ゼラニウムに捧ぐ
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今度こそ解散となり帰宅するチームメイトたちを見送るため、アレックスと共に玄関に立ちながら 火神はなんだか落ち着かないような気がしていた。なんだろう、何かを忘れているような気がする。けれど明確な確信は何一つなく、モヤモヤとしたものを抱きながら 帰りゆく仲間に挨拶をし、閉じられた扉を見つめた。
それからシャワーを浴びると浴室に入るアレックスと分かれ、1人リビングに戻りギョッとした。そうだ、これだ。ようやく自分が感じていた気持ち悪さのようなものの正体が解け、火神は はぁっと大きく息を吐いた。アレックスが色々と強烈で忘れていたけれど、チームメイト達が帰る時、確かに誰かが足りなかったはずだ。まさか自分が忘れるとは思いもしなかったと 頭を掻きながら、その人――部屋の隅で座り込んで壁に凭れるように眠る七瀬に近付いた。
「おい佐倉、起きろ」
彼女の前にしゃがみ込み、みんな帰ったぞ、と その細い肩にかかる髪を掬いながら声をかけるけれど、返ってくるのはすーすーと規則正しい寝息だけだ。あまりにも危機感がなさすぎはしないだろうかと 心配になる。
「なぁ、あんま油断してっと 襲うぞ」
頬にかかった艶やかな髪を撫でるように払う。閉じられた瞳を縁取る長い睫毛が僅かに揺れたけれど、瞼が開かれることはない。早く起きればいいと思いながら、起きなければ彼女を帰さずに済むのだろうかと そんな気も沸き起こった。
「――― 七瀬」
何気なく初めて呼んだ彼女のファーストネームは、言い表せないほど甘い響きを持つ気がした。アイツらが当たり前のように呼ぶ彼女の名には こんな甘さを孕んでいたのかと思うと無性に腹立たしい。
穏やかな寝息を立てる彼女の頬に手を添えれば 僅かに身動ぎしたけれど、目は閉じられたままだ。廊下の向こうからはシャワーの流れる音が聞こえるから、アレックスはまだ戻らないだろう。七瀬。もう一度その名を呼んで そっと唇を重ねた。彼女の纏う甘さを食むように味わう。
「ん、…」
「七瀬」
「?……たいが」
寝起きのまだ覚醒しきってない頭で、きっと状況など分かっていない彼女の声が自分の名を呼んだ。いつもと違う呼び方も、わずかに掠れた声も、蕩けたような瞳も。酔ってしまいそうなほど甘くて煽情的で、ぐらりと何かが揺らいだ気がした。
「ほんとお前、どうすんだよ…」
グッと彼女の頭を引き寄せて口付ける。深く深く貪るように唇を重ねながら、合間に 七瀬、と 全てを求めるように何度も彼女の名を呼ぶ。縋り付くように背中の服を握る遠慮がちな手が愛おしい。大我、と 時折り熱っぽい吐息交じりに呼ばれる名前にぞくりとする。遠くで聞こえていたシャワーの音が止まった。アレックスが戻ってくる。もう終わりにしなければと思うのに、意思とは裏腹に体は彼女を求めることをやめはしない。師がこの部屋に現れる直前まで、飽きもせずに七瀬の甘さを喰らい続けた。
◇
私がいないことに気が付いたと、伊月さんが引き返して迎えに来てくれたのはそのすぐ後だった。火神とアレックスさんにお礼を述べてから、伊月さんと並んで火神の家を後にする。夜道を歩きながら 悪かったな、と 伊月さんの申し訳なさそうな声が耳に届いた。
「まさか七瀬を忘れるとは」
「いえ…私もまさか、あの場で寝てしまうとは」
「え、寝てたのかよ」
驚いたように身を引いた伊月さんに、結構な熟睡だったと思います、なんて苦笑いで答える。みんなが帰る気配にも気付かないぐらいなのだから、決して浅い眠りではないだろう。それに起きがけの事も、どこまでが夢で どこからが現実なのか境界が曖昧ではあるけれど、きっと火神が起こしてくれたのに起きなかったのだろうとも思う。
「大丈夫だったか?」
「え…?あ、体調ですか?それは皆さんと同じなので大丈夫ですよ」
「………」
「?」
僅かに腰を曲げて私の顔を覗き込むようにした伊月さんの問いの意味が一瞬分からずに瞬きをする。けれど食後に倒れた事もあるし、あんな場で眠ってしまうなんて その影響を心配してくれているのだと解釈した。きっと純粋に疲れてしまっていただけで、なんの心配もないと答えれば、伊月さんは何も言わずにジッと私の目を見つめる。何か言いたそうな、だけど優しい視線に ただただ首を傾げるばかりだ。そんな私を見ていた伊月さんは、ふっと軽く笑った。
「でもまぁオレは心配だよな」
「心配、ですか」
「男の家で平気で寝ちゃうし」
「そ、それは今日はたまたま…!」
「ウィンターカップには“キセキの世代”も勢揃いだろ」
「…?」
それがどういう意味で言われたのか分からず ぱちぱちと目を瞬かせる私を見ていた伊月さんは もう一度ふっと軽く吹き出すように笑って、私の頭に手を乗せた。ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜていた彼の手が、不意に私の頭を引き寄せる。蹌踉めくように足が動き 伊月さんの肩に頬が触れた所で、私のすぐ横を自転車が猛スピードで通り過ぎて行った。助けてくれたのだと理解して、近くなった彼の顔を見上げる。
「あ、ありがとうございます」
