ゼラニウムに捧ぐ
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真ちゃんの背中を見送ってから、私はどれぐらいの時間 その場に座り込んでいただろう。まだぼーっとしている頭を左右に振ってから立ち上がれば、足に上手く力が入りきらず ふらりと体が揺れる。歩くのって、こんなに難しかったっけ、なんて そんなことを考えた。
転ばないように気をつけながら、宿舎を目指してゆっくり歩く。足に力が入るようになり 変に意識したくても普通に歩けるようになったのは 駐車場のすぐ側まで戻った時で、そこで自分が飲み物など買わずに戻ってきたことに気が付いた。火神の分も買っておくと言いながら、彼のものどころか自分の分さえ買わずに戻ったのでは 何かあったのかと心配させてしまう。どうしようかと足を止めたけれど、よく耳を澄ませてみれば ボールをつくような音は聞こえてこない。ゆっくりと駐車場の方へと近付き様子を見れば、そこには誰の姿も見えない。火神ももう切り上げたのだろうか。不思議に思いはしたけれど、顔を合わせずに済んだことには 正直ひどく安堵した。
◇
翌日、合宿を切り上げ宿舎を後にした私たちは、この近くで開催されているインターハイを見に行くことになる。このために合宿地をこの場所したのだというリコさんに私は純粋に感嘆の息を吐き、その横で今日の組み合わせを調べていた伊月さんの携帯を覗き込んでいたみんなが固まった。
本日の試合、インターハイ準決勝、海常高校vs桐皇学園。その組み合わせを聞いた瞬間、ぎゅっと強い力で心臓を握られたような痛みを感じた。
◇
両校の選手が現れた瞬間に会場がざわりと揺れる。数いる選手達の中で、プレーをしているわけではなくても視線を惹きつけるような強烈な存在感を放つ2人の存在に私も目を向けた。口元で祈るように両手の平を合わせ、コートへと視線を注ぐ。呼吸も瞬きも忘れるほど、ただただ真っ直ぐに。
「どうかしましたか?」
隣に座るテツ君の声に、ハッと我にかえる。視線を彼に向ければ、少し心配そうにこちらを見ていたテツ君と目が合って 苦笑い浮かべた。私は一体、どんな顔をしていたのだろう。
「…私、この試合、最後まで見てられるかな」
ポツリと溢れるように呟いた私の声に、テツ君は瞬きを1つ。
涼太は、大輝に憧れてバスケを始めた。それ以来、彼にとって青峰大輝という選手は 唯一手が届かない絶対的な存在で在り続けているはず。そして大輝にとっての涼太もまた、力を認め、対等である数少ない存在で。涼太と1対1をしている大輝の表情は、他では見ないほど明るい笑顔でイキイキとしていた。
それなのに、と 中学時代の2人の姿が、現在の彼らと重ならなくて胸が詰まる。ふぅ、とゆっくり息を吐いた私の心中を察したのか、佐倉さん とテツ君の穏やかな声が私の名前を呼んだ。視線を向ければ、真っ直ぐな瞳と視線が絡む。
「佐倉さんには、見ていてほしいと思います」
「…? うん、ちゃんと見る」
テツ君の言葉の真意は読めなかったけれど、彼がそう言うのなら きっとそれが良いのだろう。絶対に目を逸らさないでいようと心に決めて、ぎゅっと唇を結んでコートを見つめた。
試合が、始まる。
◇
桐皇の9点リードで迎えたインターバル。息苦しくなるほどの緊張感を纏う試合展開と 会場の熱気のため、1年生全員で先輩たちの分も含めて飲み物を買いに行くことになる。まとまって歩くみんなの最後尾で、これからの展開を考えていた。このままのペースで試合は進むのだろうか。いや、何の山もなく終わるはずがない。
そう考えたところで視線をふと横に向けると、少し離れたところで人混みに消えていく見知った背中が見えた気がした。え、と小さく声を漏らし 前を歩くチームメイトたちに視線を向けるけれど、その中に居るはずの人の姿が見当たらない。ならば、先ほど見えた気がした後ろ姿はやっぱりテツ君なのだろう。この人混みの中でテツ君とはぐれてしまったら、大変なことになる気がする。今追いかければまだすぐに追いつけるだろう。そう思った瞬間には、彼の背中が消えた方へと駆け出していた。
(うーん…迂闊だったなぁ)
そんなことに気付いたのは、人混みを抜けてからだった。テツ君も見つかっていないし、誰にも声を掛けずにみんなから離れてしまい、連絡しようにも携帯はカバンに入れたまま座席に置いてきてしまっている。テツ君だって子供じゃないんだから、時間になれば自分で席に戻るだろうに、なんて 今更ながらに気が付いた。いつの間にか周りに人の姿は全然なく、なんだか不安になる。さっきまであんなに人が溢れて騒がしかったのに。みんなが心配しているかもしれないし、今から戻ればいい時間になるだろう。感じた不安を誤魔化すように、右手でぎゅっと左の肩先を握って足を速めた。
少し進んだところで前方に久しぶりに人影が見えて妙な安堵感を抱き、だけどその人の姿を認識したところで一瞬足を止める。それから、彼の元へ駆け寄った。
