ゼラニウムに捧ぐ
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振り返った時に揺れた明るい色の髪も、驚きに見開かれた真っ直ぐな瞳も、綺麗だな なんて、そんなことをぼんやりと思った。
「え… 七瀬っち!?」
「うん、なんか久しぶり」
ゆっくりと涼太に歩み寄れば信じられないとでも言いたげな目を向かられ「まさか観に来てるとは思わなかったっス」そう言う彼に笑ってみせる。近くで合宿してたの。そう告げれば涼太は面白くなさそうな表情をした。
「ちぇー。応援しに来てくれたのかと期待したのに」
口を尖らせて拗ねたように言う涼太に、思わず笑みが零れた。昨日から頭の中がぐちゃぐちゃで すっきりしなかったけれど、涼太を見たら 何故だかそんな事はどうでも良くなった。「どうかしたんスか?」そんな私の様子に首を傾げた彼に、なんでもないと首を振る。涼太は、最近は雰囲気が変わった気がする。戻った、と言った方が的確かもしれないけれど。
「…ねぇ、七瀬っち」
「ん?なぁに?」
「中学の時は勝つ試合が当たり前だったけど…」
「うん」
「オレさ、勝てるかどうか分からない今が気持ちイイんス」
どうしてだろう。そう言って笑う涼太はなんだかもても晴れやかな表情をしているように思えて、なんだか泣いてしまいそうになった。
「試合、ちゃんと見てるから」
「“応援してる”とは、言ってくれないんスか?」
「……がんばれ、負けるな」
「それで充分」
伸びてきた涼太の手が私の頭を撫でて、そのまま引き寄せられる。そして彼の唇が当然のように前髪に触れ、すぐに離れていった。じゃあそろそろ戻るっスね。そう言った涼太はもう一度 私の頭を撫でてから、こちらに背を向け その手をヒラヒラと振って歩み出す。
どちらかが勝つことを願えはしないけれど、せめて どうか、どちらも悔いが残りませんように。試合へと戻る背中を見送りながら そんな事を祈っていた。
◇
「佐倉さん」
涼太の背中が見えなくなったところで後ろから名前を呼ばれた。その声に振り返れば、他に人影のないそこに立っていたのは私が追いかけていたはずのテツ君に他ならなくて 驚きに目を見開いた。
「え…あれ、テツ君!?」
「佐倉さんは どうしてこんな所に?」
「テツ君がはぐれていくのが見えて…追いかけたはず、なんだけど…」
そのテツ君が どうして背後から登場したのだろうか。追いかけていた人をいつの間にか追い抜いてしまっていただなんて、なんだか間抜けすぎて笑ってしまった。そんな私にテツ君は首を傾げたけれど、いつの間にか追い抜いてたのかな、そう言って私は肩を竦めた。
「ついさっきまで涼太がいたんだよ」
「はい、少し向こうから見えていました」
「そっか。…テツ君も会えれば良かったかな」
「いえ…ボクは必要なかったと思います」
「…?」
涼太が去って行った方を見ながらそう言うテツ君に 今度は私の方が首を傾げる。「それより、佐倉さんは」こちらに視線を戻したテツ君は、真っ直ぐに私を見て 切り出した。
「何かありましたか?」
「え……?」
彼のその言葉にぱちぱちと目を瞬かせた。突拍子もない問いかけに、どうして?と 質問に質問で返す。
「宿を出発するまえに緑間君に会いましたが、いつになく上機嫌で」
「上機嫌…?真ちゃんが…?」
緑間真太郎という人と知り合ってもう何年も経つけれど、機嫌がいい彼を1ミリも想像できない。入手に苦戦していたラッキーアイテムを見つけた時の真ちゃんをイメージすればいいのだろうか。
むむむ、と考え込む私を大して気にする素振りを見せず、テツ君は変わらないトーンで言葉を続ける。
「佐倉さんは何となく暗い顔をしてるので」
「え、私そんな風に見える?」
「はい。だから、緑間君と何かあったのかな、と」
真っ直ぐ私の目を見たまま言われた言葉に どきりとした。「なにか、って…?」とぼけるように、或いは誤魔化すように言葉を返せば、テツ君の右手がそっと頬に添えられた。え、と思うと同時に親指の腹が唇を撫でた。「なにか、です」そんな仕草と一緒に言われる“何か”が どういう意味を言おうとしているのかは明らかで、かぁっと顔に熱が集まるのが自分で分かる。ぱっと顔を背けて俯いて、テツ君から自分の顔を隠そうとする。
「べ、別に、何もないよ」
「…そうですか」
白々しく言う私に対してテツ君は特に言及することもなく、彼の手が離れていく。最近、テツ君は不意に男の子の顔をするから どぎまぎしてしまう。「そろそろ戻りましょう」何事もないように歩き始めたテツ君の背中を追いかけて、どきどきと騒ぐ心臓には気付かないふりをした。
「テツ君は、どっちが勝つと思う?」
「…わかりません」
その言葉は、関心がない という意味ではなく、純粋に“どちらが勝ってもおかしくない”と言う意味だろう。だよね、と彼の言葉に同意しながら 考えるのは後半戦のこと。あと数十分後には、試合の決着がついている。それは、つまり、どちらかが勝って どちらかが負けるということで。
「佐倉さんは、どちらが勝つと思いますか?」
「…どっちにも負けてほしくない、なんて 無理な話だもんね」
