ゼラニウムに捧ぐ
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予選トーナメントが終了し、実力テストも無事に終えた土曜日、リコさんのお父さんが経営するスポーツジムを借りての「プール練」が行われた。水中で行われるトレーニングは、見た目より遥かにきつい。悲鳴に近い声を上げる選手たちに何食わぬ顔で指示を飛ばし続けるリコさんのお手伝いをしながら、水着の上に羽織ったパーカーのポケットから携帯を取り出す。その画面を見て、私は思わず眉を寄せた。
はい、1分休憩ー。リコさんのそんな声が響いた時、私は我が部のカントクに駆け寄った。
「リコさん、嫌な予感がします」
「何?どうかした?」
「火神と、連絡がつきません」
「……え?」
「どこかでバスケしてる気がして……」
私の言葉にリコさんは凍りつき、こめかみにはヒクヒクと青筋が浮かんでいる。どこかでこっそりバスケをしている姿が容易に想像できてしまうのが、火神というバスケバカのすごいところだ。
あんのバカガミ…!リコさんの呟きは低く小さく響き、それからゆっくりと息を吐いた彼女は 悩ましげに額に手を触れた。
「火神君がいる場所の目星は付いてる?」
「バスケをしてるとすればあそこかな、と思う公園なら…」
「じゃあ七瀬、悪いけど見てきてくれない?」
「いいんですか?」
「こっちは大丈夫。それよりもバカを止める方が大事よ」
呆れたように言われたリコさんの言葉に了解の返事をしたところで、プールの方がにわかに騒がしくなる。そちらに視線を向ければ、伊月さんと小金井さんがプールサイドに凭れ掛かるように上体を預けながら 不満そうに口を尖らせていた。
「七瀬 行っちゃうのかよ」
「目の保養が…」
「…今からのメニュー、倍にしてやろうか」
満面の笑みで放たれたリコさんの言葉は、バスケ部内では事実上の死刑宣告のようなものだ。行ってらっしゃい!と即座に発せられた言葉に苦笑いを返しつつ、頑張ってくださいねと気休め程度の激励を残して 私はプールを後にした。
◇
水着から制服に着替え、速足で街中を進む。目指していたのは、私が唯一知るバスケコートのある公園だった。
先日の秀徳戦で限界を超えて跳躍した火神の足には相当の負担がかかっていて、リコさんからは今週いっぱいの休養を命じられ、だからこそ今日の練習にも来ないで休んでいるように指示が出ていた。だけどまさか、あの火神が言われた通り大人しく家で過ごしているとは思えない。だけど、なんだろう。彼が隠れてバスケをしていることとは何か違う、そんな嫌な予感がする。
目的のコートが見えてきて視線を向ければ、コートの真ん中に立つ人影が目についた。明らかに平均よりも高い身長と、あの赤い髪は。やっぱり、と そんな声が無意識に口から零れたかもしれない。我が部において彼が担う役割を理解していないわけではないだろうに、悪化したらどうするつもりだ。リコさんに代わって怒鳴りつけてやろうとコートに駆け寄り、出入り口となっているフェンスの扉を勢いよく開けた。
「ちょっと火神、っ…」
火神の姿を見つけてから彼の存在にばかり気を取られていて全く気が付いていなかったが、コート内には彼ともう一人の人物が存在していたようだ。ちょうどコートから出ようとしていたその人が、駆け込んできた私の目の前に 立ちはだかる様に向かい合う。その瞬間に 火神に投げかけるはずだった怒鳴り文句も、呼吸の仕方さえも忘れたような気がしたのは、突然に目の前に人が現れたからではない。目前に現れたその人の所為だ。
見上げるほどの長身、引き締まった身体、浅黒い肌に青みがかった短い髪と、獣のような鋭い眼差し。喉の水分が急激に奪われていく気がした。
「大輝…?」
「お、七瀬じゃねーか。さつきから聞いてたけど、お前マジで誠凛にいんだな」
グルグルと頭が回り始める。どうしてこの人――青峰大輝がこんなところに居るのだろう。かつての彼ならその理由も容易に想像できたけれど、もはや今の彼は公式戦ではないバスケを自ら率先してするだろうか。仮に自発的にしたとして、果たしてそれは バスケを楽しむためだろうか。
その思考に至ったところで、ハッと大輝の向こう側にいる火神に目を向けた。コート内に立つその背中は 彼を見つけた時から動いていなくて、ただ立っているだけじゃないのだと分かる。動けなくて呆然と立ち尽くしているのだ、と。
視線を目の前の人に戻し、真意を問うようにその冷たい目を見据える。
「…なに、してたの?」
「あ?ちょっと遊んでただけだろ、んな怖い顔すんなって…ま、期待外れだったけどな」
「ふざけないでよ…!火神!大丈夫?足は…っ!?」
