ゼラニウムに捧ぐ
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いよいよ迎えた準決勝。先輩たちが去年大敗を喫した正邦高校を相手に、苦しみながらも テツ君のパス回しと2年生の意地で勝利を収めた。試合終了の瞬間には 隣でリコさんが涙ぐんでいるのに気付いたけれど、それは私が触れるべきことではないだろう。1年越しに雪辱を果たした喜びと、だからこそ次の決勝にかける思いは 私には計り知れないのだから。
控室に下がってからは 試合後の体のケアや、カロリーチャージにと慌ただしかった。私もマッサージは多少ならできるけれど、リコさんの質とは比べ物にならないだろう。余計な手は出さずマッサージはリコさんにお任せして、食料を配って回る。
ある程度落ち着いたところで、いつの間にか眠っていた火神に 身体が冷えないようにと気休め程度に持っていたバスタオルをかけて、リコさんに声をかけてから 自分の飲み物を買いに控室を出た。
◇
「あっれー?誠凛のマネージャーの子だよね?」
自動販売機はどこだろうとキョロキョロしながら通路を歩いていると、不意に前方から声をかけられた。ハッとして視線を前に向けて上げると、秀徳高校のジャージを着た男子生徒が一人。黒髪と 頭の良さそうな顔立ちには見覚えがある。いつも真ちゃんの隣にいるこの人の名前は、たしか――
「…高尾、くん?」
「おっ、オレのこと知ってくれてんの?嬉しいね。えーっと…」
「あ、佐倉七瀬です」
「そうそう、七瀬ちゃん」
ニコニコと人のよさそうな笑みを浮かべる高尾くんに反射的に名乗ったけれど、その意図が掴めずに首を傾げる。これから対戦を控えている私たちは 云わば敵同士で、それは私が選手ではなくマネージャーであっても変わりないだろう。逆に、選手ではない私にわざわざ声をかけたのは、どうしてだろう。
私の思考などお見通しとでも言いたげに、高尾くんは口の端を上げる。
「真ちゃんがすっげー執着してる子だろ?そりゃ気になるっつーか」
「……?」
「あー、何でもない、こっちの話。それじゃ、次の試合よろしくね」
「あ、うん、負けないから…!」
最後までニコニコと片手を上げて去っていく背中を見送りながら、ふぅっと息を吐く。掴み所のない人だな。それが率直な印象だった。
さて、自動販売機はどこかな。気を取り直して数歩足を進めたところで、前方にまた見知った姿を見つけて思わず駆け寄っていた。
「真ちゃん」
「…っ、佐倉?」
「ここまで来たよ。絶対負けないから…って、私は試合には出ないんだけど」
言葉を続ける私を真ちゃんは驚いたように見つめ、信じられないとでも言いたげに顔を顰めて眼鏡のブリッジを押し上げた。そんな様子に気が付いて、私は首を傾げて彼を見上げる。
「真ちゃん?」
「お前は、オレを避けていたんじゃないのか?」
「そ、う だね。でも、もう過去に囚われないことにしたの」
「何だと…?」
「ずっと失礼な態度だったよね……ごめん」
私はずっと、自分が消化しきれない過去を真ちゃんにぶつけていた。彼を悪者にすることで自分を守っていた。だけど、それはもうやめると昨日決めた。だから真ちゃんにも謝りたいと思っていたし、対戦前のこのタイミングにと思われるかもしれないけれど、それとこれとはまた別問題だ。
頭を下げた私に、真ちゃんがぐっと息を呑んだのを感じた。その直後に腕を掴まれ、その長い足でずんずんと歩き始めた真ちゃんの後を転ばないように必死に足を動かして追いかける。
そのまま腕を引かれ少し歩き、隠れるように脇の通路に引き込まれた。気が付いた時には壁際に追い込まれていて、逃げ場を塞ぐように壁についた真ちゃんの両腕に閉じ込められる。真っ直ぐに私を見下ろす彼の目には、怒りとも悲しみとも取れる色が滲んでいた。
「何故だ?何があった」
「…な、なにが?」
「お前を縛っていたのはオレだろう」
「待って、なんの話…」
「……火神か」
「しんちゃん…?」
まるで噛み合わない会話に不安を覚える。彼らしくないその様子は、あの秋の日を思い出させた。焦燥感にも似たその感情を、私はどう受け止めればいいのだろう。真ちゃん。もう一度名前を呼べば 我に返ったように息を詰め、それからまるで自分を落ち着かせるように彼はゆっくりと空気を吐き出す。
「まったく…つくづく気に喰わない男なのだよ」
そう言って私の右手を取り持ち上げた真ちゃんは、手首の内側に口を寄せた。そこに彼の唇の温かさが触れたかと思うと、すぐにチクリと小さく鋭い痛みが走る。思わず口から息が漏れれば 真ちゃんはどこか満足そうに口の端を持ち上げ、今度は愛おしむように同じ場所に口付ける。その行為にどきりと心臓が跳ねたけれど、彼はそんな私の様子にはお構いなしに 私から離れた。そこにいたのはいつも通りの真ちゃんで、先ほどの彼は見間違いだったのかと思えてくる。
