ゼラニウムに捧ぐ
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その日の午後から、体育館練習は予定を変更して秀徳高校との合同練習となった。訪れた機会をほんの僅かでさえも無駄にしないリコさんに感服すると同時に、ある種の畏怖の念さえ抱いた。けれど個々のレベルが高い秀徳との合同練習は勉強になることが多いのも間違いなくて、とても刺激的だ。
マネージャーが珍しいのか 休憩の度に秀徳の選手に囲まれて たじろぐ羽目になったけれど、その都度 なにかと高尾くんがフォローしてくれて、やり過ごすことができた。休憩中の選手のケアを両校等しく行おうとすれば忙しさは増したけれど、この合同練習はとても有意義だと思える。とは言えリコさんの思惑は もっと深いところにあるのかも知れないけれど、それは私には知る由のないことだろう。
◇
合同練習初日を終えたその夜、昨夜と同様にメニューの思案に入ったリコさんの邪魔をしないように先に入浴を済ませ、やはり昨夜と同様に飲み物を求めて自販機へと向かった。ロビーに入ったところで反対側――客室へと続く廊下から 高尾くんが現れ鉢合わせる。
「お、七瀬ちゃんおつかれー。風呂?」
「おつかれさま。お風呂済ませたから飲み物買おうかなって」
「オレもオレも」
相変わらず人懐っこい笑顔で私に同調した彼の髪も 濡れているという程ではないけれどまだ僅かに水分が残っているようで、直後ではないだろうけど入浴を済ませた後なのだと想像できる。少しの距離を並んで歩いて自販機の前に立てば、それを見た高尾くんは げぇ、と動きを止めて苦い顔をした。
「ロビーに自販機あるって言われて来たけど…これ詐欺じゃん」
「外に出れば普通の自販機もあるみたいだよ」
「へぇー。七瀬ちゃんはここで済ませちゃう人?」
「この小規模な感じが何だか憎めなくて」
「なんだよそれ」
ケラケラと笑う高尾くんの声を聞きながら入浴道具をローテーブルに置いて顔を上げる。そうすれば、ジッとこちらを見ている高尾くんと目が合い首を傾げた。「髪上げてると雰囲気違うね」物珍しそうに言われた彼のその言葉で今の自分の髪型を思い出し、ああ、と軽く相槌を打つ。部活や体育の授業中に髪を束ねることはあっても、こうして完全に髪を纏め上げるのはお風呂上がりぐらいのものだから、確かにあまり家族以外の人に見せたことのある姿ではないかもしれない。
「髪が濡れてる時ぐらいしか上げないからね」
「へぇ。じゃあなんかトクベツだ」
「ふふ、なにそれ」
そんな話をした後、たった4種類しか並んでいない自動販売機の前で うんうん唸りながら悩んでいる高尾くんの背中を見つめる。あの秀徳高校バスケ部で1年生ながらレギュラーを張る彼は 試合中こそ随分と落ち着いて大人びた印象だけど、バスケを離れると年相応とでも言うのだろうか。同世代の男の子でしかなくて 何となく安心する。
結局は水を買ったらしい高尾くんは自販機からペットボトルを取り出し、蓋を開けて水を口に含む。
「合宿はどう?」
「そりゃもうキッツイよ。でも七瀬ちゃんが居るから楽しいかな」
「…私、そんなに面白い動きしてる?」
「ははっ!そうじゃないっしょ」
心底おかしそうに笑う高尾くんの声が、他に誰も居ないロビーに響いた。何か変なことを言っただろうかと首を傾げるけれど 教えてくれそうもないのですぐに諦め、彼と入れ替わるように自販機の前に立つ。今日は何を買おうかとお金を入れる前に考える。お水でいいか。「七瀬ちゃんってさ」背中から ふと思い付いたような高尾くんの声がかけられた。
「天然ってわけではなさそうだけど、抜けてるとこある?」
「え、心外だな。どちらかと言えばしっかり者のつもりなんだけど」
「でもさー」
種類の少ない自販機に向けていた身体を 振り返って彼に向ければ、軽い調子で笑みを浮かべた高尾くんが一歩距離を詰めて 私の目の前に立つ。すぐ近くにある笑顔の彼はいつもと同じなのに、いつもと違う雰囲気を纏っていてドキリとした。「たかお、くん?」弱々しく零れた声は、いつもより上ずっていたかもしれない。僅かに身を屈めて覗き込むように寄せられた彼の顔が、目前に迫る。
「こんな時間に、人気のない場所で男と2人きりで…無防備すぎない?」
「た…高尾くんは、そういう人じゃないでしょ?」
言われた言葉の意味を理解して、頬が熱を帯びていくのを感じた。その顔を見られたくなくて、熱っぽい彼の瞳から逃れたくて、高尾くんに背を向け それを誤魔化すように投入口に小銭を入れる。すると私の顔の横を通り トンと軽い音を立てて自販機に触れる彼の右手が 視界の中に入り込んできた。買い被りすぎかな。そんな声が耳元で聞こえ、身体の動かし方さえ忘れてしまったような気がした。
「ごめんね、でも オレも男」
悪びれた様子のない謝罪の言葉の後、髪を纏め上げているため露わになっているうなじに 暖かいものが触れた。え、と間抜けな声が漏れるより先に、そこに小さな痛みが走って肩が跳ねる。何が起きたのか考える間もなく反射的に勢いよく振り返れば、高尾くんと間近で目が合った。
「同じ土俵に上がりたいのは“キセキの世代 ”だけじゃないって知っててよ」
