ゼラニウムに捧ぐ
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土日に療養できたこともあり、週明けには私の体調もすっかり良くなった。普段通りに登校した私は、朝から不自然なほどに関わらず会話さえないテツ君と火神の様子が気になって仕方がない。先週は体調も優れなくて余裕もなく それほどしっかり見ていたわけではないけれど、そう言えば決勝リーグ以降は2人がまともに会話しているところを見ていない気がする。そもそも火神は練習の見学にも来ないし、纏う雰囲気はピリピリとしていて近付きがたく、どうしたんだろうかと心配になる。
午前中の授業の終わりを告げるチャイムがなり、昼休みに入るとすぐに教室を出て行った火神の後を慌てて追いかけた。
「火神、まって!」
「…佐倉」
彼に追いついたのは、屋上へと続く階段に差し掛かったところだった。屋上に行くつもりだったのだろうか。火神はもともと自分から積極的にクラスメイトに関わるタイプではないけれど、それにしても今の彼は テツ君に限らず他人全般を避けてるような感じがする。
「足は大丈夫?最近 なにかあったの?」
「ああ…オマエは?体調はもういいのかよ」
「え?あ、私はもう何ともないよ」
足を止めてこちらを振り返った視線も、私を心配するような声も、いつもより冷たいような 壁を作られたような隔たりを感じる。現に彼の足から私の体調に話題は変えられていて、踏み込むことを拒絶されたような感覚がした。
「大丈夫だったのか?一人暮らしっつってただろ」
「うん、色々あって涼太が来てくれたから」
「…黄瀬?黄瀬が来たのか?オマエの家に?」
「まぁ、私は寝てただけなんだけど」
それでも心配してくれているのは間違いないのだから、聞かれたことには答えるべきだろう。そう思って返答しながら 週末のことを思い返して苦笑いを浮かべると、火神が険しい顔で詰め寄ってくる。きょとんと見上げた先の彼は私の目前まで来ると、私の頭上の壁を拳で殴りつけた。突然のその行動と大きな音にビクリと肩が跳ね、反射的に身を縮こめて目を閉じる。恐る恐る目を開いて視線を上げると、拳は壁につけたまま 色んな感情がごちゃ混ぜになったような顔をした火神が私を見下ろしていた。その心中を正確に読み取ることはできないけれど、その表情に怒気を孕んでいることだけは確信できる。
「なんでオマエは…!」
「か、が み?」
「―――っ、いや、悪い…佐倉は悪くねぇ」
「…あ、まって!」
「ついて来んな。……頭冷やしてくる」
そう言って振り返りもせず屋上へ上っていく背中を、追うことはできなかった。
◇
部活が終わった後も昼休みの出来事が頭から離れなくて、ぐちゃぐちゃに渦巻く思考が落ち着かない。誰かと話したいと思うけど、“誰か”なんて、1人しかいないのに。諸々の片付けを終えて部室の方に向かえばちょうど着替えを終えた選手たちが出てきたけれど、そこに目的の人物の姿はない。降旗にテツ君の所在を問えば、先に部室を出たと教えてくれた。チラリと体育館の方に目を向ければ灯りが点いていたから、きっとあそこだと察する。「お疲れ様でした、失礼します!」先輩たちに頭を下げ、同級生たちに手を振り、ぱたぱたと急ぎ足で体育館の方へと向かった。
その途中で前方に人影が見えて、あれ、あの人は体育館から出てきたのだろうか と、そんな事を考える。
「お、もしかして君が“七瀬”かな?」
「え…?」
すれ違う直前に掛けられた聞き知らない声は、確かに私の名前を呼んだ。反射的に足を止めて振り向けば 背の高い男の人が私を見下ろしていて、優しい雰囲気を纏ったその人は 火神と同じか、或いは 彼よりまだもう少し背が高いだろうか。制服を着ているのだから誠凛の生徒なのだろうということはすぐに分かる。誠凛の生徒で、これほど背が高くて、顔見知りではないのに私の名前を知っていても不思議ではない人。そう考えると思い当たる人物が一人だけ存在していた。
「あ…もしかして、木吉さん、ですか?」
「なんだ、オレのこと知ってくれてるのか」
「少しだけですけど、伊月さんから聞いています」
先週、部活の終わりにリコさんが“鉄平”というその名を初めて口にしたその日の帰り道、みんなと別れて伊月さんと2人になってから少し話を聞いていた。今はケガで入院しているけれど誠凛高校バスケ部を創った人で、我が部のエースなのだと。予想が外れていなかった安堵と 推理が当たったような誇らしさを感じていたけれど、ふと疑問が浮かんできた。
「そういえば、もう退院されたんですか?」
「いや、退院は来週だから ちょっくら挨拶にな」
返された言葉に納得して なるほど、と頷いた私を、木吉さんがはどこか楽しそうな表情で見ていた。その意図が分からずに首を傾げて見上げれば、マネージャーがいるって いいな、とやっぱり楽しそうな声で言われ、ああきっとこの人はバスケが大好きな人なんだ、と そう思った。
「大変だろ、マネージャー」
「でも やり甲斐の方が大きくて、毎日楽しいです」
「…そうか。来週からよろしくな」
「はい!」
優しく目を細めた木吉さんは、まるで子供を褒めるみたいに私の頭に手を乗せる。とても大きなその手は、今日が初対面のはずなのに言いようのない安心感を覚えた。彼の言葉に返事をすれば、ぐしゃぐしゃと髪を混ぜるように撫でてくれる。「悩める若者をよろしく頼むよ」ちらりと体育館の方に視線を向けてそう言って、片手をあげて去っていく木吉さんの背中に頭を下げた。
