ゼラニウムに捧ぐ
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IH予選を終えてから最初の休日である今日は、1年生でストリートバスケの試合に出ようと言う話になった。それなら当然ながら私も応援に行くけれど、試合に出るわけではない私は みんなよりも少し遅れて現地集合にすることとなる。
そうして降旗から聞いていた会場に一人でやって来たけれど、呆然と立ち尽くしてしまう。想像していたよりも規模が大きいようで、会場は広くて人が多い。背の高い火神がいるから人混みでもすぐに見つけられるだろうと高を括っていたけれど、ここに集まっているのはみんなバスケをしている人たちだと言うことを少しも考えていなかった。火神が特別大きいと思えないぐらい どこを見ても体格のいい人ばかりで、もしも彼らが近くにいたとして果たしてすぐに気付けるのだろうか。
そんな不安は拭えないけれど、ここで立ち尽くしていても仕方がない。みんなには到着したことをメールで送り伝え、とりあえず私は会場内へと足を進める。
(当日参加の受付の方にいるかな…)
そう考えて受付の場所を探しながら、或いは近くに彼らがいないかと キョロキョロ周りを見回しながら 人混みの中を進んでいたのがいけなかった。前をよく見ず歩いていたら、すれ違う人と肩がぶつかってしまう。完全に不意をつかれた衝撃と 相手との体格差もあって堪えきれず、あ、倒れる、と 思ったその瞬間、誰かが身体を抱き止めてくれた。ぶつかった相手の謝罪に こちらも謝罪し、後ろを振り返って助けてくれた人を見上げる。穏やかそうなその人は、私と比べれば頭一つ分ぐらい背が高いけれど、バスケをしている人の中では特別大きいとは言えないだろう。けれど支えられたことで触れた身体は、無駄なく鍛えられていることは分かった。
「大丈夫?」
「あ、はい、すみません。ありがとうございます」
「いや、女性が怪我するのは耐えられないからね」
にこり、と 優しい笑顔で言われ恥ずかしくなる。なんだろう この感じ、言われてることは涼太と似ているようだけど また少し違う。返す言葉が思い付かず 言い淀んでいると、抱き止めるために私の肩に触れていた彼の手が離れ、ぽんと優しく頭に乗せられる。気を付けて。私の顔を覗き込むように身を屈め、綺麗な笑顔のままそう言ってから ひらりと手を振って去って行くその背中に もう一度お礼を言って頭を下げた。
随分と大人っぽく見えたけれど、同世代だろうか。それに、彼のあの雰囲気はどことなく―――。うーん と考え込んだところで、ポケットの中の携帯電話が震えた。居場所を知らせる降旗からのメールを確認して、再び歩み始める。今度は ちゃんと前を見て。
◇
会場の広さと人の多さのために、目的のコートにたどり着くまで随分と時間がかかってしまった。やっとのことで私がみんなに合流したのは試合開始直前で、遅いと文句を言う火神に謝ったところで チームの中に先輩が混ざっていることに気が付く。
「あれ、木吉さん?」
「オレも混ぜてもらうことになったんだ」
そういえば河原の姿が見えないから、彼の代わりなのだろうか。詳しい事情は聞いてみないと分からないけれど、ヒートアップした火神が暴走した場合なんかを考えば 先輩がいてくれると戦力的な意味ではもちろん、ブレーキ的な意味でも心強い。よろしくと笑う木吉さんに、私も笑顔を返した。
そこでふっと頭上に影が落ちて、不思議に思って振り返る。視界に入ったのは誰かの胴体だけで、そろそろと身を辿る様に視線を上げた。火神よりも、木吉さんよりも大きな身体。特徴的な色をした 長めの髪。そしていまいち覇気を感じさせない表情で私を見下ろすその目に、息が止まるような感覚がした。
