ゼラニウムに捧ぐ
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なんとか同点で第1Qを終えたけれど、第2Qでは明らかに様子が違っていた。テツ君が“キセキの世代”を倒すために編み出したバニシングドライブが大輝に破られ、テツ君にもチームにも与えた動揺は計り知れない。放心状態とでも言えそうなその中でいち早くリコさんがT.Oを申請する。けれど時計が止まるよりも先にイグナイトパス廻までも止められてしまい、この場の空気は目を逸らしてしまいたくなるような物に包まれていた。だめだ、大輝を止められない。押し寄せるのは、絶望にも近い感情。
ようやく迎えたT.Oでリコさんがテツ君の交代を告げる。ベンチの隅でタオルを頭から被って座るテツ君は、テーピングを申し出た降旗を遠ざけるように断った。彼らしくない。今のテツ君は誰にも関わって欲しくないのかもしれない。放っておくのが正解なのかもしれない。けれど、放っておけるわけがない。
小走りでテツ君のもとへと寄れば、膝の上でズボンを強く握りしめる手が見える。その時 ぽたりと床に落ちた水滴は、きっと汗ではないだろう。ちくしょう、と震える小さな声が耳に届き もう居ても立っても居られなかった。気が付いた時には、彼の頭を引き寄せてギュッと抱きしめていた。泣かないで、なんて 私には言えないけれど。
「大丈夫…大丈夫だよテツ君」
「…」
「まだ、終わってない」
腕を緩めてテツ君の顔を覗き込む。驚いたように見開かれた目が私を見ていた。まだ諦めるには早すぎる、と そう伝えたくて微笑んだところで、T.O終了を告げるアナウンスが流れる。
「そーだ、ムダなわけねーだろバカ」
コートに向かう火神が、そう言ってテツ君の頭に手を乗せた。みんなテツ君は必ず戻ってくると信じている。そう言う火神の声に、私まで泣きたくなった。なんて頼もしいのだろう。きっと、諦める理由など何一つないのだ。
◇
その後は、ただただ苦しかった。文字通り息が詰まるような試合展開に、打ち寄せる絶望と希望の波に、或いはゾーンに入った大輝と火神のパフォーマンスが圧倒的すぎて。私は呼吸さえも忘れてしまっていたのかもしれない。
第4Q、残り時間は約1分。圧倒的な両エースから目を逸らせずにいた私の視界の中で、コートにいる大輝が、楽しそうに笑っている。それがただ、嬉しいと思った。だけどこの試合に勝たなければ、この瞬間だけで終わってしまう。大輝のために、そして 木吉さんのために、どうしても“今”勝たなければならない。頑張れ、頑張れ、頑張れ。祈るように両手を組んで試合を見つめる。
1点差に追い上げた最終盤、火神がリングにボールを押し込んだ直後に試合終了のブザーが鳴った。101対100。勝ったのだと思った瞬間に頬を涙が伝った気がした。
◇
ドリンクボトルを洗いながら、ゆっくりと深く呼吸をする。いまだに試合の興奮が引かずにドキドキと速い鼓動を刻む心臓を落ち着けたかった。気休めでしかないと知りながら、ゆっくり空気を吐く。こんな深呼吸も、もう何度目になるだろう。
そんなことを考えて苦笑いが漏れそうになった時、不意に背後から強く腕を引かれる。そのまま引きずられるように歩きながら、前を歩く人物を確認して 目を見開いた。
「だ、大輝…?」
「うるせぇ」
それ以上は何も言わずに大股でずんずんと歩き進めるその背中は いつかの出来事と重なるけれど、私の腕を掴む大輝の手は あの時よりもずっと優しい気がしたから、大人しく後に続くことにした。腕を引かれたまま外に出れば、先程までの試合の熱気が嘘のように涼しい空気が頬に触れて、ひと気もないそこは少しの寂しささえ感じられた。疾うに陽も落ちた空には星が見えて、あぁもう夜なのだと そんなことを考える。
人の姿も見えないそこで、隠れるように階段の下で足を止めて、ようやく大輝と目が合った。これまでの彼が纏っていた刺々しい雰囲気は、無くなってる気がする。だからと言って、私から大輝にどんな言葉を掛ければいいのかなんて分からないけれど。そんな迷いから俯いた私の顎を、大輝の指先が掬い上げた。
「さっきテツに言われたんだよ」
「…?」
「七瀬を泣かせるなって」
「ふふ、なにそれ。…泣かないけどね」
「まぁ確かに、お前は時々 無性に泣かせてやりたくなるけど」
「ちょっと」
「…今は、笑ってて良かったと思った」
「………へ、」
ふっ、と 軽く笑って言われた言葉はとても大輝の口から出たものとは思えなくて。それに、いま目の前にある笑顔は、出会った頃の彼の笑顔のようで。言葉も出せずにただ大輝の顔を見つめることしかできない。どうしてだろう、なんだかすごく泣きたくなった。
そんな私を大輝はどう思ったのだろう。僅かに目を細めて、それから触れていた私の顎を少し引いて、そっと唇を重ねた。その優しい触れ方が、返って私を掻き乱す。
「――ま、待って大輝、ストップ!」
「…んだよ」
「ねぇ、今日の試合は楽しかった?」
「あ?」
「私ね、大輝が笑ってバスケしてるの好きだよ」
