ゼラニウムに捧ぐ
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あっという間に夏休みが始まり、今まで以上に練習に熱が入る日々が始まった。練習を終え いつものようにドリンクの片付けをしていると、すぐに体育館からリコさんが出てきた。先生に呼ばれているから先に帰ると言うリコさんに挨拶をしてその背中を見送れば、体育館の方から選手に再び集合をかける日向さんの 何やら気合の入った声が聞こえてくる。何事かと気にはなったけれど、とりあえずは自分の仕事だろう。そう思い 急いでボトルを洗い終え、早足で体育館へと戻った。
「だが今年は!七瀬がいる!!」
「「「「!!!!」」」」
「……はい?」
館内に入れば日向さんを中心に集まった選手たちが、妙な緊張感を漂わせている。どうしたのかと問うよりも先に 日向さんが叫ぶように私の名を呼び こちらを指させば、一同に視線が向けられた。彼らの眼はどこか血走ったような必死さが滲んでいて、その迫力にビクリと肩が跳ねる。全く話が見えずに首を傾げれば、大股で歩み寄ってきた伊月さんに勢いよく両肩を掴まれ また肩が跳ねた。
真っ直ぐに私の目を見る伊月さんは試合中さながらの真剣さで、思わずごくりと喉が鳴る。
「愚問だろうが…七瀬、料理はできるか?」
「へ?…まあ、得意だと言う自信はないですけど、普通程度には」
一人暮らしですし、と そう答えれば、少しの間を空けてから 選手たちから歓喜が沸き起こる。それと同時に伊月さんに勢いよく抱きしめられ、心底嬉しそうに わしゃわしゃと頭を撫でられた。それはまるで“取って来い”ができた子犬を褒めているかのようで、なんの邪念もない行為だとよく分かる。話も見えないことだし、大人しくされるがままに受け入れることにした。
数秒後に抱きしめられてきた力が緩むと同時に 背後から首根っこを掴まれ、伊月さんの腕の中から引き抜かれる。こういうことをする人物は部内に1人しか思い浮かばず、振り返って見上げれば やはり想像通りに火神がいた。
「じゃ、佐倉がメシ係ってことっすよね」
「…そうだな、任せたぜ七瀬」
「はい…?」
火神と伊月さんの間に一瞬 火花が散った気がしたけれど、気のせいだろうか。結局みんなが張り詰めた空気を纏っていた理由は最後まで分からないまま、いよいよ合宿の日が迫って来た。
◇
電車を降りると、すぐに磯の香りが鼻を掠めた。「海のにおい…」ほぼ無意識のうちにぽつりと零れた私の声に「もう海が近いからな」と答えが返ってくる。それと同時に肩に提げていた重みがふわりと無くなり慌てて振り返れば、私の肩から取り上げたボストンバッグを木吉さんが当然のように その肩にかけていた。
「木吉さん…!」
「やっぱり七瀬もリコと車で来れば良かったのに」
「……私とリコさんじゃ、荷物の質も量も違いますよ」
自分で持ちますと言うより先に話を振られてしまい、言おうと思っていた言葉を発するタイミングを逃してしまったことに気が付いて 少しいじけたような声が出た。
リコさんは一緒に車で行こうと言ってくれたけれど、マネージャーである私の仕事に必要な道具の多くは部室や倉庫にあるわけで。その荷物を選手たちに任せて私は車で現地集合というのは、違う気がする。私とリコさんではバスケ部における立場も役割も違うのだから。
なのに結局こうして選手に荷物を持たせてしまうなんて。先ほど言い損ねた言葉を伝えるタイミングを計るように木吉さんの横顔を見上げるけれど、前を向いて歩く彼と視線が交わることはない。きっと視線を合わす気もなければ、私に荷物を返す気もないのだろう。そう察して諦めて息を吐き、ありがとうございます とお礼を述べれば、にこりと笑った木吉さんと そこでようやく目があった。本当に、敵わないと思う。たった1歳しか違わないはずなのに、どうしてこんなに大人なんだろう。
「木吉さん」
「んー?」
「あんまり、無理しないでくださいね」
私がそう言えば 木吉さんは驚いたように一瞬 目を見開いて、それからははっと軽やかに笑った。「なんだ、年寄り扱いか?」「ち、違います!」彼の言葉に慌てて否定の言葉を返したけれど、見上げた先の木吉さんはイタズラっぽい顔をしていて からかわれたのだとすぐに悟る。それが少し悔しくて、目を伏せた。
「木吉さんは“これ以上は無理だから止めよう”っていうタイプじゃない気がして」
「ははっ!なるほどな…それじゃ、オレが無理しないように見張っててくれ」
「…私がストップかけたら、木吉さんは素直に止めてくれますか?」
「止めないだろうなぁ」
