ゼラニウムに捧ぐ
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月曜日、校庭で整列して まもなくであるはずの朝礼開始を待っていた。その待ち時間に私の頭を占めていたのは当然ながら朝礼のことなどではなくて、先日のテツ君との会話だった。
あれ以降、彼からバスケ部入部の話が私に振られることはなかった。強引に事を進めながらも、無理強いはしない。私の覚悟が決まるのを待ってくれているのだと容易に想像できて、本当に優しい人だと思う。
いつまでも逃げてばかりはいられない。それは分かっている。動けずにいる私が一歩を踏み出すためのきっかけを、テツ君は与えてくれたのだ。それなら、ただ身を任せれば良いだけじゃないか。そう思えるようになってきていた。
「1-B 5番!火神大我!! “キセキの世代”を倒して日本一になる!」
その時 突然に屋上から響いた大声に、ザワザワと校庭が騒がしくなった。
この騒ぎを起こした張本人――同じクラスの火神とは数回言葉を交わした程度だけど、バスケ部である彼は 或いは“キセキの世代”と同等のポテンシャルを秘めているのだとテツ君から聞いていた。その逸材の存在に心が沸き立ったのは事実だったし、そして彼は臆することなく、とてつもなく高い目標を高らかに宣言してみせたのだ。
ああ、かの“キセキの世代”とやり合おうなんていう馬鹿者が、まだここにいたんだ。それが言いようもなく嬉しくて、どうしようもなく泣きたくなった。
◇
「テツ君」
「佐倉さん」
その日の昼休み、私はテツ君のもとへ訪れた。彼と一緒に昼食をとっていた火神が私に視線を向けたけれど、特に言葉を発する気はないらしい。だから私も特に彼へ意識は向けず、ただ真っ直ぐに自分を見るテツ君に同じだけの視線を返した。
私もバスケ部に入るね。そう言えばテツ君は一瞬だけわずかに目を見開いて、それから嬉しそうに笑ってくれた。
覚悟が決まったのかと聞かれれば、即答はできない。私が決めた覚悟など、簡単に崩れてしまいそうなほど弱く小さなものだから、それが壊れてしわないうちに、少しでも逃げ道を作ってしまわないように。こうしてテツ君に伝えたことが、私なりの精一杯の覚悟だったのかもしれない。
「火神も、よろしく。……今朝のあれ、格好良かった」
「ああ…でも、言えねぇ目標なんて目標のうちに入んねーだろ」
「うん…だから、嬉しかったの」
「…?」
私の言っている意味が分からないとでも言いたげに火神が首を傾げたけれど、ニコリと笑って受け流した。彼は何も知らないのだろう。自分がどれほどテツ君と私にとって救いとなっているのかを。だから、私も彼のバスケを護りたいと思った。
「今日から練習に参加させてもらうつもり」
「よろしくお願いします、佐倉さん」
「つーか、佐倉も帝光バスケ部だったんだよな」
「うん…といっても、私は純粋なマネージャーで分析力はないけどね」
「はあ?」
また怪訝そうに顔を顰めた火神に、今度はふふっと声を出して笑った。
◇
マネージャーとして男子バスケ部に迎え入れられて数日が過ぎた。監督であるリコさんを始めとした2年生はみんな優しく、同級生部員も気さくで温かい。選手たちが練習に集中できるように雑務をこなす日々は、忙しくも充実感に満ちていた。
今日も大量のドリンクを用意してから体育館へ向かうと、何やらいつも以上に騒がしかった。というよりも、ギャラリーが多いと表現するのが適切だろうか。それも、女子生徒ばかり。まだ入部してから日の浅い私が知らないだけで、以前からこういう状況は時々あることなのかもしれないけれど、私にとっては今日が初めての状況だ。
何事かと足を速めて館内に入れば、他校の制服を着た1人の男子生徒がいた。高い身長、長い手足、明るい髪色、整った顔立ち、圧倒的な存在感。それが誰かなんて、考えるまでもなく分かる。
「りょうた…?」
「――っ、七瀬っち!?」
ほぼ無意識に私の口から零れ落ちた声は、決して大きなものではなかったはずだ。それなのに他校生――黄瀬涼太は勢いよくこちらを振り向き驚いたように目を開く。それから、その長い脚であっと言う間に私の目の前までやってきたかと思うと、不意に腕を掴まれて強く引かれた。抱えていたボトルたちが大きな音を立てて地面に落ちる。
