ゼラニウムに捧ぐ
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開かれた扉からひょっこりと顔を出して体育館内を覗き込めば、手に持つボールをじっと見つめている制服姿のテツ君がすぐに見えた。その横顔は何かを考えこんでいるような、集中しているような、そんなもののように思えて 声を掛けていいものかと考える。躊躇している間にテツ君が顔を上げ、私に気付いて視線をこちらを向けた。あ、と思うと同時に テツ君の表情が少しだけ和らいだ。
「佐倉さん」
「ごめん、邪魔したかな?」
「いえ、大丈夫です」
その言葉に安堵して館内に足を踏み入れれば、ポンとボールが渡される。反射的に受け取ってテツ君の方を見遣れば「どうぞ」と一言だけ答えてくれた。シュートを打てという意味だとすぐに分かり、数度ボールを弾ませてからリング目掛けてボールを投げる。けれどボールはリングに届きもせず、力なく地面へ落ちてバウンドする。む、と顔を顰めたけれど まぁそう簡単に入るわけがないと分かっているので特に失望はしない。転がるボールを拾いに行ってくれるテツ君の背中に声を掛けた。
「さっき、外で木吉さんに会ったよ」
「少し前まで ここに居ましたから」
「来週から復帰するって。…楽しみだね」
「そうですね」
テツ君は数回ドリブルしてシュートを放つけれど、ボールはリングに当たって弾かれた。先ほどの私と同じように む、と眉を寄せた彼に小さく笑みをこぼせば、ボールを拾ったテツ君が今度は真剣な顔でこちらを見ていた。今までの少しおどけたような表情とは全然違っていて、思わずどきりとする。
「佐倉さんは、どうしたんですか?」
「え…?」
「昼休みから元気がありません」
あ、と声が漏れて その後に苦笑いをする。それこそが こうしてテツ君に会いに来た理由ではあったけれど、木吉さんに会ってから私本人でさえ忘れていたことだったのに。本当に、テツ君と言う人は。おずおずと彼を見上げて眉を下げる。
「…少し、話を聞いてもらってもいいかな」
「もちろん、ボクで良ければ」
テツ君の言葉にお礼を述べて、使っていたボールを片付けるために倉庫へと向かうテツ君と並んで歩きながら、昼休みの出来事をポツポツと話す。倉庫に入ってからも、テツ君は私の言葉をただ静かに聞いてくれていた。どうやら火神を怒らせてしまったようだ と、そう言ったところで ボールを籠に入れてこちらを振り返ったテツ君は呆れたようにため息を吐いた。
「それは全面的に火神君が悪いです」
「うん…でも、火神が怒った理由が分からなくて」
苛立っていれば沸点が低くなって、普段ならなんてことない事でも怒ってしまうなんて良くある話だ。それは理由なく苛立ちをぶつける八つ当たりとは訳が違う。あの時の火神は八つ当たりではなく、確かに何か きっかけになり得る理由がありそうに見えた。だけどその理由が分からない。
俯く私をジッと見ていたテツ君が、小さく息を吐く。
「高校生にもなると、男女の差は大きいです」
「うん…?」
「佐倉さんは、自分が女の子だという自覚が足りません」
まっすぐと私の目を見て 真面目な表情で言われた言葉の意味をすぐには理解できなくて、目を瞬かせながら自分の中でゆっくりと咀嚼する。少し時間をかけて噛み砕いたところで、テツ君が言わんとしている事が何となく分かった気がして 少し恥ずかしくなった。それなら火神は、心配して怒ってくれたということになるのだろうか。そうだとすれば 心配を掛けたことも、心配してくれたことも、謝らなければならなかったのに。そう思えば苦笑いが零れた。
「そっか…みんながみんな、テツ君みたいに紳士的じゃないよね」
「……それも、佐倉さんは勘違いしています」
「え?」