「あー、やっぱり七瀬ちんだー」
「あ、つ し?…え、どうして?」
どうして、なんて そんなことを問うたところで彼――紫原敦が律儀に答えてくれるわけがないのだけれど。んー、と少し言葉を溜めた後、色々あって、と 何の答えにもなっていない言葉だけが面倒臭そうに返された。敦相手に質問の内容を間違えたと、諦めに近いため息を吐く。彼の高校もIHに出ていたはずだから、まだ東京にいても不思議ではないと 冷静さを取り戻した頭で考えた時、目線を合わせるように身を屈めた敦が私の左手首を持ち上げる。
「それより、七瀬ちんさ」
「え…?」
「相変わらず美味しそうだね」
持ち上げられていた左手の小指の先を、口に含んで甘噛みされる。ざわりと指先からなにかが駆け上がるような感覚に手を引っ込めようとするけれど、解放されることはなかった。分かっている、敦相手に敵いっこないのだ。たとえ彼が大して力を入れていなかったとしても、もともとが違いすぎて歯が立たない。敦を怖いとか苦手だとか思ったことはないけれど、こうも圧倒的な力の差を見せられた時に 身が竦むような思いをしたことは何度かある。
敦を見上げて身動きが取れなくなっていた私の腕を誰かが握って引いたのと、相手チームの誰かが諌めるように敦の手首を掴んだのは同時だったと思う。はっとした時に視界に入ったのは 庇うように立つ木吉さんの背中で、ああ本当に この人の背中はどうしてこんなにも安心するのだろうと、そんな事を考えた。けれど明らかにムッとした様子を見せた敦に、まずいと思ったけれど 私が何か言葉を発するより先に 私ではない声が聞こえる。
「敦、そう女の子をいじめるものじゃないよ」
「え…」
少し前に聞いた落ち着いた声に、そちらへ目を向ける。整った顔立ちに 左目を隠すほど長い前髪、右目の泣きぼくろはどこか色気さえ感じさせるその人は。
「あ、れ…さっきの…!」
「やあ、また会えたね」
例えるとすれば“王子様”。それほど優しく綺麗に、彼―――氷室さんは 私と目を合わせて笑った。
そうして降旗から聞いていた会場に一人でやって来たけれど、呆然と立ち尽くしてしまう。想像していたよりも規模が大きいようで、会場は広くて人が多い。背の高い火神がいるから人混みでもすぐに見つけられるだろうと高を括っていたけれど、ここに集まっているのはみんなバスケをしている人たちだと言うことを少しも考えていなかった。火神が特別大きいと思えないぐらい どこを見ても体格のいい人ばかりで、もしも彼らが近くにいたとして果たしてすぐに気付けるのだろうか。
そんな不安は拭えないけれど、ここで立ち尽くしていても仕方がない。みんなには到着したことをメールで送り伝え、とりあえず私は会場内へと足を進める。
(当日参加の受付の方にいるかな…)
そう考えて受付の場所を探しながら、或いは近くに彼らがいないかと キョロキョロ周りを見回しながら 人混みの中を進んでいたのがいけなかった。前をよく見ず歩いていたら、すれ違う人と肩がぶつかってしまう。完全に不意をつかれた衝撃と 相手との体格差もあって堪えきれず、あ、倒れる、と 思ったその瞬間、誰かが身体を抱き止めてくれた。ぶつかった相手の謝罪に こちらも謝罪し、後ろを振り返って助けてくれた人を見上げる。穏やかそうなその人は、私と比べれば頭一つ分ぐらい背が高いけれど、バスケをしている人の中では特別大きいとは言えないだろう。けれど支えられたことで触れた身体は、無駄なく鍛えられていることは分かった。
「大丈夫?」
「あ、はい、すみません。ありがとうございます」
「いや、女性が怪我するのは耐えられないからね」
