ゼラニウムに捧ぐ
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先ほど私を助けてくれた氷室さんは敦と同じ陽泉高校のバスケ部であり、火神がアメリカで兄弟のように過ごした人だという。そんな偶然があるのかと驚きながらも、私も名乗り 改めて氷室さんに挨拶をすれば「よろしく七瀬」と、やっぱり王子様のような笑顔を見せてくれた。
それからすぐに試合は始まり、開始早々の木吉さんのダンクシュートで顔付きが変わった敦。意識さえ奪われてしまいそうになるほど美しすぎる氷室さんのフォーム。そして速攻で攻め込む火神に対し、ゴール下に立っていた敦が殺気に近い雰囲気を纏って背筋が粟立ったその瞬間、突然に強い雨が降り出して試合は中断される。あまりに目まぐるしい展開に付いて行くことに必死になっていた私は、雨に濡れるのも構わずに ようやく落ち着いたことに安堵してきたのかもしれない。
そんな中、火神と何か話しをしていた氷室さんが徐ろにシュートのモーションに入る。なんて事のないジャンプシュートを火神がブロック、した はずなのに。火神の手をすり抜けるように、ボールがリングを潜った。目の前の光景が信じられずに立ち尽くす私の方に歩み寄ってきた氷室さんが、するりと手の甲で私の頬を撫でる。
「またな、七瀬。風邪引くなよ」
「あ、はい、氷室さんも…」
にこりと綺麗に笑って、荷物を取りに行くのだろうか、コートの脇へと歩いて行く氷室さんの背中をぼんやりと眺めていた。「ねぇ、七瀬ちん」不意に名前を呼ばれて振り返れば、テツ君と話していたはずの敦が いつの間にかすぐ後ろに立っている。その腕がこちらに伸びて来たかと思えば、大きな彼の手が首裏に触れた。それと同時に強い力で引き寄せられ、敦が私の首筋に顔を埋めたその刹那。
「…ぃ、っ!」
ガジ、と 容赦なく首根に歯を立てられて 走った痛みに小さな悲鳴のような声が漏れた。突き飛ばすぐらいのつもりで強く敦の肩を押したけれど ほんの少しの意味さえ為さなくて、分かりきっていた事なのに絶望感に襲われる。噛み跡から首筋を這い上がるように舌でなぞられ肩が跳ねれば、敦は満足そうに笑った。
「じゃ、またね」
それだけ言い残して並んで去って行く2人の背中を、噛まれた首筋に手で触れながら立ち尽くすように見送っていると 火神が側に駆け寄ってきた。
「おい、大丈夫かよ!?」
「え、あ、うん…敦に噛まれるのは、初めてじゃないから」
「は…?」
敦に噛まれるのは初めてじゃない。でも、これまでは今日 最初に顔を合わせた時にされたような、甘噛みみたいなもので、場所だって手や指先だった。こんな場所を噛まれたのも、痛いほどに歯を立てられたのも初めてで、ただ戸惑うことしかできなかった。
◇
リコさんに呼ばれたという同級生たちとは駅で別れ、私は木吉さんに送ってもらって帰途についていた。マンションにたどり着いた時には見事にずぶ濡れで、今が夏で良かったと思う。エントランスの屋根の下に駆け込んで、ふぅ と一つ息を吐いたら「じゃあ風邪ひくなよ」と すぐに立ち去ろうとした木吉さんの腕を反射的に掴んで引き止めていた。不思議そうに振り返った木吉さんと目が合って、何を言えばいいのかと言葉を探す。
試合に出るわけではないからと 着替えもタオルも持っていなかった私は、木吉さんが貸してくれたタオルを肩に巻いてここまで帰って来たわけで。そのせいで彼はきっと、必要以上に濡れてしまっただろう。なのに家まで送ってもらって、このまま「はいさようなら」と言えるほど薄情ではないし、そんなこと言いたくないのが本心だ。
「少し、うちに寄ってください。タオルと傘を貸しますから」
「ありがとう、でも大丈夫だ。これだけ濡れたら もう関係ないさ」
「ダメです!選手に風邪なんか引かせてしまったら…」
断固として引かない私に 木吉さんは一瞬だけ驚いたように目を見開いて、それから何かを考えるように視線を巡らせた。そして、数秒後にふっと柔らかく笑う。「じゃあ、お言葉に甘えるかな」そう言われて純粋に嬉しくなった私は 急かすように彼を部屋へと案内した。
玄関に通した木吉さんに少しそこで待ってもらい、濡れた靴下だけは脱いでペタペタと廊下を歩く。洗面所からバスタオルとフェイスタオルを持って再び玄関へと向かい、木吉さんの元へ歩み寄りながら問いかける。
「木吉さん、着替えってもう1枚ありますか?なければ乾燥機かけますし…」
「いや、そこまでしてもらうのは」
「でも服が濡れたままだと冷えますよ。少し小さいと思いますけど父の服があるので、その間だけ…、っ」