「どう足掻こうと結果は変わらん…勝つのはオレだ」
そう言い残して踵を返し立ち去る真ちゃんの背中を眺めて、先ほど彼が触れた手首に目を向ければ 肌色に不自然な赤が滲んでいた。
控室に下がってからは 試合後の体のケアや、カロリーチャージにと慌ただしかった。私もマッサージは多少ならできるけれど、リコさんの質とは比べ物にならないだろう。余計な手は出さずマッサージはリコさんにお任せして、食料を配って回る。
ある程度落ち着いたところで、いつの間にか眠っていた火神に 身体が冷えないようにと気休め程度に持っていたバスタオルをかけて、リコさんに声をかけてから 自分の飲み物を買いに控室を出た。
◇
「あっれー?誠凛のマネージャーの子だよね?」
自動販売機はどこだろうとキョロキョロしながら通路を歩いていると、不意に前方から声をかけられた。ハッとして視線を前に向けて上げると、秀徳高校のジャージを着た男子生徒が一人。黒髪と 頭の良さそうな顔立ちには見覚えがある。いつも真ちゃんの隣にいるこの人の名前は、たしか――
「…高尾、くん?」
「おっ、オレのこと知ってくれてんの?嬉しいね。えーっと…」
「あ、佐倉七瀬です」
「そうそう、七瀬ちゃん」
ニコニコと人のよさそうな笑みを浮かべる高尾くんに反射的に名乗ったけれど、その意図が掴めずに首を傾げる。これから対戦を控えている私たちは 云わば敵同士で、それは私が選手ではなくマネージャーであっても変わりないだろう。逆に、選手ではない私にわざわざ声をかけたのは、どうしてだろう。
私の思考などお見通しとでも言いたげに、高尾くんは口の端を上げる。
「真ちゃんがすっげー執着してる子だろ?そりゃ気になるっつーか」
「……?」
「あー、何でもない、こっちの話。それじゃ、次の試合よろしくね」
「あ、うん、負けないから…!」
最後までニコニコと片手を上げて去っていく背中を見送りながら、ふぅっと息を吐く。掴み所のない人だな。それが率直な印象だった。
さて、自動販売機はどこかな。気を取り直して数歩足を進めたところで、前方にまた見知った姿を見つけて思わず駆け寄っていた。
「真ちゃん」
「…っ、佐倉?」
「ここまで来たよ。絶対負けないから…って、私は試合には出ないんだけど」
言葉を続ける私を真ちゃんは驚いたように見つめ、信じられないとでも言いたげに顔を顰めて眼鏡のブリッジを押し上げた。そんな様子に気が付いて、私は首を傾げて彼を見上げる。
「真ちゃん?」
「お前は、オレを避けていたんじゃないのか?」
「そ、う だね。でも、もう過去に囚われないことにしたの」
「何だと…?」
「ずっと失礼な態度だったよね……ごめん」
私はずっと、自分が消化しきれない過去を真ちゃんにぶつけていた。彼を悪者にすることで自分を守っていた。だけど、それはもうやめると昨日決めた。だから真ちゃんにも謝りたいと思っていたし、対戦前のこのタイミングにと思われるかもしれないけれど、それとこれとはまた別問題だ。
頭を下げた私に、真ちゃんがぐっと息を呑んだのを感じた。その直後に腕を掴まれ、その長い足でずんずんと歩き始めた真ちゃんの後を転ばないように必死に足を動かして追いかける。
そのまま腕を引かれ少し歩き、隠れるように脇の通路に引き込まれた。気が付いた時には壁際に追い込まれていて、逃げ場を塞ぐように壁についた真ちゃんの両腕に閉じ込められる。真っ直ぐに私を見下ろす彼の目には、怒りとも悲しみとも取れる色が滲んでいた。
「何故だ?何があった」
「…な、なにが?」
「お前を縛っていたのはオレだろう」
「待って、なんの話…」
「……火神か」
「しんちゃん…?」
まるで噛み合わない会話に不安を覚える。彼らしくないその様子は、あの秋の日を思い出させた。焦燥感にも似たその感情を、私はどう受け止めればいいのだろう。真ちゃん。もう一度名前を呼べば 我に返ったように息を詰め、それからまるで自分を落ち着かせるように彼はゆっくりと空気を吐き出す。
「まったく…つくづく気に喰わない男なのだよ」
そう言って私の右手を取り持ち上げた真ちゃんは、手首の内側に口を寄せた。そこに彼の唇の温かさが触れたかと思うと、すぐにチクリと小さく鋭い痛みが走る。思わず口から息が漏れれば 真ちゃんはどこか満足そうに口の端を持ち上げ、今度は愛おしむように同じ場所に口付ける。その行為にどきりと心臓が跳ねたけれど、彼はそんな私の様子にはお構いなしに 私から離れた。そこにいたのはいつも通りの真ちゃんで、先ほどの彼は見間違いだったのかと思えてくる。
「どう足掻こうと結果は変わらん…勝つのはオレだ」
そう言い残して踵を返し立ち去る真ちゃんの背中を眺めて、先ほど彼が触れた手首に目を向ければ 肌色に不自然な赤が滲んでいた。