倉庫の奥の方から、入り口近くに立つ私の方へとテツ君がゆっくりと近付いてくる。その目が私から逸らされることはなくて、私も彼から視線が逸らせない。いつもと同じように あまり感情を含まず淡々としているように見えるのに、どうしてだろう、いつものテツ君とは雰囲気が違う気がする。
「確かにボクは周りと比べれば小柄で非力ですが」
「…?」
「――それでも、男です」
私の目の前に立ったテツ君が やんわりと私の左手首を持ち上げる。その手つきはとても優しいはずなのに、指先が冷たくなるような感覚がして 心臓は警鐘を鳴らすようにバクバクと騒ぎ始めた。テツ君。情けない声でそう呼べば、視線は真っ直ぐに私に向けられたまま、掴まれた手首が引かれて 指先に彼の唇が触れる。わずかに食まれたような くすぐっさに似た感覚が指先から走り反射的に腕を引いたけれど、私の手首を掴むテツ君の手は少し揺れただけで全然動かなくて 驚きに目を見開いた。
「振り解けますか?」
グッと右肩を押されれば背中が壁に触れ、掴まれていた左手も押さえつけられる。ふるふると力なく首を左右に振ったのは、問われた質問に対する答えなのか、現状を理解しきれないでいただけなのか、自分でもよく分からないけれど。
「佐倉さんを力尽くでどうにかすることぐらい、ボクにもできますよ」
真っ直ぐに私を見据えるテツ君の眼は相変わらず感情が読めなくて、本気なのか冗談なのかも分からない。だけど、彼が冗談でこんなことをするだろうか。かと言って、本気でこんなことをするとも思えない。グルグルと猛スピードで思考を巡らせる私は テツ君にはどんな風に見えたのだろう。
少し間を開けてから小さく息を吐いた彼は、簡単に私から身体を離した。
「相手がボクでも“こう”なのだと、忘れないでください」
心臓は痛いほどに鳴り、言葉を返すこともできない。伸ばされたテツ君の手が私の頬に触れ、親指が拭うように目元を撫でた。涙なんて一滴として流れていないはずなのに、彼には私が泣いているようにでも見えたのだろうか。
「驚かせてしまってすみません」
そういって眉を下げたテツ君は 私の良く知るいつも通りの彼の表情で、その事にひどく安堵する。送ります、帰りましょう。そう言って倉庫を出ていくテツ君の後に続いた私は、未だに何も言えないでいた。
「佐倉さん」
「ごめん、邪魔したかな?」
「いえ、大丈夫です」
その言葉に安堵して館内に足を踏み入れれば、ポンとボールが渡される。反射的に受け取ってテツ君の方を見遣れば「どうぞ」と一言だけ答えてくれた。シュートを打てという意味だとすぐに分かり、数度ボールを弾ませてからリング目掛けてボールを投げる。けれどボールはリングに届きもせず、力なく地面へ落ちてバウンドする。む、と顔を顰めたけれど まぁそう簡単に入るわけがないと分かっているので特に失望はしない。転がるボールを拾いに行ってくれるテツ君の背中に声を掛けた。
「さっき、外で木吉さんに会ったよ」
「少し前まで ここに居ましたから」
「来週から復帰するって。…楽しみだね」
「そうですね」
テツ君は数回ドリブルしてシュートを放つけれど、ボールはリングに当たって弾かれた。先ほどの私と同じように む、と眉を寄せた彼に小さく笑みをこぼせば、ボールを拾ったテツ君が今度は真剣な顔でこちらを見ていた。今までの少しおどけたような表情とは全然違っていて、思わずどきりとする。
「佐倉さんは、どうしたんですか?」
「え…?」
「昼休みから元気がありません」
あ、と声が漏れて その後に苦笑いをする。それこそが こうしてテツ君に会いに来た理由ではあったけれど、木吉さんに会ってから私本人でさえ忘れていたことだったのに。本当に、テツ君と言う人は。おずおずと彼を見上げて眉を下げる。
「…少し、話を聞いてもらってもいいかな」
「もちろん、ボクで良ければ」
