ゼラニウムに捧ぐ
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騒がしかったはずの体育館が音を失い静寂に包まれる。私を腕の中に閉じ込めた涼太は、まるで壊れ物でも触るかのように優しく、だけど絶対に離さないと言いたげに力強く私を抱きしめた。そしてさも当然のように、私の前髪に唇を寄せる。
「やっと見つけた…誠凛なんて聞いてないっス」
「言ってないからね。…ていうか、離して」
「ヤダ。久しぶりの七瀬っちなんだから堪能させてほしいっス」
「涼太は自分が目立つ人間だってもう少し――っ!」
私の肩口に顔を埋めて離れる気配のない涼太の胸をグイグイ押しながら文句を言いかけていると、急に肩を強く抱き寄せられた。距離を取ろうと力を入れていたはずの私の両腕は簡単に負けて、涼太の胸に顔を埋めることになる。それと同時にバチィ!!とけたたましい音が顔のすぐ横で響いた。ハッとして振り向けば、涼太の左手がバスケットボールを受け止めている。
「った~~ちょ…何!?」
「感動の再開中ワリーな。けどせっかく来てアイサツだけもねーだろ。ちょっと相手してくれよイケメン君」
涼太の視線の先――ボールが飛んできた方向には、好戦的な笑みを浮かべてこちらを睨む火神がいた。飛んできたボールは火神が投げたものだと判断できると同時に、涼太の手に当たってあんなに大きな音を立てるほどの速度だったのだ。もし涼太が止めてくれていなかったらと思うとゾッとする。
「つか、七瀬っちに当たってたらどうしてたんスか?」
「“キセキの世代”がそんなヘマしねーだろ」
火花の錯覚でも見えてしまいそうな雰囲気を纏いながら視線を合わせてから、涼太はブツブツと何かを呟きながら思案する。それからようやく私の体を離し、ブレザーを脱いだ。
「よし、やろっか!いいもん見せてくれたお礼」
「…!涼太、」
「ちょっと待っててね」
自然に私の頭を撫でた涼太は、シャツの袖を捲りながら火神が待つコートへと向かった。こうなると涼太も火神も、もう誰にも止められないのだろう。諦めにも似たため息を一つ吐いて、私はテツ君の隣へと移動した。
◇
涼太のダンクシュートが決まり、押し負けた火神が尻餅をつく。その光景に誠凛メンバーは言葉を失い、テツ君と私は黄瀬涼太というプレーヤーの成長に息を呑んだ。そんな周りの様子など意にも介さず、涼太は頭を掻きながら「ん~…これは…ちょっとな~」などと不満そうに声を漏らした。
「やっぱ黒子っちください。海常ウチおいでよ。また一緒にバスケやろう」
涼太の公開スカウトに体育館内の空気が揺れる。このタイミングで言うのかという驚きはあれど、その内容に対する驚きは私にはなかった。涼太はバスケを始めた直後からずっとテツ君と過ごしてきたのだ。お互いを認め合っていることは知っていた。でも、それとこれとは話は別で、テツ君が「キセキの世代を倒す」と火神と誓ったことも知っている。
丁重にお断りするテツ君に涼太はショックを受けているようだけど、まさかテツ君が「では誠凛やめます」なんて言うわけがないのだ。
「それなら仕方ないっスね…じゃ、ちょっと七瀬っち借ります」
「へ!?」
テツ君の勧誘をあっさりと諦めたかと思うと、涼太は私の手首を掴んで歩き出そうとする。予想外の出来事に間抜けな声が漏れた。何とか踏み止まって手首を自分の方に引くけれど、掴まれている手は離れない。
「ちょ、涼太、待って」
「本当は掻っ攫っていきたいんスけど、転入とか手続き大変でしょ」
「そうじゃなくて!練習あるんだから」
「でも、オレが勝ったんスよ?ご褒美ぐらいほしいっス」
「あんた達が勝手に始めたんでしょ、ご褒美なんて知らないよ」
「…じゃ、勝手にもらってくけど いい?」
腰を抱き寄せられ、顎を持ち上げられる。黄瀬涼太という男は、こういう行動も様になるから厄介だ。ごく自然に、流れるような動作に思わず見惚れてしまいそうになる。
鼻先が触れそうになる距離まで端正な顔が近付いて、吐息が唇にかかったところでハッと我に返る。慌てて胸板を強く押し返した。
「~~~っ、だから!そういう事を人前でするなって言ってるの!!」
「あれ、2人きりなら良かった?」
「違う!ばか!自分の知名度を自覚して!」
中学時代から涼太の私に対するスキンシップは過剰だったと思う。懐かれた大型犬にじゃれ付かれてるぐらいの感覚だったけれど、今この場にいる人たちは私たちのそんな過去の日常など知りもしない。突然ラブシーンが始まったようにしか見えないはずだ。
ましてやあの頃は涼太もまだ新人モデルのバスケ初心者に過ぎなかったが、今やバスケでは“キセキの世代”と呼ばれるほどの選手になり、モデルとしても人気モデルの地位にいる。常に周りから注目されているのだと理解してほしい。
「リコさん、日向さん、すみません、すぐ戻ります!」
監督と主将に私がそう言ったのを聞いた涼太は、改めて私の手を取り嬉しそうに歩き出す。「5分だけよ!」「了解っス」鼻唄でも聞こえてきそうなほどに上機嫌な彼は、果たして本当に分かっているのかどうか。私は諦めて息を吐き、涼太に腕をひかれて 体育館を出るのである。
「なぁ、黒子」
「はい」