その音が鳴りやんだ時には、私の体は涼太の腕の中に閉じ込められていた。
あれ以降、彼からバスケ部入部の話が私に振られることはなかった。強引に事を進めながらも、無理強いはしない。私の覚悟が決まるのを待ってくれているのだと容易に想像できて、本当に優しい人だと思う。
いつまでも逃げてばかりはいられない。それは分かっている。動けずにいる私が一歩を踏み出すためのきっかけを、テツ君は与えてくれたのだ。それなら、ただ身を任せれば良いだけじゃないか。そう思えるようになってきていた。
「1-B 5番!火神大我!! “キセキの世代”を倒して日本一になる!」
その時 突然に屋上から響いた大声に、ザワザワと校庭が騒がしくなった。
この騒ぎを起こした張本人――同じクラスの火神とは数回言葉を交わした程度だけど、バスケ部である彼は 或いは“キセキの世代”と同等のポテンシャルを秘めているのだとテツ君から聞いていた。その逸材の存在に心が沸き立ったのは事実だったし、そして彼は臆することなく、とてつもなく高い目標を高らかに宣言してみせたのだ。
ああ、かの“キセキの世代”とやり合おうなんていう馬鹿者が、まだここにいたんだ。それが言いようもなく嬉しくて、どうしようもなく泣きたくなった。
◇
「テツ君」
「佐倉さん」
その日の昼休み、私はテツ君のもとへ訪れた。彼と一緒に昼食をとっていた火神が私に視線を向けたけれど、特に言葉を発する気はないらしい。だから私も特に彼へ意識は向けず、ただ真っ直ぐに自分を見るテツ君に同じだけの視線を返した。
私もバスケ部に入るね。そう言えばテツ君は一瞬だけわずかに目を見開いて、それから嬉しそうに笑ってくれた。
覚悟が決まったのかと聞かれれば、即答はできない。私が決めた覚悟など、簡単に崩れてしまいそうなほど弱く小さなものだから、それが壊れてしわないうちに、少しでも逃げ道を作ってしまわないように。こうしてテツ君に伝えたことが、私なりの精一杯の覚悟だったのかもしれない。
「火神も、よろしく。……今朝のあれ、格好良かった」
「ああ…でも、言えねぇ目標なんて目標のうちに入んねーだろ」
「うん…だから、嬉しかったの」
「…?」
私の言っている意味が分からないとでも言いたげに火神が首を傾げたけれど、ニコリと笑って受け流した。彼は何も知らないのだろう。自分がどれほどテツ君と私にとって救いとなっているのかを。だから、私も彼のバスケを護りたいと思った。
「今日から練習に参加させてもらうつもり」
「よろしくお願いします、佐倉さん」
「つーか、佐倉も帝光バスケ部だったんだよな」
「うん…といっても、私は純粋なマネージャーで分析力はないけどね」
「はあ?」
また怪訝そうに顔を顰めた火神に、今度はふふっと声を出して笑った。
◇
マネージャーとして男子バスケ部に迎え入れられて数日が過ぎた。監督であるリコさんを始めとした2年生はみんな優しく、同級生部員も気さくで温かい。選手たちが練習に集中できるように雑務をこなす日々は、忙しくも充実感に満ちていた。
今日も大量のドリンクを用意してから体育館へ向かうと、何やらいつも以上に騒がしかった。というよりも、ギャラリーが多いと表現するのが適切だろうか。それも、女子生徒ばかり。まだ入部してから日の浅い私が知らないだけで、以前からこういう状況は時々あることなのかもしれないけれど、私にとっては今日が初めての状況だ。
何事かと足を速めて館内に入れば、他校の制服を着た1人の男子生徒がいた。高い身長、長い手足、明るい髪色、整った顔立ち、圧倒的な存在感。それが誰かなんて、考えるまでもなく分かる。
「りょうた…?」
「――っ、七瀬っち!?」
ほぼ無意識に私の口から零れ落ちた声は、決して大きなものではなかったはずだ。それなのに他校生――黄瀬涼太は勢いよくこちらを振り向き驚いたように目を開く。それから、その長い脚であっと言う間に私の目の前までやってきたかと思うと、不意に腕を掴まれて強く引かれた。抱えていたボトルたちが大きな音を立てて地面に落ちる。
その音が鳴りやんだ時には、私の体は涼太の腕の中に閉じ込められていた。