テツ君の言葉にお礼を述べて、使っていたボールを片付けるために倉庫へと向かうテツ君と並んで歩きながら、昼休みの出来事をポツポツと話す。倉庫に入ってからも、テツ君は私の言葉をただ静かに聞いてくれていた。どうやら火神を怒らせてしまったようだ と、そう言ったところで ボールを籠に入れてこちらを振り返ったテツ君は呆れたようにため息を吐いた。
「それは全面的に火神君が悪いです」
「うん…でも、火神が怒った理由が分からなくて」
苛立っていれば沸点が低くなって、普段ならなんてことない事でも怒ってしまうなんて良くある話だ。それは理由なく苛立ちをぶつける八つ当たりとは訳が違う。あの時の火神は八つ当たりではなく、確かに何か きっかけになり得る理由がありそうに見えた。だけどその理由が分からない。
俯く私をジッと見ていたテツ君が、小さく息を吐く。
「高校生にもなると、男女の差は大きいです」
「うん…?」
「佐倉さんは、自分が女の子だという自覚が足りません」
まっすぐと私の目を見て 真面目な表情で言われた言葉の意味をすぐには理解できなくて、目を瞬かせながら自分の中でゆっくりと咀嚼する。少し時間をかけて噛み砕いたところで、テツ君が言わんとしている事が何となく分かった気がして 少し恥ずかしくなった。それなら火神は、心配して怒ってくれたということになるのだろうか。そうだとすれば 心配を掛けたことも、心配してくれたことも、謝らなければならなかったのに。そう思えば苦笑いが零れた。
「そっか…みんながみんな、テツ君みたいに紳士的じゃないよね」
「……それも、佐倉さんは勘違いしています」
「え?」
倉庫の奥の方から、入り口近くに立つ私の方へとテツ君がゆっくりと近付いてくる。その目が私から逸らされることはなくて、私も彼から視線が逸らせない。いつもと同じように あまり感情を含まず淡々としているように見えるのに、どうしてだろう、いつものテツ君とは雰囲気が違う気がする。
「確かにボクは周りと比べれば小柄で非力ですが」
「…?」
「――それでも、男です」
私の目の前に立ったテツ君が やんわりと私の左手首を持ち上げる。その手つきはとても優しいはずなのに、指先が冷たくなるような感覚がして 心臓は警鐘を鳴らすようにバクバクと騒ぎ始めた。テツ君。情けない声でそう呼べば、視線は真っ直ぐに私に向けられたまま、掴まれた手首が引かれて 指先に彼の唇が触れる。わずかに食まれたような くすぐっさに似た感覚が指先から走り反射的に腕を引いたけれど、私の手首を掴むテツ君の手は少し揺れただけで全然動かなくて 驚きに目を見開いた。
「振り解けますか?」
グッと右肩を押されれば背中が壁に触れ、掴まれていた左手も押さえつけられる。ふるふると力なく首を左右に振ったのは、問われた質問に対する答えなのか、現状を理解しきれないでいただけなのか、自分でもよく分からないけれど。
「佐倉さんを力尽くでどうにかすることぐらい、ボクにもできますよ」
真っ直ぐに私を見据えるテツ君の眼は相変わらず感情が読めなくて、本気なのか冗談なのかも分からない。だけど、彼が冗談でこんなことをするだろうか。かと言って、本気でこんなことをするとも思えない。グルグルと猛スピードで思考を巡らせる私は テツ君にはどんな風に見えたのだろう。
少し間を開けてから小さく息を吐いた彼は、簡単に私から身体を離した。
「相手がボクでも“こう”なのだと、忘れないでください」
心臓は痛いほどに鳴り、言葉を返すこともできない。伸ばされたテツ君の手が私の頬に触れ、親指が拭うように目元を撫でた。涙なんて一滴として流れていないはずなのに、彼には私が泣いているようにでも見えたのだろうか。
「驚かせてしまってすみません」
そういって眉を下げたテツ君は 私の良く知るいつも通りの彼の表情で、その事にひどく安堵する。送ります、帰りましょう。そう言って倉庫を出ていくテツ君の後に続いた私は、未だに何も言えないでいた。