「七瀬って黄瀬の彼女だったのか?」
「いえ…ただの黄瀬君の熱烈な片想いです。中二からずっと」
「え、長くね!?」
私たちが去った体育館でそんな会話がされていたことを、私は知らない。
「やっと見つけた…誠凛なんて聞いてないっス」
「言ってないからね。…ていうか、離して」
「ヤダ。久しぶりの七瀬っちなんだから堪能させてほしいっス」
「涼太は自分が目立つ人間だってもう少し――っ!」
私の肩口に顔を埋めて離れる気配のない涼太の胸をグイグイ押しながら文句を言いかけていると、急に肩を強く抱き寄せられた。距離を取ろうと力を入れていたはずの私の両腕は簡単に負けて、涼太の胸に顔を埋めることになる。それと同時にバチィ!!とけたたましい音が顔のすぐ横で響いた。ハッとして振り向けば、涼太の左手がバスケットボールを受け止めている。
「った~~ちょ…何!?」
「感動の再開中ワリーな。けどせっかく来てアイサツだけもねーだろ。ちょっと相手してくれよイケメン君」
涼太の視線の先――ボールが飛んできた方向には、好戦的な笑みを浮かべてこちらを睨む火神がいた。飛んできたボールは火神が投げたものだと判断できると同時に、涼太の手に当たってあんなに大きな音を立てるほどの速度だったのだ。もし涼太が止めてくれていなかったらと思うとゾッとする。
「つか、七瀬っちに当たってたらどうしてたんスか?」
「“キセキの世代”がそんなヘマしねーだろ」
火花の錯覚でも見えてしまいそうな雰囲気を纏いながら視線を合わせてから、涼太はブツブツと何かを呟きながら思案する。それからようやく私の体を離し、ブレザーを脱いだ。
「よし、やろっか!いいもん見せてくれたお礼」
「…!涼太、」
「ちょっと待っててね」
自然に私の頭を撫でた涼太は、シャツの袖を捲りながら火神が待つコートへと向かった。こうなると涼太も火神も、もう誰にも止められないのだろう。諦めにも似たため息を一つ吐いて、私はテツ君の隣へと移動した。
◇
涼太のダンクシュートが決まり、押し負けた火神が尻餅をつく。その光景に誠凛メンバーは言葉を失い、テツ君と私は黄瀬涼太というプレーヤーの成長に息を呑んだ。そんな周りの様子など意にも介さず、涼太は頭を掻きながら「ん~…これは…ちょっとな~」などと不満そうに声を漏らした。
「やっぱ黒子っちください。海常ウチおいでよ。また一緒にバスケやろう」
涼太の公開スカウトに体育館内の空気が揺れる。このタイミングで言うのかという驚きはあれど、その内容に対する驚きは私にはなかった。涼太はバスケを始めた直後からずっとテツ君と過ごしてきたのだ。お互いを認め合っていることは知っていた。でも、それとこれとは話は別で、テツ君が「キセキの世代を倒す」と火神と誓ったことも知っている。
丁重にお断りするテツ君に涼太はショックを受けているようだけど、まさかテツ君が「では誠凛やめます」なんて言うわけがないのだ。
「それなら仕方ないっスね…じゃ、ちょっと七瀬っち借ります」
「へ!?」
テツ君の勧誘をあっさりと諦めたかと思うと、涼太は私の手首を掴んで歩き出そうとする。予想外の出来事に間抜けな声が漏れた。何とか踏み止まって手首を自分の方に引くけれど、掴まれている手は離れない。
「ちょ、涼太、待って」
「本当は掻っ攫っていきたいんスけど、転入とか手続き大変でしょ」
「そうじゃなくて!練習あるんだから」
「でも、オレが勝ったんスよ?ご褒美ぐらいほしいっス」
「あんた達が勝手に始めたんでしょ、ご褒美なんて知らないよ」
「…じゃ、勝手にもらってくけど いい?」
腰を抱き寄せられ、顎を持ち上げられる。黄瀬涼太という男は、こういう行動も様になるから厄介だ。ごく自然に、流れるような動作に思わず見惚れてしまいそうになる。
鼻先が触れそうになる距離まで端正な顔が近付いて、吐息が唇にかかったところでハッと我に返る。慌てて胸板を強く押し返した。
「~~~っ、だから!そういう事を人前でするなって言ってるの!!」
「あれ、2人きりなら良かった?」
「違う!ばか!自分の知名度を自覚して!」
中学時代から涼太の私に対するスキンシップは過剰だったと思う。懐かれた大型犬にじゃれ付かれてるぐらいの感覚だったけれど、今この場にいる人たちは私たちのそんな過去の日常など知りもしない。突然ラブシーンが始まったようにしか見えないはずだ。
ましてやあの頃は涼太もまだ新人モデルのバスケ初心者に過ぎなかったが、今やバスケでは“キセキの世代”と呼ばれるほどの選手になり、モデルとしても人気モデルの地位にいる。常に周りから注目されているのだと理解してほしい。
「リコさん、日向さん、すみません、すぐ戻ります!」
監督と主将に私がそう言ったのを聞いた涼太は、改めて私の手を取り嬉しそうに歩き出す。「5分だけよ!」「了解っス」鼻唄でも聞こえてきそうなほどに上機嫌な彼は、果たして本当に分かっているのかどうか。私は諦めて息を吐き、涼太に腕をひかれて 体育館を出るのである。
「なぁ、黒子」
「はい」
「七瀬って黄瀬の彼女だったのか?」
「いえ…ただの黄瀬君の熱烈な片想いです。中二からずっと」
「え、長くね!?」
私たちが去った体育館でそんな会話がされていたことを、私は知らない。