悩める若者。それは今まさに私が会いに行こうとしている人のことなのだろうか。一度首を傾げてから、改めて体育館へと足を進めた。
午前中の授業の終わりを告げるチャイムがなり、昼休みに入るとすぐに教室を出て行った火神の後を慌てて追いかけた。
「火神、まって!」
「…佐倉」
彼に追いついたのは、屋上へと続く階段に差し掛かったところだった。屋上に行くつもりだったのだろうか。火神はもともと自分から積極的にクラスメイトに関わるタイプではないけれど、それにしても今の彼は テツ君に限らず他人全般を避けてるような感じがする。
「足は大丈夫?最近 なにかあったの?」
「ああ…オマエは?体調はもういいのかよ」
「え?あ、私はもう何ともないよ」
足を止めてこちらを振り返った視線も、私を心配するような声も、いつもより冷たいような 壁を作られたような隔たりを感じる。現に彼の足から私の体調に話題は変えられていて、踏み込むことを拒絶されたような感覚がした。
「大丈夫だったのか?一人暮らしっつってただろ」
「うん、色々あって涼太が来てくれたから」
「…黄瀬?黄瀬が来たのか?オマエの家に?」
「まぁ、私は寝てただけなんだけど」
それでも心配してくれているのは間違いないのだから、聞かれたことには答えるべきだろう。そう思って返答しながら 週末のことを思い返して苦笑いを浮かべると、火神が険しい顔で詰め寄ってくる。きょとんと見上げた先の彼は私の目前まで来ると、私の頭上の壁を拳で殴りつけた。突然のその行動と大きな音にビクリと肩が跳ね、反射的に身を縮こめて目を閉じる。恐る恐る目を開いて視線を上げると、拳は壁につけたまま 色んな感情がごちゃ混ぜになったような顔をした火神が私を見下ろしていた。その心中を正確に読み取ることはできないけれど、その表情に怒気を孕んでいることだけは確信できる。
「なんでオマエは…!」
「か、が み?」
「―――っ、いや、悪い…佐倉は悪くねぇ」
「…あ、まって!」
「ついて来んな。……頭冷やしてくる」
そう言って振り返りもせず屋上へ上っていく背中を、追うことはできなかった。
◇
部活が終わった後も昼休みの出来事が頭から離れなくて、ぐちゃぐちゃに渦巻く思考が落ち着かない。誰かと話したいと思うけど、“誰か”なんて、1人しかいないのに。諸々の片付けを終えて部室の方に向かえばちょうど着替えを終えた選手たちが出てきたけれど、そこに目的の人物の姿はない。降旗にテツ君の所在を問えば、先に部室を出たと教えてくれた。チラリと体育館の方に目を向ければ灯りが点いていたから、きっとあそこだと察する。「お疲れ様でした、失礼します!」先輩たちに頭を下げ、同級生たちに手を振り、ぱたぱたと急ぎ足で体育館の方へと向かった。
その途中で前方に人影が見えて、あれ、あの人は体育館から出てきたのだろうか と、そんな事を考える。
「お、もしかして君が“七瀬”かな?」
「え…?」
すれ違う直前に掛けられた聞き知らない声は、確かに私の名前を呼んだ。反射的に足を止めて振り向けば 背の高い男の人が私を見下ろしていて、優しい雰囲気を纏ったその人は 火神と同じか、或いは 彼よりまだもう少し背が高いだろうか。制服を着ているのだから誠凛の生徒なのだろうということはすぐに分かる。誠凛の生徒で、これほど背が高くて、顔見知りではないのに私の名前を知っていても不思議ではない人。そう考えると思い当たる人物が一人だけ存在していた。
「あ…もしかして、木吉さん、ですか?」
「なんだ、オレのこと知ってくれてるのか」
「少しだけですけど、伊月さんから聞いています」
先週、部活の終わりにリコさんが“鉄平”というその名を初めて口にしたその日の帰り道、みんなと別れて伊月さんと2人になってから少し話を聞いていた。今はケガで入院しているけれど誠凛高校バスケ部を創った人で、我が部のエースなのだと。予想が外れていなかった安堵と 推理が当たったような誇らしさを感じていたけれど、ふと疑問が浮かんできた。
「そういえば、もう退院されたんですか?」
「いや、退院は来週だから ちょっくら挨拶にな」
返された言葉に納得して なるほど、と頷いた私を、木吉さんがはどこか楽しそうな表情で見ていた。その意図が分からずに首を傾げて見上げれば、マネージャーがいるって いいな、とやっぱり楽しそうな声で言われ、ああきっとこの人はバスケが大好きな人なんだ、と そう思った。
「大変だろ、マネージャー」
「でも やり甲斐の方が大きくて、毎日楽しいです」
「…そうか。来週からよろしくな」
「はい!」
優しく目を細めた木吉さんは、まるで子供を褒めるみたいに私の頭に手を乗せる。とても大きなその手は、今日が初対面のはずなのに言いようのない安心感を覚えた。彼の言葉に返事をすれば、ぐしゃぐしゃと髪を混ぜるように撫でてくれる。「悩める若者をよろしく頼むよ」ちらりと体育館の方に視線を向けてそう言って、片手をあげて去っていく木吉さんの背中に頭を下げた。
悩める若者。それは今まさに私が会いに行こうとしている人のことなのだろうか。一度首を傾げてから、改めて体育館へと足を進めた。