ゼラニウムに捧ぐ
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試合開始10分前、控室から会場へと移動する選手たちに すぐに向かうと約束して火神を起こす役割を引き受け、みんなの背中を見送る。
いまだに眠っている火神の肩を揺らそうと、そっと右手を伸ばす。
「火神、起きて。そろそろ…、ひゃあ!」
伸ばした指先がわずかに彼の肩に触れた瞬間、手首を掴まれ強く引かれた。不意の出来事に抗えず 素っ頓狂な声が出て、加えられた力のままに 火神の上に倒れこむ。
寝惚けて無意識の行動だったのだろう、火神も驚いたように目を見開きながらも 私の体を抱きとめてくれた。
「…び、くり したぁ…」
「わ、わりぃ!大丈夫か?」
「うん、大丈夫。それよりほら、時間だよ」
「ああ…、!お前、これ どうした」
火神の上から起き上がろうとした時、握られていた手首に彼の視線が向けられ ハッとする。奪うように手を引っ込め、右手首を隠すように左手で握った。何でもないよ、どこかにぶつけたかな。そっぽを向いて言いながら立ち上がった私は、うまく誤魔化せていただろうか。
何か言いたそうな視線を寄越しながらも私に倣うように立ち上がった火神は、数時間前に私が せめてもの気休めにと肩にかけたバスタオルを取り 私の頭に被せた。突然に視界が奪われたことに対して抗議の声を上げるより先に、バスタオル諸共 頭を抱き寄せられる。額に触れた硬くて温かいものが火神の胸だと理解するのに、そう時間は必要なかった。ぎゅうっと抱きしめられたかと思えば ポンポンと子供をあやすように背中を優しく叩かれて、そしてすぐに解放される。
タオルを取って見上げた先の火神の表情は気合い充分といった感じで、髪が乱れたことへの文句を言うことも憚られた。ちょうどその時、控え室のドアが開き テツ君が顔を出す。私たちがなかなか出てこないのを心配して迎えにきてくれようだ。
「火神君、時間です」
「…行くか!」
「はい」
余計な言葉を交わすこともなく会場に向かい控え室を出る2人の背中に頼もしさを感じながら、私もその後に続いた。
◇
82対81、誠凛1点リードの第4Q、残り時間は2秒。フェイクで火神を交わし シュートのモーションに測った真ちゃんの手から、テツ君がボールをはたき落とす。直後に響いたのは、試合終了のブザー。その瞬間に思わず抱き合ったリコさんの目からは、今度こそ涙が流れ落ちた。
整列し試合終了の挨拶を終えてベンチを引き上げ、その後はいつも通りドリンクの後始末のため 水道を求めて1人で通路を歩いていた。手洗い場を見つけ駆け寄ったところで、その向こう側に見知った背中が視界に入る。まさか外に出るつもりなのだろうか、雨が降っているはずなのに。勝者と敗者に別れてしまった以上は余計なお世話だと重々承知だけれど、やはり放ってはおけない。抱えていたドリンクボトルを手洗い場に置き、慌ててその背中を追った。
「…真ちゃん!待って、雨降ってるよ」
「佐倉か…今はオレに構うな」
「でも、濡れたら体が冷えちゃう…っ!」
試合で汗をかいた後に雨に濡れたりすれば、身体が急に冷えて風邪をひくかもしれない。何とか引き止めようと 言葉の途中に真ちゃんのジャージの裾を摘んだと同時に、振り向いた真ちゃんの腕が伸びてくる。
大きな手が後頭部に触れた刹那、グッと強い力で引き寄せられた。鼻先が触れ合う距離に真ちゃんの顔が迫り、息が止まる。
「今は気が立っているから迂闊に近付くなと言っている」
「ご、めん なさい……」
真ちゃんが言葉を発すると 吐息が唇にかかる。少しでも動けば触れ合ってしまいそうな距離と、明らかに強められた語気に心臓が締め付けられるような感覚がした。言葉の意味を理解できるほど頭は回らず、ただ目の前に迫る真ちゃんを怒らせてしまったのだと そればかりを考えていた私は、どんな顔をしていたのだろう。小さく息を吐きながら私から離れた真ちゃんが、わずかに顔を顰めた。
「…そんな顔をさせたいわけではないのだよ」
困ったように眉を下げた真ちゃんが、くしゃりと私の前髪を掻き上げる。その手つきがとても優しくて、彼は怒っていたわけではないのだと分かって安堵した。
「ただ、今はオレに構わない方がいい」
眼鏡を押し上げながら私から視線を逸らし 改めて外に向かう彼の背中を、もう止めることはできなかった。私は勝者で、彼は敗者。私の行為が彼を心配したものだと言ったところで、その事実は変わらないのだから。
「…風邪、ひかないでね」
体育館の外に出て行く背中にそれだけ言って、逃げるように手洗い場に駆け戻る。冷静さを取り戻した頭で考えたのは、真ちゃんが発した言葉の意味。反射的に謝ることしか出来なかったけれど、あの言い方では まるで―――。