苦笑い混じりに言う私に そうですね、と 返ってきたテツ君の言葉は 一見すれば素っ気ないもののようだったけれど、その声は決して冷たくはない。私たちはそれ以上の会話はせず、ただ2人並んで みんなの元へと戻っていった。
「え… 七瀬っち!?」
「うん、なんか久しぶり」
ゆっくりと涼太に歩み寄れば信じられないとでも言いたげな目を向かられ「まさか観に来てるとは思わなかったっス」そう言う彼に笑ってみせる。近くで合宿してたの。そう告げれば涼太は面白くなさそうな表情をした。
「ちぇー。応援しに来てくれたのかと期待したのに」
口を尖らせて拗ねたように言う涼太に、思わず笑みが零れた。昨日から頭の中がぐちゃぐちゃで すっきりしなかったけれど、涼太を見たら 何故だかそんな事はどうでも良くなった。「どうかしたんスか?」そんな私の様子に首を傾げた彼に、なんでもないと首を振る。涼太は、最近は雰囲気が変わった気がする。戻った、と言った方が的確かもしれないけれど。
「…ねぇ、七瀬っち」
「ん?なぁに?」
「中学の時は勝つ試合が当たり前だったけど…」
「うん」
「オレさ、勝てるかどうか分からない今が気持ちイイんス」
どうしてだろう。そう言って笑う涼太はなんだかもても晴れやかな表情をしているように思えて、なんだか泣いてしまいそうになった。
「試合、ちゃんと見てるから」
「“応援してる”とは、言ってくれないんスか?」
「……がんばれ、負けるな」
「それで充分」
伸びてきた涼太の手が私の頭を撫でて、そのまま引き寄せられる。そして彼の唇が当然のように前髪に触れ、すぐに離れていった。じゃあそろそろ戻るっスね。そう言った涼太はもう一度 私の頭を撫でてから、こちらに背を向け その手をヒラヒラと振って歩み出す。
どちらかが勝つことを願えはしないけれど、せめて どうか、どちらも悔いが残りませんように。試合へと戻る背中を見送りながら そんな事を祈っていた。
◇
「佐倉さん」
涼太の背中が見えなくなったところで後ろから名前を呼ばれた。その声に振り返れば、他に人影のないそこに立っていたのは私が追いかけていたはずのテツ君に他ならなくて 驚きに目を見開いた。
「え…あれ、テツ君!?」
「佐倉さんは どうしてこんな所に?」
「テツ君がはぐれていくのが見えて…追いかけたはず、なんだけど…」
そのテツ君が どうして背後から登場したのだろうか。追いかけていた人をいつの間にか追い抜いてしまっていただなんて、なんだか間抜けすぎて笑ってしまった。そんな私にテツ君は首を傾げたけれど、いつの間にか追い抜いてたのかな、そう言って私は肩を竦めた。
「ついさっきまで涼太がいたんだよ」
「はい、少し向こうから見えていました」
「そっか。…テツ君も会えれば良かったかな」
「いえ…ボクは必要なかったと思います」
「…?」
涼太が去って行った方を見ながらそう言うテツ君に 今度は私の方が首を傾げる。「それより、佐倉さんは」こちらに視線を戻したテツ君は、真っ直ぐに私を見て 切り出した。
「何かありましたか?」
「え……?」
彼のその言葉にぱちぱちと目を瞬かせた。突拍子もない問いかけに、どうして?と 質問に質問で返す。
「宿を出発するまえに緑間君に会いましたが、いつになく上機嫌で」
「上機嫌…?真ちゃんが…?」
緑間真太郎という人と知り合ってもう何年も経つけれど、機嫌がいい彼を1ミリも想像できない。入手に苦戦していたラッキーアイテムを見つけた時の真ちゃんをイメージすればいいのだろうか。
むむむ、と考え込む私を大して気にする素振りを見せず、テツ君は変わらないトーンで言葉を続ける。
「佐倉さんは何となく暗い顔をしてるので」
「え、私そんな風に見える?」
「はい。だから、緑間君と何かあったのかな、と」
真っ直ぐ私の目を見たまま言われた言葉に どきりとした。「なにか、って…?」とぼけるように、或いは誤魔化すように言葉を返せば、テツ君の右手がそっと頬に添えられた。え、と思うと同時に親指の腹が唇を撫でた。「なにか、です」そんな仕草と一緒に言われる“何か”が どういう意味を言おうとしているのかは明らかで、かぁっと顔に熱が集まるのが自分で分かる。ぱっと顔を背けて俯いて、テツ君から自分の顔を隠そうとする。
「べ、別に、何もないよ」
「…そうですか」
白々しく言う私に対してテツ君は特に言及することもなく、彼の手が離れていく。最近、テツ君は不意に男の子の顔をするから どぎまぎしてしまう。「そろそろ戻りましょう」何事もないように歩き始めたテツ君の背中を追いかけて、どきどきと騒ぐ心臓には気付かないふりをした。
「テツ君は、どっちが勝つと思う?」
「…わかりません」
その言葉は、関心がない という意味ではなく、純粋に“どちらが勝ってもおかしくない”と言う意味だろう。だよね、と彼の言葉に同意しながら 考えるのは後半戦のこと。あと数十分後には、試合の決着がついている。それは、つまり、どちらかが勝って どちらかが負けるということで。
「佐倉さんは、どちらが勝つと思いますか?」
「…どっちにも負けてほしくない、なんて 無理な話だもんね」
苦笑い混じりに言う私に そうですね、と 返ってきたテツ君の言葉は 一見すれば素っ気ないもののようだったけれど、その声は決して冷たくはない。私たちはそれ以上の会話はせず、ただ2人並んで みんなの元へと戻っていった。