「いや……頼むから、気を付けろよ」
それは一体、何に対する忠告だったのだろう。ぽんぽんと 子供をあやすように、或いは諭すように、もう一度優しく私の頭を撫でた伊月さんに曖昧に笑って返事をして、彼と並んで夜道の帰途を辿った。
それからシャワーを浴びると浴室に入るアレックスと分かれ、1人リビングに戻りギョッとした。そうだ、これだ。ようやく自分が感じていた気持ち悪さのようなものの正体が解け、火神は はぁっと大きく息を吐いた。アレックスが色々と強烈で忘れていたけれど、チームメイト達が帰る時、確かに誰かが足りなかったはずだ。まさか自分が忘れるとは思いもしなかったと 頭を掻きながら、その人――部屋の隅で座り込んで壁に凭れるように眠る七瀬に近付いた。
「おい佐倉、起きろ」
彼女の前にしゃがみ込み、みんな帰ったぞ、と その細い肩にかかる髪を掬いながら声をかけるけれど、返ってくるのはすーすーと規則正しい寝息だけだ。あまりにも危機感がなさすぎはしないだろうかと 心配になる。
「なぁ、あんま油断してっと 襲うぞ」
頬にかかった艶やかな髪を撫でるように払う。閉じられた瞳を縁取る長い睫毛が僅かに揺れたけれど、瞼が開かれることはない。早く起きればいいと思いながら、起きなければ彼女を帰さずに済むのだろうかと そんな気も沸き起こった。
「――― 七瀬」
何気なく初めて呼んだ彼女のファーストネームは、言い表せないほど甘い響きを持つ気がした。アイツらが当たり前のように呼ぶ彼女の名には こんな甘さを孕んでいたのかと思うと無性に腹立たしい。
穏やかな寝息を立てる彼女の頬に手を添えれば 僅かに身動ぎしたけれど、目は閉じられたままだ。廊下の向こうからはシャワーの流れる音が聞こえるから、アレックスはまだ戻らないだろう。七瀬。もう一度その名を呼んで そっと唇を重ねた。彼女の纏う甘さを食むように味わう。
「ん、…」
「七瀬」
「?……たいが」
寝起きのまだ覚醒しきってない頭で、きっと状況など分かっていない彼女の声が自分の名を呼んだ。いつもと違う呼び方も、わずかに掠れた声も、蕩けたような瞳も。酔ってしまいそうなほど甘くて煽情的で、ぐらりと何かが揺らいだ気がした。
「ほんとお前、どうすんだよ…」
グッと彼女の頭を引き寄せて口付ける。深く深く貪るように唇を重ねながら、合間に 七瀬、と 全てを求めるように何度も彼女の名を呼ぶ。縋り付くように背中の服を握る遠慮がちな手が愛おしい。大我、と 時折り熱っぽい吐息交じりに呼ばれる名前にぞくりとする。遠くで聞こえていたシャワーの音が止まった。アレックスが戻ってくる。もう終わりにしなければと思うのに、意思とは裏腹に体は彼女を求めることをやめはしない。師がこの部屋に現れる直前まで、飽きもせずに七瀬の甘さを喰らい続けた。
◇
私がいないことに気が付いたと、伊月さんが引き返して迎えに来てくれたのはそのすぐ後だった。火神とアレックスさんにお礼を述べてから、伊月さんと並んで火神の家を後にする。夜道を歩きながら 悪かったな、と 伊月さんの申し訳なさそうな声が耳に届いた。
「まさか七瀬を忘れるとは」
「いえ…私もまさか、あの場で寝てしまうとは」
「え、寝てたのかよ」
驚いたように身を引いた伊月さんに、結構な熟睡だったと思います、なんて苦笑いで答える。みんなが帰る気配にも気付かないぐらいなのだから、決して浅い眠りではないだろう。それに起きがけの事も、どこまでが夢で どこからが現実なのか境界が曖昧ではあるけれど、きっと火神が起こしてくれたのに起きなかったのだろうとも思う。
「大丈夫だったか?」
「え…?あ、体調ですか?それは皆さんと同じなので大丈夫ですよ」
「………」
「?」
僅かに腰を曲げて私の顔を覗き込むようにした伊月さんの問いの意味が一瞬分からずに瞬きをする。けれど食後に倒れた事もあるし、あんな場で眠ってしまうなんて その影響を心配してくれているのだと解釈した。きっと純粋に疲れてしまっていただけで、なんの心配もないと答えれば、伊月さんは何も言わずにジッと私の目を見つめる。何か言いたそうな、だけど優しい視線に ただただ首を傾げるばかりだ。そんな私を見ていた伊月さんは、ふっと軽く笑った。
「でもまぁオレは心配だよな」
「心配、ですか」
「男の家で平気で寝ちゃうし」
「そ、それは今日はたまたま…!」
「ウィンターカップには“キセキの世代”も勢揃いだろ」
「…?」
それがどういう意味で言われたのか分からず ぱちぱちと目を瞬かせる私を見ていた伊月さんは もう一度ふっと軽く吹き出すように笑って、私の頭に手を乗せた。ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜていた彼の手が、不意に私の頭を引き寄せる。蹌踉めくように足が動き 伊月さんの肩に頬が触れた所で、私のすぐ横を自転車が猛スピードで通り過ぎて行った。助けてくれたのだと理解して、近くなった彼の顔を見上げる。
「あ、ありがとうございます」
「いや……頼むから、気を付けろよ」
それは一体、何に対する忠告だったのだろう。ぽんぽんと 子供をあやすように、或いは諭すように、もう一度優しく私の頭を撫でた伊月さんに曖昧に笑って返事をして、彼と並んで夜道の帰途を辿った。