(……まさか、ね)
浮かんだ思考と 頬に帯びた熱を振り払うように頭を左右に振り、自分の仕事に意識を向けた。
いまだに眠っている火神の肩を揺らそうと、そっと右手を伸ばす。
「火神、起きて。そろそろ…、ひゃあ!」
伸ばした指先がわずかに彼の肩に触れた瞬間、手首を掴まれ強く引かれた。不意の出来事に抗えず 素っ頓狂な声が出て、加えられた力のままに 火神の上に倒れこむ。
寝惚けて無意識の行動だったのだろう、火神も驚いたように目を見開きながらも 私の体を抱きとめてくれた。
「…び、くり したぁ…」
「わ、わりぃ!大丈夫か?」
「うん、大丈夫。それよりほら、時間だよ」
「ああ…、!お前、これ どうした」
火神の上から起き上がろうとした時、握られていた手首に彼の視線が向けられ ハッとする。奪うように手を引っ込め、右手首を隠すように左手で握った。何でもないよ、どこかにぶつけたかな。そっぽを向いて言いながら立ち上がった私は、うまく誤魔化せていただろうか。
何か言いたそうな視線を寄越しながらも私に倣うように立ち上がった火神は、数時間前に私が せめてもの気休めにと肩にかけたバスタオルを取り 私の頭に被せた。突然に視界が奪われたことに対して抗議の声を上げるより先に、バスタオル諸共 頭を抱き寄せられる。額に触れた硬くて温かいものが火神の胸だと理解するのに、そう時間は必要なかった。ぎゅうっと抱きしめられたかと思えば ポンポンと子供をあやすように背中を優しく叩かれて、そしてすぐに解放される。
タオルを取って見上げた先の火神の表情は気合い充分といった感じで、髪が乱れたことへの文句を言うことも憚られた。ちょうどその時、控え室のドアが開き テツ君が顔を出す。私たちがなかなか出てこないのを心配して迎えにきてくれようだ。
「火神君、時間です」
「…行くか!」
「はい」
余計な言葉を交わすこともなく会場に向かい控え室を出る2人の背中に頼もしさを感じながら、私もその後に続いた。
◇
82対81、誠凛1点リードの第4Q、残り時間は2秒。フェイクで火神を交わし シュートのモーションに測った真ちゃんの手から、テツ君がボールをはたき落とす。直後に響いたのは、試合終了のブザー。その瞬間に思わず抱き合ったリコさんの目からは、今度こそ涙が流れ落ちた。
整列し試合終了の挨拶を終えてベンチを引き上げ、その後はいつも通りドリンクの後始末のため 水道を求めて1人で通路を歩いていた。手洗い場を見つけ駆け寄ったところで、その向こう側に見知った背中が視界に入る。まさか外に出るつもりなのだろうか、雨が降っているはずなのに。勝者と敗者に別れてしまった以上は余計なお世話だと重々承知だけれど、やはり放ってはおけない。抱えていたドリンクボトルを手洗い場に置き、慌ててその背中を追った。
「…真ちゃん!待って、雨降ってるよ」
「佐倉か…今はオレに構うな」
「でも、濡れたら体が冷えちゃう…っ!」
試合で汗をかいた後に雨に濡れたりすれば、身体が急に冷えて風邪をひくかもしれない。何とか引き止めようと 言葉の途中に真ちゃんのジャージの裾を摘んだと同時に、振り向いた真ちゃんの腕が伸びてくる。
大きな手が後頭部に触れた刹那、グッと強い力で引き寄せられた。鼻先が触れ合う距離に真ちゃんの顔が迫り、息が止まる。
「今は気が立っているから迂闊に近付くなと言っている」
「ご、めん なさい……」
真ちゃんが言葉を発すると 吐息が唇にかかる。少しでも動けば触れ合ってしまいそうな距離と、明らかに強められた語気に心臓が締め付けられるような感覚がした。言葉の意味を理解できるほど頭は回らず、ただ目の前に迫る真ちゃんを怒らせてしまったのだと そればかりを考えていた私は、どんな顔をしていたのだろう。小さく息を吐きながら私から離れた真ちゃんが、わずかに顔を顰めた。
「…そんな顔をさせたいわけではないのだよ」
困ったように眉を下げた真ちゃんが、くしゃりと私の前髪を掻き上げる。その手つきがとても優しくて、彼は怒っていたわけではないのだと分かって安堵した。
「ただ、今はオレに構わない方がいい」
眼鏡を押し上げながら私から視線を逸らし 改めて外に向かう彼の背中を、もう止めることはできなかった。私は勝者で、彼は敗者。私の行為が彼を心配したものだと言ったところで、その事実は変わらないのだから。
「…風邪、ひかないでね」
体育館の外に出て行く背中にそれだけ言って、逃げるように手洗い場に駆け戻る。冷静さを取り戻した頭で考えたのは、真ちゃんが発した言葉の意味。反射的に謝ることしか出来なかったけれど、あの言い方では まるで―――。
(……まさか、ね)
浮かんだ思考と 頬に帯びた熱を振り払うように頭を左右に振り、自分の仕事に意識を向けた。