「……そこは“オレが”って言っとけよ」
可愛げねぇヤツ。そう言って笑った大輝は私の腰を抱き寄せて、戯れるように何度もキスを降らせた。「ま、待ってってば」「待たねーよ」二度目の制止は受け入れてもらえなくて、だけど大輝が楽しそうで、それが何だか嬉しくて。だから まぁいいか、なんて 思ってしまったんだ。
ようやく迎えたT.Oでリコさんがテツ君の交代を告げる。ベンチの隅でタオルを頭から被って座るテツ君は、テーピングを申し出た降旗を遠ざけるように断った。彼らしくない。今のテツ君は誰にも関わって欲しくないのかもしれない。放っておくのが正解なのかもしれない。けれど、放っておけるわけがない。
小走りでテツ君のもとへと寄れば、膝の上でズボンを強く握りしめる手が見える。その時 ぽたりと床に落ちた水滴は、きっと汗ではないだろう。ちくしょう、と震える小さな声が耳に届き もう居ても立っても居られなかった。気が付いた時には、彼の頭を引き寄せてギュッと抱きしめていた。泣かないで、なんて 私には言えないけれど。
「大丈夫…大丈夫だよテツ君」
「…」
「まだ、終わってない」
腕を緩めてテツ君の顔を覗き込む。驚いたように見開かれた目が私を見ていた。まだ諦めるには早すぎる、と そう伝えたくて微笑んだところで、T.O終了を告げるアナウンスが流れる。
「そーだ、ムダなわけねーだろバカ」
コートに向かう火神が、そう言ってテツ君の頭に手を乗せた。みんなテツ君は必ず戻ってくると信じている。そう言う火神の声に、私まで泣きたくなった。なんて頼もしいのだろう。きっと、諦める理由など何一つないのだ。
◇
その後は、ただただ苦しかった。文字通り息が詰まるような試合展開に、打ち寄せる絶望と希望の波に、或いはゾーンに入った大輝と火神のパフォーマンスが圧倒的すぎて。私は呼吸さえも忘れてしまっていたのかもしれない。
第4Q、残り時間は約1分。圧倒的な両エースから目を逸らせずにいた私の視界の中で、コートにいる大輝が、楽しそうに笑っている。それがただ、嬉しいと思った。だけどこの試合に勝たなければ、この瞬間だけで終わってしまう。大輝のために、そして 木吉さんのために、どうしても“今”勝たなければならない。頑張れ、頑張れ、頑張れ。祈るように両手を組んで試合を見つめる。
1点差に追い上げた最終盤、火神がリングにボールを押し込んだ直後に試合終了のブザーが鳴った。101対100。勝ったのだと思った瞬間に頬を涙が伝った気がした。
◇
ドリンクボトルを洗いながら、ゆっくりと深く呼吸をする。いまだに試合の興奮が引かずにドキドキと速い鼓動を刻む心臓を落ち着けたかった。気休めでしかないと知りながら、ゆっくり空気を吐く。こんな深呼吸も、もう何度目になるだろう。
そんなことを考えて苦笑いが漏れそうになった時、不意に背後から強く腕を引かれる。そのまま引きずられるように歩きながら、前を歩く人物を確認して 目を見開いた。
「だ、大輝…?」
「うるせぇ」
それ以上は何も言わずに大股でずんずんと歩き進めるその背中は いつかの出来事と重なるけれど、私の腕を掴む大輝の手は あの時よりもずっと優しい気がしたから、大人しく後に続くことにした。腕を引かれたまま外に出れば、先程までの試合の熱気が嘘のように涼しい空気が頬に触れて、ひと気もないそこは少しの寂しささえ感じられた。疾うに陽も落ちた空には星が見えて、あぁもう夜なのだと そんなことを考える。
人の姿も見えないそこで、隠れるように階段の下で足を止めて、ようやく大輝と目が合った。これまでの彼が纏っていた刺々しい雰囲気は、無くなってる気がする。だからと言って、私から大輝にどんな言葉を掛ければいいのかなんて分からないけれど。そんな迷いから俯いた私の顎を、大輝の指先が掬い上げた。
「さっきテツに言われたんだよ」
「…?」
「七瀬を泣かせるなって」
「ふふ、なにそれ。…泣かないけどね」
「まぁ確かに、お前は時々 無性に泣かせてやりたくなるけど」
「ちょっと」
「…今は、笑ってて良かったと思った」
「………へ、」
ふっ、と 軽く笑って言われた言葉はとても大輝の口から出たものとは思えなくて。それに、いま目の前にある笑顔は、出会った頃の彼の笑顔のようで。言葉も出せずにただ大輝の顔を見つめることしかできない。どうしてだろう、なんだかすごく泣きたくなった。
そんな私を大輝はどう思ったのだろう。僅かに目を細めて、それから触れていた私の顎を少し引いて、そっと唇を重ねた。その優しい触れ方が、返って私を掻き乱す。
「――ま、待って大輝、ストップ!」
「…んだよ」
「ねぇ、今日の試合は楽しかった?」
「あ?」
「私ね、大輝が笑ってバスケしてるの好きだよ」
「……そこは“オレが”って言っとけよ」
可愛げねぇヤツ。そう言って笑った大輝は私の腰を抱き寄せて、戯れるように何度もキスを降らせた。「ま、待ってってば」「待たねーよ」二度目の制止は受け入れてもらえなくて、だけど大輝が楽しそうで、それが何だか嬉しくて。だから まぁいいか、なんて 思ってしまったんだ。