ゼラニウムに捧ぐ
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ついに迎えた霧崎第一との試合。勝てばウィンターカップ出場が決まる大事な一戦であると同時に、木吉さんの膝の“限界”のことも、負傷の直接原因とも言える因縁の相手だという事も テツ君と火神から聞いた。絶対に“負けられない”と思う。
審判の死角での姑息な手、ラフプレーに選手たちのフラストレーションが溜まっていく。けれど、それよりも、チームメイトを守るために1人でインサイドを守る木吉さんの全身にいくつもの痣が見える。まだ、第1Qなのに。祈るように見つめることしか出来ないリコさんと私の目の前で、ゴール下の木吉さんが相手選手と交錯するように転倒した――いや、違う。足を払われ、バランスを崩したところで頭部を狙って膝が振り下ろされたのだ。
起き上がった木吉さんの額からは血が流れていて息が詰まる。けれど彼の目には確かな闘志が灯っていて、今ここで私が嘆くのは違うと思った。レフェリータイムがかけられ、ベンチに戻ってきた木吉さんに駆け寄り綺麗なタオルを渡す。
「止血と消毒します」
「ああ、悪いな…頼む」
ベンチに座った木吉さんの隣に救急箱を広げ手当をする。幸いにも出血はほぼ治っていて、これならもうすぐで止まりそうだと安堵の息を吐く。「七瀬」名前を呼ばれハッとして、額の傷口に向けていた視線を僅かに下げて木吉さんと目を合わせれば 彼の大きな手が頬を撫でた。
「泣くな」
「…っな、泣いてない、です!」
「そうか、それなら良いんだ」
そう言って笑う木吉さんに、私はどんな言葉を返せば良いのだろう。こんな状況で、自分の事より私の心配をして笑うのだから。――本当に、この人は。私は絶対に泣かないし、悲観もしないと決めた。けれどリコさんが本当に危ないと判断した時は、怒られたって、恨まれたって、どんな手段を使ってでもベンチに引き下げてみせる。コートの中に入れないから、せめて、コートの外では私も彼を守りたいと思う。だから私は、木吉さんに笑顔を返した。
◇
5点リードで第2Qを終え、インターバルに入る。リードしているとはいえ決して楽しい試合ではなくて、みんなの苛立ちも木吉さんへの負担も募る一方だ。それでも審判からの注意がない以上は“ルールの下”で試合が行われているという判断であり、それに従うしかない。コート内での出来事に 私が手出しできることなどないと分かりながら、それでも何かできないのかと考えずにはいられない。
インターバル中に飲み物を作り足そうとやって来ていた手洗い場で、重い溜め息を吐く。水を出そうとした時、背後から伸びてきた2本の腕が 抱きしめるように肩に回され、不意のことにビクリと身体が跳ねた。
「見つけた」
聞き慣れない、だけどここ最近で確かに聞き知った声が耳元で聞こえて 全身が固まる。そろそろと顔を横に向ければ、触れそうなほど近く、私の肩に顎を乗せる真宮真がいた。その姿を認識した瞬間に背中を冷たいものが駆け上がったような感覚がして、頭の中で警鐘が鳴り響く。
「やっ…!」
「おっと、逃げるなよ」
身をよじって 突き飛ばすぐらいのつもりで彼の身体を強く押し、逃げるように距離を取る。けれどそれより早く左手首を掴まれ 腰を抱き寄せられ、向き合うように体勢が変わっただけで距離を取ることは叶わなかった。この人に真っ直ぐ見つめられると、身が竦むような感覚がする。逃げようと右手で彼の胸元を押し返すけれど、ビクともしなくて怖くなった。でも、だからこそ怯んではダメだと 間近に見える花宮さんを睨むように見上げる。
「な、何か用ですか?試合中ですよ」
「ふはっ、イイコちゃんかよ……だからだろ」
「は…?」
嘲るように笑った花宮さんが 私の耳元に顔を寄せた。何を言われるのかと身構えた瞬間、耳を、噛まれる。その感覚にざわりと全身が粟立ち 逃げるように顔を背けるけれど、簡単には逃がしてくれない。
「や、だ…!」
拒絶の言葉を発したところで、意味などないと分かっていた。甘噛みするように何度も耳に歯を立て、舌を這わせる花宮さんが クツクツと笑うのがすぐ近くで聞こえる。
行動の意図が、全く読めない。試合中のインターバルでしかないこのタイミングで、私にこんな事をして何になるというのか。与え続けられる逃げたくなるような刺激の中で、せめてもの抵抗に精一杯に顔を背けて、正気を保つために必死に頭を回転させる。けれど そんな抗いも無駄に等しくて、もういやだ、逃げたい、そう思って目尻に涙が浮かんだところで ようやく花宮さんの顔が離れていく。拘束されていた力も僅かに緩んだところで 目の前の体を思い切り突き飛ばした。隠すように自分の耳に触れながら、可能な限りの怒気を込めてその顔を睨み付ける。
「こんな事して、何になるんですか!」
「さぁね…でもそんな顔で戻ったらみんなはどう思うだろなぁ?」
「……!」
インターバル前後で様子の変わった私に気付けば、きっと選手たちは何事かと案じてくれる。そこでもし私が正直に今の出来事を話せば、きっとみんなは怒ってくれて、余計な力みが生まれる。話さなければ、きっと気がかりとして心のどこかに余計な思考が生まれるだろう。どちらにしても、私を使って“試合中に不要な邪念”を作ろうとしているのだと、そこで初めて理解ができた。このためにこんな事を平然とやってのける目の前の男が どうしようもなく腹立たしく、それと同時に怖いと思った。