にこり、と 優しい笑顔で言われ恥ずかしくなる。なんだろう この感じ、言われてることは涼太と似ているようだけど また少し違う。返す言葉が思い付かず 言い淀んでいると、抱き止めるために私の肩に触れていた彼の手が離れ、ぽんと優しく頭に乗せられる。気を付けて。私の顔を覗き込むように身を屈め、綺麗な笑顔のままそう言ってから ひらりと手を振って去って行くその背中に もう一度お礼を言って頭を下げた。
随分と大人っぽく見えたけれど、同世代だろうか。それに、彼のあの雰囲気はどことなく―――。うーん と考え込んだところで、ポケットの中の携帯電話が震えた。居場所を知らせる降旗からのメールを確認して、再び歩み始める。今度は ちゃんと前を見て。
◇
会場の広さと人の多さのために、目的のコートにたどり着くまで随分と時間がかかってしまった。やっとのことで私がみんなに合流したのは試合開始直前で、遅いと文句を言う火神に謝ったところで チームの中に先輩が混ざっていることに気が付く。
「あれ、木吉さん?」
「オレも混ぜてもらうことになったんだ」
そういえば河原の姿が見えないから、彼の代わりなのだろうか。詳しい事情は聞いてみないと分からないけれど、ヒートアップした火神が暴走した場合なんかを考えば 先輩がいてくれると戦力的な意味ではもちろん、ブレーキ的な意味でも心強い。よろしくと笑う木吉さんに、私も笑顔を返した。
そこでふっと頭上に影が落ちて、不思議に思って振り返る。視界に入ったのは誰かの胴体だけで、そろそろと身を辿る様に視線を上げた。火神よりも、木吉さんよりも大きな身体。特徴的な色をした 長めの髪。そしていまいち覇気を感じさせない表情で私を見下ろすその目に、息が止まるような感覚がした。
「あー、やっぱり七瀬ちんだー」
「あ、つ し?…え、どうして?」
どうして、なんて そんなことを問うたところで彼――紫原敦が律儀に答えてくれるわけがないのだけれど。んー、と少し言葉を溜めた後、色々あって、と 何の答えにもなっていない言葉だけが面倒臭そうに返された。敦相手に質問の内容を間違えたと、諦めに近いため息を吐く。彼の高校もIHに出ていたはずだから、まだ東京にいても不思議ではないと 冷静さを取り戻した頭で考えた時、目線を合わせるように身を屈めた敦が私の左手首を持ち上げる。
「それより、七瀬ちんさ」
「え…?」
「相変わらず美味しそうだね」
持ち上げられていた左手の小指の先を、口に含んで甘噛みされる。ざわりと指先からなにかが駆け上がるような感覚に手を引っ込めようとするけれど、解放されることはなかった。分かっている、敦相手に敵いっこないのだ。たとえ彼が大して力を入れていなかったとしても、もともとが違いすぎて歯が立たない。敦を怖いとか苦手だとか思ったことはないけれど、こうも圧倒的な力の差を見せられた時に 身が竦むような思いをしたことは何度かある。
敦を見上げて身動きが取れなくなっていた私の腕を誰かが握って引いたのと、相手チームの誰かが諌めるように敦の手首を掴んだのは同時だったと思う。はっとした時に視界に入ったのは 庇うように立つ木吉さんの背中で、ああ本当に この人の背中はどうしてこんなにも安心するのだろうと、そんな事を考えた。けれど明らかにムッとした様子を見せた敦に、まずいと思ったけれど 私が何か言葉を発するより先に 私ではない声が聞こえる。
「敦、そう女の子をいじめるものじゃないよ」
「え…」
少し前に聞いた落ち着いた声に、そちらへ目を向ける。整った顔立ちに 左目を隠すほど長い前髪、右目の泣きぼくろはどこか色気さえ感じさせるその人は。
「あ、れ…さっきの…!」
「やあ、また会えたね」
例えるとすれば“王子様”。それほど優しく綺麗に、彼―――氷室さんは 私と目を合わせて笑った。
