ゼラニウムに捧ぐ
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そのころ誠凛高校では、桃井さつきの来訪により“キセキの世代”の話題になっていた。紫原敦と、赤司征十郎―――誠凛バスケ部としてまだ顔を合わせたことのない彼らの事を桃井に問い、話を聞く。“キセキの世代”の常人離れした能力に息を呑んだ時「……以前に」ポツリと言葉を発した黒子へ 部員たちの視線が集まった。
「“ 佐倉さんは黄瀬君の彼女なのか”と聞かれた事がありますが」
「…ああ、あったな」
「黄瀬が誠凛に来た時な」
「どちらかと言えば、赤司君のと言った方が近いです」
その一言で、シンと凍りつくような静寂が訪れる。黒子が言った“近い”というその表現の意味も測りかね、けれどそれを問うことさえ躊躇うような雰囲気があった。どういう意味だよ。誰かが零した呟きのような声が、やけに大きく聞こえた気がした。「実際の交際関係はなかったはずですけど」今度は黒子に変わって言葉を発した桃井へと 全員の視線が動く。
「七瀬にとって、赤司君はちょっと特別みたいで」
彼女のその言葉が、妙に重たくその場に響いた。
◇
会いたかったと、そう言う赤司くんに 抱きついてしまいたいような、私に触れる手を振り払いたいような、そんな気持ちになる。どうして、そんなことが言えるの。私は、どんな言葉を返せばいいの。そんなことを考えた私は、一体どんな顔をしていたのだろうか。なんて顔をしてるんだ、と 赤司くんがまた笑う。誰のせいだと思っているの、と 言葉にはせず むっと半ば睨むように彼を見上げた。
「いつまで東京にいるの?」
「明日の朝に発つよ。…今日が、最初で最後の機会だ」
「それなら、どうしてメールなの」
これは、質問ではなく詰問。もしもあの時、私がメールの確認を後回しにしていたら。メールを見ないまま ゆっくりとお風呂に入り、テレビを見て、就寝の支度をして、夜も更けたころに始めて確認していたとしたら。会いたかったと言うのなら、電話にするとか、会える確率が高いもっと別の手段があったはずだ。聡明な彼が、そんなことに気付かないわけがない。それなのに、私が言いたい意味も全て察したうえで 赤司くんは当然のように言う。
「それじゃあ 面白くもなんともないだろう」
「……もういい。赤司くんの考えてることは私には分からない」
「怒らないでくれ七瀬。僕にも色々あるんだ」
視線を下げた私の顔を 赤司くんが覗き込む。それからも逃げるように「知らない」と そっぽを向いた私はまるで拗ねた子供のよう。いや、私は実際に拗ねているのだろう。彼の高校がインターハイに出場していたのは知っている。つまり、それは赤司くんがこちらに来ているということで。だけど今日まで一度だって連絡は来なかったし、それなのに会いたかっただなんて平然と言うのだから。
「七瀬に会えないわけがないと 確信していたんだ」
「…ずるい言い方するね」
「七瀬ほどじゃないさ……変わりはないか?」
かけられた問いかけに、小さく頷く。そして近況報告程度の言葉を交わす。会っていなかった時間を埋めるには全然足りない程度の会話がひと段落したところで、ちらりと時計を見上げた赤司くんが 小さく息を吐いた。
「ああ、残念だけどそろそろ時間だ。家まで送ろう」
なんの躊躇いもなく歩き出そうとする赤司くんのシャツの裾を 反射的に掴んで引き止める。どうしてあなたは、何の未練もなく離れて行けるの。まるで私ばかりが寂しがってるようで悔しいけれど、身体が勝手に動いてしまったのだから仕方がない。どうした、なんて 何てことのないように問う赤司くんの顔を見上げた。
「赤司くん、私、今あの家に一人なんだよ」
「… 七瀬?」
「――ねぇ、また助けてよ」
こんなの、むちゃくちゃだ。無茶苦茶なことを言っていると分かるのに、私はこの人を相手にすると 感情のコントロールが上手にできない。強くて優しい彼に甘えてばかりで情けない。だけど そんな私の言葉で、ほんの僅かに 赤司くんの目が見開かれたような気がした。その反応だけできっと充分だ。そう自分に言い聞かせて、何事もないように装って パッと笑顔を浮かべる。
「…なんてね!少し困らせたかっただけ」
「……」
「送ってもらわなくても大丈夫。またウィンターカップで会おうね」
「七瀬」
赤司くんを追い抜いて公園を出ようとした私の腕を、今度は彼が掴んだ。振り返った先に見えた 真っ直ぐこちらを見る綺麗な眼に、全てを見透かされてしまいそうでドキリとする。私は、上手く笑えているだろうか。
「どうかした?」
「相変わらず、キミは嘘が下手だな」
ふっと優しく笑った赤司くんの両手の平が 私の頬を包んで、こつんと額が触れ合う。たったそれだけの事なのに、荒立った心があっという間に凪いでいくのが分かる。本当に、赤司くんは不思議だね。
「僕には隠し事も遠慮も必要ない」
「…寂しいって言ったら、帰らないでいてくれるの?」
「……あまり困らせないでくれないか」
