ゼラニウムに捧ぐ
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ついに迎えた決勝リーグ初戦。ちらりと相手ベンチに目を向ければ さつきと目が合い、どちらともなく ぎこちなく頭を下げる。
私が一方的に関係を切ったせいで、さつきと顔を合わせるのもかなり久しい。本当は、久しぶりだと抱き合い飛び跳ね、これまでのことを謝って、話したいことはたくさんある。それでも今日は敵同士なのだから、余計な交流は控えようと 昨夜のメールで意見が一致した。それはまた、お互いの休みが重なった日に。
胸の内には色々な思いがある。だけど、ただ勝ちたいと思う。
(がんばれ…!)
コートの中央に整列する選手たちに視線を向け、祈る様に心の中で叫んだ。
◇
前半の大輝の不在が好機に思えた。だけどそれでも力の差はありありと存在していて、終盤の火神の離脱は絶望でしかない。試合終了まで誰一人として諦めず、最後まで全力で戦った。それでも開き続ける点差に涙も出ない。112対55のダブルスコア―――その日 私たちは、それほど圧倒的に負けた。
チームの雰囲気は、息苦しくなるほど重たい。それでも試合の勝敗に関わらず試合後の片付けは必要で、リコさんに一言声をかけてから いつものようにドリンクボトルを抱えて手洗い場に向かった。
流し台にボトルを置き、グッと唇を噛み締める。涙は出ない、そもそも私に涙を流す資格などない。だけど泣いてしまえれば いくらか気持ちが楽になれたのではないかとさえ思う。けれどもそれは、私など比べ物にならないほど選手たちが感じていることだろう。
(こういう時、どうしたらいいんだろ……)
勝つことしか知らないチームで過ごした中学時代で、唯一学べなかったことかもしれない。これほどの圧倒的な敗北を喫した選手にかける言葉が見つからない。慰めなど誰も求めていないと分かっている。気休めだって必要ない。その状況で、自分にできることが思い浮かばない。なんて無力なのだろう。噛み締めていた口元を解き、ゆっくりと息を吐いた。
その時、不意に背後から強く腕を引かれる。そのまま引きずられるように歩きながら、前を歩く人物を確認して 目を見開いた。
「だ、大輝!? ちょっと、なに!? 離してよ…!」
「うるせぇ」
ユニホームの上にジャージを羽織った大輝は、こちらを振り向くこともなく、それ以上の言葉を発することもなく、ただ私の腕を引いてずんずんと大股で歩いていく。何の用だとか、どこに行くのかとか、言いたい事はあるけれど転ばないようにする事に必死で言葉が出ない。
通路を進み外に出れば 体育館の裏側になるのだろうか、他に人の姿が見えないそこで、柱の陰に放り投げられるように腕が離された。こちらの都合を無視した自分勝手な行いに 張本人を睨みつけようと視線を向けるけれど、私を見下ろす大輝の目が驚くほど冷たくて怖くなる。逃げるように後退れば すぐに背中に柱が触れて肩が跳ねた。
こちらに伸ばされる手に捕まってはいけないと、そんな気がした。私の腕を捉えようとする大きな手から逃れるように、振り払うように、攻防したところで勝ち目など在りもしないのに。
逃げ場をなくして崩れ落ちるように座り込んだ私の後を追うように、大輝も地面に膝をつく。捕えられた両手首は 容易く頭上で束ねられ、左手1つで柱に押さえつけられて自由を奪われる。恐々と見遣った大輝の瞳の奥にくすぶる熱に、心臓が大きな音を立てた。この目は、だめだ。
「だいき、待って、」
「なぁ七瀬、オレが勝ったぜ?」
「そう だけど…だから、なに?」
依然として真っ直ぐに私を見る強い瞳から、目を逸らすことさえ許されない気がした。大輝の右手が 撫でるように頬へと触れ、それから親指で唇をなぞるように撫でられ ぞくりと背筋が震える。だいき。吐息のような声が漏れると グッと親指が唇を割って差し込まれた。
