ゼラニウムに捧ぐ
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ついに始まったウィンターカップ。けれど開会式を終えた今も、この間にアメリカへ行っていたという火神の姿はない。時差のことを忘れていたという理由がなんとも火神らしくて苦笑しながら、荒れるリコさんを見守っていた。
チームとして浮ついている感じもまだ抜けきらない。初めての全国大会では仕方ないことかもしれないけれど。何とかみんなの緊張を解せないかと思案していたところで、私の隣にいたテツ君が声を発した。呼び出しがあったから少し外したい、と。
「呼び出し?」
「赤司君に会ってきます」
彼の口から発せられた名前に、ギクリと身体が強張る。あかしくん。今年のウィンターカップには“キセキの世代”の全員が出場することになっていて、それはつまり敦も、赤司くんも、県外校へと進学して普段は会う機会のない彼らも当然この場に集まっているわけで。分かっていた、覚悟はしていた、それなのに私は。
ぎゅっと唇を結んで足元に視線を下げていた私の顔を覗き込むように、テツ君の穏やかな声が掛けられた。
「佐倉さんも行きますか?」
「…ううん、私は呼ばれてないから」
そのお誘いには、ゆるゆると首を振る。きっと“キセキの世代”全員が呼ばれているその場に、呼ばれてもいない私が行くべきではないと思った。それが本音であり、強がりでもあったかもしれない。そうですか、と 少し残念そうにしてくれたテツ君の優しさに感謝しながら、呼び出されたという場所に向かう彼を見送った。
◇
体育館の外を早足で歩きながら、チームを離れる前にテツ君が言っていた場所を目指す。彼には降旗をついて行かせたけれど、あの“キセキの世代”たちが相手であるなら私の方が適任だったと リコさんにそう言われ、様子を見に向かっていた。
しばらく歩いていると、少し離れたところに彼らの姿が見える。なんというか、さすがの存在感という感じだ。ふう、と一つ息を吐き出し歩み寄ろうとしたところで 火神の姿がある事にも気が付いた。なんとなく、まずい気がする。
彼らの会話は聞こえない。真ちゃんから何かを受け取った赤司くんが、ゆっくりと火神に歩み寄る。そして手に持っていた“何か”を思い切り火神に突き出した。空気が凍る。キラリと光るのは明らかに刃で、そのまま“それ”で前髪を切り始めた赤司くんの姿を見れば 火神に差し向けられたのはハサミであったと認識できた。その瞬間に私は駆け出していて、2人の間に割り入り 庇うように火神の前に立ち、赤司くんと対峙する。
「ちょっと赤司くん!なに考えてるの…!?」
「佐倉」
「やぁ七瀬。テツヤと来ると思っていたのに遅かったじゃないか…会いたかったよ」
笑顔で言われたその言葉に、私は顔を顰めた。会いたかったと言いながら、連絡を寄越すこともしないのはいつものことで、もう腹を立てたりはしないけれど 確かな不信感は募り行く。赤司くんが分からない。訝しむように彼を見上げる私にも、赤司くんはそれ以上の言葉を発することはなかった。
僕はそろそろ行くよ、と 早々に立ち去ろうとする赤司くんに大輝が咬み付くけれど、彼の決定が覆ることなどあるはずがない。今日は挨拶だけだと彼がそう決めたのなら、それが全てなのだ。
「次は戦う時に会おう」
「赤司くん!」
立ち去りかけた赤司くんを呼び止め、ゆっくりとこちらを振り返る彼の傍に駆け寄った。おそらく叶わないだろうと分かりながらも、それでも火神に謝ってほしかった。きっと赤司くんのことだから 火神なら避けるはずだと判断しての行為だったと思うけれど、だからといってあれは許されることではないだろう。
