し上げながら顔を顰めて、どう見ても不満そうな真ちゃんの口から紡がれるのは きっと拒否の言葉だろう。それを察した私はほとんど無意識のうちに、言葉の途中で彼のジャージの袖をぎゅっと握っていた。
「すこしだけ、で いいから」
「………場所を変える」
諦めたように、だけど一つも納得していないように溜息を吐いてから大股で歩き始めた真ちゃんの背中を、高尾くんにもう一度お礼を言ってから小走りで追いかけた。
◇
廊下を進んで扉を押し開け外に出た真ちゃんに続けば、そこには誰の姿も見えなかった。久しぶりに冷たい外気に触れた身体が ぶるりと小さく震える。足を止めて振り返った真ちゃんが、真っ直ぐに私を見据えた。
「それで、オレに何の用だ」
「あ、あのね、ちょっと相談というか…」
「―――赤司か」
「…え?」
思わず漏れたなんとも間抜けなその声は、心の底からのものだ。私は、まだ何も言っていない。今日はまだ真ちゃんと大した会話だってしていないのに、彼の言葉には絶対的な確信が滲んでいた。
「昨日の赤司の行動について、と言ったところだろう」
「ど、うして…」
「それをオレに聞いてどうする?」
「…?」
「赤司は間違いなく佐倉を大切に思っている、とでも言えば満足か」
「ちが…!」
「気に食わないのだよ」
私に詰め寄った真ちゃんの両手が壁に触れて、その間に閉じ込められる。私を見下ろす視線は変わらず真っ直ぐで、だけど先ほどまでとは決定的に違っているのは、その瞳に怒りが孕まれているということ。
「オレが赤司と同じことをすれば、お前は今と同じように思い悩むか?」
「っ…!」
「……“赤司は特別”、か」
「そ、そういうのじゃなくて…!」
「どの道、オレが聞いて楽しい話ではないのだよ」
その一言でサッと 血の気が引くような感覚がした。軽率すぎたのだ。処理しきれなかったという自分の都合だけを考えて、赤司くんと共に過ごす時間が多かったからという理由で真ちゃんの元へと来たけれど、そもそも他人に相談するような内容じゃなかった。するにしても、せめて異性ではなく同性さつきにすべきだった。彼の言う通りで、こんな話を聞かされてどうしろと言うのだろう。
「…ご、めん なさい」
今さら押し寄せるのは後悔の念で、浅薄な自分に嫌悪感さえ抱く。結局私はいつでも自分のことばかりで、全然成長していない。彼の顔も見れず 唇を噛んで俯く私の頬に、真ちゃんの手が撫でるように柔く触れて びくりと肩が跳ねた。
「今は何を考えている?」
「え、…?」
「誰のことを考えて そんな顔をしているのかと聞いている。また赤司か?」
「…違うよ。私、真ちゃんに…」
「ああ、オレか」
ふ、っと その瞬間に真ちゃんの雰囲気が柔らかくなった。それはいい事だと思うけれど、果たして今のやり取りのどこに 彼の機嫌を直し得る何かがあったと言うのだろうか。訳も分からず首を傾げた。
「…しんちゃん?」
「それに関しては、悪くない」
「な…、っ」
なにが、と問うよりも先に 顔が近付いて口を塞がれた。突然奪われた呼吸に 彼の胸元を叩くけれど、その手首を捕まれ壁に縫い止められる。息苦しさに開いた唇の隙間から捻じ込まれる熱は何よりも雄弁で、今たしかに求められているのだと 疑いようもないほどに思い知る。七瀬、と 唇が僅かに離れた瞬間に囁くように紡がれる私の名前は甘やかで、思考を溶かされるような感覚がした。何度も繰り返される口付けから逃れることはできない。これが、素直ではない彼が 唯一素直な瞬間なのだと知っているから。
ようやく解放された口元で酸素を吸い込んで、意思に反して涙が滲んだ目で 彼を見上げる。
「…真ちゃんは、どうして私にこういう事するの」
「本当に分からないか?――精一杯 自分で考えてみろ」
それだけ言い残して立ち去る真ちゃんの背中を見送りながら、ずるずるとその場に崩れ落ちた。だって、あんな言い方だとまるで。だけどそれも自意識過剰だと言われればそれまでのなのだろうか。この場に来る前とは違うことで頭がいっぱいで、ぐるぐると渦巻く思考を落ち着かせようと 私は何度も深呼吸をしていた。