ゼラニウムに捧ぐ
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リコさんのクラスメイトのご厚意で、ウィンターカップ予選後のリフレッシュにと格安で温泉旅館にやって来た。すぐに行くから入っててと言うリコさんに従い、先に温泉へと入る。けれども 待てど暮らせどリコさんは現れなくて、その代わり男湯の方が何やら騒がしい。塀の向こうからリコさんの声も聞こえた気がして、あぁきっとまたバカやってるのだろうな。そんなことを思えば思わず笑みが漏れた。
そんな時に頭がぼーっとしてしたことに気が付いて、少しのぼせてしまっただろうかと これ以上はリコさんを待たずに湯から上がることにした。リコさんには事情をメールしておくことにして、どこかで適当に涼んでいると書き添え送信してから脱衣所を後にする。
火照った頬に触れながら外に出て、涼むために少し散歩しようと旅館の周りを歩いてみる。するとすぐに壁沿いに設置されたベンチを見つけ、躊躇なく腰を下ろした。背中を壁に預け、ゆっくり息を吐いて目を閉じる。頬を撫でる夜風が気持ちいい。その記憶を最後に、私の意識は途切れていた。
◇
何かが頬を撫でて、くすぐったさに身じろぎをする。七瀬、と 誰かが私を呼んだ。誰だろう、よく知っている声なのに頭が回らない。やんわりと顎を持ち上げられて、口元に温かいものが触れた。離れて、また触れて、何度も繰り返して時折 食むようは甘い感触がある。なんだろう、ふわふわする。まるでキスでもされているような……あれ?
そこでハッと意識が浮上した。瞼を持ち上げ開けた視界に見えたのは、間近でこちらを見下ろす大輝の顔。
「やっとかよ…起きんの遅ぇよ」
「え、だ、大輝?なんで、ていうか 何して…?」
「呼んでも起きねーから 起こしてやったんだろ」
「は…?」
「こんなとこで無防備に寝てっと 喰われんぞ」
ぺろりと口の端を舐めながらニヤリと笑って言われた言葉に勢いよくベンチから立ち上がり、一歩二歩と大輝から距離を取るように後退る。 「あ、あんたが言う!?」手の甲で口元に触れながら言った私は どんな顔をしていただろう。どうして大輝がいるのだろう とか、私はいつの間に寝てしまっていたのだろう とか、頭にあったはずのそんな疑問は どうでも良くなった。目の前にいる大輝は、ただただ楽しそうだ。
「“据え膳食わぬは”っつーだろ」
「なんの話よ」
「久しぶりなんだ、相手しろよ」
それだけ言った大輝に強く肩を抱き寄せられ 彼の胸元に飛び込む形になる。硬い胸板を押し返して距離を取ろうとしたけれど、すぐに後頭部を抑えられ 肩口に顔を埋めることになった。急になんだと文句を言いたかったはずなのに、肩を抱く腕も、後頭部に触れる手も、いつもの傍若無人な大輝から想像できないほど優しくて戸惑ってしまう。そんな私を気にする様子もなく、耳元に顔を寄せた大輝は すんすんと鼻を鳴らした。
「風呂上がりか」
「…?ここ温泉旅館だよ。そりゃ入るでしょ」
「ああ、悪くねぇな」
そう言って笑った大輝はやっぱり楽しそうで、それ以上は何も言わずに 私の目尻に唇で触れる。なんで、どうして今日はそんなに優しいの。戸惑いが混乱に近付いたとき、私はどんな顔をしていたのだろう。私の顔を見た大輝は1つ瞬きをして、それからふっと口元を緩めた。
「なんつー顔してんだよ」
「だ、だって、大輝が優しいと調子狂うっていうか…」
「……ふーん」
何かを考えるように視線を巡らせた大輝はわずかに身を屈め、私の太腿の後ろへと右腕を回す。その直後にふわりと身体が浮き上がり、揺らいだ上体を支えるように 慌てて手をついたのは大輝の肩だった。私よりずっと背が高いはずの彼の顔が 今は間近にあって、抱き上げられたのだと理解すると同時に 恥ずかしさが込み上げてくる。
「え、ちょっと、なに!?」
「七瀬は苛められたいらしいからな」
「…はい?」
旅館の玄関からほど近い場所にあったベンチから離れ、建物の陰へと入る。半ば投げ出すように解放されたそこは、遠くから露天風呂の照明が漏れているだけで随分と暗い。その闇の中でも目の前に居る人の表情ぐらいは確認できて、あぁもう、全然優しくない。
私を閉じこめるように建物の外壁に両腕をつく大輝は さっきまでの優しげな雰囲気は微塵もなくて、それどころかギラギラと目を輝かせる様子はまるで、お腹を空かせた肉食獣だ。嫌な予感しかしない。目を逸らして そろそろと体の向きを変え、外壁と間近で向き合うようにして 大輝に背を向けた。胸の前で両手を握るようにして、身を縮こめる。
「おい、逃げんな」
「だって、絶対ろくな事ない…!」
「“ろくな事”って 何だよ」
耳元で囁くような低い声が聞こえる。ぞくりと何かが背筋を駆け上った気がしてぎゅっと目を閉じたその刹那、がぶりと耳に噛み付かれた。自分のものとは思えない嬌声が口から漏れ、咄嗟に両手で口元を覆う。なに今の、はずかしい。顔に熱が集まるのを感じながら、きっと大輝はからかうように嗜虐的に笑うのだと思っていた、のに。耳に届いたのは、七瀬、と 私の名を呼ぶ穏やかな声だった。
「こっち向け、七瀬」
「や、だ…」
「やだじゃねーよ」
「絶対やだ、向かない」
「顔が見たい」
ぎゅうっと心臓が締め付けられる。今日の大輝は やっぱりなんだか変だ。ずるい、そんな甘い言い方されると断れない。らしくない彼に負けるように ゆるゆると向き直れば、目の前にいるのは獣の眼をした大輝。
ほら、やっぱり碌なことないじゃないか。
そんな時に頭がぼーっとしてしたことに気が付いて、少しのぼせてしまっただろうかと これ以上はリコさんを待たずに湯から上がることにした。リコさんには事情をメールしておくことにして、どこかで適当に涼んでいると書き添え送信してから脱衣所を後にする。
火照った頬に触れながら外に出て、涼むために少し散歩しようと旅館の周りを歩いてみる。するとすぐに壁沿いに設置されたベンチを見つけ、躊躇なく腰を下ろした。背中を壁に預け、ゆっくり息を吐いて目を閉じる。頬を撫でる夜風が気持ちいい。その記憶を最後に、私の意識は途切れていた。
◇
何かが頬を撫でて、くすぐったさに身じろぎをする。七瀬、と 誰かが私を呼んだ。誰だろう、よく知っている声なのに頭が回らない。やんわりと顎を持ち上げられて、口元に温かいものが触れた。離れて、また触れて、何度も繰り返して時折 食むようは甘い感触がある。なんだろう、ふわふわする。まるでキスでもされているような……あれ?