「ふふっ、冗談だよ。―――ありがとう」
今度は、偽りのない笑顔。間近に見える赤司くんを見上げて笑えば、彼の口元は穏やかに弧を描いた。そして 私の額に唇を寄せる。触れた優しい温かさに、私はそっと目を伏せた。
「“ 佐倉さんは黄瀬君の彼女なのか”と聞かれた事がありますが」
「…ああ、あったな」
「黄瀬が誠凛に来た時な」
「どちらかと言えば、赤司君のと言った方が近いです」
その一言で、シンと凍りつくような静寂が訪れる。黒子が言った“近い”というその表現の意味も測りかね、けれどそれを問うことさえ躊躇うような雰囲気があった。どういう意味だよ。誰かが零した呟きのような声が、やけに大きく聞こえた気がした。「実際の交際関係はなかったはずですけど」今度は黒子に変わって言葉を発した桃井へと 全員の視線が動く。
「七瀬にとって、赤司君はちょっと特別みたいで」
彼女のその言葉が、妙に重たくその場に響いた。
◇
会いたかったと、そう言う赤司くんに 抱きついてしまいたいような、私に触れる手を振り払いたいような、そんな気持ちになる。どうして、そんなことが言えるの。私は、どんな言葉を返せばいいの。そんなことを考えた私は、一体どんな顔をしていたのだろうか。なんて顔をしてるんだ、と 赤司くんがまた笑う。誰のせいだと思っているの、と 言葉にはせず むっと半ば睨むように彼を見上げた。
「いつまで東京にいるの?」
「明日の朝に発つよ。…今日が、最初で最後の機会だ」
「それなら、どうしてメールなの」
これは、質問ではなく詰問。もしもあの時、私がメールの確認を後回しにしていたら。メールを見ないまま ゆっくりとお風呂に入り、テレビを見て、就寝の支度をして、夜も更けたころに始めて確認していたとしたら。会いたかったと言うのなら、電話にするとか、会える確率が高いもっと別の手段があったはずだ。聡明な彼が、そんなことに気付かないわけがない。それなのに、私が言いたい意味も全て察したうえで 赤司くんは当然のように言う。
「それじゃあ 面白くもなんともないだろう」
「……もういい。赤司くんの考えてることは私には分からない」
「怒らないでくれ七瀬。僕にも色々あるんだ」
視線を下げた私の顔を 赤司くんが覗き込む。それからも逃げるように「知らない」と そっぽを向いた私はまるで拗ねた子供のよう。いや、私は実際に拗ねているのだろう。彼の高校がインターハイに出場していたのは知っている。つまり、それは赤司くんがこちらに来ているということで。だけど今日まで一度だって連絡は来なかったし、それなのに会いたかっただなんて平然と言うのだから。
「七瀬に会えないわけがないと 確信していたんだ」
「…ずるい言い方するね」
「七瀬ほどじゃないさ……変わりはないか?」
かけられた問いかけに、小さく頷く。そして近況報告程度の言葉を交わす。会っていなかった時間を埋めるには全然足りない程度の会話がひと段落したところで、ちらりと時計を見上げた赤司くんが 小さく息を吐いた。
「ああ、残念だけどそろそろ時間だ。家まで送ろう」
なんの躊躇いもなく歩き出そうとする赤司くんのシャツの裾を 反射的に掴んで引き止める。どうしてあなたは、何の未練もなく離れて行けるの。まるで私ばかりが寂しがってるようで悔しいけれど、身体が勝手に動いてしまったのだから仕方がない。どうした、なんて 何てことのないように問う赤司くんの顔を見上げた。
「赤司くん、私、今あの家に一人なんだよ」
「… 七瀬?」
「――ねぇ、また助けてよ」
こんなの、むちゃくちゃだ。無茶苦茶なことを言っていると分かるのに、私はこの人を相手にすると 感情のコントロールが上手にできない。強くて優しい彼に甘えてばかりで情けない。だけど そんな私の言葉で、ほんの僅かに 赤司くんの目が見開かれたような気がした。その反応だけできっと充分だ。そう自分に言い聞かせて、何事もないように装って パッと笑顔を浮かべる。
「…なんてね!少し困らせたかっただけ」
「……」
「送ってもらわなくても大丈夫。またウィンターカップで会おうね」
「七瀬」
赤司くんを追い抜いて公園を出ようとした私の腕を、今度は彼が掴んだ。振り返った先に見えた 真っ直ぐこちらを見る綺麗な眼に、全てを見透かされてしまいそうでドキリとする。私は、上手く笑えているだろうか。
「どうかした?」
「相変わらず、キミは嘘が下手だな」
ふっと優しく笑った赤司くんの両手の平が 私の頬を包んで、こつんと額が触れ合う。たったそれだけの事なのに、荒立った心があっという間に凪いでいくのが分かる。本当に、赤司くんは不思議だね。
「僕には隠し事も遠慮も必要ない」
「…寂しいって言ったら、帰らないでいてくれるの?」
「……あまり困らせないでくれないか」
「ふふっ、冗談だよ。―――ありがとう」
今度は、偽りのない笑顔。間近に見える赤司くんを見上げて笑えば、彼の口元は穏やかに弧を描いた。そして 私の額に唇を寄せる。触れた優しい温かさに、私はそっと目を伏せた。