「寄越せよ」
「…?」
「オマエの全部、オレに寄越せ」
言うや否や咬みつくように口を塞がれ、開いていた唇の間から有無を言わせず舌が捩じ込まれる。性急なそれは優しさなんて微塵も感じなくて、ただただ奥底まで貪り喰われるような感覚がした。抵抗しようにも拘束された両腕はビクともせず、逃げるように顔を背けようとしても後ろ髪を掻き上げるように後頭部を押さえられ それも叶わない。自由な呼吸さえ許されないこの瞬間、私は完全に大輝に支配されているのだと思い知る。
永遠のような時間が過ぎようやく解放された唇で酸素を吸い込む。目の前にいる男を睨んでやりたかったのに、いつの間にか浮かんでいた涙で視界が滲んだ。
「…は、っ」
「まだ へばんなよ」
肩で息をする私など気にもせず 鼻先が触れる距離で大輝がそう言い、私の両腕を放して腰を抱き寄せ また口を塞がれた。人気のない空間に響く水音がいやらしい。喰らい尽くすようなキスに翻弄され、呼吸さえままならずに意識が飛びそうになる。縋るように大輝の胸元の服を掴めば、腰を抱く腕に力が込められた。彼の中で処理しきれない激情をぶつけられているのだと分かったけれど、今の私にそれを包容できるほどの余裕などない。されるがままに、意識を保つことで精一杯なのだから。
唇が離れるとほぼ同時に、私の意思とは関係なく涙が頬を流れた。大輝は大して表情を変えずに、親指で乱暴に私の目元を拭う。
「泣くなよ……いや、違うな」
指先が撫でるように首筋を滑る。喉元にたどり着いたところで動きを止め、今度は大きな手に首を掴まれ柱に押し付けられる。その瞬間には思わず呻き声に近い吐息が漏れたけれど、息苦しさを感じるほどの力は加えられていない。覗き込むように顔を寄せた大輝は 未だ熱を宿した瞳で私を見据え、口元に嗜虐的な笑みを浮かべた。
「もっと啼けよ」
大輝の満たされない渇欲が、もう一度 私を喰らった。
私が一方的に関係を切ったせいで、さつきと顔を合わせるのもかなり久しい。本当は、久しぶりだと抱き合い飛び跳ね、これまでのことを謝って、話したいことはたくさんある。それでも今日は敵同士なのだから、余計な交流は控えようと 昨夜のメールで意見が一致した。それはまた、お互いの休みが重なった日に。
胸の内には色々な思いがある。だけど、ただ勝ちたいと思う。
(がんばれ…!)
コートの中央に整列する選手たちに視線を向け、祈る様に心の中で叫んだ。
◇
前半の大輝の不在が好機に思えた。だけどそれでも力の差はありありと存在していて、終盤の火神の離脱は絶望でしかない。試合終了まで誰一人として諦めず、最後まで全力で戦った。それでも開き続ける点差に涙も出ない。112対55のダブルスコア―――その日 私たちは、それほど圧倒的に負けた。
チームの雰囲気は、息苦しくなるほど重たい。それでも試合の勝敗に関わらず試合後の片付けは必要で、リコさんに一言声をかけてから いつものようにドリンクボトルを抱えて手洗い場に向かった。
流し台にボトルを置き、グッと唇を噛み締める。涙は出ない、そもそも私に涙を流す資格などない。だけど泣いてしまえれば いくらか気持ちが楽になれたのではないかとさえ思う。けれどもそれは、私など比べ物にならないほど選手たちが感じていることだろう。
(こういう時、どうしたらいいんだろ……)
勝つことしか知らないチームで過ごした中学時代で、唯一学べなかったことかもしれない。これほどの圧倒的な敗北を喫した選手にかける言葉が見つからない。慰めなど誰も求めていないと分かっている。気休めだって必要ない。その状況で、自分にできることが思い浮かばない。なんて無力なのだろう。噛み締めていた口元を解き、ゆっくりと息を吐いた。