そこでハッと意識が浮上した。瞼を持ち上げ開けた視界に見えたのは、間近でこちらを見下ろす大輝の顔。
「やっとかよ…起きんの遅ぇよ」
「え、だ、大輝?なんで、ていうか 何して…?」
「呼んでも起きねーから 起こしてやったんだろ」
「は…?」
「こんなとこで無防備に寝てっと 喰われんぞ」
ぺろりと口の端を舐めながらニヤリと笑って言われた言葉に勢いよくベンチから立ち上がり、一歩二歩と大輝から距離を取るように後退る。 「あ、あんたが言う!?」手の甲で口元に触れながら言った私は どんな顔をしていただろう。どうして大輝がいるのだろう とか、私はいつの間に寝てしまっていたのだろう とか、頭にあったはずのそんな疑問は どうでも良くなった。目の前にいる大輝は、ただただ楽しそうだ。
「“据え膳食わぬは”っつーだろ」
「なんの話よ」
「久しぶりなんだ、相手しろよ」
それだけ言った大輝に強く肩を抱き寄せられ 彼の胸元に飛び込む形になる。硬い胸板を押し返して距離を取ろうとしたけれど、すぐに後頭部を抑えられ 肩口に顔を埋めることになった。急になんだと文句を言いたかったはずなのに、肩を抱く腕も、後頭部に触れる手も、いつもの傍若無人な大輝から想像できないほど優しくて戸惑ってしまう。そんな私を気にする様子もなく、耳元に顔を寄せた大輝は すんすんと鼻を鳴らした。
「風呂上がりか」
「…?ここ温泉旅館だよ。そりゃ入るでしょ」
「ああ、悪くねぇな」
そう言って笑った大輝はやっぱり楽しそうで、それ以上は何も言わずに 私の目尻に唇で触れる。なんで、どうして今日はそんなに優しいの。戸惑いが混乱に近付いたとき、私はどんな顔をしていたのだろう。私の顔を見た大輝は1つ瞬きをして、それからふっと口元を緩めた。
「なんつー顔してんだよ」
「だ、だって、大輝が優しいと調子狂うっていうか…」
「……ふーん」
何かを考えるように視線を巡らせた大輝はわずかに身を屈め、私の太腿の後ろへと右腕を回す。その直後にふわりと身体が浮き上がり、揺らいだ上体を支えるように 慌てて手をついたのは大輝の肩だった。私よりずっと背が高いはずの彼の顔が 今は間近にあって、抱き上げられたのだと理解すると同時に 恥ずかしさが込み上げてくる。
「え、ちょっと、なに!?」
「七瀬は苛められたいらしいからな」
「…はい?」
旅館の玄関からほど近い場所にあったベンチから離れ、建物の陰へと入る。半ば投げ出すように解放されたそこは、遠くから露天風呂の照明が漏れているだけで随分と暗い。その闇の中でも目の前に居る人の表情ぐらいは確認できて、あぁもう、全然優しくない。
私を閉じこめるように建物の外壁に両腕をつく大輝は さっきまでの優しげな雰囲気は微塵もなくて、それどころかギラギラと目を輝かせる様子はまるで、お腹を空かせた肉食獣だ。嫌な予感しかしない。目を逸らして そろそろと体の向きを変え、外壁と間近で向き合うようにして 大輝に背を向けた。胸の前で両手を握るようにして、身を縮こめる。
「おい、逃げんな」
「だって、絶対ろくな事ない…!」
「“ろくな事”って 何だよ」
耳元で囁くような低い声が聞こえる。ぞくりと何かが背筋を駆け上った気がしてぎゅっと目を閉じたその刹那、がぶりと耳に噛み付かれた。自分のものとは思えない嬌声が口から漏れ、咄嗟に両手で口元を覆う。なに今の、はずかしい。顔に熱が集まるのを感じながら、きっと大輝はからかうように嗜虐的に笑うのだと思っていた、のに。耳に届いたのは、七瀬、と 私の名を呼ぶ穏やかな声だった。
「こっち向け、七瀬」
「や、だ…」
「やだじゃねーよ」
「絶対やだ、向かない」
「顔が見たい」
ぎゅうっと心臓が締め付けられる。今日の大輝は やっぱりなんだか変だ。ずるい、そんな甘い言い方されると断れない。らしくない彼に負けるように ゆるゆると向き直れば、目の前にいるのは獣の眼をした大輝。
ほら、やっぱり碌なことないじゃないか。