私なんかよりずっとずっと大人びた木吉さんの世話を焼ける数少ない機会だと、なんだか嬉しくなって私は舞い上がっていたのかもしれない。タオルを差し出そうとしていた腕を掴んで引かれ、つんのめるように足が前に出て木吉さんとの距離が縮む。突然のことに驚いて間近で見上げた彼の顔に いつもの穏やかな笑顔はなくて、射抜くような視線にゴクリと息を飲むことしかできなかった。
それからすぐに試合は始まり、開始早々の木吉さんのダンクシュートで顔付きが変わった敦。意識さえ奪われてしまいそうになるほど美しすぎる氷室さんのフォーム。そして速攻で攻め込む火神に対し、ゴール下に立っていた敦が殺気に近い雰囲気を纏って背筋が粟立ったその瞬間、突然に強い雨が降り出して試合は中断される。あまりに目まぐるしい展開に付いて行くことに必死になっていた私は、雨に濡れるのも構わずに ようやく落ち着いたことに安堵してきたのかもしれない。
そんな中、火神と何か話しをしていた氷室さんが徐ろにシュートのモーションに入る。なんて事のないジャンプシュートを火神がブロック、した はずなのに。火神の手をすり抜けるように、ボールがリングを潜った。目の前の光景が信じられずに立ち尽くす私の方に歩み寄ってきた氷室さんが、するりと手の甲で私の頬を撫でる。
「またな、七瀬。風邪引くなよ」
「あ、はい、氷室さんも…」
にこりと綺麗に笑って、荷物を取りに行くのだろうか、コートの脇へと歩いて行く氷室さんの背中をぼんやりと眺めていた。「ねぇ、七瀬ちん」不意に名前を呼ばれて振り返れば、テツ君と話していたはずの敦が いつの間にかすぐ後ろに立っている。その腕がこちらに伸びて来たかと思えば、大きな彼の手が首裏に触れた。それと同時に強い力で引き寄せられ、敦が私の首筋に顔を埋めたその刹那。
「…ぃ、っ!」
ガジ、と 容赦なく首根に歯を立てられて 走った痛みに小さな悲鳴のような声が漏れた。突き飛ばすぐらいのつもりで強く敦の肩を押したけれど ほんの少しの意味さえ為さなくて、分かりきっていた事なのに絶望感に襲われる。噛み跡から首筋を這い上がるように舌でなぞられ肩が跳ねれば、敦は満足そうに笑った。
「じゃ、またね」
それだけ言い残して並んで去って行く2人の背中を、噛まれた首筋に手で触れながら立ち尽くすように見送っていると 火神が側に駆け寄ってきた。
「おい、大丈夫かよ!?」
「え、あ、うん…敦に噛まれるのは、初めてじゃないから」
「は…?」
敦に噛まれるのは初めてじゃない。でも、これまでは今日 最初に顔を合わせた時にされたような、甘噛みみたいなもので、場所だって手や指先だった。こんな場所を噛まれたのも、痛いほどに歯を立てられたのも初めてで、ただ戸惑うことしかできなかった。
◇
リコさんに呼ばれたという同級生たちとは駅で別れ、私は木吉さんに送ってもらって帰途についていた。マンションにたどり着いた時には見事にずぶ濡れで、今が夏で良かったと思う。エントランスの屋根の下に駆け込んで、ふぅ と一つ息を吐いたら「じゃあ風邪ひくなよ」と すぐに立ち去ろうとした木吉さんの腕を反射的に掴んで引き止めていた。不思議そうに振り返った木吉さんと目が合って、何を言えばいいのかと言葉を探す。
試合に出るわけではないからと 着替えもタオルも持っていなかった私は、木吉さんが貸してくれたタオルを肩に巻いてここまで帰って来たわけで。そのせいで彼はきっと、必要以上に濡れてしまっただろう。なのに家まで送ってもらって、このまま「はいさようなら」と言えるほど薄情ではないし、そんなこと言いたくないのが本心だ。
「少し、うちに寄ってください。タオルと傘を貸しますから」
「ありがとう、でも大丈夫だ。これだけ濡れたら もう関係ないさ」
「ダメです!選手に風邪なんか引かせてしまったら…」
断固として引かない私に 木吉さんは一瞬だけ驚いたように目を見開いて、それから何かを考えるように視線を巡らせた。そして、数秒後にふっと柔らかく笑う。「じゃあ、お言葉に甘えるかな」そう言われて純粋に嬉しくなった私は 急かすように彼を部屋へと案内した。
玄関に通した木吉さんに少しそこで待ってもらい、濡れた靴下だけは脱いでペタペタと廊下を歩く。洗面所からバスタオルとフェイスタオルを持って再び玄関へと向かい、木吉さんの元へ歩み寄りながら問いかける。
「木吉さん、着替えってもう1枚ありますか?なければ乾燥機かけますし…」
「いや、そこまでしてもらうのは」
「でも服が濡れたままだと冷えますよ。少し小さいと思いますけど父の服があるので、その間だけ…、っ」
私なんかよりずっとずっと大人びた木吉さんの世話を焼ける数少ない機会だと、なんだか嬉しくなって私は舞い上がっていたのかもしれない。タオルを差し出そうとしていた腕を掴んで引かれ、つんのめるように足が前に出て木吉さんとの距離が縮む。突然のことに驚いて間近で見上げた彼の顔に いつもの穏やかな笑顔はなくて、射抜くような視線にゴクリと息を飲むことしかできなかった。