「…涼太っ!」
「え……?」
私の声に振り返った彼は、驚いたように目を見開く。揺れる明るい色の髪が、随分と長らく見ていなかったような気がして キラキラと眩しく感じた。
転ばないように気をつけながら、宿舎を目指してゆっくり歩く。足に力が入るようになり 変に意識したくても普通に歩けるようになったのは 駐車場のすぐ側まで戻った時で、そこで自分が飲み物など買わずに戻ってきたことに気が付いた。火神の分も買っておくと言いながら、彼のものどころか自分の分さえ買わずに戻ったのでは 何かあったのかと心配させてしまう。どうしようかと足を止めたけれど、よく耳を澄ませてみれば ボールをつくような音は聞こえてこない。ゆっくりと駐車場の方へと近付き様子を見れば、そこには誰の姿も見えない。火神ももう切り上げたのだろうか。不思議に思いはしたけれど、顔を合わせずに済んだことには 正直ひどく安堵した。
◇
翌日、合宿を切り上げ宿舎を後にした私たちは、この近くで開催されているインターハイを見に行くことになる。このために合宿地をこの場所したのだというリコさんに私は純粋に感嘆の息を吐き、その横で今日の組み合わせを調べていた伊月さんの携帯を覗き込んでいたみんなが固まった。
本日の試合、インターハイ準決勝、海常高校vs桐皇学園。その組み合わせを聞いた瞬間、ぎゅっと強い力で心臓を握られたような痛みを感じた。
◇
両校の選手が現れた瞬間に会場がざわりと揺れる。数いる選手達の中で、プレーをしているわけではなくても視線を惹きつけるような強烈な存在感を放つ2人の存在に私も目を向けた。口元で祈るように両手の平を合わせ、コートへと視線を注ぐ。呼吸も瞬きも忘れるほど、ただただ真っ直ぐに。
「どうかしましたか?」
隣に座るテツ君の声に、ハッと我にかえる。視線を彼に向ければ、少し心配そうにこちらを見ていたテツ君と目が合って 苦笑い浮かべた。私は一体、どんな顔をしていたのだろう。
「…私、この試合、最後まで見てられるかな」
ポツリと溢れるように呟いた私の声に、テツ君は瞬きを1つ。
涼太は、大輝に憧れてバスケを始めた。それ以来、彼にとって青峰大輝という選手は 唯一手が届かない絶対的な存在で在り続けているはず。そして大輝にとっての涼太もまた、力を認め、対等である数少ない存在で。涼太と1対1をしている大輝の表情は、他では見ないほど明るい笑顔でイキイキとしていた。
それなのに、と 中学時代の2人の姿が、現在の彼らと重ならなくて胸が詰まる。ふぅ、とゆっくり息を吐いた私の心中を察したのか、佐倉さん とテツ君の穏やかな声が私の名前を呼んだ。視線を向ければ、真っ直ぐな瞳と視線が絡む。
「佐倉さんには、見ていてほしいと思います」
「…? うん、ちゃんと見る」
テツ君の言葉の真意は読めなかったけれど、彼がそう言うのなら きっとそれが良いのだろう。絶対に目を逸らさないでいようと心に決めて、ぎゅっと唇を結んでコートを見つめた。
試合が、始まる。
◇
桐皇の9点リードで迎えたインターバル。息苦しくなるほどの緊張感を纏う試合展開と 会場の熱気のため、1年生全員で先輩たちの分も含めて飲み物を買いに行くことになる。まとまって歩くみんなの最後尾で、これからの展開を考えていた。このままのペースで試合は進むのだろうか。いや、何の山もなく終わるはずがない。
そう考えたところで視線をふと横に向けると、少し離れたところで人混みに消えていく見知った背中が見えた気がした。え、と小さく声を漏らし 前を歩くチームメイトたちに視線を向けるけれど、その中に居るはずの人の姿が見当たらない。ならば、先ほど見えた気がした後ろ姿はやっぱりテツ君なのだろう。この人混みの中でテツ君とはぐれてしまったら、大変なことになる気がする。今追いかければまだすぐに追いつけるだろう。そう思った瞬間には、彼の背中が消えた方へと駆け出していた。
(うーん…迂闊だったなぁ)
そんなことに気付いたのは、人混みを抜けてからだった。テツ君も見つかっていないし、誰にも声を掛けずにみんなから離れてしまい、連絡しようにも携帯はカバンに入れたまま座席に置いてきてしまっている。テツ君だって子供じゃないんだから、時間になれば自分で席に戻るだろうに、なんて 今更ながらに気が付いた。いつの間にか周りに人の姿は全然なく、なんだか不安になる。さっきまであんなに人が溢れて騒がしかったのに。みんなが心配しているかもしれないし、今から戻ればいい時間になるだろう。感じた不安を誤魔化すように、右手でぎゅっと左の肩先を握って足を速めた。
少し進んだところで前方に久しぶりに人影が見えて妙な安堵感を抱き、だけどその人の姿を認識したところで一瞬足を止める。それから、彼の元へ駆け寄った。
「…涼太っ!」
「え……?」
私の声に振り返った彼は、驚いたように目を見開く。揺れる明るい色の髪が、随分と長らく見ていなかったような気がして キラキラと眩しく感じた。