その時、不意に背後から強く腕を引かれる。そのまま引きずられるように歩きながら、前を歩く人物を確認して 目を見開いた。
「だ、大輝!? ちょっと、なに!? 離してよ…!」
「うるせぇ」
ユニホームの上にジャージを羽織った大輝は、こちらを振り向くこともなく、それ以上の言葉を発することもなく、ただ私の腕を引いてずんずんと大股で歩いていく。何の用だとか、どこに行くのかとか、言いたい事はあるけれど転ばないようにする事に必死で言葉が出ない。
通路を進み外に出れば 体育館の裏側になるのだろうか、他に人の姿が見えないそこで、柱の陰に放り投げられるように腕が離された。こちらの都合を無視した自分勝手な行いに 張本人を睨みつけようと視線を向けるけれど、私を見下ろす大輝の目が驚くほど冷たくて怖くなる。逃げるように後退れば すぐに背中に柱が触れて肩が跳ねた。
こちらに伸ばされる手に捕まってはいけないと、そんな気がした。私の腕を捉えようとする大きな手から逃れるように、振り払うように、攻防したところで勝ち目など在りもしないのに。
逃げ場をなくして崩れ落ちるように座り込んだ私の後を追うように、大輝も地面に膝をつく。捕えられた両手首は 容易く頭上で束ねられ、左手1つで柱に押さえつけられて自由を奪われる。恐々と見遣った大輝の瞳の奥にくすぶる熱に、心臓が大きな音を立てた。この目は、だめだ。
「だいき、待って、」
「なぁ七瀬、オレが勝ったぜ?」
「そう だけど…だから、なに?」
依然として真っ直ぐに私を見る強い瞳から、目を逸らすことさえ許されない気がした。大輝の右手が 撫でるように頬へと触れ、それから親指で唇をなぞるように撫でられ ぞくりと背筋が震える。だいき。吐息のような声が漏れると グッと親指が唇を割って差し込まれた。
「寄越せよ」
「…?」
「オマエの全部、オレに寄越せ」
言うや否や咬みつくように口を塞がれ、開いていた唇の間から有無を言わせず舌が捩じ込まれる。性急なそれは優しさなんて微塵も感じなくて、ただただ奥底まで貪り喰われるような感覚がした。抵抗しようにも拘束された両腕はビクともせず、逃げるように顔を背けようとしても後ろ髪を掻き上げるように後頭部を押さえられ それも叶わない。自由な呼吸さえ許されないこの瞬間、私は完全に大輝に支配されているのだと思い知る。
永遠のような時間が過ぎようやく解放された唇で酸素を吸い込む。目の前にいる男を睨んでやりたかったのに、いつの間にか浮かんでいた涙で視界が滲んだ。
「…は、っ」
「まだ へばんなよ」
肩で息をする私など気にもせず 鼻先が触れる距離で大輝がそう言い、私の両腕を放して腰を抱き寄せ また口を塞がれた。人気のない空間に響く水音がいやらしい。喰らい尽くすようなキスに翻弄され、呼吸さえままならずに意識が飛びそうになる。縋るように大輝の胸元の服を掴めば、腰を抱く腕に力が込められた。彼の中で処理しきれない激情をぶつけられているのだと分かったけれど、今の私にそれを包容できるほどの余裕などない。されるがままに、意識を保つことで精一杯なのだから。
唇が離れるとほぼ同時に、私の意思とは関係なく涙が頬を流れた。大輝は大して表情を変えずに、親指で乱暴に私の目元を拭う。
「泣くなよ……いや、違うな」
指先が撫でるように首筋を滑る。喉元にたどり着いたところで動きを止め、今度は大きな手に首を掴まれ柱に押し付けられる。その瞬間には思わず呻き声に近い吐息が漏れたけれど、息苦しさを感じるほどの力は加えられていない。覗き込むように顔を寄せた大輝は 未だ熱を宿した瞳で私を見据え、口元に嗜虐的な笑みを浮かべた。
「もっと啼けよ」
大輝の満たされない渇欲が、もう一度 私を喰らった。