ゼラニウムに捧ぐ
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頭の奥で警鐘が響いた後は、防衛本能だったと思う。迫る口元を左手で覆えば、鼻先が触れる距離で止まった大輝の眉が不満そうに顰められた。睨むような鋭い視線に、怯みそうになるけれど、こちらも負けてはいられない。
「ちっ、つまんねーなぁ」
「意味わかんない…!」
掌の中から聞こえるくぐもった声に眉を寄せて、彼の口元を抑える手で押し返すように力を込めれば 大輝の顔は易々と離れていく。その事にホッと息を吐いた私が手を下ろすより先に、腰に回されていた腕が離れ 左手首を掴んだ。それとほぼ同時、ざらりと生暖かいものが手のひらを這う。不意に与えられた形容しがたい刺激に僅かな声が漏れ、腕を引っ込めようとしたのに 掴まれた手はビクともしない。
読めない意図に困惑と不安が入り混じって言葉も出ない。視線の先にいる大輝はとても愉快そうにしていて、ますます意味が分からなくなる。どうして、今、そんな顔で笑ってるの。
「お前はそのままでいろよ」
「な、に…?」
「じゃねーと――」
右手は私の左手首を掴んだまま、大輝の左手が背中に触れ グッと引き寄せられる。楽しそうに口の端を上げた大輝が、私の耳に その口元を寄せた。
「泣かし甲斐がねーからな」
「な……っや、ぁ!」
がぶり、と そのまま耳を食まれ肩が跳ねた。その直後に舌が耳を這いゾクリと背筋が震える。反射的に大輝の胸を押して抵抗すれば、それ以上 私を拘束する気は無かったのだろう。今までビクともしなかったのに 今度はいとも簡単に解放された。
耳を隠すように手で触れながら、少し距離を取った先の大輝を睨みつけるとグッと後ろから肩を引かれ、気が付いた時には目の前に 私を隠すように広い背中が立ち塞がっていた。火神。彼の名前を呼んだそれは、声というより吐息に近かったかもしれない。
「青峰テメー、いい加減にしろよ…!」
「うるせーなー…おい、オマエ そいつ泣かせんなよ」
「あぁ?」
「七瀬を泣かせていいのは オレだけだ」
不敵に笑いそう言って 近くのベンチに掛けていた上着を手に取りコートから出て行く大輝の背中を、火神とただ呆然と見送ることしかできなかった。
◇
私たちしかいなくなったコートの中で、どれぐらいの時間その場に立ち尽くしていたのだろう。ハッと我に返った私は渦巻いていた思考の全てを一度 頭の隅に追いやり、火神の腕を引いた。
「火神、あそこ座って」
「あん?」
「足!気休めだけどテーピングする!」
「お、おう…」
激しい剣幕で言う私に気圧されるように従う火神をベンチに座らせ、いつの間にか落としてしまっていた鞄を拾い上げ 彼の足元に膝をつく。リコさんほど上手くはないし、必要最低限の基本的なことしかできないけれど。せめて気休めにでもなればと 持って来ていたテープで火神の足にテーピングを施していく。
「アイツ…」
「ん?」
「青峰は、昔から“ああ”なのか?」
「……?テツ君のがよく知ってるはずだけど、技術は飛び抜けてたよ」
「…そうか」
「ただ……、」
不自然に言葉を区切った私を、火神は怪訝そうに見下ろす。昔はもっと楽しそうにバスケをしてたの。そう言いながら思いを馳せたのは記憶の中の大輝で、彼はいつだってキラキラと笑顔を輝かせながらボールに触れていた。そんな記憶は、もう随分と遠い昔のような気がしてしまうけれど。「はい、終わり!」テーピングを巻き終えた火神の足を軽くはたき、テープを鞄にしまって 膝を払ってから立ち上がる。
「どう?大丈夫そう?」
「……ああ、ワリーな。ありがとう」
「ま、月曜にリコさんのカミナリは落ちるだろうから覚悟してなよ」