何も言えずに眉を寄せたところで不意に手が伸びてきて、ビクリと身体が強張る。
「後半戦も頑張ろうね、七瀬チャン」
同じ人だと思えないほど優しく私の頬を撫でて去っていく背中を、ただ呆然と見送ることしかできなかった。
審判の死角での姑息な手、ラフプレーに選手たちのフラストレーションが溜まっていく。けれど、それよりも、チームメイトを守るために1人でインサイドを守る木吉さんの全身にいくつもの痣が見える。まだ、第1Qなのに。祈るように見つめることしか出来ないリコさんと私の目の前で、ゴール下の木吉さんが相手選手と交錯するように転倒した――いや、違う。足を払われ、バランスを崩したところで頭部を狙って膝が振り下ろされたのだ。
起き上がった木吉さんの額からは血が流れていて息が詰まる。けれど彼の目には確かな闘志が灯っていて、今ここで私が嘆くのは違うと思った。レフェリータイムがかけられ、ベンチに戻ってきた木吉さんに駆け寄り綺麗なタオルを渡す。
「止血と消毒します」
「ああ、悪いな…頼む」
ベンチに座った木吉さんの隣に救急箱を広げ手当をする。幸いにも出血はほぼ治っていて、これならもうすぐで止まりそうだと安堵の息を吐く。「七瀬」名前を呼ばれハッとして、額の傷口に向けていた視線を僅かに下げて木吉さんと目を合わせれば 彼の大きな手が頬を撫でた。
「泣くな」
「…っな、泣いてない、です!」
「そうか、それなら良いんだ」
そう言って笑う木吉さんに、私はどんな言葉を返せば良いのだろう。こんな状況で、自分の事より私の心配をして笑うのだから。――本当に、この人は。私は絶対に泣かないし、悲観もしないと決めた。けれどリコさんが本当に危ないと判断した時は、怒られたって、恨まれたって、どんな手段を使ってでもベンチに引き下げてみせる。コートの中に入れないから、せめて、コートの外では私も彼を守りたいと思う。だから私は、木吉さんに笑顔を返した。
◇
5点リードで第2Qを終え、インターバルに入る。リードしているとはいえ決して楽しい試合ではなくて、みんなの苛立ちも木吉さんへの負担も募る一方だ。それでも審判からの注意がない以上は“ルールの下”で試合が行われているという判断であり、それに従うしかない。コート内での出来事に 私が手出しできることなどないと分かりながら、それでも何かできないのかと考えずにはいられない。
インターバル中に飲み物を作り足そうとやって来ていた手洗い場で、重い溜め息を吐く。水を出そうとした時、背後から伸びてきた2本の腕が 抱きしめるように肩に回され、不意のことにビクリと身体が跳ねた。
「見つけた」
聞き慣れない、だけどここ最近で確かに聞き知った声が耳元で聞こえて 全身が固まる。そろそろと顔を横に向ければ、触れそうなほど近く、私の肩に顎を乗せる真宮真がいた。その姿を認識した瞬間に背中を冷たいものが駆け上がったような感覚がして、頭の中で警鐘が鳴り響く。
「やっ…!」
「おっと、逃げるなよ」
身をよじって 突き飛ばすぐらいのつもりで彼の身体を強く押し、逃げるように距離を取る。けれどそれより早く左手首を掴まれ 腰を抱き寄せられ、向き合うように体勢が変わっただけで距離を取ることは叶わなかった。この人に真っ直ぐ見つめられると、身が竦むような感覚がする。逃げようと右手で彼の胸元を押し返すけれど、ビクともしなくて怖くなった。でも、だからこそ怯んではダメだと 間近に見える花宮さんを睨むように見上げる。
「な、何か用ですか?試合中ですよ」
「ふはっ、イイコちゃんかよ……だからだろ」
「は…?」
嘲るように笑った花宮さんが 私の耳元に顔を寄せた。何を言われるのかと身構えた瞬間、耳を、噛まれる。その感覚にざわりと全身が粟立ち 逃げるように顔を背けるけれど、簡単には逃がしてくれない。
「や、だ…!」
拒絶の言葉を発したところで、意味などないと分かっていた。甘噛みするように何度も耳に歯を立て、舌を這わせる花宮さんが クツクツと笑うのがすぐ近くで聞こえる。
行動の意図が、全く読めない。試合中のインターバルでしかないこのタイミングで、私にこんな事をして何になるというのか。与え続けられる逃げたくなるような刺激の中で、せめてもの抵抗に精一杯に顔を背けて、正気を保つために必死に頭を回転させる。けれど そんな抗いも無駄に等しくて、もういやだ、逃げたい、そう思って目尻に涙が浮かんだところで ようやく花宮さんの顔が離れていく。拘束されていた力も僅かに緩んだところで 目の前の体を思い切り突き飛ばした。隠すように自分の耳に触れながら、可能な限りの怒気を込めてその顔を睨み付ける。
「こんな事して、何になるんですか!」
「さぁね…でもそんな顔で戻ったらみんなはどう思うだろなぁ?」
「……!」
インターバル前後で様子の変わった私に気付けば、きっと選手たちは何事かと案じてくれる。そこでもし私が正直に今の出来事を話せば、きっとみんなは怒ってくれて、余計な力みが生まれる。話さなければ、きっと気がかりとして心のどこかに余計な思考が生まれるだろう。どちらにしても、私を使って“試合中に不要な邪念”を作ろうとしているのだと、そこで初めて理解ができた。このためにこんな事を平然とやってのける目の前の男が どうしようもなく腹立たしく、それと同時に怖いと思った。
何も言えずに眉を寄せたところで不意に手が伸びてきて、ビクリと身体が強張る。
「後半戦も頑張ろうね、七瀬チャン」
同じ人だと思えないほど優しく私の頬を撫でて去っていく背中を、ただ呆然と見送ることしかできなかった。