何てこともないようにカラカラと笑う彼に、やっぱりと呆れたように息を吐く。「有効な力業を早急に考えておきます」苦笑いを浮かべてそう言えば、木吉さんは何も言わずに私の頭に手を乗せた。
開けた視界に飛び込んできた海に選手たちが歓喜し、日向さんの怒声が飛んだのは それとほぼ同時だった。
「だが今年は!七瀬がいる!!」
「「「「!!!!」」」」
「……はい?」
館内に入れば日向さんを中心に集まった選手たちが、妙な緊張感を漂わせている。どうしたのかと問うよりも先に 日向さんが叫ぶように私の名を呼び こちらを指させば、一同に視線が向けられた。彼らの眼はどこか血走ったような必死さが滲んでいて、その迫力にビクリと肩が跳ねる。全く話が見えずに首を傾げれば、大股で歩み寄ってきた伊月さんに勢いよく両肩を掴まれ また肩が跳ねた。
真っ直ぐに私の目を見る伊月さんは試合中さながらの真剣さで、思わずごくりと喉が鳴る。
「愚問だろうが…七瀬、料理はできるか?」
「へ?…まあ、得意だと言う自信はないですけど、普通程度には」
一人暮らしですし、と そう答えれば、少しの間を空けてから 選手たちから歓喜が沸き起こる。それと同時に伊月さんに勢いよく抱きしめられ、心底嬉しそうに わしゃわしゃと頭を撫でられた。それはまるで“取って来い”ができた子犬を褒めているかのようで、なんの邪念もない行為だとよく分かる。話も見えないことだし、大人しくされるがままに受け入れることにした。
数秒後に抱きしめられてきた力が緩むと同時に 背後から首根っこを掴まれ、伊月さんの腕の中から引き抜かれる。こういうことをする人物は部内に1人しか思い浮かばず、振り返って見上げれば やはり想像通りに火神がいた。
「じゃ、佐倉がメシ係ってことっすよね」
「…そうだな、任せたぜ七瀬」
「はい…?」
火神と伊月さんの間に一瞬 火花が散った気がしたけれど、気のせいだろうか。結局みんなが張り詰めた空気を纏っていた理由は最後まで分からないまま、いよいよ合宿の日が迫って来た。
◇
電車を降りると、すぐに磯の香りが鼻を掠めた。「海のにおい…」ほぼ無意識のうちにぽつりと零れた私の声に「もう海が近いからな」と答えが返ってくる。それと同時に肩に提げていた重みがふわりと無くなり慌てて振り返れば、私の肩から取り上げたボストンバッグを木吉さんが当然のように その肩にかけていた。
「木吉さん…!」
「やっぱり七瀬もリコと車で来れば良かったのに」
「……私とリコさんじゃ、荷物の質も量も違いますよ」
自分で持ちますと言うより先に話を振られてしまい、言おうと思っていた言葉を発するタイミングを逃してしまったことに気が付いて 少しいじけたような声が出た。
リコさんは一緒に車で行こうと言ってくれたけれど、マネージャーである私の仕事に必要な道具の多くは部室や倉庫にあるわけで。その荷物を選手たちに任せて私は車で現地集合というのは、違う気がする。私とリコさんではバスケ部における立場も役割も違うのだから。
なのに結局こうして選手に荷物を持たせてしまうなんて。先ほど言い損ねた言葉を伝えるタイミングを計るように木吉さんの横顔を見上げるけれど、前を向いて歩く彼と視線が交わることはない。きっと視線を合わす気もなければ、私に荷物を返す気もないのだろう。そう察して諦めて息を吐き、ありがとうございます とお礼を述べれば、にこりと笑った木吉さんと そこでようやく目があった。本当に、敵わないと思う。たった1歳しか違わないはずなのに、どうしてこんなに大人なんだろう。
「木吉さん」
「んー?」
「あんまり、無理しないでくださいね」
私がそう言えば 木吉さんは驚いたように一瞬 目を見開いて、それからははっと軽やかに笑った。「なんだ、年寄り扱いか?」「ち、違います!」彼の言葉に慌てて否定の言葉を返したけれど、見上げた先の木吉さんはイタズラっぽい顔をしていて からかわれたのだとすぐに悟る。それが少し悔しくて、目を伏せた。
「木吉さんは“これ以上は無理だから止めよう”っていうタイプじゃない気がして」
「ははっ!なるほどな…それじゃ、オレが無理しないように見張っててくれ」
「…私がストップかけたら、木吉さんは素直に止めてくれますか?」
「止めないだろうなぁ」
何てこともないようにカラカラと笑う彼に、やっぱりと呆れたように息を吐く。「有効な力業を早急に考えておきます」苦笑いを浮かべてそう言えば、木吉さんは何も言わずに私の頭に手を乗せた。
開けた視界に飛び込んできた海に選手たちが歓喜し、日向さんの怒声が飛んだのは それとほぼ同時だった。