私が何か言葉を発するよりも先に、ジッと私の顔を見ていた赤司くんが ああ、と 何かを思い出したような声を出した。そして伸ばされた手が私の頭を引き寄せて、私は加えられた力のまま 彼の肩口に顔を埋めることとなる。意図を測りかねて視線だけ持ち上げれば、私の背後、彼が集めたみんなの方に目を向ける赤司くんの横顔が見えた。
「念のために確認しておくけれど、七瀬が僕のものだと忘れてはいないだろうな」
「僕のもの、って…!」
「大切な人だという意味だよ」
牽制ともとれる彼の言葉を繰り返せば、その意味を説かれる。けれど私は眉を寄せ、グッと奥歯を噛みしめた。今この胸中で渦巻く感情は複雑すぎて、私自身の理解さえ及ばない。突き放すように両手で赤司くんの胸元を押し返して距離をとれば、少し驚いたような視線が降って来た。これは八つ当たりでしかないのかもしれない。それでも、吐き出さずにはいられない。
「大切だ、会いたかったって赤司くんは言うけど、いつも口ばっかりじゃない…!」
「七瀬?」
「そんなの、何の意味もない……思ってもいない言葉なんて要らない」
「思ってもいない、か……それなら どうすれば七瀬に伝わる?」
「知らない!自分で考えてよ!」
突き飛ばすように赤司くんの胸を強く押して、その反動で踵を返して逃げるようにこの場を立ち去ろうとした。けれど、一歩進んだだけのところで腕を掴まれ引き戻され、首裏に触れた手は逃げることを許してくれず、口を 塞がれる。驚きに目を見開くことしかできない私の視界には、赤司くんの耳元しか映っていない。甘く食むように触れ、舌先が唇をなぞり、そして赤司くんの顔が離れていく。瞬きさえ忘れて呆ける私を見下ろすのは、普段と何ら変わりはない様子の彼。頬を思いきり引っ叩いてやりたい気持ちにさえなるのに、そうすることができない私は、結局 どう足掻いてもこの人に弱いのだ。
逃げるように足元に落とした視界は じんわりと滲んでいる。
「―――っ、赤司くんは、勝手だよ」
拭うように手の甲で口元に触れ、絞り出すように発した私の声は確かに震えていた。それ以上は何も言えずに逃げ出す私を、赤司くんはもう引き止めない。
私の名前を呼ぶ涼太の声が聞こえた気がしたけれど、振り返ることはできなかった。
チームとして浮ついている感じもまだ抜けきらない。初めての全国大会では仕方ないことかもしれないけれど。何とかみんなの緊張を解せないかと思案していたところで、私の隣にいたテツ君が声を発した。呼び出しがあったから少し外したい、と。
「呼び出し?」
「赤司君に会ってきます」
彼の口から発せられた名前に、ギクリと身体が強張る。あかしくん。今年のウィンターカップには“キセキの世代”の全員が出場することになっていて、それはつまり敦も、赤司くんも、県外校へと進学して普段は会う機会のない彼らも当然この場に集まっているわけで。分かっていた、覚悟はしていた、それなのに私は。
ぎゅっと唇を結んで足元に視線を下げていた私の顔を覗き込むように、テツ君の穏やかな声が掛けられた。
「佐倉さんも行きますか?」
「…ううん、私は呼ばれてないから」
そのお誘いには、ゆるゆると首を振る。きっと“キセキの世代”全員が呼ばれているその場に、呼ばれてもいない私が行くべきではないと思った。それが本音であり、強がりでもあったかもしれない。そうですか、と 少し残念そうにしてくれたテツ君の優しさに感謝しながら、呼び出されたという場所に向かう彼を見送った。
◇
体育館の外を早足で歩きながら、チームを離れる前にテツ君が言っていた場所を目指す。彼には降旗をついて行かせたけれど、あの“キセキの世代”たちが相手であるなら私の方が適任だったと リコさんにそう言われ、様子を見に向かっていた。
しばらく歩いていると、少し離れたところに彼らの姿が見える。なんというか、さすがの存在感という感じだ。ふう、と一つ息を吐き出し歩み寄ろうとしたところで 火神の姿がある事にも気が付いた。なんとなく、まずい気がする。