「ど ういう、意味…?」
私の問いかけには答えず、彼はただ意味ありげにニコリと微笑んだ。「おやすみ七瀬ちゃん、また明日」爽やかな笑顔を残して ひらりと手を振り去りゆく高尾くんの背中を、私はただ呆然と見送ることしかできなかった。
マネージャーが珍しいのか 休憩の度に秀徳の選手に囲まれて たじろぐ羽目になったけれど、その都度 なにかと高尾くんがフォローしてくれて、やり過ごすことができた。休憩中の選手のケアを両校等しく行おうとすれば忙しさは増したけれど、この合同練習はとても有意義だと思える。とは言えリコさんの思惑は もっと深いところにあるのかも知れないけれど、それは私には知る由のないことだろう。
◇
合同練習初日を終えたその夜、昨夜と同様にメニューの思案に入ったリコさんの邪魔をしないように先に入浴を済ませ、やはり昨夜と同様に飲み物を求めて自販機へと向かった。ロビーに入ったところで反対側――客室へと続く廊下から 高尾くんが現れ鉢合わせる。
「お、七瀬ちゃんおつかれー。風呂?」
「おつかれさま。お風呂済ませたから飲み物買おうかなって」
「オレもオレも」
相変わらず人懐っこい笑顔で私に同調した彼の髪も 濡れているという程ではないけれどまだ僅かに水分が残っているようで、直後ではないだろうけど入浴を済ませた後なのだと想像できる。少しの距離を並んで歩いて自販機の前に立てば、それを見た高尾くんは げぇ、と動きを止めて苦い顔をした。
「ロビーに自販機あるって言われて来たけど…これ詐欺じゃん」
「外に出れば普通の自販機もあるみたいだよ」
「へぇー。七瀬ちゃんはここで済ませちゃう人?」
「この小規模な感じが何だか憎めなくて」
「なんだよそれ」
ケラケラと笑う高尾くんの声を聞きながら入浴道具をローテーブルに置いて顔を上げる。そうすれば、ジッとこちらを見ている高尾くんと目が合い首を傾げた。「髪上げてると雰囲気違うね」物珍しそうに言われた彼のその言葉で今の自分の髪型を思い出し、ああ、と軽く相槌を打つ。部活や体育の授業中に髪を束ねることはあっても、こうして完全に髪を纏め上げるのはお風呂上がりぐらいのものだから、確かにあまり家族以外の人に見せたことのある姿ではないかもしれない。
「髪が濡れてる時ぐらいしか上げないからね」
「へぇ。じゃあなんかトクベツだ」
「ふふ、なにそれ」
そんな話をした後、たった4種類しか並んでいない自動販売機の前で うんうん唸りながら悩んでいる高尾くんの背中を見つめる。あの秀徳高校バスケ部で1年生ながらレギュラーを張る彼は 試合中こそ随分と落ち着いて大人びた印象だけど、バスケを離れると年相応とでも言うのだろうか。同世代の男の子でしかなくて 何となく安心する。
結局は水を買ったらしい高尾くんは自販機からペットボトルを取り出し、蓋を開けて水を口に含む。
「合宿はどう?」
「そりゃもうキッツイよ。でも七瀬ちゃんが居るから楽しいかな」
「…私、そんなに面白い動きしてる?」
「ははっ!そうじゃないっしょ」
心底おかしそうに笑う高尾くんの声が、他に誰も居ないロビーに響いた。何か変なことを言っただろうかと首を傾げるけれど 教えてくれそうもないのですぐに諦め、彼と入れ替わるように自販機の前に立つ。今日は何を買おうかとお金を入れる前に考える。お水でいいか。「七瀬ちゃんってさ」背中から ふと思い付いたような高尾くんの声がかけられた。
「天然ってわけではなさそうだけど、抜けてるとこある?」
「え、心外だな。どちらかと言えばしっかり者のつもりなんだけど」
「でもさー」
種類の少ない自販機に向けていた身体を 振り返って彼に向ければ、軽い調子で笑みを浮かべた高尾くんが一歩距離を詰めて 私の目の前に立つ。すぐ近くにある笑顔の彼はいつもと同じなのに、いつもと違う雰囲気を纏っていてドキリとした。「たかお、くん?」弱々しく零れた声は、いつもより上ずっていたかもしれない。僅かに身を屈めて覗き込むように寄せられた彼の顔が、目前に迫る。
「こんな時間に、人気のない場所で男と2人きりで…無防備すぎない?」
「た…高尾くんは、そういう人じゃないでしょ?」
言われた言葉の意味を理解して、頬が熱を帯びていくのを感じた。その顔を見られたくなくて、熱っぽい彼の瞳から逃れたくて、高尾くんに背を向け それを誤魔化すように投入口に小銭を入れる。すると私の顔の横を通り トンと軽い音を立てて自販機に触れる彼の右手が 視界の中に入り込んできた。買い被りすぎかな。そんな声が耳元で聞こえ、身体の動かし方さえ忘れてしまったような気がした。
「ごめんね、でも オレも男」
悪びれた様子のない謝罪の言葉の後、髪を纏め上げているため露わになっているうなじに 暖かいものが触れた。え、と間抜けな声が漏れるより先に、そこに小さな痛みが走って肩が跳ねる。何が起きたのか考える間もなく反射的に勢いよく振り返れば、高尾くんと間近で目が合った。
「同じ土俵に上がりたいのは“
「ど ういう、意味…?」
私の問いかけには答えず、彼はただ意味ありげにニコリと微笑んだ。「おやすみ七瀬ちゃん、また明日」爽やかな笑顔を残して ひらりと手を振り去りゆく高尾くんの背中を、私はただ呆然と見送ることしかできなかった。