ゆっくりと膝を曲げ伸ばしして確認する火神に予想される事実を告げれば、ゲッと盛大に顔を顰めたけれど それは自業自得でしかない。今回の件に関しては救済の余地はないと、ツンとわざとらしく視線を逸らした。それでも横顔に刺さり続ける視線に居た堪れなくなって目を向けると、予想外にも真剣な表情をした火神と視線が交わる。どうしたのかと首を傾げると同時に腕を引かれ、火神の両脚の間に収まるように立つ。
「…?どうかした?」
「いや……」
見下ろす先の火神は何か言いたそうに、だけど躊躇うように目を伏せる。数秒後に視線を上げたかと思えば彼の大きな手が頬に触れ、滑るように耳元を撫でた。それから、ごしごしと親指の付け根で私の耳をこする。
「な、なに?」
「気に喰わねー」
何が、とは 聞かなくても分かった。まぁ確かに、いきなり目の前であんなシーンを見せられて気持ちがいいとは思えない。申し訳ないような気持ちになり、曖昧に苦笑いを浮かべた。
私の耳元を擦るのをやめた火神の手が 梳くように髪の間を流れ、毛先を一房掬う。それから 相変わらず不満そうに、小さく舌打ちを零した。
「私、火神に気に喰わないって よく言われる気がする」
「……佐倉に対してじゃねーよ」
「私に言うのに、私に対してじゃないの?」
「そりゃオマエが……いや、何でもねー」
バツが悪そうに視線を逸らした火神に首を傾げるけれど、きっとこれ以上は答えてくれないだろう。数秒間の沈黙が流れれば、彼の表情が険しくなり、大輝のことを考えているんだろうなと分かるけれど、どんな言葉を掛けたらいいのか分からない。少し思考を巡らせてから ふぅ、と小さく息を吐き出して、火神の腕を引いた。
「火神、帰るよ。家まで送ってく」
「…は?普通 逆じゃね?」
「あんたが家に入るのを見届けないと安心できない!」
キッと睨むように視線を向けて強い口調で言えば、火神はたじろぐように了解の返事をした。足に負担をかけるな、ゆっくり歩け、でも速やかに帰宅しろ。帰途を辿る火神の数歩後ろから 目を吊り上げて矛盾を孕んだ指示を飛ばして歩いていた私は、彼が困ったように だけどどこか楽しそうに笑っていたことなど知りもしなかった。
そしてもうすぐ、決戦の日を迎える。
「ちっ、つまんねーなぁ」
「意味わかんない…!」
掌の中から聞こえるくぐもった声に眉を寄せて、彼の口元を抑える手で押し返すように力を込めれば 大輝の顔は易々と離れていく。その事にホッと息を吐いた私が手を下ろすより先に、腰に回されていた腕が離れ 左手首を掴んだ。それとほぼ同時、ざらりと生暖かいものが手のひらを這う。不意に与えられた形容しがたい刺激に僅かな声が漏れ、腕を引っ込めようとしたのに 掴まれた手はビクともしない。
読めない意図に困惑と不安が入り混じって言葉も出ない。視線の先にいる大輝はとても愉快そうにしていて、ますます意味が分からなくなる。どうして、今、そんな顔で笑ってるの。
「お前はそのままでいろよ」
「な、に…?」
「じゃねーと――」
右手は私の左手首を掴んだまま、大輝の左手が背中に触れ グッと引き寄せられる。楽しそうに口の端を上げた大輝が、私の耳に その口元を寄せた。
「泣かし甲斐がねーからな」
「な……っや、ぁ!」
がぶり、と そのまま耳を食まれ肩が跳ねた。その直後に舌が耳を這いゾクリと背筋が震える。反射的に大輝の胸を押して抵抗すれば、それ以上 私を拘束する気は無かったのだろう。今までビクともしなかったのに 今度はいとも簡単に解放された。
耳を隠すように手で触れながら、少し距離を取った先の大輝を睨みつけるとグッと後ろから肩を引かれ、気が付いた時には目の前に 私を隠すように広い背中が立ち塞がっていた。火神。彼の名前を呼んだそれは、声というより吐息に近かったかもしれない。
「青峰テメー、いい加減にしろよ…!」
「うるせーなー…おい、オマエ そいつ泣かせんなよ」
「あぁ?」
「七瀬を泣かせていいのは オレだけだ」