彼らの会話は聞こえない。真ちゃんから何かを受け取った赤司くんが、ゆっくりと火神に歩み寄る。そして手に持っていた“何か”を思い切り火神に突き出した。空気が凍る。キラリと光るのは明らかに刃で、そのまま“それ”で前髪を切り始めた赤司くんの姿を見れば 火神に差し向けられたのはハサミであったと認識できた。その瞬間に私は駆け出していて、2人の間に割り入り 庇うように火神の前に立ち、赤司くんと対峙する。
「ちょっと赤司くん!なに考えてるの…!?」
「佐倉」
「やぁ七瀬。テツヤと来ると思っていたのに遅かったじゃないか…会いたかったよ」
笑顔で言われたその言葉に、私は顔を顰めた。会いたかったと言いながら、連絡を寄越すこともしないのはいつものことで、もう腹を立てたりはしないけれど 確かな不信感は募り行く。赤司くんが分からない。訝しむように彼を見上げる私にも、赤司くんはそれ以上の言葉を発することはなかった。
僕はそろそろ行くよ、と 早々に立ち去ろうとする赤司くんに大輝が咬み付くけれど、彼の決定が覆ることなどあるはずがない。今日は挨拶だけだと彼がそう決めたのなら、それが全てなのだ。
「次は戦う時に会おう」
「赤司くん!」
立ち去りかけた赤司くんを呼び止め、ゆっくりとこちらを振り返る彼の傍に駆け寄った。おそらく叶わないだろうと分かりながらも、それでも火神に謝ってほしかった。きっと赤司くんのことだから 火神なら避けるはずだと判断しての行為だったと思うけれど、だからといってあれは許されることではないだろう。
私が何か言葉を発するよりも先に、ジッと私の顔を見ていた赤司くんが ああ、と 何かを思い出したような声を出した。そして伸ばされた手が私の頭を引き寄せて、私は加えられた力のまま 彼の肩口に顔を埋めることとなる。意図を測りかねて視線だけ持ち上げれば、私の背後、彼が集めたみんなの方に目を向ける赤司くんの横顔が見えた。
「念のために確認しておくけれど、七瀬が僕のものだと忘れてはいないだろうな」
「僕のもの、って…!」
「大切な人だという意味だよ」
牽制ともとれる彼の言葉を繰り返せば、その意味を説かれる。けれど私は眉を寄せ、グッと奥歯を噛みしめた。今この胸中で渦巻く感情は複雑すぎて、私自身の理解さえ及ばない。突き放すように両手で赤司くんの胸元を押し返して距離をとれば、少し驚いたような視線が降って来た。これは八つ当たりでしかないのかもしれない。それでも、吐き出さずにはいられない。
「大切だ、会いたかったって赤司くんは言うけど、いつも口ばっかりじゃない…!」
「七瀬?」
「そんなの、何の意味もない……思ってもいない言葉なんて要らない」
「思ってもいない、か……それなら どうすれば七瀬に伝わる?」
「知らない!自分で考えてよ!」
突き飛ばすように赤司くんの胸を強く押して、その反動で踵を返して逃げるようにこの場を立ち去ろうとした。けれど、一歩進んだだけのところで腕を掴まれ引き戻され、首裏に触れた手は逃げることを許してくれず、口を 塞がれる。驚きに目を見開くことしかできない私の視界には、赤司くんの耳元しか映っていない。甘く食むように触れ、舌先が唇をなぞり、そして赤司くんの顔が離れていく。瞬きさえ忘れて呆ける私を見下ろすのは、普段と何ら変わりはない様子の彼。頬を思いきり引っ叩いてやりたい気持ちにさえなるのに、そうすることができない私は、結局 どう足掻いてもこの人に弱いのだ。
逃げるように足元に落とした視界は じんわりと滲んでいる。
「―――っ、赤司くんは、勝手だよ」
拭うように手の甲で口元に触れ、絞り出すように発した私の声は確かに震えていた。それ以上は何も言えずに逃げ出す私を、赤司くんはもう引き止めない。
私の名前を呼ぶ涼太の声が聞こえた気がしたけれど、振り返ることはできなかった。