心底どうでも良さそうに言われた大輝の言葉にキッと彼を睨み付け、吐き捨てるように言葉を返す。視線を火神に向けて、その背中に呼びかければ 火神はゆるゆるとこちらを振り返った。そのことに僅かに安堵して、大輝の横をすり抜けて火神に駆け寄ろうとしたところで腕を掴まれる。突然のことに驚いて振り返ると同時に腕を引かれ身体が傾き、支えるように腰に回された腕に引き寄せられた。大輝の顔が目前に迫る。
咬まれる、と 私の本能が警鐘を鳴らした。
はい、1分休憩ー。リコさんのそんな声が響いた時、私は我が部のカントクに駆け寄った。
「リコさん、嫌な予感がします」
「何?どうかした?」
「火神と、連絡がつきません」
「……え?」
「どこかでバスケしてる気がして……」
私の言葉にリコさんは凍りつき、こめかみにはヒクヒクと青筋が浮かんでいる。どこかでこっそりバスケをしている姿が容易に想像できてしまうのが、火神というバスケバカのすごいところだ。
あんのバカガミ…!リコさんの呟きは低く小さく響き、それからゆっくりと息を吐いた彼女は 悩ましげに額に手を触れた。
「火神君がいる場所の目星は付いてる?」
「バスケをしてるとすればあそこかな、と思う公園なら…」
「じゃあ七瀬、悪いけど見てきてくれない?」
「いいんですか?」
「こっちは大丈夫。それよりもバカを止める方が大事よ」
呆れたように言われたリコさんの言葉に了解の返事をしたところで、プールの方がにわかに騒がしくなる。そちらに視線を向ければ、伊月さんと小金井さんがプールサイドに凭れ掛かるように上体を預けながら 不満そうに口を尖らせていた。
「七瀬 行っちゃうのかよ」
「目の保養が…」
「…今からのメニュー、倍にしてやろうか」
満面の笑みで放たれたリコさんの言葉は、バスケ部内では事実上の死刑宣告のようなものだ。行ってらっしゃい!と即座に発せられた言葉に苦笑いを返しつつ、頑張ってくださいねと気休め程度の激励を残して 私はプールを後にした。
◇
水着から制服に着替え、速足で街中を進む。目指していたのは、私が唯一知るバスケコートのある公園だった。
先日の秀徳戦で限界を超えて跳躍した火神の足には相当の負担がかかっていて、リコさんからは今週いっぱいの休養を命じられ、だからこそ今日の練習にも来ないで休んでいるように指示が出ていた。だけどまさか、あの火神が言われた通り大人しく家で過ごしているとは思えない。だけど、なんだろう。彼が隠れてバスケをしていることとは何か違う、そんな嫌な予感がする。
目的のコートが見えてきて視線を向ければ、コートの真ん中に立つ人影が目についた。明らかに平均よりも高い身長と、あの赤い髪は。やっぱり、と そんな声が無意識に口から零れたかもしれない。我が部において彼が担う役割を理解していないわけではないだろうに、悪化したらどうするつもりだ。リコさんに代わって怒鳴りつけてやろうとコートに駆け寄り、出入り口となっているフェンスの扉を勢いよく開けた。
「ちょっと火神、っ…」
火神の姿を見つけてから彼の存在にばかり気を取られていて全く気が付いていなかったが、コート内には彼ともう一人の人物が存在していたようだ。ちょうどコートから出ようとしていたその人が、駆け込んできた私の目の前に 立ちはだかる様に向かい合う。その瞬間に 火神に投げかけるはずだった怒鳴り文句も、呼吸の仕方さえも忘れたような気がしたのは、突然に目の前に人が現れたからではない。目前に現れたその人の所為だ。
見上げるほどの長身、引き締まった身体、浅黒い肌に青みがかった短い髪と、獣のような鋭い眼差し。喉の水分が急激に奪われていく気がした。
「大輝…?」
「お、七瀬じゃねーか。さつきから聞いてたけど、お前マジで誠凛にいんだな」
グルグルと頭が回り始める。どうしてこの人――青峰大輝がこんなところに居るのだろう。かつての彼ならその理由も容易に想像できたけれど、もはや今の彼は公式戦ではないバスケを自ら率先してするだろうか。仮に自発的にしたとして、果たしてそれは バスケを楽しむためだろうか。
その思考に至ったところで、ハッと大輝の向こう側にいる火神に目を向けた。コート内に立つその背中は 彼を見つけた時から動いていなくて、ただ立っているだけじゃないのだと分かる。動けなくて呆然と立ち尽くしているのだ、と。
視線を目の前の人に戻し、真意を問うようにその冷たい目を見据える。
「…なに、してたの?」
「あ?ちょっと遊んでただけだろ、んな怖い顔すんなって…ま、期待外れだったけどな」
「ふざけないでよ…!火神!大丈夫?足は…っ!?」
心底どうでも良さそうに言われた大輝の言葉にキッと彼を睨み付け、吐き捨てるように言葉を返す。視線を火神に向けて、その背中に呼びかければ 火神はゆるゆるとこちらを振り返った。そのことに僅かに安堵して、大輝の横をすり抜けて火神に駆け寄ろうとしたところで腕を掴まれる。突然のことに驚いて振り返ると同時に腕を引かれ身体が傾き、支えるように腰に回された腕に引き寄せられた。大輝の顔が目前に迫る。
咬まれる、と 私の本能が警鐘を鳴らした。