不敵に笑いそう言って 近くのベンチに掛けていた上着を手に取りコートから出て行く大輝の背中を、火神とただ呆然と見送ることしかできなかった。
◇
私たちしかいなくなったコートの中で、どれぐらいの時間その場に立ち尽くしていたのだろう。ハッと我に返った私は渦巻いていた思考の全てを一度 頭の隅に追いやり、火神の腕を引いた。
「火神、あそこ座って」
「あん?」
「足!気休めだけどテーピングする!」
「お、おう…」
激しい剣幕で言う私に気圧されるように従う火神をベンチに座らせ、いつの間にか落としてしまっていた鞄を拾い上げ 彼の足元に膝をつく。リコさんほど上手くはないし、必要最低限の基本的なことしかできないけれど。せめて気休めにでもなればと 持って来ていたテープで火神の足にテーピングを施していく。
「アイツ…」
「ん?」
「青峰は、昔から“ああ”なのか?」
「……?テツ君のがよく知ってるはずだけど、技術は飛び抜けてたよ」
「…そうか」
「ただ……、」
不自然に言葉を区切った私を、火神は怪訝そうに見下ろす。昔はもっと楽しそうにバスケをしてたの。そう言いながら思いを馳せたのは記憶の中の大輝で、彼はいつだってキラキラと笑顔を輝かせながらボールに触れていた。そんな記憶は、もう随分と遠い昔のような気がしてしまうけれど。「はい、終わり!」テーピングを巻き終えた火神の足を軽くはたき、テープを鞄にしまって 膝を払ってから立ち上がる。
「どう?大丈夫そう?」
「……ああ、ワリーな。ありがとう」
「ま、月曜にリコさんのカミナリは落ちるだろうから覚悟してなよ」
ゆっくりと膝を曲げ伸ばしして確認する火神に予想される事実を告げれば、ゲッと盛大に顔を顰めたけれど それは自業自得でしかない。今回の件に関しては救済の余地はないと、ツンとわざとらしく視線を逸らした。それでも横顔に刺さり続ける視線に居た堪れなくなって目を向けると、予想外にも真剣な表情をした火神と視線が交わる。どうしたのかと首を傾げると同時に腕を引かれ、火神の両脚の間に収まるように立つ。
「…?どうかした?」
「いや……」
見下ろす先の火神は何か言いたそうに、だけど躊躇うように目を伏せる。数秒後に視線を上げたかと思えば彼の大きな手が頬に触れ、滑るように耳元を撫でた。それから、ごしごしと親指の付け根で私の耳をこする。
「な、なに?」
「気に喰わねー」
何が、とは 聞かなくても分かった。まぁ確かに、いきなり目の前であんなシーンを見せられて気持ちがいいとは思えない。申し訳ないような気持ちになり、曖昧に苦笑いを浮かべた。
私の耳元を擦るのをやめた火神の手が 梳くように髪の間を流れ、毛先を一房掬う。それから 相変わらず不満そうに、小さく舌打ちを零した。
「私、火神に気に喰わないって よく言われる気がする」
「……佐倉に対してじゃねーよ」
「私に言うのに、私に対してじゃないの?」
「そりゃオマエが……いや、何でもねー」
バツが悪そうに視線を逸らした火神に首を傾げるけれど、きっとこれ以上は答えてくれないだろう。数秒間の沈黙が流れれば、彼の表情が険しくなり、大輝のことを考えているんだろうなと分かるけれど、どんな言葉を掛けたらいいのか分からない。少し思考を巡らせてから ふぅ、と小さく息を吐き出して、火神の腕を引いた。
「火神、帰るよ。家まで送ってく」
「…は?普通 逆じゃね?」
「あんたが家に入るのを見届けないと安心できない!」
キッと睨むように視線を向けて強い口調で言えば、火神はたじろぐように了解の返事をした。足に負担をかけるな、ゆっくり歩け、でも速やかに帰宅しろ。帰途を辿る火神の数歩後ろから 目を吊り上げて矛盾を孕んだ指示を飛ばして歩いていた私は、彼が困ったように だけどどこか楽しそうに笑っていたことなど知りもしなかった。
そしてもうすぐ、決戦の日を迎える。